この日のメインは、黒田雅之vs田口良一という、日本ライトフライ級タイトルマッチだ。すでに、この長文ブログで試合前の展望を書いて(打って)おり、興味を抱いて、後楽園ホールに足を運んだ方もいたと聞いた。観客は、ほぼ満員。
結果は、すでに報道の通りドロー(引き分け)。辛くも、形こそ黒田が3度目の防衛を果たし、首の皮1枚つながった。
黒田が前2試合と違い、ほぼベストのファイトを見せた。さすが、チャンピオンと思った。が、そんな展開の中でも田口が新チャンピオンになるであろうとみていただけに、さまざま、複雑な思いが私の胸のなかに渦巻いている。
いずれ思いが1本にまとまったら、ココに表すので、いましばらく待って欲しい。
さて、この日の第4試合として行われたのが、表題の「稲元真理 対 三好喜美佳」戦。当日のパンフレットにも、両者リングイン前後のアナウンスでも、とりたてて紹介こそ無かったが、拳を交える2人の間にはいくつもの因縁が横たわっていた。
とりわけ、稲元の方にその思いが強かったと思う。なにしろ約3年前,デビュー戦の相手が、この三好だったのだから。
実は稲元、見た目のすっぴんは20歳代に見えるが、若くして結婚し、実はすでに3人の子供の母。御相手の男も、未入籍入れて3人。
プロボクサーになるキッカケは、息子にボクシングを習わせるつもりで、近くの熊谷コサカボクシングジムに連れて行ったことから。
ところが、子供の姿を見守りながら、ついでにシェイプアップのつもりで始めたはずが、いつしかアマチュアの全日本女子大会のバンタム級で、2年連続準優勝の実力者にまで登り詰めちゃった。
劇画の世界とはいえ、あの矢吹丈がくしくも同じバンタム級。真っ白になって、リング上のコーナーの椅子に座ったまま燃え尽きるラストシーンは、あまりにも有名だ。
当時、宿敵力石徹が亡くなった時、大学では、構内で大々的に葬儀が執り行われたほど衝撃的な出来事であった。
37歳という年齢からして、リアルタイムで雑誌を見てはいないはずだが、その「あしたのジョー」の大ファンだったと、彼女の記事で目にしたことがある。
それにしても、あとワンパンチで栄冠を逃した悔しさ。それも2年連続!! やり残した思いが、プロに向かわせたのか? 子育てのかたわら、プロでも勝てるかも!?と、拳に秘めた自信もあったはず。
それが・・・・三好に、無残に打ち砕かれた!! 激闘むなしく 最終4ラウンド、29秒。三好の放った左のパンチに、稲元の腰がクッと落ちかけた瞬間、レフェリーが割って入って・・・・TKO負けに。
その後、稲元も成長するなかで、カイ・ジョンソン(具志堅・白井スポーツジム)というリングネームを持つ日本人女性選手とは、1勝1敗。「一緒にお風呂にも入ったりする、仲良しになりました。メル友なんです」と明るく笑う稲元。互いの試合会場に足を運んで、応援もしあっている。
そのカイが、昨年の11月23日、三好に3-0の判定負け。あの、三好にだ。
稲元自身は、さかのぼること3か月前の8月28日に大阪で試合をした。タイから来日したヨクファー・シットクルシンに3-0で判定勝ちこそしたものの、評価はボロクソ。女子格闘技選手を応援するサイトでさえ、酷評する始末。
悔しさに加え、「自分としても、不満足な試合内容でした。もっと、足も使いたかった。反省材料の多い試合になってしまって・・・・」と、正直な性格を表すかの様に話す稲元。
リベンジ、宿敵、でもって仇討ち。その上で完勝したい!! 稲元の気合いは、高まるばかりだった。
一方の三好は、なんと「世界へ挑戦のための、ひとつの通過点として稲元戦をとらえている」という。それを耳にしたのは、三好が所属する川崎新田ジムのトレーナーから。それも、稲元の名前すら覚えてもいなかった。軽視、また軽視。
10戦して4勝(2KO)5敗1引き分けと、三好は通算戦績こそ平凡ながら、稲元にレフェリーストップ勝ちした自信は想像以上に大きい。
事前に、稲元に調整具合を聞いた際、その話をしたところ、「よ~し!」と、声に力こぶ。仕上げに向けての練習ぶりは、元東日本フライ級新人王の同僚、時松友二をして「あんなに練習して、すごいなあ」と、驚かせるほどだった。
そのような背景渦巻く中、2人はリングに姿を現した。
おおっ!!予想どうり、稲元、気合い充分。
地元川崎からの応援団の声援を受けて赤コーナーに立つ三好は、どこか、冷静。いつもながら、ボーイッシュなヘアスタイルに、赤い上下のシャツとトランクス。
稲元は黒の上下。午後6時48分、ついに因縁のゴングが、打ち鳴らされた!!
