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<リアル 予備校 ルポ 2> 弱体化したら、喰い潰せ! 弱肉強食を体現する、予備校戦争地に突入!

2022-07-23 14:39:58 | 受験・学校

 【 2015・6・24 掲載 】 

 「ああ、あのビル? ウチが、もう買収したよ」

 そう、あっけなく、言ってのけたのは、そのビルの近くに、間借りしていた「駿台予備学校」の、ベテラン職員。

 かつての「受験戦争」、「マンモス校」、そして近年の、この「少子化」と、長い昭和から平成にわたる予備校の歴史、激闘史を体現してきた。

 買収されたのは、かの「代々木ゼミナール」。大金で建てた、主要駅の駅前一等地にあった自前の高層ビルを、いわば二束三文の価格で、「居抜き」で買い取られた。

  手際よく、業者によってはぎ取られた、「代々木ゼミナール」の、文字看板。

  隣には、買収した、「勝ち組」の「駿台」の巨大広告看板塔が、さんぜんと、そびえる。

 机とイスが並ぶ部屋ばかりの作りでは、他に転用しにくい。その「弱点」に目をつけて、同じ老舗予備校の「駿台(すんだい)予備学校」が買収したというわけだ。

 焼肉定食、ならぬ、弱肉強食を、まさに地でいっている。

 もはや、代ゼミが、かつての隆盛を取り戻すことは、不可能であろう。

 昨年、次々と廃校が決まっていくさなか、職員に話しを聞いたが、いずれも、とまどい、そして、ふてくされていた。

 さらに、追撃するかのように、「河合塾」が、現役高校生を対象に、夏期講習を本格的に都営組、先の「代ゼミ」の生徒を、出来る限り、獲り込もうとしていた。

 それも、「無料体験」を敢行!

 河合塾が、すでに4月に、大阪校をさらに新設。先の「駿台」は、同時期に浜松校を新設。

 弱体化した予備校は、すぐさまつぶされ、吸収されてゆく。

 「代ゼミ」の生徒を取り込もうと、ある予備校では、この夏の「受講生募集」のチラシを、各戸に、投げ込み。

 もはや、安売り、バッタ売り。

 「7月の費用、無料」

 「夏期講習費用、半額」

 「入学金 無料」

 「9月の授業料 半額」

 「夏期講習費用 半額キャッシュバック」 つまり、実質無料

 成績上位の生徒に、「特待生」制度、あります! と、きたもんだ。

 もはや、なりふりかまわぬ、飲み屋、キャバクラ、ぼったくりの店の、呼び込みとおんなじ。

 甘言労して、入れちまえばこっちのもん!

 そう勘違いしそうな、チラシだ。

 「いつ、やるの? 」「今でしょ!」という切り札の文句で、一躍人気タレントに躍り出た林修

 彼が教えていた「東進ハイスクール」も、従来の「衛星予備校」をさらに拡大させようとしている。

 予備校戦争以上に、異常なのが、19社ある、教科書会社間の戦争だ。

 個人情報保護法なんて、くそくらえ!とばかりに、小中高の教師宅を調べ上げ、売り込みを図って日参。

 自宅が判明しない場合は、学校に「見本本」を持参。

 「是非、我が社の教科書を採用してください!」と、猛アタック! 

 そこから突き進む、贈収賄事件。

 腰が重く、何もしない文科省が、19社のうち、少なくとも、上記のような常軌を逸した事実が判明した、7社に、「今後、止めるように」と「指導」を指示したほど。

 少子化の影響は、ココまできているのだ。

 パイが小さければ、喰い合い、つぶし合いが続く。

 「代セミ」、事実上の大幅縮小に続き、さらに、次の衝撃が、業界を走った。

 「Z会」が、「栄光ゼミ」を買収。TOBを開始し、完全子会社化してゆくという。

 「代ゼミ」の生徒の受け皿狙いは、今後も、果てしなく続く!

 すざましい勢いで・・・・・・・。

 今、まさに、弱肉強食の世界が、展開されている。

 


<リアル 予備校 ルポ 1> 実は今年6月に予感していた。今回の代々木ゼミナールの大縮小規模経営を!

2022-07-23 14:38:06 | 受験・学校

 <2014・8・28 公開記事>

 ネット上でも、テレビニュースでも、驚きの声で報じられた、今回の「代々木ゼミナール」大規模縮小の事実。

 確かに、全国各地に散らばっていた27校の予備校・校舎のうち、7校のみを残し、他20校を、来年3月末までに、事実上の「廃校」にするというのは、衝撃的ではある。

 昭和32年創立。以来、57年もの歴史の、大転換といえよう。

 しかし、やっぱり、そうなったか!

 そう、思った。

 一昨日も、続報のようなカタチで、20校に勤務していた40歳以上の職員、約400人の希望退職を募るとの報道がなされた。

 もはや、大規模縮小は既定路線。

 来年の3月末で、独自の模擬試験も、中止するという。

 実は、この惨状を予感させられたのは、6月。

 キッカケは、あの、世界3大不正・STAP細胞「200回、成功しました」と、世界でただ独りほざく、世界的詐欺犯・小保方晴子のことを、予備校前に立っていた人間に聞いたことから。

 この予備校。俗に言われる「三大予備校」のひとつ。

 三大というものの、「代々木ゼミナール」が、私立大学文化系コースに力点を置き、且つ、「実績」があったのに較べ、この予備校は、東京大学の合格者数が、ダントツ。

 2013年度。「代ゼミ」が、わずか369人の合格に較べ、その予備校は、1257人。そして、河合塾が、1101人。

 すでに、この実績が、経営母体を揺るがせていたともいえる。

 こと私大合格でも、誇ってはいないものの、ココは、その点でも実績があった。

 

 なので、あえて聞いた。

 ーーあの小保方晴子。調べたら、東邦大学付属東邦高校じゃ、大した成績じゃなかった。なのに、特別選抜入試とやら、訳わかんないAO入試とやらで、あの腐っても天下の早稲田大学に入っちゃいましたよねえ? 私の感覚で言うと、理解できなくって(笑)。少し、最近の事情を、教えていただければと。

 「小保方さんねえ、まあ、ウチに来てた生徒じゃないから、詳しいことはわからないけど、そこそこの成績取れてれば、例え早稲田でも合格出来る時代になってしまったことは、確かです」

 AOでの入試枠といえば、かつては、帰国子女のための、「特例合格枠」であったはず。

 それが、留学経験も無い小保方を入れさせた。

 これが、悪事の予兆であったのかもしれない。

 もし、この時、まともに小保方が受験して、不合格になっていれば、卒論コピペの犯罪は、起こらなかったであろう。少なくとも、こと、早稲田においては。

 「”推薦”合格も、ずいぶん増えましたしねえ。いや、スポーツ推薦だけじゃないんですよ。もう、大学側は、なりふりかまわず、囲い込みに走ってます。その大学なりの、一定基準に達していれば合格!という理屈でね」

 少子化は、大学側にとっても、死活問題だ

 合格者数の水増しまで図って、文科省からの、学校法人としての助成金欲しさの犯罪が、まかり通っている。

 また、あるマンモス私大と言われたところでは、明らかに日本に働きに来て、カネ稼ぎだけの目的で受験した、留学生を、点数など無視して、合格させまくっている。

 そのため、その大學構内へ入ってみると、学生は皆無に等しく、閑古鳥と、カラスが鳴いていた。

 しかし、入学金と授業料だけは払い込まれているため、経営は辛くも維持されていた。

 「よく、ご存じで(笑)」

 「何年も、浪人してまで、目指す夢の大学に合格したい!という高校生が、どんどん、年ごとに減っていってます。気質もです」

 「なんとなれば、どこの大学でも、選ばなければ入れちゃう時代になっちゃったんですよ」

 近年、週刊誌上で、笑い話のように書かれていた、新設大學校の、試験問題の低下と、答えのドが付く低脳ぶり

 1、2、3という数字と、自分の名前さえ答案用紙に書ければ「合格」という大學や、各種学校の激増。

 これらも、経営維持と、囲い込みの笑えない実例だ。

 「いわゆる有名私大といわれるところだって、必死ですよ。存続させ、食っていくためにね」

 筑波大学などに象徴される、大量の「推薦」合格入学

 国立大学でさえ、だ。

 先日、48年前に制作・放送されていた「若者たち」を見ていたら、「有名予備校生、浪人を苦にして、また自殺!」という新聞記事を見た、三男坊のボン(松山省二)が、苦悩するという回が、再放送されていた。

