ビシッ! ビシッ!! ビシビシッ!!! 1ラウンド開始早々から、写真右側の青いトランクスをはいた酒井智彦(マナベジム)の、左ジャブが、左側の林和希(八王子中屋ボクシングジム)の顔面に、次々とヒット! ヒット!! ヒット!!
酒井には悪いが、予想を裏切る展開で、この試合の火ぶたは切られた。
酒井智彦(24)については、試合は直接見た記憶は無く、戦績が6勝のうち1KO。おまけに4敗。YOUチューブの試合動画も無い。数字だけ見ると、とりたてての強打者という印象は、この日の試合を見るまでは受けなかった。
しかし、日本人プロボクサー。3月、この記事ブログで書いた(打った?)林の相手をしたタイ国人とは違う。その後も、4月15日から1か月。タイやフィリピンやインドネシアから来日したボクサーは、たった1人を除いて、ほぼ全員が早い回にTKOやKOで負けている。
偶然? 日本人が、皆ハード・パンチャー? 皆、強い人? 全て見てはいないが、過去の取材に照らし合わせると、さまざまな疑問・疑惑が、次々と湧き上がってくる。
地方のジムが単独興行を敢行。支援者、ボクシングファン、所属ボクサーの家族、友人、知人、その他もろもろに、目にも鮮やかで、「劇的なKO」を見せたい!客の大歓声と拍手を響かせたい。そして、スポンサーにもほめてもらいたい。満足も、してもらいたい、
そのすべての熱い想いは、分からないでもない。新人王戦の予選すら、なかなか組めない現実。選手にしても、一生に一度くらい、「見せ場」を作りたい。
客にしても、一生、ナマで試合を見られない人が多いのだから。
が、しかし・・・・・・。そういう「需要」と「供給」の現実も、分からないではないが・・・
それで、ボクシング人気が高まるとは思えない。むしろ、純粋なボクシングファンは、離れてゆく。
しばらく、タイトルマッチ以外は、来日させないのが良いのではないだろうか? これに加えて、メキシコの選手も今後、要注意だ。かつて、八百長疑惑が連発した亀田興毅が、後楽園ホールの控室で、末弟の生活ぶりと共に、メキシカンボクサーの実態を、べらべらしゃべってくれたことがある。
そんな見え透いた勝負決着で、勝ったカッタの下駄の音をリング上で響かせても、難なく勝った日本人だって、嬉しくはないはず。勝って、リング上のロープに駆け上がって、ガッツポーズを見せた林和希に、記事は思わぬ冷や水を浴びせた結果となり、所属ジムもホームページで反応をみせた。
会長以下、生真面目な人がいるだけに、今後の林和希の試合をキチンと見続けて、さらに真の実力を見定めなければいけないな。そう思ったからこそ、会場に足を運んだ。
酒井には、どんな勝ち方をするのだろうか? 判定かも、と。
ところが、青コーナーに先に酒井智彦が上がってきたとき、おおっ!と、驚いた。キッチリ身体を仕上げてきている以上に、倒してやるという気概が、全身に溢れてみえた。ひょっとして、彼・・・・・・・・・。
かたや、林和希。まるでチャンピオンでもあるかの様に、じらし、彼の入場曲なのか、ラップのメロディーが流れてから、しばらくして、やっと林が登場。のぼり旗が躍り、25人ほどの応援団の歓声が響きわたる。
「暴れん坊将軍」のキャッチ・フレーズ。どの位、リング上で暴れてくれるのか?
18時49分、<1ラウンド>開始のゴングが鳴るや、その思いは、たちまち消え去った。
酒井の左ジャブが、小気味よく、林の顔面を突く! 林、酒井の身体を押すが、かまわず、酒井の左ジャブがヒット、ヒット、ヒット!! ビシッ!ビシビシッ!
