[1人のプロボクサーである前に、礼節を保つ1人の人間であれ]
上村(かみむら)和宏(上の写真の中央。顔の見えているボクサー・ワタナベジム・26歳)との縁は、まさに、彼の他人への心配りと、礼節の深さに感激したところから始まった。。
数年ほど前、私は雑誌のほうでボクシングの記事を書いており、試合の写真も自分で撮り、駄文に添えていた。
ただ、月刊誌であったため、残念なことに、そう多くのボクサーのことを載せられるわけではなかった。そのため、手元に写真と試合展開のメモだけは、少しずつ積み重なっていった。
プロボクサー1人1人の試合の結果が、キチンと載るのは、スポーツ2紙程度。それも、極めて簡略に、小さく、隅に、載れば良い方。世界戦以外は、そんな程度の見方しかされていない。
そんな”厳実”のなかで、ますます、プロボクサーの名は、知る人ぞ知る存在になっている。
そんななか、撮っても載せなかった写真をプロボクサー自身に渡したり、ジムに送ったりしていた。
もらうのは当たり前の顔して、受け取る者。「ああ、ど~も」で、終わる者。何の一言も無い者。?で礼を言う者。多種多彩だ。
だが、彼、上村和宏は、ただ一人、全く違った。
試合を終えて、ハガキを送ってくれたのだ。
お礼の言葉が、書き綴ってあった。そして、「次は頑張って勝ちます」と。
それも、こちらが感心するほど、きれいな楷書で。
そして、「次の試合が決まりましたら、ご連絡いたします」と、結んであった。
試合のたびに、キチンと毎回届く。当時、まだ20代前半。本人の礼節溢れる文面に、こころ揺るがされた。
年老いた表現で恐縮だが、ご両親の教育がしっかりしてらっしゃるのだろうと、思われた。
ハガキがまた、昨秋、秋風に運ばれて届いた。試合日と、相手が決まりましたと、きれいで、読みやすい文字で綴られていた。
それが、後楽園ホールへと足を運ばせた。昨年、11月25日のこと。
バンタム級、第一試合。プロデビューは、2006年8月。これまでの戦績は、11戦して4勝6敗1引き分け。しかし、4勝のうち2KO(TKO含む)と、自分のペースで展開すれば、倒すパンチ力は、充分に有るボクサーだ。その点も惹かれる部分だった。
結果は・・・・・・判定負け。相手は相馬圭吾(三迫ジム)。ひいきの見方をしたとしても、勝ちは厳しい試合内容であった。2ポイントは、差が開いていたように見えた。
判定の結果は、37-40。38-39。そして36-40の、相手にフルマークが1人。
そりゃあんまりだ、と感じる一方で、勝ちは無かったのだから、仕方ないかとも。
控え室に行った。うなだれたままの、上村。
「応援していただいていたのに・・・・」
こんな時でも、言葉遣いは、ていねい。
かける言葉は、迷った。負けた試合内容を書いて、その人柄を書き添えるのは、少しためらわれた。
「・・・・写真だけは、送ります」
そういって、辞した。
しばらくして、写真の礼に添えて「今回の反省を踏まえて、次は絶対に勝ちます!」と、こころなしか力強く、他より太く書かれてあった。
そして、待っていた試合通知が、今度は春風を伴って、ひらひら舞ってやってきた。
6月26日(火)、今度の相手は、立山翔梧。調べてみたところ、横浜光ジムからE&Jカシアス・ジムへ移籍してきたボクサーだった。
まだ21歳だが、プロデビューは18歳の時。通算戦績は、8戦して1勝5敗2引き分け。そのたった1勝は,KO勝ち。それが2年ほど前のこと。身長、157センチとバンタムにしては、小さい。
さらに、詳しいことはカシアス内藤が会長をしているジムに聞く気は無かった。
以前、ある選手の簡単なプロフィールを聞こうとしただけで「それは、個人情報だから、教えられない」と言ってのけた。
はあ?? 信じられなかった。かつて、2時間ほどロングインタビューをしたことが、あるんですがと、話しの糸口を掴む気すら、消え失せた。
立山のクセも戦い方も、なに一つ分からないまま、リングを見つめた。
変にプレッシャーを与えてはいけないと思い、試合前の控室訪問は、避けた。
「拳友会。VOL,1」と銘打たれた、この日の試合数は、10。すべて4回戦だ。目当ては、第4試合。
なんと、第1試合から,直前の第3試合まで、判定きわどく2-1.
ひょつとして、上村も?
これ、翌日に本人に聞いたところ「知ってました。少し意識しました」と言った。
午後6時55分。リングインすると、気合い充分に見えた。ヒザの屈伸運動をする。かたや、立山は久しぶりの試合にもかかわらず、気負いも無く、たんたんとしている。
カ~ン!
<1ラウンド>の、ゴングが鳴った!
上村、勢いのある左フックを、放つ! 続いて、右フック。
ボン、ボンと音が客席まで響いて、耳に届く。いいじゃん、いいじゃん!
ん?右腕の上に入れ墨が。以前の試合では、気にもしなかったが、今回は聞いてみよう。というのも、あの生真面目な礼節とのギャップがあるからだ。
ひょっとして、かなり若いころ”やんちゃ”をしていたのだろうか? 更生した?
リング上では、いくぶん上村のペースで試合が、進んでいる。相手との距離の取りかたもいい。
あれっ?レフェリーが割って入って、両者に注意を与えている。なんだあ?
ヒジ? ヘッド?