 「受験戦争」「学歴社会」「ガリベン(勉)」という四文字コトバが、歴然と生きて居た時代の、ドラマということを痛感させられた。

 浪人しても、良い大学にさえ入れれば、その後は楽ちん。

 そんな時代は、今は昔・・・・・。

 いまや、例え、天下の東大を出ても、無能であれば、エリート・コースから、蹴落とされる時代。

 生き馬の目を抜く、ある意味、能力時代。

 正社員。契約社員。正規、非正規。アルバイト、パート・タイマーに、ブラック企業。

 さらに、最近では、アルバイト代の未払いコンビニ、スーパーが続出。タダ働きさせて、逃げ切る店が多く、問題化されている。

 「もう、浪人して、予備校でコツコツ勉強して、目指す大学に合格したいという高校生は、いなくなりました、と言ったら、大げさ・・・という時代では、無くなりました。本当に(苦笑)。その流れに、少子化が、拍車を掛けましたねえ…・」

 「入れるんなら、どこの大学でもいいという高校生や、予備校生が本当に増えました」

 入ったトコロで、その先が、見通せない今。

 予備校の社会的必要性が、失せつつある。

 まだ受験戦争なるコトバと実態が、生き残っていた1992年。いまから、22年前。

 大學受験生は、121万人もおり、浪人は28万人もいた。

 それが、今や、受験生そのものが、71万人と、半分近くに減り、浪人生は、わずか8万人に激減!

 その8万人を、奪い合い、まず、代ゼミが、陥落した・・・ということだ。

 歪んだ「予兆」は、あった。

 また早稲田大学の例で、恐縮だが、芸能活動のかたわら、品川女子学院高等部にたまに通学していた廣末涼子(当時・本名)という女子生徒がいた。

 学業成績は、同校に聞き込みをかけたところ、「ほぼオール3」という、並みの子。

 そんな子が、なんと天下の早稲田大学の教育学部国語国文学科に早々に「合格」しちゃった。

 ん・・・・させちゃった!

 「自己推薦入試」という”チョー特例”で。

 その背景を、調べてみると、彼女と席を並べたいと言う受験生臨時増加を期待しての、いわば”先行投資”であることが判明。

 ところが、いざフタを開けて見たら、受験生は増えるどころか、わずかに減った。

 早稲田がもくろんだ、1人ン万円も取る受験料稼ぎ計算は、失敗に終わったうえ、当の廣末は、通学、たまにというていたらく。

 そのうえ、ガードマンを引き連れてかっ歩。たちまち、悪評、蔓延。しまいにゃ、退学してしまった。

 ちなみに、品川女子学院高等部(当時)から、早稲田には、トップクラスの学業成績を獲っていた子が、3人、正規に受験し、2名が現役合格した。

 るる話してくれた、この予備校の職員は、数名。

 職務は、警備員兼務。

 そう、つい数か月前までは、制服をキチンと着込んだ、警備会社から派遣されてきた人達が交代で、校舎前に立っていた。

 その警備代を削減。

 ベテランの事務職員や、元・教員を警備業務に当たらせていたというわけだ。

 なにも、大規模縮小経営は、「代ゼミ」だけに、限ったことではない

 これは!! ひょっとして、ひょっとするゾオ~ッ・・・・・・

 フッと、背筋が凍った。

 その危惧を、6月、「予備考」として、感じ取った。

 その余波は、さらに大きくうねりをあげて、全国の予備校を襲い、間違いなく呑み込んでいく・・・・・ 

 

 

 

 

 


あなたは、「社会科の教科書」が、正確な「史実」にもとづいた方が良いと思いますか? それとも、テキトー、ウソ、デタラメ内容でも子供に学ばせますか?

2021-02-08 23:15:46 | 受験・学校

  ≪ 2019・7・21 掲載記事 ≫

 数日後に、大河ドラマで西郷隆盛を、史実にもとづかない小説を、さらに面白おかしく、ポップコーンのごとく目一杯ふくらまして、放送開始される。

 その宣伝のために、1月4日。4時間弱も垂れ流して、宣伝してたのを知り、あきれ果てた。

 いくら、前作まで、低視聴率から抜け出せないままだったとはいえ・・・・・。

 ウソは、ウソ。アリ地獄に、落ち込んでいるとしか、言いようがない。

 それで、一番分かりやすい例として、西郷隆盛の顔とされる、あの上野公園に、今も建つ、犬といる顔のウソを記事化した1本を、引っ張り出してきた。

 中盤に書いたので、読んで戴ければ、と。

 日本史に興味ある方は、アタマから読み進めて欲しい。

 (2017 ・3・22 掲載記事 )

 [ 2017・3・31 再掲載記事 ]

 《 2017・7・10 再再掲載記事 》

 ≪ 2018・1・4 再再再掲載記事 ≫

 つい最近のこと。

 小・中学校で学ぶ「社会科」の教科書の内容と、記述が、昔とガラリと変わってしまっているという事実を知った。

 ええ~っ!? ホントかよ? というコトが、連発。

 幼い頃から、「日本史」に興味があり、自分でガッコの図書室や、図書館、本屋で調べたりして育った私でさえ、驚くことがあった。

 昔「教科書」に書かれていた「歴史的事実」なるものが、古文書や、手紙、通達、遺跡、古墳など、ありとあらゆるものを突き合わせて、真偽を調べていくと、時代が数年前後してたり、間違っていた記述が多く見受けられたので、とのこと。

 なので、あの極めて腰が重く、「天下り」のあっ旋以外、仕事をしないことで有名な文科省が、前回の学習指導要領改訂の際に、「現時点」で判明した「史実」にもとづいて、書き直して下さい。

 ないしは、変わってしまった理由の説明文を補足して、記述を重ねて下さい、というように現場の先生に間接指導している、というのだ。

 例えば、いくつかの例を示そう。

 この記事を読み進めるあなたに、聞きます。

 「鎌倉幕府」の成立は、何年ですか?

 多分、あなたはこう答えるでしょう!

 「ええと、いいくに(1192)作ろう鎌倉幕府、と覚えさせられたから、1192年です」と。

 違います。1185年と、現在の、小・中学校の「社会の教科書には書かれているんです。

 1192年は、源頼朝(みなもと よりとも)が、征夷大将軍に、任命されたトシ。

 それが、鎌倉幕府成立のトシと、長ら~~く、国民は、教えられてきた。

 ところが、近年では頼朝が朝廷に願い出て、全国各地にくまなく「守護」「地頭」を置くことを認められ、彼主導の全国的軍事支配が出来た、1185年が、真に「鎌倉幕府」が事実上成立したトシと認定されてしまった。

 だから、その業績と実力を認められ、7年後には「征夷大将軍」に任ぜられたという流れになった、ということに落ち着いた。

 じゃあ、試験に、「何年ですか?」という選択問題や、書き込みを求められたらどうするの?

