≪ 2019・5・19 掲載記事 ≫
≪ 2019・6・4 再掲載 ≫
今までも、何本か、記事化したけどさ。
全部、デタラメなんだわ、「なつぞら」。
もう、42回も放送されたんだけど、1回も、まともな事実と、背景が描かれたこと、無いんだわ。
人の名前、挙げて、悪いけどさ、やっぱり、脚本の大森寿美男といい、
この番組のチーフ・プロデューサーである、磯智明の、詐欺師的手口は、あんまりでないかい?
タダね、大森寿美男のホンが、そのまんま、使われているんでなくて、歴代の朝ドラや、大河ドラマの脚本家のホンネ聞くと、準備稿や、第1稿の辺りから、ズッタズタに、斬り裂かれてゆき、当初の初稿が活かされているか、わからなくなっていくらしい。
今の大河なんて、宮藤官九郎の元のものとは、かなり違っていると聞いてる。
とはいえ、通称、クドカンのホンは、元から、時代考証せずに、デタラメ書いてるんだから、仕方ない部分はあるけどさ。
にしても、どこさ?
どこが、はんかくさいって言うのさ?と、この天野隆子なんて、クチ、とがらせそうだもね。
だいいち、はんかくさいって方言の意味すら、知らないかもしれない、この天野隆子は。
まずさあ、戦後の、浮浪児、戦災孤児の、服装。
全然、違う。
1丁羅しか、持って無い子が、東京でも、当時は、全部だべさ。
服、もっと汚いうえ、いっつも、汚れ目立つ、襟付きのものを、そのまま着てるわけ無い。
自然な汚れ、付ける気配り、努力、その制作姿勢、カケラも、無い、安易な作り手たち。
戦後すぐの、あの時代、破れてる、ほつれてる、つぎはぎだらけ、毛羽立っている、糸も垂れていて、当たり前。
なのに、「なつ」は、ナニ、アレ?
戦後だよ。 物のまったく、ない時代。
ましてや、十勝だも。
有る衣服を、とっかえ、ひっかえ、着てたって聞いたも。
今の、昭和30年でも、31年でも、十勝は同じさ。
少し良くなってたけど、買いたくても、当時、店、近くに、無いんだも。
なのに、この家族全員どころか、出面取りに毎日来てる、父子に至るまで、全員、カンペキに、汚れ、破れ、つぎはぎ、ほつれ、毛羽立ち、無いの、ど~ゆ~訳さ?
このガキ。子役としては、演技、上手かった。 だけど・・・・・茶髪は、無いべさ!
戦後の昭和20年に、茶髪。あり得ないべさ。
この子が、当時の言葉で言う、アイノコなら別だけど、そういうホンにも、なってないしさ。
そういうアイノコ、母親にまで、見捨てられて、孤児になって、ガッコも、戸籍も無かったの、昭和28年くらいから、いたもね。
米兵だけでなく、ロスケの兵隊にも、パンパンも、母親も、犯されてね・・・・・。
で、運よく、藤木直人演じる、北海道弁、いまでも、デタラメ、ヘタ、演技もドシロ~トに連れられて十勝に着く。
ま、そこんとこ、ドラマでも、いいべさ。見逃すしかない。藤木の起用そのものが、間違ってんだから。
そこ、突いたら、成り立たないもね。
にしても、以前書いたけどさ、戦後すぐの、牧場前の道ってさあ、あんなに舗装されてないも。
もっと、荒れ野、林や草、身長以上に高く、ぼうぼうだった。
あんなに、整地、まだまだ、戦後すぐ、されてないも。
そこは、CG使っても、よかったんでないの?
天野隆子の、デタラメな時代考証。
このババア、「サイロ」、読んでも、いないとしか、思えない。
大森寿美男もな。
実はさあ・・・・今回も、その前からも、十勝には、よく行ってたんだわ。
幹線道路をはずれたら、4輪駆動車でないと、草や葉や、木が引っ掛かって、走り抜けられないんだけど、突破して行けば、まだまだ、有るんだわ。
戦後すぐに見えてた、荒れ野が。
十勝の酪農家の人達は、探すの、難しいっしょ?と、言ってくれたけどさ。
なあに、踏み入っている、ワル。いるんだわ、今も。
鹿、いるっしょ?
