AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

百会の治効と導出静脈 ver.1.3

2024-05-30 | 経穴の意味

百会穴は代表的な経穴の一つで、針灸師の間でもその重要性が指摘されている。ところが重要視すべき根拠は、経絡学説以外には、あまり明確に認識されていないようである。
この原稿では、代田文誌先生の考え方を紹介するとともに、その背後にある現代の理論を説明する。


1.導出静脈の機能に関する代田文誌先生の見解

百会ならびに通天は、頭頂孔付近(百会付近で、正中から両側外方約1㎝)に位置する。頭頂孔は頭蓋の外側にある浅側頭静脈と頭蓋の内側にある上矢状洞を連絡する導血管の通路に相当する。したがって頭蓋内の鬱血、静脈血の環流の妨げがあると、頭蓋の外側に静脈血が流れ、環流をはかるようになる。
代田文誌氏は、このような見解に立って、百会・通天に刺針施灸または瀉血すると、この部分の血行を促進し、したがって頭蓋内の鬱血を除くと考えた。なかんずく、この部位の瀉血が頭痛、片頭痛、脳充血の症状を即座に好転せしむる。
以上の記述は、石川太刀雄「内臓体壁反射」より抜粋したものであるが、本書が出版されたのは1962年なので、再検討すべき課題である。
なお同様の内容は代田文雑誌著「鍼灸臨床録」にも書かれている。鍼灸臨床録は、代田文誌が残した学術的傾向の強い論文集である。石川太刀雄が鍼灸に深く関係する著書を出版した後、いろいろな針灸師から「○○はどうやって治療するのか?」とする質問を受けたそうだ。臨床医でない石川はその質問に答えず、なによりも即物的な回答を求める針灸師を嫌うようになった。石川が交友をもった針灸師は、代田文誌のみだったという話である。

 

※清濁合わせもった石川太刀雄

石川太刀雄といえば、鍼灸界では内臓体壁反射や皮電計で広く知られているが、第二次世界大戦中には陸軍731部隊に所属し、現地人(中国人、ロシア人など)を使った生体実験をしたことでも知られている。このことを私が初めて知ったのは森村誠一著「悪魔の飽食」で、その中に石川太刀雄の名前が出ていたので驚いたものである。非人道的な実験をしつつも、実際に貴重な生データを得られたのは事実だった。敗戦後、731部隊のメンバーは当然ながら戦争犯罪人になるところ、データをアメリが側に提供すれば罪に問わないとする司法取引に応じて、実際に罪に問われることがなかった。
石川が亡くなったのは1973年だった。私が30才頃、医道の日本誌のバックナンバーを見ていて偶然に石川太刀雄死去の記事を発見した。記事のタイトルは「清濁合わせもつ人 石川太刀雄」だったことを覚えている。

 

 

 2.導出静脈付近の解剖

脳硬膜下で、かつ左右の脳硬膜が合わさる部分の大きな間隙を硬膜静脈洞とよび、脳を通ってきた静脈血を集めて内頸静脈に送る役割がある。
硬膜静脈洞で、大脳鎌上縁のものを、上矢状静脈洞とよぶ。頭蓋骨の円錐部にはいくつかの小孔が開口している。その代表が頭頂孔である。頭頂導出静脈は頭頂孔を通って、上矢状静脈洞と浅側頭静脈などの頭皮の静脈と交通している。すなわち導出静脈を仲介として、頭蓋内と頭蓋外の静脈血が貫通している。頭頂孔は、百会~通天付近に複数ある。頭頂導出静脈が出る部はほぼ百会の位置に相当するといえるが。同様の構造をもつものに、乳突導出静脈部の風池、後頭導出静脈部の強間などがある。さらに眼角静脈~眼静脈部の睛明もこの類になる。

 

 

 

 .導出静脈の血流方向の変化

頭部の静脈には弁がないこともあり、上述した静脈の血流方向は変化することが分かってきた。この現象を「選択的脳冷却」とよび、現代医学の一研究分野となっている。


1)ヒトが高体温になると、顔面・頭皮の静脈血が、眼角・眼静脈、導出静脈経由で頭蓋内に流れ、脳の冷却に寄与している(反対に低体温時になると、脳から皮膚へと流れを変える)。頭蓋内が高温になると、頭や額から発汗する。これが蒸発する際に、気化熱を奪う。高体温時に、額を濡れタオルで冷やすというのは合理性がある。

2)眼窩の奥に位置する海綿静脈洞が、脳核心温度を下げるため、ラジエータとしての役割を果たしている(正確には、下鼻甲介部に分布している海綿静脈洞が、呼吸気流で冷却され、冷却された静脈血が海綿静脈洞に集まる)
とする見解がある。

3)他にとして、換気量の増加は脳核心温度を下げる作用がある。これは上気道粘膜での水の蒸発による冷却効果である。イヌなどは暑い時、口をあけて大きく呼吸するのも、この機序を利用して脳内温度を低下させている。