 そ~ゆ~ことも起きそうなので、近年は、「〇〇があったトシは、何年でしたか?」という問いは、入試問題や、統一模試などからは一掃されてしまい、出題されないうえ、学校現場では、年号を重要視しない傾向になっているという。

 「大化の改新」。

 これもまた、従来は645年とされていたが、史実にもとづき、翌646年に変わっている。

 それも、大化の改新と言う名称は消えさり、「改新の詔(みことのり)」という名称が正しいと変わった。

 従来の645年は、「乙巳(いっし)の変」になった。

 また、「仁徳天皇陵」という古墳は、どうも仁徳天皇のモノではない。違うようだという見方が発掘も手掛けてきた専門学者の意見の大勢となり、名称そのものが、教科書から消えた。

 従来の「仁徳天皇陵」とされていた古墳は、「大仏陵古墳」と、名称がガラリ変わってしまった。

 また、松尾芭蕉が書いたとされている「奥の細道」。

 彼が直筆で書いた原本が発見されたのだが、なんと表紙には「おくのほそ道」と書かれており、これまた、従来の「奥の細道」表記は間違いとなった。

 日本で一番古い貨幣が、従来「和同開珎」(わどうかいちん)とされていたが、これまた新たな発見、発掘により、一転して、「富本銭」に変わった。

 人物の評価も、変わった。

 「徳川綱吉」。この実在の徳川家の将軍。

 犬公方(くぼう)などと、さげすまれ、「生類憐(しょうるい あわれ)みの令」は、人間よりも「御犬様」を敬うという、悪法ではないか、いう評価が高かった。

 ところが、史実を洗っていくと、経済改革などに力量を発揮。実は「名君」だったのではないか!?という評価に変わっているという。

 んなもんで、書かれた内容も変わっている。

 さらにいうなら、あの有名な「忠臣蔵」。

 さすがに教科書にまでは載ってはいないが、事実とは全然違うデタラメ認知が、歌舞伎に始まり、下記掲載の映像化により、されまくっている。

   

 吉良上野介(きら こうづけのすけ)が眠る屋敷に、赤穂浪士47人が討ち入り、大石内蔵助(くらのすけ)らが、警護していた武士たちを斬りまくり、最期に隠れていた吉良の首を斬ったとされる、世にも有名な、組織的仇討ち事件。

 吉良が、謝礼という名目で、ワイロを慣例のように要求していたのは事実。

 だが、一方の浅野内匠頭(たくみにかみ)と言う人物。

 史実や、古文書に照らし合わせると、性格、すごい短気。すぐ、キレる。

 例えば、赤穂の城で、自分に逆らった言動を、ちょっとでも見せた家来に、すぐさま切腹を命じていた。

 その一方で、別の家来が「あの者は、謀反(むほん)を企ててるようですよ」と、根も葉もない作り話を浅野の殿に吹き込むと、ロクに真偽を調べもせずに、すぐ信じ込み、これまた謀反を理由に「切腹」を命じたというのが、古文書に、しばしば記載されている。

 家来、重臣たちは、「いつか、自分が、そんな運命になるかも?」と、疑心暗鬼に駆られていたという。

 さて、討ち入りの夜。

 47人が、上記写真の様な有名な派手な衣装を、全員が身にまとって、揃って行ったというのは、まったくのウソ。

 各人バラバラ。多くて2人。町人風情の着物を着て偽り、吉良邸近くにしめし合わせて、深夜秘かに集合。

 刀、槍、縄バシゴなどは、荷車に隠し、全体を覆って、幾つにも分けて行った。

 当時、幕府が、元・赤穂藩士たちの動向を探り続けて、討ち入りに気付いており、すべて目立たぬように、気付かれぬように、細心の注意を払った。

 当夜、雪降ってたのも、ウソ。積もっていたのも、ウソ。

 ましてや、大石内蔵助が、門前で山鹿流の陣太鼓叩いたのもウソ。

 気付かれぬように、斬り付ける寸前まで、音も無く侵入したので、だから、討ち入りは成功した。

 コトが終わってからだ、全員並んで歩いたのは。血染めの粗末な着物で、そのまま遠路10キロ以上歩いている。

 先日の3月20日は、1人、大石の命で抜けた残り46名が、相次いで切腹死した日だ。

 さらに、書くなら、教科書にも、かつて載っていた記憶がある、西郷隆盛の顔(写真下)。

  これ、実は違う人、別人。この顔は、西郷家一族の親戚の者に極似。

 なにしろ、あまりにも有名な、東京の上野公園に建つ銅像。

  この顔も、上の顔と似ているかのようで、まるで違う。

 この銅像の除幕式に立ち会った、妻の「イト」(写真左下)が、かぶされていた幕が取り除かれた瞬間、絶句!

  「亡くなった主人は、こげな顔は、しとらんです!」と言って、卒倒しそうになった逸話は、有名だ。

 一昨日、ネットを見たら、顔の違いではなく、普段から犬などと散歩はしていなかったし、着てるものが粗末だったので抗議をしたとの”怪説”が引用されていたのが点在していて、絶句した。

 そのなかにはイトが、立派な軍服を着た銅像が創られているはず、と思い込んでいたため、失意でそう言ったと思われるとの、これまた曲解がみられた。

 軍服着用のパターン像は、その曲解を受けてか?鹿児島市に建立されている(写真左下)。

  コレまた、んな顔と体型。私、取材に行きましたもん。

 実は、このほかに、西郷隆盛の顔、とされる人は3人もいる(写真左下)。

  全員、バラバラ。大きく差がある。 

 その中で、一番実際の顔に近いと言われているのが、この顔。  コレを書いた画家は、自分が幼い頃、西郷が近所に住んでおり、実際に西郷隆盛に常日頃、可愛がってもらっていた記憶にもとづいて、後年描いた。

 実際、鹿児島市のはずれにある西郷の居住地跡に行ってみると、家系図、詳しい業績、そして顔、体型の真偽について詳しく、立て看板に書かれてあり、この顔がホンモノ、本人と想われると記載されてあった。

  西南の役で、西郷が配下の者と5日間、立てこもったとされる洞窟(写真上)には、多くの観光客が、上の軍服姿の銅像の所にと同様、観に行く。

 すぐ近くには、売店が並び、ウソの顔が刷り込まれたグッズが売られていた。

 だが、遠路、まったく違う方向に、観光とは縁の無いバスに揺られ揺られして、且つ、7分ほど川沿いを歩いたところにある「居住跡」にまでは、よほどの熱心なファンでなければ行かない。

 なもんで、ウソと間違いが、いまだ堂々とまかり通っている。

 なにやら、鹿児島県では、西郷で有名な、「そうで、ごわす」。「おいどん、は」などの有名方言が、全滅。

 県在住の子供や若者が、鹿児島弁をまったく使わないうえ、忘れ去られていることに県の教育委員会が危機感を持ち、「バイリンガル教育」を促進し始めたという。

 「標準語も話せますが、もちろん、鹿児島弁も話せます」、と胸張って言える地域言語教育を浸透させる、のだと言う。

 そうなった背景には、次期NHK大河ドラマで、西郷隆盛が取り上げられることがあるようだ。

 なにしろ、今放送中のオンナ城主にしても、史実上、実在していない可能性が、とても大きいうえ、その生年月日や、産まれた地や軌跡も、古文書で書かれていない、幻の人物。

 なもんで、女性脚本家が、想像ふくらまして、創り上げた人物像。

 そこんところ、ねつ造や、でっち上げは、お得意のNHK。

 西郷の顔にしても、ドラマのモデル顔は、おそらく・・・・あの上野にある・・・・で、ごわすか?

 以前、歩きスマホの危険性を指摘した記事、「てめえら、死にたいのか!? 今、「二宮金次郎」は(後篇)」で、二宮金次郎の実像を取材。

  実は、左の写真のような、こんなコトはしていなかった金次郎少年だった、と判明。

 ガッコも満足に行けなかった貧乏話しも、大うそ。苦労無しの、良いトコの、お坊ちゃまだったし、後年は、金貸しに転じたオヒト。

 そ~ゆ~「ねつ造偉人さま」を、道徳教育のモデルにと、国と文科省が起用し続けたことに、教育現場が静かに、ひそかに、危機感を蓄積。

 折りしも、全国各地の小学校校舎が老朽化。

 震災も相次ぎ、校舎の一部なり、全面建て直しの流れのさなかに、この「たき木を売って、貧しい家計を助けながら、歩きオベンキョした、貧しさにも耐え忍んだ、賢い少年銅像」を撤去。

 全国から、次々と消え去り、と、ほぼ同時に教科書からも消えた。

 それでも、文科省。教科書からは消えたが、右寄りの政治屋たちの声を受け、「道徳」の「小冊子」のなかに刷り込み、この二宮金次郎を取り上げている。

 こ~ゆ~のは、しつこいが、文科省の基本政策は、コロコロと変わる。

 かつて、「ゆとり教育」なるシロモノが実施されたことがある。その旗振り役をしたのが、この写真の、元・文部官僚だった寺脇研

  ところが、やがて「ゆとり教育」は、間違っていたという結論に、政府下のもとに変更され、この男自身は、どう思っているのだろうか?と、都内で追撃。

 ---寺脇さん、どう思っているんですか? 結果として、税金の無駄遣いしたわけですし。児童や先生は迷惑かけられたし。責任も含めて、一言。

 ところが、この寺脇。何も答えず「いや・・・・」と、顔の前に手をかざして、逃げていった。

 そんな人間が、退職後、近年になって、「ゆとり教育」は正しかったと言う趣旨の本を出し、且つ、辞職したあと、自身も天下りの組織のツテを頼ってか、大学教授に就任したこともあり、「天下りも良いこと」という主張をしている始末。

 この見苦しい顔が、ここんところの「森友学園問題」で、ワイドショーに、なんとコメンテーターとして、自分の犯した問題には素知らぬ顔をしたまま、したり顔で「怪説」をのたまわっていたのには、おったまげた!

