転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 



例年どおり、今年も朝から大晦日の料理を仕込んだ。
シャケの香味づけと、野菜カレー、鯛のカルパッチョ、サラダ2品。
御飯も仕掛けた。お餅も買ってある。
これで元日の夜までモたせる(^_^;。

これから仮眠して、今晩から村の神社へ行って、ご奉仕が始まる。
今夜は半徹になる予定で、現地で泊まりだ。
他は60代70代の総代さんたちが頑張っていらっしゃるのだから、
50代の私は、到底、文句を言える立場ではない(^_^;。
自宅のほうは娘が昨夜から帰省しているので、
主人はそれなりに楽しく過ごせるだろう。

今年も本当にキツい一年だったorz
毎年、来年こそは多少は自分の時間が持てるようになるだろう、
と期待するのだが、全然そのようにならない。
自分の50代がこれほどフル回転の毎日になるとは
十年前でもまだ、予想できていなかった。
来年こそは、なんとかして、1日でも多く、
自分の自由になる日を、持てるようになりたい。

しかし算命学によれば、私は外に向かって活動をしていないと、
放出し損なったエネルギーを籠もらせて、家族や周囲を害したり、
何歳になっても寝たきりになってまでも、死ねなかったりするそうなので、
多分、疲弊するくらいに心身を使い果たすことで、
一応のバランスが取れているのだろう。
…………そうでも思わないと、やっとられんわ(^_^;。

というわけで、本当に各方面の皆様には失礼の連続で、
今年も大変なご迷惑をおかけしてしまいました。
心よりお詫びを申し上げます。
お見捨てにならず、お付き合い下さいました方々には
心より、篤く御礼を申し上げます。
ありがとうございました<(_ _)>。


それでは、どうぞ、皆様、良いお年をお迎え下さいませ。

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年に二度、「お正月」と「母の日」には、
私は特に気合いを入れた花を買うことにしており、
今年もまた、予約してあったお正月用のアレンジメントが、
昨日、届いた。
これが来ると、ああお正月だな~と嬉しく思う。
しかし、お正月になるということは、すなわち、
今年もまた、あの村の山の神社でのご奉仕の毎日が始まるということだ。
寒波が来ていて、今年は殊更、寒そうだねぇ(T_T)。

玄関のニッチには、小さめのアレンジメントを置いた。
干支のウリ坊は、先月、歌舞伎座で出会って可愛かったので買った。



来年は娘が年女だ。3月で、みーちゃん24歳(O_O)!!
今夜、娘は東京から帰ってくることになっている。
このお正月は、三が日のあとすぐ金曜日で、
そこを年休にすれば週末に繋がるので、
いつもの年より年末年始の休暇が長めになる企業が多いようだ。
主人も娘も、勤め先は4日が休業日になっている。
私の勤務先は土曜が営業日なので、1月5日から始まるけどもよ(^_^;。

**************

今年のお正月に掲げた『53歳の宿題』のうち、
私は今年、ふたつを片付けた。すなわち、

 1.両親の入る施設の選定・入居手続 done
 2.山の上の墓の始末および移転 done
 3.実家の売却+神棚の行く先の決定
 4.実家が代々やってきた地元八幡様のお世話係の引き継ぎ

1は、両親揃って、春に有料老人ホームに入って貰うことで結着がついた。
ホームの職員さんの目が常にあり、日常生活も管理して頂けるようになって
離れていても私はほとんど心配をしなくて済むようになった。
また、留守宅に残った父の車も、本人の了解を得て11月に廃車にしたので、
高齢者ドライバーの事故を心配する必要もなくなった。

2は、先日来書いている通り、ついに山の上から墓を降ろすことができた。
これからは地上のバリアフリーの新しい霊園で管理されることになり、
墓参りや墓掃除が極めて容易になった。
今後は、管理費さえ払えば私が直接出向くことができなくても墓は維持され、
将来的に墓守をする者が居なくなった場合は、
墓石は霊園の業者さんで処分され、遺骨は提携先の神仏習合の寺院に送られる、
という契約内容なので、これまた大いに安堵することができた。