4.脳の過熱防止機構と百会等への刺激

ヒトは、日中は脳の活動も盛んであり、徐々に脳の深部温度が高くなる。起床後、16時間ほど経過すると、脳の深部温が過熱した状態になり、過熱から脳を守る意味で眠気を感じる。入眠開始当初のノンレム睡眠に、脳の核心温と体温を強く下げる役割があることが知られている。
脳核心温度の上昇は、酷暑時や発熱時だけでなく、脳の活動過剰(知的活動、精神的ストレス)などでも生じやすいであろう。臨床的には、頭痛や不眠等の愁訴に対して、脳の核心温を下げることは治療になり得る。

冒頭に紹介した代田文誌の考察は、頭蓋内の静脈血の充満状態を、頭蓋外に放出することで減圧を図るとする考えのようだが、現代医学的研究は、脳の冷却におかれているようだ。

 

5.余談:医学生、北杜夫が受けた口頭試問

故、北杜夫は医師で小説家として有名だった。北杜夫が医学生だった頃、担当教官から次のような質問をされたという場面が載っていた。
「導出静脈の血流は、普段頭蓋内から頭蓋外に流れるのか?それとも頭蓋外から頭蓋内に流れるのか?」
北杜夫が、とまどいつつ「頭蓋内から頭蓋外に流れる」と返答した。
教官は、「本当にそれでよいか?」と問いただすと、北は「いや、頭蓋外から頭蓋内に」と回答を変えた。
すると再び教官は、「本当にそれでよいのだな」と問いだたすと、北は、「いや反対に・・・」とまたもや答えを訂正したという。


仙椎一行の圧痛硬結の意味

2024-05-30 | 腰背痛

1.腰殿痛を訴える一部の患者に、触診すると仙椎棘突起傍に圧痛硬結をみることがある。患者の大部分は、自分自身でその反応に気づかない。しかし腰椎や下部胸椎や腰椎の棘突起傍に刺針してもあまり腰殿痛は改善せず、仙椎棘突起傍に刺針して、初めて腰が伸びたり、上体の前方屈曲が可能になる者が結構多く、下部胸椎や腰椎の一行と併せ、仙椎一行(棘突起傍0.3~0.5寸)の圧痛硬結に刺針することは非常に効果がある。

 

.仙椎一行の皮下にある筋は、表層も深層も多裂筋である。多裂筋や回旋筋は短いので、脊椎捻挫の際にモロに損傷を受けやすい。これに対し、起立筋などの長い筋は筋伸縮に余裕があるので衝撃を逃がすことでダメージを受けにくいのだという。腰部表層には、浅層ファッシア(浅層腰仙筋膜)が発達し、サポーターのようにて腰を保護している。したがって、腰部一行刺針で直刺すれば多裂筋、水平刺すれば浅層ファッシアに対する治療ということになる。

 

3.多裂筋のトリガーポイント
トラベルとシモンズの「トリガーポイントマニュアル」によると、仙骨部でS1やS4の高さの多裂筋のTPsは、まさにその部分の痛みが出現すように図示されている。


4.「椎間関節性腰痛」の顛末
30年ほど前、針灸師の間で、神経根症状のない腰殿部痛の大部分は、筋筋膜性腰痛(ほとんどは起立筋性や腰方形筋性の)と診断がつけられていたと思う。それが「椎間関節性腰痛」という病態が認識され出してから、胸腰椎棘突起直側に圧痛点を見いだせるものは椎間関節性腰痛と診断され、こうした圧痛が発見できないものには筋筋膜性腰痛とのベッドサイド的診断が行われてきたように考える。

それは椎間関節の捻挫→滑膜や周囲筋の筋損傷→脊髄神経後枝内側枝の興奮→背部一行の圧痛という機序で説明された。このような病態に対し、私は脊髄神経後枝内側枝の鎮痛目的で背部一行刺針を行い、まずまずの成果をあげてきた。一方、椎間関節にモロに針先をぶつけて刺激する方法も考案され、治療効果に優れていると記した報告も多々あった。この方法を試してみると、結構深刺になり、また確かに骨にはぶつかるが、椎間関節に刺入できているか否か判定しづらかった。さらに非常に強刺激な針になることがわかったので、使う機会は減っていった。というのも一行の針で満足できる効果が得られていたからでもあった。 
 

実際的に腰痛症の8割前後の患者に腰背部一行の圧痛が発見できるので、これをもって腰痛症の8割は椎間関節症だと考えたこともあった。しかし、これでは仙椎棘突起一行の圧痛を説明できない。仙椎は癒合しており、椎間関節は存在しないからである。すると痛みの原因として考えられるのは、背部一行にある筋自体の問題であって、前述したような多裂筋の問題に落ち着くのである。