 起用する局も局、出るこいつも、こいつだ。

 寺脇研などのせいで、いつもいつも、迷惑をこうむっているのは、コロコロと変わる指導要領を手にして、教えている教師と、教えられている全国の生徒たちだ。

 その「被害」に、少子化傾向が年々増加しているとはいえ、2014年の集計で、小・中学校の総生徒数、1010万人がいる。

 文科省と、寺脇研の、責任は重い!

 いまだ、謝罪はしていない。

  さらに、かの昔から、教科書に記載されていた「士農工商」という、江戸時代の身分・階級制度を現す4文字熟語。

 ところが、コレも消えた!

 理由は、こうだ。 

 史実をつぶさに追っていくと、そのような確たる身分の上下関係と、制度そのものが、無かったのではないか、という結論に達したとのこと。

 別に、武士が飛び抜けて偉く、商人が低い?という差別表記が問題になった訳では無い。

 それどころか、商人がカネを武士に貸し付けていたり、ワイロに使っていた実態は、時代劇にでさえ、しばしば、描かれている。

 「〇〇屋、お前もワルよのお・・・・・ひひひひ」と、武家屋敷で、悪徳大名が、ワイロの小判を袖に仕舞い込みつつ、言うセリフは、あまりにも有名だ。

 ワイロ、だけではない。

 商人が、カネさえ、それ相当に出せば、「武士」の身分と家柄が買えたという実例が、古文書を調べると、驚くなかれ、どんどん出てきた。

 したがって、士農工商という身分制度そのものが、正式な言葉、実態も無かったてぇことになった。

 確かに、農が2位で、商がケツと言うのは、子供心にも、なんか変!とは思っていたが、それにしても、おいおいおいおい!だ。

 「鎖国(さこく)」。

 これもまた、表記として当たらない、誤解を生むということで、この単語も消えていた。

 が、なにか、おかしいことに、また「復活」させるらしい。

 真偽と離れ、歪んだ日本史が、ねじれに、ねじれまくっていく

 で、さらに。

 「聖徳太子(しょうとくたいし)」という歴史上の人物は、厳密に言うと、この世にいなかった、というのが現在の「社会科」の教科書。

  世に知られているどころか、かつては1万円札にも刷り込まれていた、この顔(写真左上の真ん中)。

 これもまた、不確かというか、厳密に言うと虚偽。

 というのも、聖徳太子という名前は、このヒゲをはやした人物が死んでから、俗称として後世に付けられたもの。

 生前中は、「厩戸皇子(うまやどのおうじ)」や「厩戸王(うまやどのおう)」との名称が付いていた。

 で、このヒトが、教科書に載ったのは、「冠位十二階」とか、「十七条憲法」などを創ったとされたから。

 ところが!

 このヒトが産まれたのが、西暦でいうところの574年2月7日。

 で、亡くなったのが、622年4月8日。

 つまり、まだ48歳で他界したのだが、上記十二やら、十七やらを創ったとされるのが、史実を追っていくと、29~30歳。前後、多少ズレがあったとしても、若き20歳代。

 なのに、老成したような顔つきのうえに、口ひげはおかしいし、あごひげも、ねぇだろう!という結論に。

 さらに、十二に十七。

 厩戸のカレが、独りで考えたものではなく、何人もの人間たちが、何度も合議を重ねて、練り上げて作成したものと判明。

 彼がその代表格として、突出して名前が出るのは許容されてるのだが、そもそも、このクチヒゲ顔が、想像上のシロモノ。

 そのうえ、死んでから創った物でもない。

 あくまで、厩戸の、若き時代に創ったモノなのに、聖徳太子はおかしいし、虚偽表記となるではないかとの結論に。

 しかし・・・・世間では、長きに渡って「聖徳太子」が流布されてきた。

 で、教科書では、おかしく、まぎらわしい表記で、落ち着いた。

 小学校の「社会」の教科書では、4社全部が「聖徳太子」に。

 だが、中学校では、8社のうち、6社が「聖徳太子(厩戸皇子)」。

 1社が、「聖徳太子(厩戸王)」。残る1社が、「厩戸皇子」に。

 これが、学校現場で混乱を生じさせているとか、アタマだけで考えた文科省が、学校現場に聞きもせず、さらにアンケートも取ること無しに、一方的に流布させた。

 で、やったことは本末転倒なやり方。 

 文科省の言う「パブリックコメント」。

 国民・一般からの意見を聞きましょうというフレコミ。

 ところが、この手法。具体的に、何人に? どんな年代層に、何人づつ? 男女別は? などなど、詳しいデータは、以前から非公表。

 だから、勘ぐれば、いくらでもでっち上げ、ねつ造は可能な手口。

 で、今月末にデッチ上がる、「学習指導要領」では、なんと!聖徳太子が復活し、教科書全面統一に戻っていくらしい。

 先に書いたように、全国の小・中学校の「社会科」を教えている全員の先生にアンケートと、実情と、附帯意見を書いてもらい、ソレを集計してから勘案すれば良いこと。

 それで、「聖徳太子」全面復活ならば、納得も出来なくも無い。

 安倍晋三・昭恵夫妻や、夫妻ともに3つの変名を使いわけてきた籠池夫妻を始め、妙な右傾化で「社会科」の動かしがたい「史実」が、間違った方向に走ってはいけない。

 にしても、20歳代後半で、口ひげ、あごひげは、ねえだろう!

 いくら、想像で、描いたシロモノにしてもさあ・・・・・・。

 また、まだ48歳で「厩戸」が死んだとき、ひげをたくわえていたか、どうか?も、まったく判っていない。

 お札と、史実は、あくまで別。

 間違いは間違い、と認めなければ、日本史は歪んだ方向にいってしまう

 最期に、お札といえば、現・5000円札の樋口一葉

 むろん、実在の作家だが、このヒト。死ぬまでおカネに苦労したヒト。死んでから、評価が高まり、著作が売れた。

 人生、あまりにも皮肉だわ・・・・・。

 墓の下で、そう、つぶやいているにちがいない。

 もひとつ、最期の締めに、伊藤博文

  このヒトも、「千円札」に刷られた歴史上の偉人で、教科書にも、その名が出てくる。

 読者も、記憶があるはず。

 だが、この偉人。教科書には、絶対に載せられない「史実」が有る。

 ソレは、無類のオンナ好き、ドスケベだったこと。

 芸者遊びが、大好き。

 公務を終えたら、一目散に芸者の待つ部屋へ。

 もう、ハメまくり、やりまくり。

 妻がいながら、公然、隠さず。

 ついには、17歳の芸者に入れあげ、妻と離婚し、この芸者と結婚。

 しかし、ビョーキは収まらず。

 ついには、13歳の芸者まで囲っちゃったほど。

 明治天皇にまで呼び出され、注意されたが、いっこうに聞かず。

 老いても、3Pもして、川の字になって寝ていた。 

 そのこと、本人が、しゃべってる。

 いやはや、史実。

 んでも、千円札の明治の大偉人サマ。

 なんともはや・・・・・・。

 


《 リアル 2020秋の、小学校運動会 実態ルポ 》 新型コロナウイルスによる、狼少年・文科省&教育委員会 通達により、家族中のイベントが、驚き、あきれる、様変わり・・・

