思い出のノーサイド

カメラがつなぐパス ラグビーを撮り続けて

6/1札幌より近況をお知らせします

2020-06-01 17:47:50 | ラグビー・思い出話
長らく何の更新もせず、静かなブログですみません。
ワールドカップ発表中止強要事件の記事を載せてから、日常生活に力を注いでいます。
5/25に緊急事態宣言が解除された札幌。本日6/1は休業要請も全面解除されました。
市内には活気が戻りつつあっても、私は解除前と同じ行動をしています。

トップリーグの撮影は2月22日が最終、その後撮影の仕事はゼロですが、
撮影以外の仕事をしています。そして多忙な3月が過ぎ、
4月は兄がケガをして入院、手術という経過を辿りました。

肩の靭帯を3本切って脱臼。夜、救急病院に運ばれても微熱があったため手術は保留となり
コロナウイルスの疑いが晴れた5月、手術に至りました。

ラグビーでケガをしたわけでもなく、ごく普通の不注意から大ごとになりました。
手術は成功して、今では時々リハビリ。通常の仕事をしており、家族は落ち着きました。
3人兄妹の真ん中にいる長女として、現在も手伝っています。

緊急医療がコロナウイルスの影響で停滞しているのを実感したので
皆さんもコロナはもちろん、普通の病気や怪我にもお気をつけてお過ごしくださいね。

本当なら5月は北海道招待が開催される予定で、対戦も明治大学VS同志社大学という組み合わせでした。
同志社大学は毎年北見に夏合宿に来る大学ですが、北海道招待で試合するのは初めて。
とても楽しみにしていたのに残念です。

6月中旬まで全国各地との往来を止められている北海道。制限が解除されても緊張は続いて
思うような活動はできないと思いますが、収束を祈り日々生活していきます。

先日発見したのですが、日本ラグビー協会のHPをスクロールするとチケットラグビーの下に
日本ラグビーデジタルミュージアムという項目ができていました。その中で機関誌/Journalをクリックすると
日本協会発行の機関誌「RUGBY FOOTBALL」を読むことができます。

バックナンバーはとても興味深い内容で楽しめます。実は私の写真も過去に掲載されました。

1996年度46号3巻、観戦評サントリー対東芝府中他(159)、月寒ラグビー場で撮りました。
2001年度51号6巻、三地域協会だより(469)阿部典子写真展「思い出のノーサイド3」紹介記事です。
フィルムカメラで撮影していたアマチュア時代のものです。

1999年度49巻6号にも掲載されましたが、サイトには出ていません。
それは事業計画、成果と課題(クラブ委員会)で全国クラブ大会決勝戦、
秩父宮で撮影した曼荼羅VS六甲クラブ戦が2枚載りました。

48号も50号も6巻まで出ているのですが、事情があったのでしょう。
52号からは年5回発行となっています。どうぞお楽しみください。

5/18発表中止強要事件・真相その4

2020-05-18 00:43:05 | ラグビー・思い出話
写真展のオープニングパーティーの帰り道、企てられた発表中止の強要。

M1さんは、新聞社が発言したという嘘。メディアとは東京写真記者協会の加盟社の事という断言。
M2さんは、発表を取り下げたら二人の間で内々にして、厳重注意で終わらせるという強要。

JPSに諮問委員会は存在しないのに、「諮問委員会で活動停止。」と圧力をかけたのも疑問です。

(M1さんは「M2さんの所属する団体でのことを言っているのではないですか。」と会則を推測。
M2さんの発言に従うように言ってきた。)

その背景を考えると、M2さんがワールドカップの申請に通らなかったことと関係ありかと思いました。

組織委員会からメールがきて、チャンスを生かそうと思った私。

放送局や出版社、一度も仕事をしたことがない会社にも自分の経歴、撮影実績、2015年イギリス大会の作品を送り
電話をかけて活動しました。締め切りが過ぎたゴールデンウイークにコンタクトを取るのは厳しくて
あきらめの気持ちが広がる中、「もうM2さんの申請を出してしまいました。」という出版社の声を聞きました。