3については、実家と長年、懇意にして下さっている業者さんが、この秋、
「要るもんだけ除けといてくれたら、全部整頓して更地にしてあげるよ」
と仰って下さったので、将来的にお任せする目処はついた。
勿論、見積金額次第で、どこまで私が自分で手を下さなくてはならなくなるか、
まだ具体的ではないところも多いのだが、
ともあれ、信頼できる依頼先が見つかったのは良かった。
「じゃけど、まだご両親揃っておってじゃろ。片親になったら、しんさい」
との、親身な助言も頂いた。

一方、神棚、というか奥に入っている霊璽(れいじ。位牌に相当)を
どうしたら良いかは、多少、鬱陶しい問題だ。
そもそも、父が「神棚」と言うからあれを私は神棚だと思っていたが、
先日、とくと見てみたところ、中には御札などは見当たらず、
入っていたのは何体もの霊璽であった。
ということは、あれは神棚ではなく「祖霊舎」というべきものではないか。
御札はお祀りしておらず家には「祖霊舎」だけがある、
……この状態って神社神道では問題が無かったのだろうか???
今度いつもの宮司さんにお目にかかったらお尋ねしたいが、
私が子供の頃から実家はこうだったので、今更過ぎて訊くのが怖いわ(爆)。

神社神道では、人が亡くなると亡骸と魂を分けて考えることになっており、
五十日祭(忌明け)を過ぎれば亡骸は墓に葬って終わりになるが、
魂は、お通夜のあとの遷霊祭の時点で霊璽に移り、
以後、家の守り神として末永く家族とともに暮らす、と考えられている。
「古い霊璽なんかは、はぁ、処分すりゃええよ」
と父は簡単に言うが、いずれ私の両親も新しい霊璽になるわけで(汗)
さすがにそれらはすぐに処分する訳にも行くまい。
マンションにミニ祖霊舎を買って先祖と両親の霊璽は私が持っておくのか。
そして、墓同様、いつか将来、娘がそれらを終わらせる……?
どこかの神社に持っていってお焚き上げ……???

さて、別の意味で込み入っているのが4の問題だが、これについては先日、
総代長様に我が家の事情をお話し、飽くまで私は父の代理であって、
この先も村に帰って定住する予定は無いこと、
ゆえに近い将来、どなたかに替わって頂きたいこと、を既に相談した。
総代長様なりに、候補を当たってみようとは仰った。
神社に関しては、「町内会の班長」的な持ち回りでは片が付かず、
やはり代々、村に住んでいる者かどうか等の、
極めて田舎的な意味での「血統」「地縁」の部分が重視される。
私自身は、母が神戸などという全くの外部から来た者なので、
村の人間としてはハーフ(爆)なのだが、
少なくとも江戸時代からの土着の家柄(汗)である父方の血筋が
皆の間では決定的なものと見なされ、受け入れられている(らしい)。
先祖代々のお役目を別の方にお譲りするには、
地元、特に総代会の中での意見の一致が非常に大切なので、
PTAの役員を免れるときほど簡単ではない(大汗)。

ということで、未解決の3と4は、
一年前より前進はしているが、まだまだ解決への道のりが長い。
引き続き、来年も54歳の宿題として取り組んで行きたいと思っている(汗)。

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なんとしても再度、映画館で観たい、と願い続けていた、
『ボヘミアン・ラプソディ』を、昼に八丁座で観て来た。
11月9日の公開以来、この映画の人気は衰えることがなく、
全国的に12月28日から上映館が増やされたのだが、
広島市内でもついに、勤務先から至近距離にある八丁座に来たので、
こんな目の前でやっているものを逃すテはない、と思い、
25日の夕方、八丁堀を通ったついでにチケットを買っておいた。
そのときは、私の道楽の鉄則「迷ったら、行け」に基づき(笑)、
とにかく席を購入してしまえば、忙しくなっても何があっても、
観に行く予定のほうが優先される!=必ず観られる!
……等々と考えていただけだったが、
きょう行ってみたら、167席の「八丁座 壱」がなんと満席だった。
つくづく、チケットを買っておいたのは英断だった。