2020-10-18 19:28:57 | 受験・学校

 あまりの、今年の2月から吹き荒れた、新型コロナウイルスに対する、異常なまでの、恐怖の「コロナ コロコロ、死ぬ死ぬ病」とも言い換えられる、報道ぶりに、日本中の国民が、異常反応。

 まるで、79年前の、戦時中の変形呼びかけ

 「欲しがりません、コロナに勝つまでは」、「この、恐ろしさが、終結するまでは、がまん、がまん」

で、「終結するまでは、集結しては、いけません」てか

 んな、ごとが、教育界に、まん延。

 オカミから、ガッコへの、「決して、強制では、ありません。あくまで、要請です。コロナ陽性にならないために」」

 でもって、教育界の悪しき慣例で、右にならえの、授業中止、期限未定のお休み。

 もう、この9月まで、夏休みも含め、規定に達しない授業時間数、メチャクチャなことに、成りはてた。

そのようなことも、含め、取材したうえで、、連弾で、10本以上、記事化した。しかし、驚くほど、読まれず、検索されず。

 それ、覚悟の上での、以下の記事です。

 ---------------------------

 全国的に、11月になって、やっと、行われる流れになった、今年の、小学校の運動会。

 グラウンドに出ての、全体練習の段階から、「3密」縛り。

 以前の、2m以上離れて、距離、保って! から、1m以上に、緩和されたんですと、先生、笑顔。

 生徒同士が、両腕を左右に伸ばして、ぶつからないくらいが、目安。

 

 一応マスク、装着だが、徒競走のときは、考えるという流れ。

そして、昨年までは、全学年、入り混じっての競技だったのに、今年に限っては、まず、1年生と2年生だけの競技や、ダンス演技群舞。

 その次、3年生と4年生。最期は、5年生と6年生だけの、競技で締める、ソレも、お昼までに終わらせる、超短縮版。

 食事すると密にもなるj。衛生上も、問題が…と、深謀遠慮の極み。

 むろん入場時に、体温測定やら、、手の消毒など細かい規定が、べったりと、まとわりつく。

 そして、応援しに行く、父母、祖父母ら、親族も、人数制限。

 事前に、感染、否、観戦希望の応募、登録してもらい、200人限定の中から、選ぶ。

 その上で、1年生と、2年生で、一区切りし、競技見終えたら、子ども、生徒との、接触不可で、即座に帰って戴く。

 次に、入れ替えて、3年生と4年生の父母ら。ハイ、次は、5年生と6年生の観戦の方、どーぞ。

 無論、競技数。激減。

 それでも、やらないよりは、まし・・・・・・という、結論。

 ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

 ほかの小学校でも、どこもかしこも、人数限定

 感染避けるため(笑)の、観戦は、両親のうち、片方のみという、規定の、小学校もあった。

 なんだか、異常と感じるのは、私だけであろうか・・・・・

 取材した、先生たちや、ガッコの、広報担当の教頭先生たちは、ホンネは、抑えて、言わず。

 苦笑いで・・・・・・

答えを、返してくれた

 


《 リアル 2020秋の、小学校運動会 実態ルポ 》 新型コロナウイルスによる、狼少年・文科省&教育委員会 通達により、家族中のイベントが、驚き、あきれる、様変わり・・・

2020-10-18 17:41:56 | 受験・学校

 あまりの、今年の2月から吹き荒れた、新型コロナウイルスに対する、異常なまでの、恐怖の「コロナ コロコロ、死ぬ死ぬ病」とも言い換えられる、報道ぶりに、日本中の国民が、異常反応。

 まるで、79年前の、戦時中の変形呼びかけ

 「欲しがりません、コロナに勝つまでは」、「この、恐ろしさが、終結するまでは」

で、「終結するまでは、集結しては、いけません」

 んな、ごとが、教育界に、まん延。

 オカミから、ガッコへの、「決して、強制では、ありません。あくまで、要請です。コロナ陽性にならないために」」

 でもって、教育界の悪しき慣例で、右の倣えの、授業中止。

 もう、この9月まで、夏休みも含め、メチャクチャなことに、成りはてた。

そのようなことも、含め、取材したうえで、、連弾で、10本以上、記事化した。しかし、驚くほど、読まれず、検索されず。

 それ、覚悟の上での、記事です。

 ---------------------------

 全国的に、11月になって、やっと、行われる流れになった、今年の、小学校の運動会。

 練習の段階から、「3密」縛り。

 それでも、やっと、生徒と、生徒の間が、2m以上から、1m以上に、最近になって、許可。

 両腕を左右に延ばして、ぶつからないくらいが、目安。

 一応マスク、装着だが、徒競走のときは、考えるという流れ。

そして、昨年までは、全学年、入り混じっての競技だったのに、今年に限っては、まず、1年生と2年生だけの競技。

 その次、3年生と4年生。最期は、5年生と6年生だけの、競技で締める、ソレも、お昼までに終わらせる、超短縮版。

 食事すると密にもなるj。衛生上も、問題が…と、深謀遠慮の極み。

 むろん、体温測定やら、、手の消毒など細かい規定が、まとわりつく。

 そして、応援しに行く、父母、祖父母ら、親族も、人数制限。

 事前に、感染、否、観戦希望の応募、登録してもらい、200人限定の中から、選ぶ。

 その上で、1年生と、2年生で、一区切りし、競技見終えたら、子ども、生徒との、接触不可で、即座に帰って戴く。

 次に、入れ替えて、3年生と4年生の父母ら。ハイ、次は、5年生と6年生の観戦かた、どーぞ。

 無論、競技数。激減。

 それでも、やらないよりは、まし・・・・・・という、結論。

 ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

 ほかの小学校でも、人数限定

 感染避けるための、観戦は、両親の内、片方のみという、規定。

 なんだか、異常と感じるのは、私だけであろうか・・・・・

 取材した、先生たちや、ガッコの、広報担当の教頭先生たちは、ホンネは、抑えて、言わず。

 苦笑いで・・・・・・

答えを、返してくれた

 


《 リアル 2020秋の、小学校運動会 実態ルポ 》 新型コロナウイルスによる、狼少年・文科省&教育委員会 通達により、家族中のイベントが、驚き、あきれる、様変わり・・・

2020-10-18 17:41:56 | 受験・学校

 あまりの、今年の2月から吹き荒れた、新型コロナウイルスに対する、異常なまでの、恐怖の「コロナ コロコロ、死ぬ死ぬ病」とも言い換えられる、報道ぶりに、日本中の国民が、異常反応。

 まるで、79年前の、戦時中の変形呼びかけ

 「欲しがりません、コロナに勝つまでは」、「この、恐ろしさが、終結するまでは」

で、「終結するまでは、集結しては、いけません」

 んな、ごとが、教育界に、まん延。

 オカミから、ガッコへの、「決して、強制では、ありません。あくまで、要請です。コロナ陽性にならないために」」

 でもって、教育界の悪しき慣例で、右の倣えの、授業中止。

 もう、この9月まで、夏休みも含め、メチャクチャなことに、成りはてた。

そのようなことも、含め、取材したうえで、、連弾で、10本以上、記事化した。しかし、驚くほど、読まれず、検索されず。

 それ、覚悟の上での、記事です。

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 全国的に、11月になって、やっと、行われる流れになった、今年の、小学校の運動会。

