現代針灸治療

針灸師と鍼灸ファンの医師に、現代医学的知見に基づいた鍼灸治療の方法を説明する。
(背景写真は、国立市「大学通り」です)

椅座位で生ずる右大腿後側痛に、大殿筋トリガーポイント刺鍼が有効な例(85歳、女性)Ver.1.2

2024-05-11 | 腰下肢症状

1.症例(85歳、女性)

主訴:右大腿後側痛

現病歴:
当院初診15日ほど前から、思い当たる理由なく、右大腿後側痛が出現した。仰臥位時や立位、歩行時には痛まないが、椅子に座ると痛み出現し、我慢できないという。


理学所見:
症状部である大腿後側中央の殷門穴あたりに強い圧痛あり。坐骨神経ブロック点の圧痛なし。下腿から足部にかけての圧痛も目立たなかった。

当初の診断:
痛みが下腿にないこと、坐骨神経ブロック点すなわち梨状筋にも圧痛ないことから、ハムストリング筋の限局的なトリガーポイント陽性と判断。


初期の鍼灸治療:
側臥位で坐骨神経ブロック点・殷門・下腿坐骨神経走行沿いの経穴に刺鍼するも効果もないので、殷門付近の局所集中置鍼を行い、筋の完全弛緩目的で20~40分ほど置鍼してみたが、治療効果は術後1時間程度しか保てなかった。同治療を繰り返すと、徐々に効いてくるのではないかとも思って、1ヶ月間に20回この治療を行うも前進はみられなかった。


2.大殿筋トリガーへの針灸治療として

「痛みを再現する動作をさせて反応点を見出し、刺激する」という鉄則を思い出した。

ベッドに座らせると、やはり大腿後側でベッドに押し付けられる部が痛むというので、その姿勢のままやや患側殿部をベッドから浮き上がらせた姿勢をとらせ、大腿後側に指を差し込んで圧痛を診てみた。すると圧痛は大腿後側になく、承扶(殿部と大腿後側の境界)あたりにあった。要するに大腿後側痛は放散痛部位にすぎないらしかった。

承扶の圧痛を発現させた肢位で刺鍼することは難しいので、側臥位で再び承扶を押圧してみると圧痛はなくなっており、仙骨外縁に新たな圧痛を発見できた。
この仙骨外縁は梨状筋症候群で、しばしば圧痛をみることが多いが、今回の仙骨外縁の圧痛は単に下向きの力で押圧しただけでは発見できず、大殿筋起始部から仙骨外縁を強く押し付けるようにして初めて強い圧痛点反応となって把握できた。針も大殿筋起始から仙骨外縁にぶつけるように刺鍼し、やっと持続効果を得ることができた。


 

3.同様の症例に遭遇(62才、女性)

数年後62才女性で、3週間前から両側の下殿部が痛むとのことで来院。近くの整形を受診して座骨神経痛といわれ、湿布を渡されたが効果なかったという。
この時は、当方も経験を積んでいたので、直ちに大殿筋のトリガー活性症状であると診断できた。ただし仙腸関節部の圧痛も強く、仙腸関節機能障害も合併しているかと思えた。治療は、側臥位にて仙腸関節運動針を行い、側臥位で承扶あたりの圧痛点に中国針を手技針した。
これで症状は少し改善した。
大殿筋が緊張して収縮して痛むのだがら、大殿筋を伸張して施術するため、立位出できるだけ深く前屈する姿勢をさせた状態で、承扶あたりの圧痛点に軽い手技針を実施し、症状はさらに改善。承扶に置針した状態で静かに数歩歩行させるという運動針を行って抜針。これでほぼ症状消失した。

本症例を通して気づいたことは、2つある。
1)仙腸関節の圧痛は、仙腸関節機能障害だけでなく、大殿筋トリガー活性でも生ずること。このことは、上図を見れば、その通りの状況である。すなわち大殿筋のトリガーポイントは3箇所あり、①仙骨との付着部付近の中央(=仙腸関節部)、②座骨結節の後方付近(=承扶)、③尾骨下部付近(会陽)、であるという。
本例は、②の承扶に最大疼痛部があった。

2)大殿筋収縮している際の伸張痛は単に承扶に刺針するよりも立位前屈で行うと効果的であること。その立位前屈も、両手掌をベッドにおいて上体を支えるよりも、ベッド等を使わず、手を自分の下肢の方にもていき、深く前屈させた方が有効であることも実感した。後者の体位の方が、大殿筋を強く伸張されるからであろう。

 

 


肩中兪刺針の針響 ver.1.2

2024-05-11 | 頸腕症状

1.肩中兪刺針は腕神経雄に影響を与える
(鈴木由紀子:腕神経叢の圧迫に肩中兪「疾患別百科 頚肩腕痛」、医道の日本社、2001.3.25)

取穴:座位。大椎穴(C7T1棘突起間に大椎をとり、その外側2寸。

  ※定喘:大椎の外方1㎝、治喘:大椎の直側(外方0.5㎝)   