林も左ジャブを出すが、届かない。酒井が、林のパンチを見切って、ひょいひょいと、身のこなし良く、かわす。
ならばと林。思いっきり良く、大きな左フックを放つが、これもかわされる。当たれば儲けもんの類いのパンチだ。きっちりポイントを見定めて腕を、しならせてはいない。
また、酒井の左ジャブが、ビシッ!と当たり、林の顔をのけぞらせる。
おおっ!こりゃ、思いもよらない展開。そのまま、1ラウンド終了。
「相手の顔を打ちたくない」なんて、自らブログに書いてた林が、顔をビシビシ打たれる。ガードの甘さが、早くも露呈した。
<2ラウンド> 酒井の左ジャブ、なおも当たる。林も応戦。さすがに当たると、かなり離れた客席にも「ゴツッ!」と、人間の骨に食い込むような、にぶい音が聞こえる。
さすが林。パンチ力の差。そこは、分からせる。そして、左フックも当たり出す。乗ってきた林、しっかりガードを固めて、酒井を押す。身体をくっつけて、一転して接近戦を挑むも失敗。ならば、今度は再び距離を取ってフックを放つが、酒井にひょいとかわされる。まさに「打つ手無し」か?
「足使って、ジャブ突いて、相手の距離でやらせないで、だんだん自分のいいペースになっていたと、思っていたんですけど」
そう語るのは、試合後の酒井智彦だ。そばに立つのは、彼のトレーナー角田久。
「ジャブに対応出来ていないのは、林の以前の試合のビデオ何本か見て、分かってましたから」
酒井の、その言葉にニンマリと笑みを浮かべて、うなづく角田。前回のタイ人との試合は、それじゃあ参考になりませんでしたね?と聞くと、2人は笑った。
「けっこう、フックから入ってくるのも知ってました」
「パンチはけっこう見えてましたね。見切れたというか、そんなに思ったほど早くなかったし」
そばで角田が、口を添える。「こいつ、練習嫌いのくせに、よけるのは元々うまかったんですよ、なあ?」
酒井智彦サイドの戦略勝ち・・・・とだけ言えないのが、ボクシングだ。良くも悪くも、闘う本能がついつい出ちまう。それが、プロボクサーたる由縁だ。
<3ラウンド> 酒井の左右のジャブ、ヒット。林の大振りフック、空振りしたかと思うと、今度はアッパーで酒井の身体を起こさせる。
林、身体を付けてくるが、酒井スッと離れて距離を取り、連打のジャブ攻撃!
左右のグローブのガードの間に、酒井のグローブがねじ込まれる。林の顔面が打たれ続けて、次第に真っ赤に染まっていくのが分かる。
ビシッ、ビシッ、ビシッ、ショートジャブが、息つく暇も無く当たる。
林、思いっきり大振りのフック。ブン! 当たらないが、客席湧く。
ブンブン、ブンブン、大フック回す。両腕、大車輪。片や酒井、ジャブとボディ打ち。上下打ち分けで応戦する、もう、乱打戦、打ち合い! 客、湧く湧く、ワクワク。
林、このラウンド最後の大振り放つ。空振りして、ニヤリ。交差して、コーナーに戻る酒井も、ニヤリと返す。
「ホントは足使って、打ち合わないつもりでいたんですよ」
打ち合わない?
「そう。1ラウンドのように、ずう~っとしていこうと、頭では考えていたんですよ。それが、打たれちゃうと、もう・・・・失敗です。打ち合い? 望むところだよ! みたいになっちゃつて」
そう言って、苦笑いする酒井。
「でも、どっかで、打ち合っていると、気持ちいいんですよねえ」
ニヤリとしたのは、そんな気持ちの現れじゃないかという。
リング上での勝利者インタビューで、酒井は開口一番、こう言った。
「ハンパじゃないっすよ、(林の)パンチ。痛かったあ」
右目周辺が、腫れ上がったまま、笑った。しかし、実は林の方が・・・・・・
<4ラウンド> 酒井、足使って回りながら、ジャブ繰り出す。左ジャブの切れ味、良い。互いにローブロー、レフェリーに注意される。そうかな?と思う。
ロープへ林が詰めて行くが、逆に酒井がクルリと体をかわす。上手い!
林、また大振り。酒井、余裕が出たか、ガードが甘くなる。パンチ力の差は、歴然だ。1発、あの大振りが酒井の身体にのめり込んだら、大逆転はいつだってある。
スリリングな展開は、さらに続く。
<5ラウンド> ジャブでまた先制する酒井。林のあごが、上がるくらいに打ち込む。林、右フック振って、身体付ける。
酒井の距離の取り方が絶妙にうまく、林が飛び上がってフック出すが、届かない。酒井のかわし方、上手い。
林のパンチ、あきらかに力みが加わっているのが、目に見えて分かる。ポイントが取られているのは、自身分かっているはず。逆転狙いか?
