何!? 2年3か月振り? いくら、29歳とはいえ、きついんじゃないの? 勝つのは・・・・・
外野席から、そんな声が、聞こえてきそうだ。しめて、なんと820日振り!の、試合
そりゃあ、練習を休んでりゃあね。そう言われても、仕方ない。
ところが、この、大川泰弘(やすひろ。写真・上)。
ず~っと、練習は、殆んど休まず、キチンと続けていた。午後6時に会社の仕事終わって、いったん自宅に戻って、気持ちを、会社員から、キリリと、プロボクサーに戻し、自転車でジムへ、通勤。
着くまでに、ペダルを、ぐいぐい漕いで、足鍛え、ジムに入れば、ラクせず、シャドー、ミット打ちをこなし、サンドバックをぶっ叩き、時にスパーリングも重ねてきた。
ひたすら、もくもく、もくもく、と・・・・・・。
試合が出来ないのに、一体、苦しい練習を、何のために? と、自問自答してきたと思える言動も、さりげなく、見てきた。
対照的なボクサーも、いる。河野公平。この5月に、世界のベルトを失った。それが、否応も無い、彼の実力だった。
今まで、何度か直面した「引退」の決断。まだ、やれる? いや、もう、無理?
まだ、と、もう、が、常に心の中で交錯してきたはず。今、だって、そう。
今度こそ? そう、思っていたら、ジムで、「練習」を、始めたという。
偶然、会った時に、思い切って聞いた。
ーー現役、続けるんですね?
本人、シューズの靴ひもを結びながら、たった一言。
「・・・・・試合が、決まったならね」
・・・・・・・・・条件付き、か。”その程度”の、軽い想いか・・・・・・
河野。息子を溺愛する父のもと、仕事はせずとも、長年にわたって、食べさせてもらって、生活出来てきた。
恵まれた環境。とも、いえる。明日からの生活を、常に念頭に置く、大川とは、まったく違う。勤めなくても、練習に専念出来る環境。すでに、大川より3つ上の、32歳にも、なっている。
その、河野の、「練習」の一端を、この目で久しぶりに見て、がく然とした!
ミット打ち。なんと、マス、だった! チカラを込めて、ミットに拳をぶち当てない。軽~く、触れる程度に、パン、パパ~ン。そ~れ、パン、パン、パン、菓子パン。
拳を、痛めてるとは、聴いていない。
その程度の、軽~い想いか・・・・・・・。ふ~っ、ため息が、出た。
片や、大川。試合が決まってからは、いつも以上に、ガンガン、スパーリング。試合を離れて、一番怖い、試合勘、当て勘も、取り戻しつつある。
この7月30日には、総仕上げの意味も込めて、東洋・太平洋ミドル級チャンピオンの柴田明雄と、スパーリングを行なった。
じゃ、何で、820日も?
実は彼、結婚して、所帯をもち、昨年の11月には、子供も授かった。
友人のボクサーのブログには、純白のタキシードを着こんだ、披露宴での大川の写真や、愛児・泰駕(たいが)君との、いかにも幸せに満ちた写真も、載っていた。
「泰駕の、泰は、ボクの泰を付けて。おだやかな、という意味があるんですよね」
そう言いながら、ごく自然に目を細める、大川。
「駕は、人を凌駕(りょうが)するというように、すぐれた人間になって欲しいという、親の想いを込めたってゆうか・・・・・。まあ、タイガー、虎っていう意味にも、引っ掛けたんですけどね」
説明しながら、笑顔!
