思い出のノーサイド

カメラがつなぐパス ラグビーを撮り続けて

HSBCアジア五か国対抗・日本代表VS香港代表前半

2012-05-31 22:56:00 | ラグビー・思い出話

5/19日本代表VS香港代表、前半のせます。次回は後半です。

整理を急ぐので、文章は省略します。

 

赤ジャージ 日本代表  紺ジャージ 香港代表


女子ラグビー日本代表VS香港代表

2012-05-29 17:14:00 | ラグビー・思い出話

お待たせしました。5/19女子テストマッチ日本代表VS香港代表です。

次回はHSBCアジア五か国対抗2012、日本代表VS香港代表です。

 

赤ジャージ  女子日本代表  紺ジャージ  女子香港代表


撮影から戻りましたパート2

2012-05-28 19:58:00 | ラグビー・思い出話

5月24日から5月28日まで、東京に滞在していました。

5月24日JPS定期総会に出席、5月25日東京スカイツリー見学(4階まで)

5月26日葛飾北斎展(後期)、セザンヌ展など鑑賞、

5月27日セブンズフェスティバルの撮影。

充実した日々、お世話になった皆さんありがとうございました。

おかげさまで本日無事に飛行機が飛び、札幌に戻ることができました。

 

前回の撮影分も整理できず、作業が遅くなり心苦しく思っていますが、

気長にお待ちいただけると幸いです。

お世話になった方に、お礼の気持ちをお送りすることに加え

実家の手伝いも重なり、タイトなスケジュールを過ごしています。

母の仏壇も新規購入したので、供養もしなければなりません。

撮影順に載せていきますので、よろしくお願いします。


撮影から戻りました

2012-05-21 01:30:00 | ラグビー・思い出話

久しぶりに撮影に出かけました。行き先は秩父宮ラグビー場。

HSBCアジア五か国対抗2012日本代表VS香港代表を撮りました。

前座試合にはIRB公認のテストマッチ、女子の日本代表VS香港代表があって

男女とも香港戦。日本代表のトライが多く、復帰した選手がいて良かったと思います。

少しづつ整理するので気長にお待ちくださいね。

 

撮影後は恵比寿ガーデンプレイスに移動して、JPS展の懇親会へ。

入賞入選者の方、写真家の方、メーカーの方などとお話しでき楽しかったです。

特に嬉しかったのは、私を会員に推薦してくださった有名写真家の方。

「雲の上と思っていた人たちとも、これからは先輩・後輩の関係になるから頑張りなさい。」

名刺交換して夢心地の私に、響く一言を添えてくれました。

 

JPS展は5月19日から6月3日まで東京都写真美術館

7月3日から8日まで愛知県美術館、

7月31日から8月5日まで京都市美術館別館にて開催されます。

私の作品は「トップリーグ2011」というタイトルで展示されています。

昨年のNTTコミュニケーションズVS東芝ブレイブルーパスの試合より

選ばせていただきました。是非ご覧下さい。

 

母の死について、あと少し書いてからと思いましたが、

そろそろ写真家としての日常を始めることにします。

まだ歩みは遅くとも、時間が苦しみを和らげてくれると信じて。

この1、2週間ご心配してくださった方申し訳ありませんでした。

励ましのお言葉、メールなどありがとうございました。


母の日に

2012-05-13 22:30:00 | ラグビー・思い出話

5月13日、母の日。皆さん、お母さんに贈り物をしましたか。

4月21日より更新せず、毎日見に来ていただいている皆さんごめんなさい。

実は緊急事態が発生して、日々の仕事に追われていました。

 

4月25日、母が亡くなりました。

お昼頃、いつものように、義妹と近所の温泉に出かけた母が

救急車で運ばれ、息を引き取りました。

その日は父が手術をする日。父の付添に行く前に

お昼の用意をしてから出かけてほしいとリクエストがあり

11時ごろ、実家ですれ違ったのが生前最後の姿になってしまいました。

死因は肺梗塞。足にできた血栓が肺の動脈をふさいでしまったそうです。

 

父の手術が終わり、医師から説明を受けている最中

弟から「危篤。危ないんだって。家族みんな来てって言われた。」と連絡があり

駆け付けた病院の控室には、泣き崩れている義妹がいました。

 

信じられない私の第一声は「大丈夫。まず落ち着こう。」

それは自分に言い聞かせた言葉でもありました。

 

昨年11月、札幌医科大学付属病院からサルコイドーシスの宣告をされ

経過観察中に病状が悪化、2月には京都の中央診療所まで出かけて

検査後ステロイドを処方してもらってから、手のしびれが回復。

「字が書ける」「お米がとげる」と喜んでいたのに。

 

母の命は、人工呼吸を止めると一本の線にしかなりませんでした。

 

午前と午後で姿が変わることは、誰も予測ができなかったこと。

前日4月24日には、79歳の誕生日を家族と楽しんで、翌日には大好きな温泉に入れて。

サルコイドーシスの一番ひどい時期を考えたら、

自力で歩けた母は、どうして亡くなったのだろうと考えてしまいます。

 

親しみをこめて言うなら「花屋の母さん」。気取って言うなら「フラワーショップのマダム」。

人の花ばかり作っていた母が、棺の中では、花にうずもれて。

たくさんの方が声をかけてくれる姿を見て、泣けました。

 

落ち着いたら、もう少し母の死について書いてみたいと思います。