酒井のジャブ、林に打たれながらも、彼の顔をのけぞらせてゆく。
<6ラウンド> 酒井、左ボディを林に打ち込む。林、大攻勢に出る。アッパー、ボディ、ジャブ、そして大振りのフック。見切り、ウイービングでかわす酒井。しかし、3分の1は、喰らう。
空振りは、見た目以上に体力を失うと、よく言われる。その通りに、林に疲れが見え始める。ラウンドが終了し、赤コーナーの椅子に、チカラ無くストンと座る。逆に、ニヤリとしてコーナーに戻る酒井。おうおう・・・・・
<7ラウンド> 酒井のアッパージャブで、林のあごが上がる。
実は以前、強打を林以上に誇る土屋修平(角海老宝石ジム)との試合で何度もダウン。KO負けを喫した際、あごが骨折したことが判明。手術と長期入院を余儀なくされた、苦い想い出がある。そして、この試合では・・・・・・
林も応戦。ボディ、ジャブと繰り出し、ショート・ジャブの打ち合いになる。接近戦で、林の顔全体が真っ赤に染まる。血は、出ていない。
ただ、この段階でこの状態だと、いくら冷やしても数日は顔が腫れ上がったままで、顔を洗うのも歯を磨くのも、何より食事をとるのが大変になるはずだ。
プロボクサーは、日々の痛さをこらえて生活をしている。それも、まぎれもない、現実だ。
一方で、林の強打も証明された。酒井が右目下をカット。
これは、林の有効打によるものですとアナウンスされると、彼の応援団が、この時とばかりに歓声をあげた。
<8ラウンド> ついに、最終ラウンドを迎える。
酒井の連打。林も得意のフックで応戦。倒せるかもという林。しかし、酒井は上下打ち分けながら、テンポ良く打ち込む。
両方の応援の声が激しく交差するなか、林がしゃにむに繰り出すパンチで、試合終了を告げるゴングが鳴る。
勝負は、判定へ。おそらく、3-0で、酒井の勝ちだろう。
結果がアナウンスされる直前、勝ちを確信したかの様に、酒井のセコンドに付いていた1人が、両手をVの字に挙げて、ガッツポーズ!
判定は、78-76、78-75、そして79-74。
文句なしの、3-0だった。
リング上で、酒井は言った。「この5月15日が、僕のトレーナーの誕生日なんです。そのお祝いのためにも、絶対勝ちたかった」
トレーナーにとっては、この上なく嬉しい一言だろう。金銭的には、決して豊かにはならない職業だ。ボクサーと同様、昼間仕事を持っている人が、大多数だ。
そのやる気をつなげるものは、教えているボクサーの勝利。まして、この試合は、見事な作戦勝ち。
実は、角田久トレーナー。本人語らぬので調べたら、1995年2月18日、全日本バンタム級新人王に輝いた人だった。5月15日で、満45歳を迎えた。
つい闘う本能が顔をのぞかせたとはいえ、師弟の作戦勝ちだった。
そして、林和希。客席の熱心なファンが、思わぬことを口にしていた。
「さっきさあ、引き揚げる林を見たら、左手にギプスをして、痛そうにしていたよ」
えっ! 試合中に痛めたみたい、とも。
数日して、彼のジムに聞いてみた。
「ええ。左手の小指を骨折してます。試合の早い段階で折れたみたいですね。それに、左右の手の甲が大きくはれてしまって・・・・。右手なんか、ボンボンに腫れてて。大変? そりゃあ、しばらく手はね。でも、あごの骨折の時に較べりゃあ、たいしたことありませんよ」
あっさり、こともなげに言う。これが「プロボクサーの日常の世界」。
強打者であればあるほど、自分の拳を必ず痛める。もはや、宿命と言い換えてもいい。それと、どう折り合いをつけるか。これもまた、課題だ。
大歓声と栄光が光なら、これは必ずつきまとう影といえよう。
林和希が、どう”再起”して、リングに上がってくるか!? 酒井智彦の、この先と共に、しばらく見続けたい。
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