 練習の段階から、「3密」縛り。

 それでも、やっと、生徒と、生徒の間が、2m以上から、1m以上に、最近になって、許可。

 両腕を左右に延ばして、ぶつからないくらいが、目安。

 一応マスク、装着だが、徒競走のときは、考えるという流れ。

そして、昨年までは、全学年、入り混じっての競技だったのに、今年に限っては、まず、1年生と2年生だけの競技。

 その次、3年生と4年生。最期は、5年生と6年生だけの、競技で締める、ソレも、お昼までに終わらせる、超短縮版。

 食事すると密にもなるj。衛生上も、問題が…と、深謀遠慮の極み。

 むろん、体温測定やら、、手の消毒など細かい規定が、まとわりつく。

 そして、応援しに行く、父母、祖父母ら、親族も、人数制限。

 事前に、感染、否、観戦希望の応募、登録してもらい、200人限定の中から、選ぶ。

 その上で、1年生と、2年生で、一区切りし、競技見終えたら、子ども、生徒との、接触不可で、即座に帰って戴く。

 次に、入れ替えて、3年生と4年生の父母ら。ハイ、次は、5年生と6年生の観戦かた、どーぞ。

 無論、競技数。激減。

 それでも、やらないよりは、まし・・・・・・という、結論。

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 ほかの小学校でも、人数限定

 感染避けるための、観戦は、両親の内、片方のみという、規定。

 なんだか、異常と感じるのは、私だけであろうか・・・・・

 取材した、先生たちや、ガッコの、広報担当の教頭先生たちは、ホンネは、抑えて、言わず。

 苦笑いで・・・・・・

答えを、返してくれた

 


マスコミの過熱報道は、減ったけれど。増えるガッコ休み日数の、藤井聡太・新7段,高1棋士。今日も、朝から家出て、ガッコ行かずに大阪で対局。快勝しても解消されない、対極の課題

2018-06-01 17:26:04 | 受験・学校

  この文字を打ち込み始めた昼頃は、将棋盤の前を少し離れ、対局室で、まさに「もぐもぐタイム」の、昼食をクチにしている時刻。 

 ちなみに、出前で注文したのは、「明太子、子どんぶりご飯添え、ぶっかけうどん」。値段、800円なり。

 まだ、15歳。性欲以上に、食欲もありますっ。

 ちなみに、新幹線代やタクシー代は、チケット領収書を提出しとけば、対局後、全額、支払われます。

 昼食代は、自腹とのこと。むろん、対局代は、後日、まとめて振り込みされます。

 あとか月半で、16歳になる、愛知県在住の、まだ高校1年生、藤井聡太。

 将棋のプロ棋士で、史上最速、最年少の、もっか7段。

 今日は、その7段になって、初めての対局日。

 これまでのように、早朝から新幹線の指定席に乗車し、一路、大阪へ。

 関西将棋会館まで、午前10時対局開始に間に合わせた。もう、慣れたもん。

 今日の相手は、32歳にして茶髪にひげ面の中村亮介・6段。

 つい最近まで、過熱報道ぶりが目に付いたのに、今は、ニュース枠の中にも入らず。

 昼に何食べたなんてことは、もはや、ネットニュースを探し回らないと、分からなくなった。

  (ameba tv より)

 それでも、パソコン開けば、2局で、ナマ実況中継と、盤の展開解説が、同時進行で行なわれている。

 マスコミ取材人数は、潮が引くように・・・・・というのが、これほど当てはまる15歳は皆無だろう。

 対局が終わるのは、午後9時を回る・・・・はず。

 今日は、金曜日。「関西将棋連盟」が、すでに指定予約してくれたホテルに、夜10時半頃、宿泊。宿泊代は、連盟が支払う。

 明日は土曜日。

  藤井聡太が通学している、その名も、「国立大学法人 名古屋大学教育学部附属高校」も、休み。

 明日、藤井7段は、ゆっくりと、チェックアウトしたのち、再び、新幹線の座席に身を沈め、名古屋駅から、地下鉄と私鉄を乗り継いで、帰宅するはず。

 だが、本日の対局は、「棋王戦 予選の決勝戦」。

 次戦は、この6月5日(火)。

 再び、新幹線に跳び乗って、大阪行き。関西将棋会館で、対局。石田直裕・五段と指す。

  現在の棋王は、あの渡辺明。

 そう、1人の棋士であり、ライバルとも目された三浦弘行・九段の冤罪を、でっち上げて、造りだし、「もし、そうでなかったのならば、私は棋王を返上する覚悟がある」と、公然と言い切った。

 なのに、その相手の冤罪が晴れると、黙りこみ、場違いな場で、どさくさ混じりに謝罪し、逃げ回り、平然と生き続け、いまだ返上していない。

 人間として、最低の男。このところ、薄ら笑い浮かべて、苦戦続き、

 そんなクズを、藤井が倒し、棋王になるならば、世間と、日本中の将棋ファンは、さぞかし、拍手喝采であろう。

 棋王戦の決勝は、来年の2月から3月に予定されている。

 それにしても、母親のたっての願い。

「聡太。せめて高校だけは、卒業してちょうだい」という願いを聞き入れ、父が、単身赴任している東京で、対局が終えたあと、父のいるアパートへ直行。

 一晩かけて相談し、結局、エスカレーター式に、附属高校へ、この春、進学。

 だが・・・・・・

 もう、4月からも、対局が目白押し。

 すでに、7段に昇段、

 この先も、平日の対局が、勝ち上がるたびに、増える見込み、

 さて、対局の向こうに潜む、対極の課題。

 ガッコは、どう考えているのであろうか?

 彼が通う、附属高校へと電話を入れてみた。

 この手合いは、通常、教頭、ないしは、副校長が担当するもの。

 ところが!

 「生徒の藤井クンの件につきましては、すべて、名古屋大学の広報が担当しておりますので、大学の方へ、掛け直してください」

 ---えっ! だって、彼、高校生ですよ。なんでですか?

 「いえ。そ~ゆ~ことに、なっておりますんで」

 ---いや。聞きたいのは、彼の出席日数のことなんですよ

 「いや。それも含めて、すべて大学の広報へ」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

   いやだなあ。折りしも、ほら、日大の広報の悪辣さ、この爺さんの態度の悪さが、目に浮かんだ。そのうえ、やはり、いかに、日本一有名な高1とはいえ、そこに大学が出張ってくるのが、そもそも不可解で・・・・。

 掛け直すのや~めた!

 第一、本人の日常、ロクに知らねえだろうがさあ・・・・

 ひとつ、質問したら、オウム返しに、「その質問、やめてください、ください、ください」「何かください」、「個人情報で、お話しできません」と、馬鹿の一つ覚えのパターンが、繰り返し返ってきそうだ。

 対局、負け続ければ、出席日数の心配は、不要。授業に付いていけなくなる心配も、なくなる。

 まさに、対局の対極問題。比例と、反比例のグラフの如く。

 まあ。正直、、藤井聡太のホンネとしては、当時ガッコ、行きたくなかった。進学も、する気はなかったが、両親の言うこと聞いて、良い子になって・・・・の産物ではあったしなあ。

 しかし、週に最低、2日つぶす対局日。

 多忙になると、4日間。翌日は、休養を取り、ガッコ行かなくても良い取り決め、中三の後半に決めてしまった。

 だから、毎週、勝ち上がると、2局。週の3~4日は、東京か、大阪にいるはめに。

 真ん中の、自宅に近い名古屋には、調べると「東海本部」というのがある、しかし、今は、「普及会」という名称に建物自体が変わり、児童の対局大会がメインに。

 でも、そこで、かの藤井を、「特別扱い」して、「融通を効かせて」

 「それは、無理ですね。出来ません」と、即断で答えが返ってきたのは、本部「日本将棋連盟」から。

 「相手もあることですし・・・・今後も、東京や大阪に行って戴くことになるというのには、変わりがありません」

 すげない、御返答。

 

 まだ、今も対戦中。「穴熊」なんぞの単語、飛び交い、もつれております。

 快勝するには、道、今後も険しさ、予想されます。

 家庭では、兄と家族との疎遠な関係。長い単身赴任で、夫婦の心の距離も遠くなっていると聞く。

 大学が出張って担当と言うことは、野球ならぬ「将棋 特待生」扱いで、トコロテン式に、答案用紙に名前だけ書けば、終局、卒業させるってことかいな?

