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元寇の跡

2014年05月25日 | 九州暮らし

 祖原山にある碑 

 

鎌倉時代、日本が初めて外国からの攻撃を受けたのが元寇です。

文永の役弘安の役

2度の戦いの場となったのが、福岡だったなんて

うっかりしてたわぁ~~ 

 

元寇防塁”と言われる石築地は何度も目にしていたのですが、

そのお蔭で、元軍を退けることができたんだろう~~ぐらいに思っていたんですよね。

最初の文永の役の時に、上陸されて、さんざんな結果になってた・・・なんて知らなかった。。。

 

最初の文永の役の時に、元軍が陣をひいたのが、この祖原山。

標高33メートルのちょっとした丘なんですが、

登ってみると、確かに博多湾が一望できたはず。

(マンションがいっぱいで、現状では海そのものは見えなくて

 

800年も昔、ここが戦場だった・・・なんてね。。。

神風が吹いた・・・というのは、正確な史実ではなく、

第二次世界大戦中に作られたお話のようですが、

元軍が撤退中に暴風雨にあった・・・というのはどうやら本当のようです。

 

7年後、またまた攻めてくるわけですが(弘安の役

それまでにひたすら作られたのが、元寇防塁と言われる石築地。

博多湾の中、広範囲に作られていて、今でもしっかり見ることができます。

 

この時は本当に台風がきたようで、

最近、鷹島沖から当時の船が引き揚げられて、ちょっと話題になっています。

水中考古学と言う学問分野になるようですが、

琉球大の先生が自ら潜っていらっしゃるのを、テレビでも何度も目にしました。

 

その後、三回目の日本侵攻を目論んだ“元”ですが、

当時、ベトナム軍との戦況悪化で、実現できませんでした。

異国からの侵略はなかったものの、鎌倉幕府はこれが原因で滅亡へと進むわけです。

 

歴史のヒトコマ、我が家のすぐ近くのお話です。

 

 

 

 

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