刺針:2寸4番針にて直刺4㎝。(椎体の外側を深刺する)


考察:
肩中兪の直刺深刺は解剖学的は腕神経叢に直接命中するのではなく、僧帽筋→肩甲挙筋→中後斜角筋→前斜角筋と貫く。腕神経叢は、前斜角筋と中斜角筋に挟まれた形で存在するので、肩中兪の針は間接的に腕神経叢に影響を与える。


.新針法の肩中兪刺針の針響
(長尾正人「弾発指から上肢の神経痛・五十肩まで」医道の日本、平成11年12月号より)
 
刺針法やや上方からの深刺→肩関節部へ針響(肩甲上神経刺激)                  

ほぼ中央からの深刺→上肢へ針響(橈骨・正中・尺骨神経刺激)            
やや下方からの深刺→肩甲間部のコリに効果(胸神経後枝刺激か?)           

※上2者は、腕神経叢刺激だろうか。括弧内の神経は筆者推定。  


3.肩中兪刺針の私的見解(似田)

 
坐位で2寸4番針にてやや脊柱側に向けて10°の角度で直刺4㎝。椎体の外側を擦るように 入。深刺すると斜角筋・腕神経叢刺激になり、星状神経節にも影響を与えるのだろう。したがって頸椎神経根症、前斜角筋症候群に適応があるのは勿論、頸部交感神経節刺激という点から、バレリュー症候群、気管支喘息、などにも適応がある。

肩中兪から斜角筋に刺針し、さらに少々深さを増すようにすると肩甲間部に響くようだ。

 

長尾氏は、肩中兪から下方に深刺すると 肩甲間部のコリに効果あると記しているが、これを肩甲間部に響きが得られるというように解釈し、その針響の起こる理由を考えてみた。胸神経後枝を刺激するとも考えたが、あまりに深刺になるので無理があった。
 
しかし前斜角筋のトリガーポイントを考えると、この疑問は氷解したようだ。斜角筋トリガー活性時、放散痛は肩甲間部にも出現するということだ。さらには甲間部以外にも、上肢に響いたり、肩関節部にも響くようだ。針の方向によって意図的に針響方向を変えるのは難しいが、被験者の痛み閾値が低下している部分(すなわち患部)に響くということだろう。


先に紹介した鈴木由紀子氏の考察は、当時はまだトリガーポイントという考え方が普及する以前の頃のもので、やむを得ない。

 5.代田文誌の治喘刺針の針響報告
(「針灸臨床ノート」第4集、医道の日本社刊、昭和50年6月30日)

肩中兪についての上記文章を書き終えた後、同じようなことを代田文誌先生が書き残していたことを想い出した。治喘の穴」とのタイトルで、「快速針刺激法」にでている治喘穴についてであった。治喘穴との名称は、これまでわが国では知られていなかった。文誌が、これまで治喘穴を大杼一行として用いていたものだった。「快速針刺激法」の記載は次の通り。

取穴:C7棘突起とTh1棘突起間に大椎をとり、その2~3分傍ら。骨縁。
主治:喘息、咳嗽、脊柱両側の痛み、後頭部の痛み。
針法:直刺1~1.5寸
針感:しびれて腫れぼったい感じが、下方に伝わり、背部または腰部に達する。

文誌自身の体験:昭和46年12月初旬に流感となった。葛根湯を飲んだり、身柱や風門に灸したがよくならず、やや慢性して咽痛や咳が出はじめ、夜中に咳がでて呼吸困難を感じるほどになり、布団の上に座っていなければならぬほどになった。
そこで自分で治喘と思えるところに針を打ってみたら、やや楽になったので、息子の文彦(代田文彦先生)に「快速針刺激法」の通り、治喘の針をしてもらった。
針尖を脊柱に沿って下方に向け、約1寸5分ほど刺入してもらった。すると脊柱に並行して下方に5寸jほどひびいていったが、針を抜いて更に直刺1寸ほどしてもらったら、針のひびきは、頸の方から咽の方に達した。すると間もなく咽が楽になり、咳が鎮まってきて、体を横にして眠ることができた。(以下略)

似田の見解:感冒は通常、発病後5日前後までは進行期(=副交感神経優位状態)であり、その後に回復期(=交感神経優位状態)に変化して発病7~10日程度で治癒する。副交感神経優位の症状とは、鼻水・発熱・だるさ・食欲不振などで、交感神経優位症状とは硬い黄色の鼻水出現であるが、この交感神経優位段階では元気を回復しており、日常生活ができるまでになっている。
しかし患者の中には7~10日どころか、数週間もカゼをひいている、カゼが抜けないという者がいる。これは、なかなか交感神経優位状態に移行できない者なのだろうと筆者は考えている。この時のカゼの治療は、交感神経を優位にするような施術を行う。具体的には「身体に活をいれる治療」で、座位にての強刺激の施灸がよい。

治喘から深刺しても斜角筋に達しないが、この部の筋(長短回旋筋など)状態が過敏状態となっていたので斜角筋に影響を与え、併せて交感神経優位に導いたとものと解釈した。