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進化する魂

フリートーク
AKB48が中心。
気の赴くままに妄想をフル活用して語ります。

イケパラのリトルボーイ騒ぎ、その後の雑感

2011-08-15 22:22:50 | ブログ情報(News Release)
これは面白い!
シロかクロかということより、2ちゃんねるで繰り広げられたシロかクロかの一連のせめぎ合いが、よく考えられたストーリーのように感じられて仕方が無い。
いい。非常によい。

フジのドラマ「イケパラ」で映された「9」Tシャツは長崎原爆のFATMANを表していたことが確実に(ハムスター速報)
http://hamusoku.com/archives/5572023.html


私はリトルボーイの時点で何者かによる確信犯的な悪ふざけだと思っているが、何にせよ組織的な関与があったとは思っていない。
問題なのは、むしろ逆で、組織的にこのような活動を抑制する仕組みがなかったことなのだ。
フジテレビが組織的に今回の原爆揶揄を推進したとはさすがに思えない。
そうではなく、誰かが悪質かつ不見識による悪ふざけをする雰囲気が現場にあることが問題なのだ。

これは極めて個人的な妄想でしかないが、最近のフジテレビにまつわる様々な諸問題を鑑みると、相当にガバナンスが緩んでいると思える。
私は、世の中が騒いでいるほどフジテレビの活動そのものに問題があるとは思っていないが、フジテレビがその騒ぎを引き寄せているのは間違いない。
インターネットの普及で、以前に比べて視聴者がブーム構築活動に敏感になっていることも、もちろんある。
しかし、それ以上に、フジテレビの事業戦略上に欠陥があると考えた方が無難だ。
ドラッカー的な意味での社会的責任だ。
これが抜け落ちている。

ドラッカー的な意味での企業の社会的責任とは、企業が社会内存在ゆえに負う社会的な役割をいう。
あらゆる企業は社会的機関ゆえ、社会に貢献せずには存続できない。
よって、事業活動を考えるにあたって社会とどう関与することになるかは、当然考えるべきことなのである。
ドラッカー曰く「社会は企業を一瞬にして消滅させてしまう力を持っている。」のだ。
(社会内存在だから社会的に支持されない組織は存続できないのである。)

こういう時、ハインリッヒの法則をよく引き合いに出される。
一つの大きな問題の背景には幾つかの小さな問題が隠れており、その問題の背景にはさらに多くの問題が隠れている。
さほど大きな問題にならないからといって放置しておくと、後に大きな社会問題を引き起こす結果につながる可能性もある。
フジテレビはここでしっかりと体制を整えておくことが肝要である。

これが社員の一人ひとりに至るまで浸透しているかどうか。
番組制作には、社員以外のスタッフが多く関わっているとしても、最終的な品質管理を問われるのはやはり社員なのだから。
他のことが重要視されていると思えて仕方が無い。
口では何とでも言えるし、理想ばかり述べても仕方が無いのはわかっているが・・。