野性の鹿、腐るほど、いるんだわ。十勝全域にも。
で、そこに、罠、仕掛けてんだわ。
1週間後ぐらいに行くと、足、ガッチリ、ハメられて、バタバタしてる、鹿、いるのさ。
ソレ、銃で殺して、ツノだけ、のこぎりで切り取って、あとは、野ざらし、肉も、喰わない。
ツノだけは、内地の業者に、売れば、カネになるからさ。
そ~ゆ~、密猟、してるやつ、いるのさ。
映像に向く、戦後や、昭和30年の土地、風景探しの 努力、まったく、してない。お前ら、安易なんだわ。ドラマ造りが。そもそも、さ。
あの、柴田家と、柴田農場の造り。
あれ、どう見ても、昭和40年代の造りだべさ。
それもNHKの制作スタッフが、戦後の酪農家の牛舎を再現しようと、自分たちで探し回ってもいなかったっていうんでないのさ。
帯広の団体の人達に依頼して、探させた。
そこのトップが、自慢げに100軒くらい探したと。
実際に、ウチにも来たもねと、聞いたら、教えてくれた酪農家、何軒もあった。
だけど、もう、当時で2017年。平成の最後。
あるわけないも。
結局、それらしく・・・・となったんだろうけど、トタン屋根、戦後のモノじゃない、20年の造りじゃない。
木そのもの、違う、木材違う。もっと、腐ったような板打ち付けていて、牛舎も家も、すき間だらけだったも。吹雪くと、雪、入ってきたも。
テレビの、あれじゃあ、昭和40年代の造りだもね。
どうせ、フィクションですからということで、ていよく丸め込まれて、あんなデタラメ許してしまった罪は、消えない。
その名も、「帯広百年記念館」の、学芸員の、大和田努(おおわだ つとむ)。
どこまで、この100年の、知識があったのか、疑わしいけども、こんな「低度」で「十勝時代の、風俗考証担当」してたなんて、、正直言って、あきれてしまった。この、オカッパアタマに。
浮かれたんだべね、安易に、有頂天になって。
これで、ドラマ化されりゃ、帯広や、十勝が、全国的に注目されるはず。
観光客も、大挙して来るはず・・・・・と、オカッパアタマで、獲らぬ狸の皮算用はじいいて。
フタ開けて見りゃ、全然来てないっしょ。
動かしがたい歴史的事実、踏まえて、例え、ケンカして、物別れになっても、こだわらなきゃいけない立場なのに・・・・・この大和田努は。
あの、柴田家から、ちょくちょく、行っている、店。
店頭も、のれんも、昭和40年代の造りだべさ。
「六花亭製菓」を模したのかも知れないけどさ、昭和20年だと、帯広も、空襲受けて、バラックと、掘立小屋が、並んでたのが、当時の商店街だった。
地元の、歴史もの、キチンと、見直せよ。
もう、デタラメばっかり、だもねえ・・・・・・。
深い、いや、不快、ため息出てくるわ。
安易な妥協してしまったなあ・・・・・。
学芸員としての、評価も、ガタ落ちだもねえ・・・・・。
脚本読まさせてもらったけど、よく書けてるなんて、よく、大和田努、いけしゃあしゃあと、言えたもんだねえ、恥ずかしくないかい?
おまけに柴田一家。昭和20年の戦後、直後。
どこから、米、かっぱらってきたのさ?
戦後すぐで、たった、10頭足らずの牛飼って、酪農してたら、米なんか、買って、食べられるおカネの余裕、あの当時、全く無いも。
イモか、麦ごはんだも。それだって、やっとだも。当時。
戦後すぐに、白米、喰える酪農家なんて、十勝、全域探しても、まず、無かった! はんかくさいこと、書くんじゃねえ。
時代考証の女ババア、これで、よく、いけしゃあしゃあと。
もう、デタラメ。全部、、ウソだらけ。
そのうえ、出面取りの親子、雇っていける、金銭的余裕なんて、まったくないべさ。
おまけに、いつもではないけど、出面取り2人にも、メシ、食べさせているのには、のけぞったもね。
昭和30年になって、画像、観る限り、13頭ぐらいに、増えてた。
それだって、2人も雇えるわけない。無給では、ないっしょ?
30頭はいないと、収益からはじき出して、絶対に雇えないも。近所にしても、出面とり、ソレも、2人もさ。
タダかい?
違うっしょ?
第一、徴兵や、戦地に、2人とも、行った気配すらない、おかしさ。方言、今も、デタラメ。
おまけに、柴田家の、子ども、
当初から、まったく、搾乳ですら、手伝わない、働かない。
そんな子供、当時も、今も、あり得ない。いくら、性格もブスで、わがままだとしても、クビに縄付けても、早朝から、働かされてた、あの時代も、今も。
この長女。牛乳嫌いは、いいとして、あんな子。はたかれて、冬は、雪の中に、たたきこまれ、物置に入れられて、間違いなく、せっかん、受けてた。
子どもといえども、大事な、働き手。
酪農の仕事、手伝うの、当たり前。
やりたくなけりゃ、出ていけ、ガッコなんか、行くな。
そう、されていたのが、ごく、ふつうの酪農家。
あれじゃあ、酪農じゃなく、お気楽、「楽農」だべさ。
内地の人に、誤解されたままになる。歴史的事実も、無視されて・・・・・・。
取材しまくった先の、多くの酪農家の人が、あきれて、言っていた。
しょせん、ドラマだと、思ってもさあ・・・・・。
とんでもなく、信じられない、裕福な家だなあと、思うねぇ(笑)。
どこかに、隠し財産、あるんだべな(笑)・・・・・と。
以前書いた記事で紹介した、十勝の小学生の子ども達の詩集、「サイロ」さ、天野隆子も、大森寿美男も、まったく、読んでも、見かけても、いないんだべなあ・・・。
見てたら、あんなデタラメ、はんかくさいこと、絶対に書けないも、考証出来るわけないも。
ラジオ深夜便で、北海道発・深夜便の司会・進行してた、北向敏幸アナウンサー、正直、あんまり、違うんで、ビックリしてるべなあ・・・・・。
いまの「なつ」を演じてる、あり得ない、茶髪で、平気で出てる無神経な子さ。
ヘタな演技しか出来ないうえに、方言、デタラメのまま、厚顔無恥にも、いけしゃあしゃあと出ている子も、豚子も、いくら、2人して、地元のイベントに出たって、視聴率カンケ―ないからね。
あそこ、調査区域外だも。北向、知ってたかい?
松嶋の、戦後にあり得ない厚化粧。
アレは、この女の悪しき性格だから、仕方ないと、目つぶる。
デタラメなイントネーションと、アクセント、散りばめた方言、NHK的に言うと、「北海道ことば」指導かい?
実は、正しい十勝弁、しゃべっていた役者。
たった、ひとりだけど、いたんだわ。
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≪ 追及・第4弾へ、続く ≫