ところが競技場ではM2さんを見かけないまま、ワールドカップは終了しました。

写真展のオープニングパーティーの帰り道、メーカーさんと一緒に行動できる著名写真家ですから
私がJPSの申請で撮影したというのを聞いて、入れなかったM2さんが感情を爆発させたのかもしれません。
二人の間でどのような話がされたか、今もって謎です。ただ作品を発表させたくない気持ちは強く感じました。

結果としてM1さんはM2さんに発言の確認をすることなく「直接お話ししてください。」と言ってきたので
私は「お会いしたくありません。許可をいただいたのだから、発表は自分の裁量で進めます。」と伝えました。

M1さんは札幌市内の公立小・中学校、児童会館に作品が入った札幌開催報告書を非売品で無料配布といったら
「随分状況が変わったね。」と声色も変わりました。嘘で振り回したことを何とも思っていない雰囲気でした。

2019年JPS会報172号、2020年札幌開催報告書。採用された作品はまだほんの一部です。

コロナウイルスの感染拡大で、ワールドカップもラグビーも人々の記憶から薄れていく中
私は見て感じた世界を表現できるよう準備に頑張りたいと思います。

真相その1から真相その4まで、起承転結を意識して文章を書いたのですが
長くなり過ぎたかもしれません。重い内容にお付き合い頂きありがとうございました。

5/6発表中止強要事件・真相その3

2020-05-06 02:05:10 | ラグビー・思い出話
M2さん:「今なら厳重注意で終わるから。」

ワールドカップで撮影した作品の発表中止を強要され、私は思いました。

「何が厳重注意?あなたは写真家であって主催者のワールドラグビーではないはず。
最初は新聞社を名乗り、次は元の団体。新聞社と関係ある写真家とでも?」

「申請には詳しいかもしれないけれど、撮影者と組織のやり取りを確かめず
一方的に中止をけしかける方が違法では?」

真っ先にアマチュア時代から交流しているJPSの先輩写真家に相談しました。

先輩:「あなたには何の落ち度もありません。組織委員会から連絡があり手続きしているのだから。
前回のイギリス大会でも、JPSの所属で申請を出して許可をいただいているのだし
主催者が認めているものを、違反行為という権限はないはず。」

自分の考えに自信を持てた私は、M1さんに粘り強く交渉。
直接あって面談することになりました。

私:「新聞社の方が声を上げたというのは、私にはわかりません。
私が見た範囲、新聞社の方は機材と撮影と送信に一生懸命で、私のパスを見て
JPSがいると不快に思う方がいたのでしょうか?
M2さんが名乗った新聞社も、複数の記者とカメラマンが対応していて
たくさんの署名記事を出しています。」

12月、早明戦の撮影後、滞在を伸ばして臨んだ面談。

先に送った資料の説明と自分の気持ちを伝えると
新たな事実がわかりました。

M1さん:「実は新聞社が声を上げたのではなく、団体の人が声を上げた。
写真展のオープニングパーティーの帰り道、私とM2さんとメーカーさんと一緒になって出た話。
M2さんの組織でワールドカップを撮影した方が、あなたの存在をM2さんに伝えた。」

私は驚きと怒りしかありませんでしたが、M1さんにM2さんと面談して
なぜ諮問委員会で活動停止、理事会の会則変更、除名の文言を持ち出したのか
確認してほしいと要望を出して札幌に戻りました。

4/30発表中止強要事件・真相その2

2020-04-30 15:46:38 | ラグビー・思い出話
「今回の件はスポーツの取材申請に詳しいM2さんから、直接お話を聞いてください。」

M1さんより電話があり、M2さんから連絡が来ることを知った私ですが
その電話は私が実家の手伝いに行き、兄と弟と話をしている時にかかってきました。

私:(知らない番号、誰なんだろう?)