稲元、右のストレートを軽く放つ。続けて、攻める!ウオッ!! 相打ちに。三好も、グイッと前に。リード気味に放った左のロングジャブが、ヒット!!!
今度は、かわした稲元の右がヒット!!出し入れ良く、稲元のヒット&ウェイ、好調な滑り出し。1ラウンド2分が、あっという間に終了する。
それにしてもと、思う。この豊富なキャリアのクラスになると、「プロ」の名に値する攻守を、どんどん”魅せてくれる”なと。スピード、テンポ、そしてスリルまでも。
さほど笑わす芸も、パンチ力も無い山崎静代が、マスコミに今だけ注目を浴びている。性格もブスな上、ただ無駄にデカいだけの身体。それを生かし切ってもいない、手打ちのデカパンチ。
やっと、少しだけそれに体重を乗せて打つ!!ことを身体で覚え始めたものの、アマチュアとはいえ、それだけでオリンピックに出られるほど甘い世界では無い!! 彼女が、かつて女子プロレスのテストを受けて失敗して断念したように。いずれ”厳実”を知らされるだろう。
この、いわばバカ騒ぎ。女子プロボクサーは誰一人として、表立って口にはしていないが、苦笑いしつつ、冷静に見ている。
女子ボクシング界のフライ級に注目が少し当たってはいるものの、尻すぼみに終わってしまいそうだ。分かってはいたものの、少しだけ、残念な気はするが・・・。そのくらい、注目度が下がりつつある。それを少しでも食い止めるためにも、コレ!という試合は、緻密にルポしていこうと思う。
さて、試合は2ラウンドに入るや、稲元がさらに文字通り”打って出る”。左フック! 接近してのショート・アッパー! 身体を大きく前後左右に振る。そして上下巧みに屈伸しての攻め。ことごとく全打成功こそしていないものの、失敗も無し。
しかし、その為に体勢が崩れ、少しガードが甘くなった稲元をすかさず見逃さぬ三好。反転、攻勢。ジャブ、ジャブ、ストレート!! ヒット、ヒットヒット!!
ガツン!!と、稲元の顔が、めり込んだ三好の拳でゆがむ、へこむ! 茶髪がブワッと宙に舞い、揺れた!!
打たれても、打たれても、前へ打って出る稲元。勇猛果敢に、打ち合う! 打ち合う!! 打ち合う!!!
ゆがむ三好の皮膚!あご!ボディ!! またもブワッと揺れる、
総毛立つ稲元の髪!! 一瞬、痛さに耐え兼ね、閉じる眼。もう、互いに無我夢中。キャリアもプライドも、かなぐり捨てての本能。
「私って打たれちゃうと、もう見境い無くなっちゃうんですよねえ。判ってはいるんですけど、冷静になれなくなって。悪いクセですよね」
以前、時折り、苦笑して話していた稲元の言葉が頭をよぎる。打たれた痛ささえ、ビシビシ、見ていても伝わってくる。
互いに、勝ちたい!!という思いも、ガチガチ、ぶつかり合う。
3ラウンド、突入。稲元が左からのパンチを払うように腕を左から右へと動かし、リズムをとる。クセ、か。ストレートの、相打ち!! 痛え!! 痛そう!!
