<EUの経済成長阻む、『多言語主義』>
『多様性における統一』(ユニテ・ダン・ラ・ディヴェルシテ)をスローガンに掲げる、欧州連合(EU)にとって、『多言語主義』は、アイデェンティティーの根幹をなす、大問題であります。
19世紀的な『国民国家』(ネイションステート)の枠組みでは、政治的な<国家>と経済的な<市場>と文化的な<言語>が、有機的一体をなしていました。
これを真っ向から、否定したのがEUであります。
今や、27の国家が、連合するEU単1市場へと成長し、30を超える言語を話す、5億人の人々を擁するに至りました。
つまり、国家と言語の多様な共存に寛容な、1つの市場を構築することこそが、EUという連合体の真髄なのです。
かように、多言語主義は、EUのアイデンティティーの根幹をなす、大問題なのであります。
だからこそ、たとえ、年間11億ユーロ(1200億円)の経費を費やしても、EUは、23全ての公用語に法令を翻訳して公布し、同時通訳体制を常備し、市民には『エラスムス・プログラム』による留学等を通じて、外国語習得を(無駄なことと思いますが)奨励するのであります。
まるで、徹底的な多言語政策を嬉々として、繰り広げているかのようであります。
しかし、最近では、この多言語主義こそが、EUの経済成長の妨げとなるという、構造的なジレンマが、EUを苦しめています。
現在、顕在化しつつある『EU特許』を巡る対立は、その典型であります。
この『EU特許』は、1997年の『欧州特許』とは別物で、この『欧州特許』は、『指定国』制度という致命的な欠陥があります。
これは、特許権取得には、全ての『指定国』の公用語による翻訳が必要、つまり、欧州特許の取得には、膨大な翻訳コストが、かかるのであります。
13カ国を『指定国』として、欧州特許を取得する場合、翻訳費用1万4000ユーロを含む、総額2万ユーロもの費用がかかり、これは、米国の約10倍とされ、重大なデメリットであります。
この欠陥を克服するものこそが、『EU特許』であるが、これは、『指定国』を設定しなくても、自動的に、EU7カ国全域での特許保護を受けられ、1言語のみへの翻訳で、十分とするものであります。
これによって、1万4000ユーロの翻訳費用を700ユーロにまで、圧縮したい考えです。
欧州委員会は、当初、英語・ドイツ語・フランス語の3言語のいずれか1つに翻訳すれば、EU特許の取得を可能にする方針であったが、これに、猛反対したのが、スペインとイタリアでありました。
とりわけスペインは、世界で4億人以上の母語話者をもつ、国際語であるスペイン語を誇りとし、『スペイン語が採用されなければ、拒否権を発動する。』とまで脅かしました。
イタリアもフランス語やドイツ語が採用されて、イタリア語が採用されないことは、不当な差別だとして、反対に回りました。
欧州諸国の欧州特許出願の約6万9000件のうち、ドイツが2万5000件、フランスが9000件、オランダが7000件、英国が5000件で、この4カ国だけ、で全体の3分の2を占めます。
これに対して、イタリアは4000件、スペインは1000件で1割にも満たない。
この2言語を加えることは、経済的には、まったく見合わない相談であります。
EU特許の問題で、分裂の危機に瀕するEU、『多言語主義』を捨てて、経済成長優先路線を走るか、自己のアイデンティティーを優先させるのか、むずかしい決断であります。
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