二度目とあって、前回より細かいところを更に楽しむことができた。
この映画は、わかる人にはわかる細かい仕掛けが随所に仕込んであるので、
熱心なファンにはコタエられない内容なのだが、
それらはQUEENに思い入れのない人には一切、関係がないところでもあり、
ファンと批評家の間で作品への評価が異なるのは、無理もないことだと思う。
例えば、フレディの家にマレーネ・ディートリッヒの写真があるのは、
QUEENⅡのジャケットの元ネタになったものだからだし、
フレディ宅の壁の正面に日本の着物が飾られている様子からは、
この時期QUEENが既に、日本公演を終え彼の地でも成功していることが示され、
フレディが和服を着て歌った逸話をも、連想させられるようになっている。
またこれは、Twitterで某氏の指摘を読んでほとほと感心したことなのだが、
ジム・ハットンから贈られた指輪が、ライヴエイドの場面のフレディの指にある、
ということも、台詞では一言も触れられないのだが、
映像を注意深く観ているとわかるようになっている
(実在のフレディも、1985年7月13日のライヴエイドの映像を観ると
右手薬指に指輪をしている。しかし恋人ジムが彼に結婚指輪を贈ったのは、
事実としては86年になってから。このレベルの脚色もまた映画の随所にある)。

主人公のフレディの派手な言動の影で、ほかの登場人物たちが、
地味ながらも生き生きと、それぞれの人生を生きている、
ということにも、きょうは強い感銘を受けた。
例えば、マネジャーのジム・ビーチが一貫して良い味を出しているので、
エピソードのひとつひとつに、QUEENの外側からの視点が加わったと感じたし、
当事者であったメンバーそれぞれもまた、本当によく本人達を反映した、
巧い表現をしているので、些細な一言や、一瞬の首のかしげ方等にまで
たびたび感心させられた。
映画なのだから、すべては演出であり飽くまで虚構なのだが、
虚構だとわかったうえで、その土台にあるリアリティに惹きつけられた。

そして、フレディは本当に孤独だった、ということも胸に染みた。
表現者としての強烈な才能に比して、フレディは常に寂しい人だった。
独りである自分と向き合わないで済むように、彼は幾度も、
華やかな招待客を集めて、乱痴気騒ぎの盛大なパーティーを開き、
「フレディ・マーキュリー」を完璧に演じて「愛」を振りまいたが、
本質的に彼の心を温めてくれる人には、容易に巡り会えなかった。
彼のそばに晩年まで残ったのは、QUEENのメンバーとマネジャー、
親友メアリー、恋人ジム、両親と妹、そして彼に可愛がられた猫たち。
彼らは最後に、72,000人の喝采を浴びてライヴエイドで歌うフレディの姿を、
それぞれの場所から、真剣な眼差しで、各々の思いを込めて、見守る………。

今日、八丁座で映画が終わり、エンドロールが流れ、
最後に The show must go onのフレディの歌声がやんだとき、
満員の客席のあちこちから、自然に拍手が沸き起こった。
それは、フレディの音楽が、今もなお、こんな極東の街でも、
大勢の人達から支持されていることの証しだった。
あの世のフレディに、きょうの私たちの拍手が聞こえていただろうか。
こうなると、バルト11のほうの『胸アツ応援上映』の企画も捨てがたい。
私は滂沱と泣いて凄いことになりそうだが、この際構っていられない。
QUEENのライブを追体験するためには
DVDやテレビのサイズ感では全く駄目だ、大音響と客席が無くては。
応援上映と銘打っている回は、拍手OK!手拍子OK!発声OK!
とのことだが、スタンディングは無いのか(^_^;。
ライヴエイドの場面では、実は私は立ち上がりたい欲求を堪えている。
座ってQUEENのライヴを聴くなんて、無いよぉ(^_^;?