「ああ、あれはホールディングだと言われました。そうかな? と思いましたけど、気にせず、戦いました」
「入れ墨ですか? なんか、外人コンプレックスというわけではないんですが、タトゥー入れるのカッコ良いなとか思って。音楽好きで、わりと、5~6年前に入れました」
「去年の11月に判定負けしたのも、どんな試合でもそうなんですけど、相手との勝ち方よりも、自分のチカラが出し切れるのかな?とか考えてしまって」
「今回は出し切ろうと。やらなきゃな!と、思っていて。毎回、トレーナーに言われてやっているんです、屈伸をしろ!と言われてて」
< 2ラウンド >開始。ガードは、きっちりとしている。それは、立山も同様。そのうえ、低く入ってくるので、バッティングになりやすく、上村やりにくそう。
上村、ガードを固めて左右のストレート! 左右のフック、ジャブ、右ボディ、返しの左フック。
小気味良い音が、出てる。少し、ポイント、リードか!?
<3ラウンド> 左のフックが、タイミング良くヒット!(写真・左上)。立山のあごが曲がり、ゆがむ。
左ジャブに右ボディ。上下の打ち分けが良い。
しかし立山も、防戦一方ではない。
コーナーに、上村を詰めたうえ、ボディ、フックと、巧みに上下、打ち分ける。
ところが上村、逆に押し返し、立山をコーナーに詰める。パンチ、かわして、返しの、右フック炸裂!
残念なのは、まだ連打で一気に倒すパンチが見られないことだ。
左右のフック。立山の左フックを見切ってはずし、瞬時に、払って左フック、ズバン!
確実に前の試合より、成長している。その上、どこか、自信が感じられる。
気になるのは、スタミナ。ガクンと、後半少しペース、落ちてる。しかし、負けてない。
最終<4ラウンド> おおっ!互いに左のストレートを放ち、クロスして痛打!
それにしても、立山に、試合勘の衰えや、長いブランクも感じさせないのは驚く。左右のジャブ、打たれる。しかし、上村も左ストレート、よく伸びてヒット!
ここで、ポイントを確実に取ろうと、大振り、空振り。
上村、足使って、左へ回る。スッと踏み込んで、左ジャブ!
しかし、右フック、きれいに喰う。「ラスト10秒!」の声がかかるや、ブンブン振り回す、空振り合戦。
試合、終了。ん・・・・・・・勝ったな、と。
ちなみに、すぐ近くに、女子プロボクサーを引退した、伊藤まみがいて、熱く上村を応援していた。彼女については、富樫直美との生き方の違いを基軸に、いずれ書きます。
判定がまとまった。39-38。よしっ! 39-38。もう、大丈夫だ。
最後、40-37。おおっ! 満点、フルマークだわい。しめて、3-0の、判定勝ち。
これで上村和宏の通算戦績、5勝(2KO)7敗1引き分け。当日、後楽園ホールに見に来ていた観客の人、パンフレットに書いてある戦績、元々間違っているので、訂正しといて下さい。
パンフレットって、有名ランカーの名前すら、時々間違ってたりするので、原稿書くときはチェツクしている。
勝ち名乗りを挙げられた上村、喜びより、ホッとしたココロが見て取れる(写真・左上)。彼、一息ついたら、「見にまで来ていただいていた友達とかに会いにいって」しまって控室に不在。インタビューは翌日の夜となった。
-フック、良かったですね
「ありがとうございます。練習のときから良くて。今回、スパーリングで長井一(はじめ・28歳。同じバンタム級。いち早く6回戦のB級に昇格しており、この7月7日、勝利を重ねた)さんとか、出稽古に来た方とやらせていただいて」
「その人たちの方が強かったりしたんですけど、でも手ごたえを感じて。それが昨日の試合では、ピタッとはまって。当たるときは、当たる。(パンチを)もらわない時は、もらわないという」
-この前の試合とは違って、気合いが入ってるように見えましたが
「1、2ラウンドから取らなきゃダメだよ。前半から取りに行かないとダメだよって言われていて。それを思い出して、1ラウンドから出てったんです」
「自分のケータイにもメモしていて、いつも見て居たりしてました」
-3ラウンドの後半、スタミナが少し切れました?
「ちょつと、ボディが効いていて・・・・」
-最終4ラウンド、気持ちもわかりますが、空振り多かったですね?
「今まで判定とかでは、なかなか(結果が自分では)分からなかったんですよ。今月、知り合いの選手が、勝ってたと思ったら、2-1で負けてしまって。倒す気があれば、倒さないと! 痛感しましたね」
「どう(ジャッジする人に)判断されているかは分からないので、(4ラウンドは)ちょっと大振りになってしまったんです」
「印象点ってありますよね。内山(高志)さんなんて、すごいですよね。相手にコーナーに詰められても、サッと回って、(相手を)いなして・・・・」
「正直、判定に持ち込まれた時に、恐かったんです。39-38が2人と聞いても、まだ・・・・・・。40-37と聞いて、大丈夫だ! と。それでも、勝ち名乗りを聞くまでは・・・・・・・・・・・・・・・・」
それが、上の写真の表情になって表れた、そういう訳か・・・・・
正直、誠実、そして、礼節。彼なら、どんな職場でも好まれるであろう。今は、「ピザの配達のアルバイトをしています」とのこと。
ボクシングも、確実に強くなっている。チャンピオンロードの階段を昇っていることが、この雑文でも感じてくれた人が、いるはずだ。
そして、インタビューの翌日。私のメールに、こんな一文が届いた。
[先日は、見事、勝利を収め、これで6回戦に上がれる事になりました!
ここまで時間がかかった分、これからの一戦一戦を大事にしていこうと思います!
応援ありがとうございました。 上村和宏]
胸が熱くなった。