稲元、接近。低く入ってシヨートアッパーを、三好のあごにぶち込む。頭ぶつかり、レフェリーに注意される。稲元、再び低く入る。が、しかし、一瞬の態勢の崩れ。そこを見逃さぬ三好の冷静な眼。スッと伸びきった、三好の左ストレートがヒット!!
このあたりから、稲元が一転して三好をうまく打ち崩せなくなってき始める。
「4回目。ラウンド、フォー」 ベテランのリングアナウンサーの声に、一段と両者の声援が高鳴る!! 稲元の鍛え上げた腕が、伸びた。左右のフック。左ストレート!!皮1枚はずした三好は、逆に左右に容赦なくフックを叩き込む!! 続けざま、ボディに拳をめり込ませる。
痛さをチラッと表情にも見せず、追う稲元。右フックを当てる。が、すぐ打ち返される。三好、頭を揺らして突き進んだところで、4ラウンド終了。コーナーに戻った2人に、手当をしつつ、次のラウンドの作戦を授けるトレーナー。うなずく両選手。
三好は、東洋太平洋(OPBF)バンタム級8位。
かたや稲元は、同(OPBF)スーパーフライ級3位。クラスが現在違うため、表題にあるように互いに歩み寄って、53・3kgで調整した試合だ。
そして、稲元は現在すでに37歳。男子ならば慣例により激しいスポーツゆえに、健康面を考えて引退勧告を強いられる年齢だ。むろん現チャンピオンや、前チャンピオンはその例外として枠からはずれる。女子には40歳までとの一応の線引き。厳しい強制力はなく、引退勧告をはねのけ、引退届けも出さず海外で試合をする猪崎かずみや、男子では西澤ヨシノリなどが知られている。
その代わり、遠征費用など全て自腹。西澤などは、慣れぬスーツを着込み、スポンサー探し。”中年の星”とマスコミに紹介され、比較的苦労を重ねる事こそ少なかったが、肝心の練習時間が減り、おまけに敵国は軒並みジャッジが不公平。KOでもしない限り、日本では3-0の勝ちの内容でも1-2の判定負け。フラストレーションが溜まるなど、苦戦を積み重ねている。
熊谷コサカジムは地方ジムゆえもあり、試合が決まるたびにファイトマネーはもらえるどころか、逆に”諸費用が重なる”との理由で、数万円ジムに支払って試合にようやく出られる。その延長線の多額と割り切れば、やり続けられるが・・・・・・。
5ラウンド開始のゴングが鳴った。
いきなり、右のショートパンチを放つ稲元。三好も効果的な左のリードで、踏み込ませないようにする。稲元、それを低くかいくぐり、アッパーを打つ。接近戦にまたも持ち込み、ボディ狙い。
しかし、三好。タイミング良く、右ストレートを素早く放ち続ける。簡単に入っていけない稲元。自分の距離にうまく持ち込めないまま、時がアッという間に刻まれていく。
大きく踏み込んで、ショート・アッパーやショート・ボディこそ打ち込めているが、距離が中途半端なため、せっかくの威力が半減。そのうえ連打まで行けず、三好が膝を折るまでに至っていない。
そう、捉えている間に5ラウンドが終了してしまう。んんんんん、ひょっとして稲元、痛みが身体をきしませている?・・・・・いやな予感が、フッと甦ってくる。
ついに、最終6ラウンド。コーナーを勢い良くとびだした稲元。一気に距離を詰め、身体を大きく振って、アッパー、フック、ジャブ、離れてストレート!! しかし,三好もしゃにむに打ち返す。2ラウンドの再現だ。
この試合に賭ける稲元。あの矢吹丈のラスト・ファイトのごとく、真っ白になるまで燃え尽きようとしているかのようにも見える。・・・・・胸が熱くなる。リング上で闘う者への、大歓声の応援。一気に両者、ヒートアップ!! アップ、アップ!!