……ということで、きょうの八丁座の初回を見終わって出て来たら、
既に次の上映を待つ人達の長蛇の列ができていて、
15:30の回も満席の札が出ていた。
公開から日数が経ったし、11月のときよりゆったり観られるだろう、
と私は勝手に思い込んでいたのだが、事態は全然違って、
当日いきなり行って観られるような映画では、
なくなっていたのだった(汗)。
前後左右にしっかりと空間を確保した状態で、自分の世界に入って、
さめざめとハンカチ、…いや、フェイスタオルを使いながら観る、
ラストの20分間は、声は出さないまでも心の中で熱唱しながら観る、
というのを想定していたのだが……。
…それも結構、悪くないと思っていたのだが……(汗)。

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(本来、墓はむやみに撮影するものではない、との意見を耳にしたので、
墓苑で撮影したものをUPするのは止めて、かわりに本日の写真は、
実家で毎年買っているお正月の「松竹梅」。昨日、届いた。)

山の上の実家の墓を、ついに地上の墓苑に移設した。
昭和42年に父が建てた祖父の墓石を、そのまま降ろして貰い、
祖父と祖母の骨壺を取り出して地上に持って降り、
そのほかのご先祖については、墓石の下に残っていた遺骨や
骨のない人のぶんも土をそれぞれ回収し、さらしの袋に入れて貰って、
すべてを墓苑の、新たに我が家の区画となった場所に設置して貰った。
墓石は、持って降りた祖父(と祖母)のものと、
新らしく「(実家)奥津城」として建てたもの、の合計二基で、
ご先祖の墓石から読み取れた姓名や没年月日・享年、などは、
石標にして、両墓石の間に建てて貰った。

そして昨日、業者さんからの
「年を跨がんほうが、ええでしょう」
との御意見に従い、かねてお世話になっている神主さんに御願いして、
墓苑での納骨・魂入れの祭祀をして頂いた。
そのあと、業者さんの主導で、無事に骨壺や遺骨・土の袋を
墓石の下の、納骨棺の部分に納めた。
昭和8年に亡くなった曾祖父は土葬だったのだが、
その遺骨が、「人骨」だとわかる程度には残っていたので感心した。
保存状態が良かったのか、ひぃじーちゃんの骨密度が高かったのか(^_^;。
「50年やそこらじゃ、なかなか『水』にはならんね」
と神主さんも仰った。
祖父母の墓のほうに、それらご先祖様の遺骨や土も合祀するかたちにし、
新しいほうの墓は今はカラのまま、将来的に実家両親が入ることになるが、
その後は誰かが実家を継ぐことにならない限りは、そこで終了、
となる見込みだ。

長かった「墓参り登山」の歴史も、これにて幕。
かつては毎年お盆になると、朝の5時から一族総出で
ヤブ蚊対策の長袖長ズボンを着込み、酒とお供えを背負い、盆灯籠を担ぎ、
道中の補給用に水筒と氷砂糖を荷物に入れて、山を登ったものだった。
「墓に持っていったものは、家に持って帰ってはならない」
との祖母の教えを守り、残った氷砂糖やお茶は上で捨てたりもしていた。
しかし昨日をもって代々の墓は皆地上に降り、すべてが過去の話になった。
もはやあの場所に登ることも、少なくとも私は二度とあるまい。
これからは、見晴らしの良い、バリアフリーの墓苑で、
ご先祖様にも明るく気持ち良く過ごして頂ければと思う。
ここなら両親も私も、そして末裔たる娘も、現実に墓参りが可能だ。