大川の性格は、とても明るく、気さく。まったく、飾らない。カッコつけない。
だから、友人・知人多く、先輩・後輩にも慕われている。
そんな大川は、将来を見据えて、「正社員」になった。
仕事は、新築の建物への、エレベーターの、据え付け、整備など、幅広い。
夫としても、新米パパとしても、一生懸命、働いた。
その代わり、試合が近づくと仕事を休んだりすることは、厳しくなった。
試合前後の、減量と、体調維持。そして、腫れの引くのを待つための、有給休暇日数を超える休みなど、取れるわけもない。
「正社員」に望んでなったのちも、どこか、心の片隅で揺れていたように、見えた。
実は、この2年3か月の間、ジムの前の舗道で、大川を何度か、見かけていた。
ある時は、仕事が忙しく、ジムにしばらくぶりに来て、キツイ練習をして、自分の心も体も、いじめ抜いたせいか、バテたのだろうか? 自信喪失か? 放心状態のまま、何かを思い悩んでるふうだった。
じっと、遠くの空や、舗道に、目をやっていた。”何か”を、考え込んでいる。
そんな風に、私の目には映った。
また、ある時。
練習をしている姿は、見ていたものの、試合スケジュールには、その名前がいつまでたっても書き込まれないので、ジムの前で、思い切って声をかけた。
大川さん、次の試合は、決まったんですか?
「いやあ、仕事があって・・・・忙しいもんで。なかなか、難しくって・・・」
どこか、苦笑いを浮かべていた。それでも、練習は、回数は減っても、欠かすことは、無かった。「試合」という、「目標」が無くとも。
こちらも、返した。
見たいですねえ、あの左フックが、決まるトコ。ただし、後楽園ホールの、リングでね!
また、何とも言えぬ、苦笑いが、返ってきた。
勤める会社の「協力」無くして、プロボクサーとして、正社員は続けられないのが、我が国の”厳状”。
だから、試合をすることは、なかば、あきらめていたようだ。
日本のプロボクサーは、約3000名弱が、登録されているが、そのうち、たった10名ほどが、ジムから給与をもらって、生活がやっと維持できたり、スポンサーや後援者から戴くおカネで、少し豊かな生活が成り立っている。
しかし、そんな人は、極めて”特殊”。
それは、今は、現役の、チャンピオンだから。
ベルトを失い、負け続ければ、タダの人。給与も、”助成金”もゼロになり、厳しい世間に、放り出される。
そんな環境のなかで、リングで闘っているのが、否応の無い現実だ。
そんな背景があるなか、「仕事とかの関係もあるんですけど、会社が(試合)やってもいいよと、言ってくれて」
それで、この8月5日(月)の試合に、臨めることとなった。
ここは、ひとつ、練習の成果を、「勝利」という形で証明。そうしなければ、次は無い・・・・・かもしれない。
この日も、鋭く、スピードある、パンチが、連続炸裂!(写真上・左)。
得意の左フックは、むろんのこと、アッパー、ボディ打ち。はたまた、ジャブに、ストレート! 見事な、早いテンポの、上下、打ち分け。ガードは、怠らない。足も、使う。コーナーに、押し込まれても、スルリとかわし、回る。
甦ってきた、多彩なコンビネーション。
左フック、威力、落ちてませんねえ、と言ったら、大川
「いや。上がってます!」
力強い言葉が、速攻で返って来た。
石原雄太トレーナー(写真上・右)の構えるミットに、小気味よい音を、響かせ続ける。
いいじゃん、いいじゃん!
4年位前だったろうか。偶然、見た、スパーリングは、衝撃的だった。左の腕がしなり、相手の顔面、頬、そしてアゴ、胸。所構わず、左フックが、うなりを上げて、相手の体に、突き刺さっていた。
一体、誰だ!?