おそらく、いつもママの応援に来ている稲元の子供も観客席にいることだろう。
稲元の髪が打っても打たれても、激しく、激しく、揺れまくる。三好も、必死だ!! 壮絶な乱打戦!! まさに,死力を尽くして、真っ白に燃え尽きて・・・・・・・。
ゴングが鳴ってしまった・・・・・。
ジャッジペーパーが、集められた。判定結果が、読み上げられる。
58-56。59-56。そして3人目も、59-55。・・・・・3対0で、またも三好の判定勝ちに終わった。
試合後、重い足取りで、控え室へと向かう。激闘を証明するかのように、両選手とも、医務室に。長い時間が、刻々と過ぎてゆく。
先に出てきたのは、リベンジを封じた、勝者の三好。聞いた。
ーーー 右のリード、効果的に相手の出方を、封じていましたね?
「右ですか? 左じゃなく? んん、そう見えましたか。自分としては少し左を使いたかったんですけども」
興奮することも無く、冷静に試合を振り返る。
ーーー 判定結果を待つ間、ポイントは自分が獲ったと思ってました?
「そうですね」 あくまで、冷静。顔の腫れは、目立たない。
かたや。敗者の稲元。医務室から、しばらくして出てきた姿は衝撃的だった。
大きいバスタオルを頭からすっぽりとかぶり、全く上半身すら見えず。腰をかがめ、足元もおぼつかなく、よろよろと歩む・・・・・。
「稲元さん」と声を掛けたが、聞こえているのか、いないのか・・・・泣きじゃくっているように、感じられた。そばにいたジム会長兼トレーナーは、眼で私を制した。
聞くことは・・・ない。確かに、判定ほどのポイント差は無いものの。稲元は負けたとは思う。
しかし!!・・・・・・・今なら書こう。実は、ここ数か月前から稲元の腰と膝は痛み続けていた。本人いわく「歩くだけで、もう激痛が体中を走る事も、時々あるんです」「でも、今回の試合は、何としても勝ちたい!!」
そんな事実を、彼女は決して負けた言い訳にはしないだろう。気は強くないが、芯は人一倍強い彼女のことだから。
実は、リングを降りたら、実生活では歩くのも辛いプロボクサーを何人か知っている。試合後10日間ぐらいは、激痛で箸も持てない世界チャンピオンもいる。
ボクシングとは、かくも激しく、大きく、人体を痛める。だから、まるで格闘マシンを見るが如く「被弾した」とか平気で書き飛ばす女記者や、リングサイドの記者席やテレビ解説でヘラヘラ笑ってしゃべる専門誌の編集者を見かけると、やりきれなくなる。
元プロボクサーは、ただの1人もいないうえ、ボクサーの真情に寄り添うペンの技術も乏しいくせに。リングサイドで毎試合、もっと身を正して、しっかり今以上に見つめて欲しいと。一つ間違うと死に至る、まさに真剣勝負なのだから。
これから、稲元はどうするのであろう? 一朝一夕で回復する激痛ではないことは、当人が一番知っている。いずれ年齢の問題も、否応なくのしかかってくる。1ファンとしては、あと1~2戦、見てみたい、書き続けたいとは思うが・・・・・。しかし、それも、身勝手な話に過ぎない。
もし、彼女の身体が完調だったら・・・・。作戦に、もうひとひねり出来ていたら・・・。しかし、あの試合。100どころか、120%の力を振り絞って、戦い抜いていた。あれ以上、”おんな丈”に何を望めるであろうか!?
今は、連絡も取るまい。ただひたすら、身体の痛みと、疲れと、そして何より折れかけた心の痛みを安らげることを願うのみだ。
<その後の稲元 続報>・・・・・・・・
こちらの、いわばとりこし苦労、でした。連絡を入れてみると、予想を裏切る元気さ!! いやあ! まさに、文字通り”打たれ強い”のなんのって。
なんと、涙という涙を泪橋のたもとで流し尽くした試合翌日、「軽い体慣らし程度」とは言うものの、所属ジムで次戦に向けて、練習開始したとのこと。ひゃあ!!! いやはや、なんちゅうか、かんちゅうか、パワフル・ママというべきか。、
リングの中でと同様、立ち直りも早い!! 心配なんて、全く必要ありませんでした。こりゃ、今後も身体と相談しながらとはいえ、チャンピオン・ロード、まだまだひた走りそうだ。あのジョーにも似て、「あした」へ向かって・・・・・・・・・