M2さん:「阿部さんの携帯電話でしょうか。」

私:「はい、そうです。」

M2さん:「◯◯新聞のM2です。」

私:「〇〇新聞の?」

M2さん:「M2です。元〇〇のM2です。」

M2さんは、最初〇〇新聞と名乗り、次に過去に所属していた団体を名乗りました。
新聞社から声が上がったと言う話を聞いていたので、写真家であるM2さんが新聞社と関係があるか
不思議に感じたのですが、そのまま話を聞くことにしました。

M2さん:「あなたがJPSを利用して取材したことは違反行為です。ことが大きくなれば
諮問委員会で活動停止、理事会の会則変更、場合によっては除名になることもあります。
今なら私とM1さんとの間で話を収めて厳重注意で終わらせるから、発表を取り下げてください。」

「あなたはJPSの広報であってメディアではない。どうして社で入らないのですか。頼まれもしないで行って。
今回のワールドカップは入れなかった方がたくさんいます。そんなの一人認めたら、全員認めなきゃいけないでしょう。」

出版社の申請が通らず、組織委員会から連絡を受けて媒体を変更後承認されたことを話しても納得してもらえません。
怒りに満ちた口調を断ち切るために、M2さんの話を一度了解して電話を切ろうと考えました。

M2さん:「今なら、あなたのしたことは軽微なことなので、厳重注意で終わるから。
過去に活動停止になった人は本当にいるから。その後また資格を取り直して入ってきているから。」

私:「わかりました。でもせっかく撮った作品なので、何かしら発表できるものはないのでしょうか。」

M2さん:「ダメなのはあなたがパスの名前でサインをして競技場内で撮ったものすべて。
チケット買って取材したものや競技場の外で撮ったものは大丈夫。写真雑誌もダメだからね。」

私:「わかりました。ご迷惑をおかけしました。」

お手伝いをしている時に「今なら厳重注意で終わるから。」と発表中止の決断を急かされ最悪でした。

自宅に戻り、JPSの会員名簿に書いてある会則や組織図を見たものの、諮問委員会は見当たらず。
疑問を感じた私は、前回2015年イギリス大会からの申請方法、
プレスオペレーションや組織委員会とのやり取りなど資料を揃えて、
JPSで交流している先輩の写真家に相談することにしました。

4/29発表中止強要事件・真相その1

2020-04-29 18:23:30 | ラグビー・思い出話
大型連休が始まりました。今年はコロナウイルスの感染拡大で、どこに行くにも注意が必要。
マスク、消毒薬、ソーシャルディスタンス。心から休めない連休になってしまいましたね。

遅くなりましたが発表中止強要事件について、書いてみたいと思います。
コロナウイルスで気持ちが滅入っている時に重い話題ですから
読みたくない方は飛ばしてください。

この事件に関係したのは、二人の写真家です。仮にM1さん、M2さんとします。

11/1ブロンズファイナル(3位決定戦)の撮影のため、東京スタジアム近くの宿泊先にいた午後
私はM1さんから電話を受けました。

M1さん:「新聞社の方が、あなたが入って撮影していることに声を上げている。あなたは誰から許可をもらったのですか?」
「あなたはJPSの広報であってメディアではない。メディアというのは東京写真記者協会の加盟社のことを言うものです。」
「あなたもそう言うところに入れるようにならなければならない。」

私:「ワールドラグビーから許可をもらっています。
その前にワールドカップの申請でJPSを名乗ることは事務局からも承認を受けています。
最初は出版社で入ろうとしたのですが、枠がいっぱいではじかれました。
でも組織委員会から連絡があり、媒体の変更について聞かれ、再度色々な社をまわりましたが全て申請が終わっていて
最後にJPSで出したら再審査の上、申請が通りました。
最終的な決定はワールドラグビーですからと変更を認めていただいています。
今も3位決定戦の申請が通り、東京に来ています。」

M1さん:「まあ、そう言う声が上がっていることを念頭に置いておいてください。」

ニュージーランド対ウェールズの撮影前、思いも寄らない言葉を聞いて驚きしかありませんでした。

「どの新聞社の方?日本初開催のワールドカップで新聞社のカメラマンは増員しているし
担当になって日の浅い方が、私のレンズに貼られたJPSのステッカーを見て言っているのかな?」
「大学、トップリーグ、日本代表、サンウルブズ。今まで競技場で接してきた新聞社の方で、そのような方はいなかったのに。」

私は3位決定戦を撮影後、理解していただこうと、申請書などやり取りの履歴を
メールでM1さんに送りました。

M1さん:「今回の件はスポーツの取材申請に詳しいM2さんから、直接お話を聞いてください。」

私はその翌日M2さんより電話が来て、さらに驚きました。