これが、ぴったり、はまったら、内山高志ですら、倒れるのではないか!? とさえ、思った。そのくらい、強烈! だった。
汗をしたたらして、ヘッド・ギアを脱いだ顔を見ても、分からない。
失礼ですが、お名前は? と聞いて、初めて、「大川泰弘」という名のボクサーと知った。
その左フック見たさに、彼の試合に、何度か、足を運んだ。その中の1試合は、CSで放送され、彼に録画した試合のDVDをプレゼントしたこともある。
とはいうものの、相手ある試合。なかなか、左フックでは、相手をKO出来ず。改めて、スパーリングと本試合は違うモノと、痛感させられた。
しかし、いつも、良い試合を見せてくれた。「結果」は、伴ってなくても、満足だった。
通算戦績、9勝11敗3引き分け。3KO&レフェリーストップは、している。
「こう言うと、負け惜しみに聞こえるかも知れませんが、負けた相手は、下川原雄大とか、斉藤幸伸丸とか、強いのとばっかりと、やってきた結果です」
確かに、そうだ。
それも、打ち合っての接戦。例えば、先の斉藤幸伸丸とは、1-2の、際どい接戦。勝っていたのではないか? と、私は思ったほど。
坂本大輔とも、真っ向勝負で打ちあい、坂本が、右目流血。結局、7ラウンド、負傷判定となり、4ポイントから、3ポイントの差をつけて、この時は、3-0で勝った。
久しぶりの、後楽園ホール。
相手は、有川稔男(ありかわ・としお。川島ジム)という、ただいま日本ウエルター級4位へと、ランキング上昇中の、28歳。
2011年の、同級新人王だ。プロデビューして、5年2か月。
これまで、10戦して、8勝2敗。なんと、8勝のうち、7勝が、ノックアウトと、レフェリーストップ勝ちという、強打者。
実際、その裏付けの如く、昨年9月末には、右手甲を、練習中に骨折。
強打者や、KOパンチャーは、ほとんど、自分の拳も、痛める。宿命。そう言い切っても良い。
それでも、12月。川崎新田ジムの、異色ふらふら風来坊、西禄朋と、対戦。
西は、事実上、ジムへ理由なく、練習に来なくなって、引退同様の身だった。そこで、ジムの新田会長から、「引退を正式にするか? それとも、最後の試合をやって、辞めるか? どっちにする? 決めてくれ」
そう言われ、西は、負けたら、もちろん引退。勝っても、これで引退という条件のもと、試合を出来る体にしていった。
で、1年半振りに、有川と試合。
西は、大方の予想を超える頑張りで、文字通り”大拳闘”。
結局、打ち合いの末、6ラウンド、有川がレフェリーストップ勝ち。もしこれで、有川が、惨敗していたら、新人王の冠は汚れ、強打者の名は、泣くところだった。
で、この有川、どことなく変。どことなく、異色。
顔立ちは、中国や、韓国系。都内で産まれ育ち、天下の東京大学に晴れて合格したっちゅうに、3年生で、中退するという、親泣かせ。
で、そっから、なんと、一転、自衛隊に入ったという、変わりもん。
ジムの、プロフィール欄でも、その本領発揮。
ーー好きなオンナの子の、タイプは?
「すごいひと」
--自分の性格は?
「ふくざつ」
--ボクシングを、始めたキッカケは
「ちょっとした、思いつきで」
ーー夢は
「ありません」
いやはや、人を喰った、お答えぶり。しかし、なかなか、パンチは芯に、喰らわない。
そこを、どうやって、打ち崩し、大川が勝利へ、結びつけるか?
勝てば、ほぼ間違いなく、ランキングに復帰する。
実は、ここでは、あまり書けないが、有川の戦いぶりには、抜け切れないクセがあり、そこから、崩して、突破口を切り開き、パンチを、つなげていこうという作戦のようだ。
これは、こと練習をつぶさに見つめ、疑問に思ったことを、聞き質す限りにおいてではあるが、どうやら、成功しそうだ。
有川にとっては、ブランク、1年半に続いて、今度は、2年3か月!
楽勝!ラクしようと、舐めてかかれば、とんでもないことになりそうだ。
西は、1年間以上、さぼっていたが、大川は違う。心してかからなければ、文字通り、”痛い目”にあう。
背中に、しっかり背負うは、「ボクシング魂」。
それ、大川は、しっかり、持ち続けている。
サンドバッグを叩くグローブは、バッグにぶち当てる部分が、ボロボロ。いかに、破壊力のあるパンチを2年3か月、打ち込み続けてきたかを、気付かされた。
「相手が、ランカーだから、どうだという意識は、ありません」
「身長は、180センチ近くあるし、パンチあるし。ただね、体が、堅いんですよね。だから、作戦としては、有川の特徴と、クセを突いて、******と」
「だから、+++++++から、こう入って」
おうおう、ノーモーションのパンチが、思わぬところから、ぐわ~んと伸びてくるわい。
「絶対に、@@@@@@@と、打ちに来るから、そこを、こう####」
戦法、確認に余念がない。四年? いえいえ、2年3か月。
ブランクなんて、無いことが、8月5日、証明される?
まあ、見て下さいな。面白い、結果になりそうですよ!