粗忽な夕べの想い

落語の演目(粗忽長屋)とモーツアルトの歌曲(夕べの想い)を合成しただけで深い意味はありません

子どものストレスを生む母親の放射能忌避

2013-10-07 13:48:10 | 過剰不安の先

現在、朝日新聞が連載記事「プロメテウスの罠」で「給食に福島米」というシリーズを続けている。一部母親たちの反対署名活動はあったものの、結局福島市では地元米(福島市産)を学校給食で採用することが決まった。9回目の本日はその後のことが紹介されている。

給食の米を子どもに食べさせたくない家では自宅のご飯を持参することが許可された。しかし、実際に持参する子どもは福島市内の小中学校生2万4千人のうちわずか42人であった。福島市の小中学校は63校(市立)だから、持参の子どもは1校に1人いるかどうかということになる。これでは学校全体で「ご飯持参の子」として有名になってしまいそうだ。

給食反対を主導した母親の場合はどうか。小学6年の長男に持参でよいかと聞いたら、「友だちと同じようにしたい。自分だけ別はいやだ」といわれたという。小学4年の妹は「どちらでよいよ」と返事をしていたが、活動する母親を気を使ってくれているようで心が痛んだという。

母親は結局、学校給食の福島米を受け入れた。

原発事故以降、放射能対策に気を配るあまり、結果的に子どもに負担をかけているのではないか。

事故以降、外で遊ばせることもなるべく控えさせた。

夏のプールの授業も休ませ、保健室で自習させた。

長男はストレスがたまり、イライラが目立つようになった。一度泣き出すと止まらないようになった。加えて運動不足になり、1年で体重が平均で多めになった。50メートル走8秒台から9秒台に落ちた。

無理にご飯を持たせれば、いじめに発展してしまうかもしれない。子どもに余計なストレスを与えることはできない。

当初反対運動に参加した他の母親でも同じように結局福島米を受け入れた保護者は少なくなかったという。どうも自分のブログでも書いたが、こうした母親がまるで「隠れキリシタン」のような境遇に置かれているのは確かなようだ。その点は同情もするが、自分たちのストレスが子どもたちに深刻な影響を与えることは十分認識すべきだろう。原発事故での唯一ともいってよい実際の健康被害といってよい。現在進行形の社会問題といえる。もっとこの問題についてマスコミは警鐘すべきではないか。

ただ、朝日の論調は全体的にこうした母親に同調的である。今日の記事の最後はこう締めくくられている。

学校のPTAの会長を務めている記事中の母親(反対運動の主導者)は学校の先生からこういわれたという。

「福島は今、米作りもふくめて復興に向かおうとしています。そういう行政の方針に従うしかないんです」

「従うしかない」という先生の言葉はおそらく朝日記者自身の率直な感想でもあるだろう。連載は続くが記者のトーンはその後も変わらないのではないか。また自分のブログでも取りあげるつもりだ。朝日記者が「復興」をどう考えているのかも含めて。