 彼だけの扱い。俺も、私もと、将棋倒しには、させないんだろうなあ・・・・・

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 本日も、勝ち・・・・・ました。

 高校生になって、すでに6戦、6勝。

 ガッコ、休んでンなあ・・・・・・。


プロ棋士として以前に、藤井聡太は中学3年生のはず。「移動日」を理由にして、授業さぼって、大相撲名古屋場所を、堂々と桝席で観戦中

2017-07-12 16:44:45 | 受験・学校

 藤井聡太について、どこのマスコミも焦点を当てない、しかし、まだ中学3年生としての彼の、生徒と、プロ棋士の生活を取材し、記事化してきた。

 昨日は、大阪で対局し、これで改めて2連勝となった。

 対局が終わったのが、夕方の5時半。

 それから、以前に較べると減ったが、多くの記者とカメラマンに囲まれての囲み取材があったものの、6時半過ぎには終了。

 翌12日は、「移動日」として、通う「国立名古屋大学教育学部附属中学校」も、休みをなかば仕方なく黙認し始めたところ。

 しかし、愛知県瀬戸市にある実家に、優に、時間的余裕をもって帰宅できた。

 で、さっき、何気なく、大相撲名古屋場所のナマ中継を観て、びっくりした。

  コレ、このように、その藤井聡太が、会場の桝席に、堂々と座って観戦している模様が映しだされたからだ。

 時刻は、午後4時15分。

  向かって右となりには、兄か、年上の将棋仲間か。

 さっそく、藤井が来ていることに気付いたオッチャンが、カメラを手に、藤井を撮ろうとしたところ、

  その将棋仲間らしき若者が、そのオッチャンに、撮らないようにアクションを繰り返していた。

 当の藤井は、嫌がる素振りも、表情も、口振りも画像で観る限り、うかがえない。

 アイドルのマネージャー気取りか、この若者は。

 

 気になるのが、その時刻に、会場にいたこと。

 昨日、そのまま夜までに帰宅し、今日は登校し、6時限か7時限の授業をさぼってか、聡太早退してまでか、待ち合わせて会場入りしたのなら・・・・まだ、わからないでもない。

 ちなみに、この桝席。

 藤井の師匠である、杉本昌隆が予約して、持っている桝席とのこと。

 だが、「移動日」をいいことにして、平日にガッコさぼって、大相撲観戦していたとしたら・・・・・・。

 ひょっとして、すでに夏休みにガッコが入っているかも、とも思い、ガッコに確認取材。

 「今日は、普通に学校やっておりますよ。夏休みですか。ちょっとお待ちください・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「はい、お待たせいたしました。7月の21日の金曜日から、8月31日までです」

 うーん・・・・・・

 「移動日」を隠れみのにしての、ガッコさぼり、か。

 はたまた、授業を途中で切り上げて、観戦か。

 どうなんだろうなあ、この態度は・・・・・・

 それで、批判を寄り切るつもりか。もう、登校は投降して、なかば投げ出してるとはいえ・・・・・・。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 2017・7・12 夜

  誰が仲立ちして、仕組んだのか、マネージメントしたのか、全取り組み終了後、ダヴァジャルガルに会って、会わされて、「絵作り」されて・・・・

 日一日と、浮かれていき、「将棋バカ」の道を一歩一歩、歩んで行っている気がしてならない。

 危惧していたが、谷川浩司のパターン、踏襲か・・・・

 対局終了後、何か質問されると、必ずすべて「そうですね・・・」と言い、少し考えて答えるが、意外性があり、興味深い答えは、いまだかってただの一言もない。

 早くも、15歳間近にして、「老成」しつつある。

 一般常識や、若者らしさは失われつつあり・・・・

 それゆえか、彼を8か月も追ったという、「Nスぺ」でも、ただ1点、将棋が強い中学生という姿しか、映し取れなかったのであろう。

 報道によれば、八角理事長以下、協会首脳陣にも会わせられ、将棋談義に花咲いたとか、しぼんだとか・・・・・。

 せめて、これが土曜日や日曜日ならば、分からないでもないが。

 それすら、出来なかったのであろうか・・・・・。

 いくら「プロ」なんだからと言えども、棋士の前に中学生。

 娯楽の前に、教育。そう想うのだが・・・・・・。

 中学校側は、もう、なかば、見放しつつあるようです。

 高校への進学の意思は、本人には無いとみました。

 何かが、少しづつ、歪み始めている。何かが、日一日、狂い始めている・・・・・・・


<リアル 中学校”武道必須授業教育” 直前ルポ> お馬鹿文科省の愚作の為に、現場大混乱中!

2017-03-31 10:32:58 | 受験・学校

 < 2012・2・26 掲載記事 >

 授業中の死亡”事故”が、全国各地で続出しなければいいが・・・・。そう危惧しつつ、この記事を書き、ならぬ、打ち始めている。

 というのは、かねてより教育現場で頭を悩ましていた、中学校での武道とダンスの授業が、この4月の新学期から必須科目として始まるのだ。それもダンスだけならともかく、女子も男子と同様に武道の授業を受けさせるというから驚く。

 それで、どうしても思い起こすのが8年半前の2003年10月18日、福島県須賀川市の中学校で起こった女子柔道いじめ事件だ。今回の旗振り役ともいうべき立場の文部科学省としては,目をつむりたい事件であろうが、今再び悪夢が、ゾンビの如く甦ってくる可能性は高い。

 こんなことになったキッカケは4年半前。クルクル、無能の政治屋が政権交代を繰り返してきたので、安倍内閣の時代といっても、すでにはるか昔の気がする。2007年9月7日、何をとち狂ったか、その日の中央教育審議会で決めてしまった。

 1度決めてしまうと、のろのろと動き始めてしまう官僚。生徒にとっては、本当に迷惑この上ない、危険に転じる新制度。そして、先生にとっては、それ以上の大混乱をきたしている。

 当初は1~3年生の全学年対象だったのが、コロッといつの間にやら1~2年生限定に。それでも全国の公立・私立合わせて約1万1000校、適用は男子・女子の約240万人に及ぶ。ダンスの方こそ、かつてのフォークダンスも含んでおり、見よう見まねでしのげそうという、教育現場の声。

 しかし、「武道」となると、そうはいかない。柔道を筆頭に、剣道、空手、相撲、弓道、果ては、なぎなたにまで及ぶ。どれを選択してもいい。   

 とはいうものの、それを学生時代に学んだ先生は少ない。その上、武道場がある中学校は半数にも満たない有り様だ。

 そのために新たに敷地内に武道場を建てる必要に迫られるのだが。

 文部科学省からおりた予算は50億円。1校あたり、平均100万円。全校平均46万円。たった!?と、驚かれるはず。

 当時の安倍をはじめ、今の野田”豚”総理が、官房機密費で自由に領収書無しで裏金としてフトコロに入れてしまうカネは2億5000万円。

 事実上、裏金化している民主党の政党助成金240億円。自分の身は切りもせず、国民には消費税10%を押し付けようとする。こんなデタラメ、マニフェスト詐欺師の下で、新入生を迎える準備で慌ただしいなか、教育現場はテンヤのワンヤ

 「・・・正直言うと、困っているところなんですわ。上も、えらい無理なこと、押し付けてきよるなあ、と」

 「見た通り、ウチの学校は住宅街にありまして、これ以上敷地に何か建てるというのは、とても無理です。かといって、武道やダンスの授業のたびに、市内の施設を借りて、移動するという訳にもいきませんし・・・」 

 柔道部を訪ねてみると、生徒はいるものの、指導者の姿は見えない。基本を繰り返し、組手を研究していた。危険さは感じないものの監督不在では・・・。職員室を訪ねると、デスク作業中だった。

 「学校名は申し訳ないけど、出さないでいただけますか? 私は顧問と監督を一応兼務しております。えっ!?何段ですかって?持ってません。学生時代に、ちょっとやっておりました。試合にも出場した経験もありますよ。強くはありませんでしたけれど」

 ココなど、まだよい方かもしれない。実態は、お寒いばかりだ。クラブで大きな事故が起こっていないのは、幸運といってもいい。そんな”厳実”のなかで、世間の実情などお構いなしの、このたびの「武道」教育。

 担当の文部科学省 スポーツ青少年局 企画体育課 学校体育振興係を直撃した。

 年間の保健体育の規定授業時間105時間のうち、問題の新授業は当初13時間とされていたものが、「10時間の予定で組み込まれる」と、少し後退。柔道やろうが、なぎなたやろうが、選択は自由。あとは、知らないってか。もしも事故が起こったときの、責任問題にまで及んだ。

 「責任? いや、そこまで考えたことは、ありませんね」 

 いつだって、現場に押し付けと責任逃避・・・

 と、なれば現場では柔道ならば受け身のみ。剣道なら素振りだけ。空手は型だけ。弓道などは、危なくってやれやしない。10時間、それにて終了か。ありゃりゃあ。

 もし、乱取りなどやって、間違って首など打って頸椎損傷にでもなって、とか考えたことありませんか?

「いやあ、そこまでは。私も経験あるので、わかりますが」   

 経験? 何段ですか?

 苦笑しつつ答える。「一番下のやつです」  

 考えも一番下のままでは、困るのだが。

 得意の投げ技は、<丸投げ>か・・・・・・

 

 

 

 

 

 


< リアル 高校野球 ルポ > 健大高崎、「特待生校対決」で秀岳館に敗退。にしても、ビックリしたのが、健大高崎・応援部の実態。ついに、時代は、ここまで来てたか!!

2017-03-29 22:48:43 | 受験・学校

 2017センバツの、本日「準々決勝」。

 「健大高崎」 対 「秀岳館」。

 どっちも、名だたる「硬式野球部 特待生軍団」。

 健大高崎、こと、正式名称、「高崎健康福祉大学 高崎高等学校」と長い。

 ココ、出場選手登録18人中、13人が、群馬県以外から来た、プロフェツショナル球児。

 中学生時代は、三重県、栃木県、大阪府、東京都、岐阜県、神奈川県、愛知県、兵庫県、沖縄県、千葉県、茨城県などなど、全国各地からスカウトの末に、1本釣りされて、群馬県の高崎市まで、はるばるやってきた。

 むろん、寮は完備。その他の、練習のための施設もすべて完備。

 全部員、75名。

 それを、ABCの3段階に振り分けていた

 Aは、レギュラーの主力。Bは、育成枠。そして、Cは、新人。チカラが達していない選手は、3年生でもC枠のまま、甲子園ではスタンドで、声枯らして応援の役目をして、卒業をさせられる厳しさ。

 

 A枠から落ちた部員の多くは、地元や群馬県内の野球少年。

 硬式野球部だけでは、ない。

 この高校。「アスリートコース」なる特待生を招き入れるコースが、入試時に、すでに組み込まれており、野球の他に、男女7つのスポーツ競技において、「戦績」優秀な中学生を招き入れている。

 いわば、高校それ自体が、あまりに有名な「青森山田高校」のような、「特待生校」というわけだ。

 ただし、山田のように、その経費が積み重なりはじめ、学校経営を圧迫。少子化のなか、経営危機状態に陥らなければ良いのだが・・・・・。

 本来であれば、入学金や各年度の授業料を徴収出来るものを、戦績や、校名を知らしめてくれる将来の期待度を推し測り、免除を1人1人、決めてゆく。

 その免除分を、一般入試で合格して入学してきた生徒から、「寄付金」や、調べていくと使途不明な「積立金」名目で徴収して、相殺している。

 それが、「特待生校」の、ほぼ一致した手法だ。

 なかには、それだけでは収まりきれず、看板選手に「お小遣い」「生活費」を与えている高校も、ある。

 今日勝ち上がった「秀岳館」。

 以前も書いたが、熊本県の八代市にあるのだが、このセンバツでも、18人中、熊本県人は、たったの1人。それも、レギュラーではなく、申し訳程度の控え。

 昨年の夏の甲子園大会では、全員が、鍛治舎の子飼いの関西圏から呼び入れた特待生球児。

 NHKに寄せられた「応援メツセージ」のなかには、「熊本魂を見せて、頑張ってください」などという、実情を知らない熊本県人からのものが有り、アホかと、苦笑せざるを得なかった。

 校舎の屋上に刻まれた校名は、汚くくすみ、元・解説者だった、悪名高き、鍛治舎巧・監督の腹は、糖尿病患者のように膨らみ続けている。

    センバツ直前、この鍛治舎と、高校やPTAや、野球部後援会側が、対立。

 その態度大きな、尊大な振る舞いに対する根強い不満。鍛治舎の腹並みに、予想を越える特待生軍団に要する膨らみ続ける経費の増大に、事態がもめにもめた。

 監督に就任して、丸3年。就任した直後から、勝利至上主義とも取られかねない、剛腕ぶりを発揮。

 自分が育てた、関西のリトルリーグ「オール枚方(ひらかた)ボーイズの選手達を、秀岳館に引き抜き、勝ち続けた。

 その点の評価こそ高かったが、一方で、地元八代(やつしろ)育ちの子や、県内から来た子を、育てる気が、周囲から見て、まったく見えなかったことに加え、スタメン、レギュラーの子は、いつも、全員関西から来た子達。

 丸3年目に至って、その恣意的(しいてき)とも思える、起用法に不満が募っていった。

  その挙句、辞めろ、辞めないにもつれ込み、事態はとりあえず、鍛治舎が辞めたい時に、辞めてもらっていい。

 最大、あと2年は監督をやらせるが、そのあとは分からないということで、とりあえず収拾はしたものの、これで優勝出来ずに終わった場合、また問題はぶり返す可能性を秘めている。

 この特待生プロ軍団は、明日の準決勝で、大阪桐蔭と対戦。

 桐蔭は、もはや近年、あえてカネ使いまくって特待生を集めなくっても、入学前の「セレクション」で、関西近辺から、推薦も含め、良い素材がわんさか詰め掛けて、テストを受けており、逆にここ数年、選び放題の状況に変わった。

 「大阪桐蔭」が、中学生球児の「憧れのブランド」化。

 こうなると、高校側としては、必要経費以上の無駄ガネを投資する必要も無くなり、しめたもの。

 桐蔭は、今大会、攻守、巧打、好投。周囲の見るところ、頭一つ、総合力で抜きん出ているという評価が高いだけに、「ニセ熊本魂」を押し潰し、地に這わす可能性は髙い。

 で、さて。

 今回の、この記事のメインは、特待生のことを、再び指摘することではない。

 健大高崎の「応援部」の実態だ。

 これまでもテレビ中継画面に映り込んでいたのかも知れないが、私は気付きもしなかった。

 本日、女子アナが、スタンドで「応援部」を紹介。

  はあ? 女子かよ

 よくある、甲子園出場が決まってから、即席に集めて、振りを練習してきた子達だろうと思い込んでいたら、いやあ、性器、否、正規の「応援部」。

  それも、全員が、コレ、このように全員女子! 

  全員が、横一列に、等間隔で立ち、黒い揃いのジャージに、白ベルトをビシッ!と巻いて、エールを、グラウンドで戦う「A枠部員」たちに送っていた。

 全員で、11人とか。

 今までも、女子の大學應援團長や、高校の女子応援団長などの記事を書いては来たが、今やココは、全員が女子!

 おそらく、日本で唯一・・・・であろう。

 時代は、確実に変わりつつあるなあ・・・・と痛感しつつ、検索しまくっていくと、この春前までは、21人の部員がいたようだ。

 10人が卒業して、もっか11人ということか。

 そもそも、この高校。かつては戦前、洋裁や和裁を学ぶための、良き妻を育てる女子高校だった。

 それが、短大附属の女子高校に変わり、16年前に一転、男女共学になり、校名も現在のものに変えた・・・・というわけだ。

 元々、群馬県全体が、男女別学が、多いことで有名な県。

 で、てっとり早く、全国区に名を挙げるには、スポーツで、鐘、太鼓叩いて!という流れになったようだ。

 元来、女子高だっただけに、応援部も、その伝統が脈々と受け継がれており、活動の写真をめくっていくと2014年も、2015年も全員女子だった!

 知らなかったあ・・・・。

 以前は、黒い揃いの、オリジナルのジャージに、真紅の太いラインが、目にも鮮やかに、縦や横に入っていた。

 ちなみに、ココ、校歌が、驚くような、特異な詞とメロディーで有名。

 なにしろ、曲名が「BE TOGETHER~みんな誰かを愛していたい~」だもん!

 女子応援部、気に留めて置いて下さい。

 健康的な、かわいい子も、いたような、いなかったような・・・・・・