神道の墓なので、厳密には供えるのは榊だけだが、
「彩りを良くするのに、スプレー菊なんか前のほうに一緒に供えてええよ」
と神主さんに教えて頂いた。
榊は花屋さんで売っていることもあるが、無いこともあり、
ホームセンターのほうが確実、との情報も神主さんから頂いた(^_^;。
この神主さんとはお互いに、前の世代からのお付き合いがあり、
現・宮司さんである今回の神主さんは、
我が家の祖父祖母が存命だった頃をご存じでもある。
墓の祭祀までして戴くことになり、ご先祖も喜んでいると思う。

今回の業者さんにも、本当に良くして戴いた。
何もかも人力だった昔とは異なり、今はクレーン等の道具もあるにはあるが、
あの山道から墓石を降ろして戴くのは、やはり大変な作業だったことと思う。
その都度、作業の進行状況をメールで教えて下さったり
家族が少ない(=実質、居ない)施主であった私のために、
地鎮祭その他の祭礼にもすべて立ち会って下さった。
また、この墓苑を紹介して下さった、実家近所の某おじーさんも、
昨日はご厚意から納骨式に参列して下さり、有り難いことだった。
その方のお家のお墓も、同じ墓苑のすぐ近くの区画にあり、
今後は「あの世の町内会」でもご一緒ということになり、
「末永くよろしく御願いします(^_^;」
と、昨日は心からの感謝を込めて御挨拶を申し上げた。

すべての方々のご縁が繋がって、実家墓移設が実現した。
本当に本当に、ありがとうございました<(_ _)>。

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昨日と今日は、この数ヶ月で初めて得た「連休」だ。
スケジュールから解放され、目覚ましをかけずに就寝したのも久しぶりで、
昨日の朝、自然に目が覚めたときには10時半で、心から幸せに思った。
この二日間は、家の中の、溜まった用事を片付けるのに忙しいが、
何をどういう順序でやるか、何時までにどれだけやるか、
全部自分で決めることができるので、ストレスは皆無に近い。

合間に紅茶を淹れて、泉屋のクッキーと風月堂のゴーフルでティータイム。
ああああ、素晴らしいクリスマス休暇だ(滂沱)!

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「私の居室」に昇格させようと計画中の「納戸部屋」の
カーペットを新調することにし、先日、仕事帰りに、
今年後半ずっとお世話になっている家具屋さんに行った。
この日はたまたま主人が県外出張で夕食が要らず、
私は仕事の後、夜まで自分の時間があったのだ。
既にオーダー済みのデスクと本棚の支払をする必要もあったので、
年内にこういう機会が持てて、なかなか運が良かった。

「納戸部屋」、もとい「私の居室」は、
この夏に、照明とシーリングメダリオンを新しく取り付け、
カーテンも、ウィリアム・モリスのMarigoldを使い
それなりに趣味を貫いて一新しつつあるのだが、
カーテンの次に大きな面積を占めるカーペットが、
既に相当ヘタっており、実のところ、以前からずっと気になっていた。
現在は、10年以上前に買ったウィルトン織のポリプロピレンのを敷いてあるのだが、
デスクがわりのハイタイプこたつの、付属椅子のキャスターにこすられ続けて、
真ん中あたりがぼろぼろに毛羽立ち、模様が歪むほどになっているのだ。
照明・カーテン・家具類を新規購入しコーディネートした部屋で、足元がこれでは、
「ヘアメイクした・服も着込んだ、でも靴が10年前のまま穴あき」
みたいなもので、あまりにも残念過ぎた。

それで、とにかく絨毯を見せて貰おうとショップに行ってみたら、
これまた巧い具合にクリスマス・セールの真っ最中だった。
先日の玄関マットのときは、自分比では結構投資したのだったが、
もはや予算もないし、自分の部屋なので玄関ほどの気合いは入っていない、
と家具屋さんで正直に申し出て、手頃なパキスタン絨毯を提案して貰った。
しかも、その品は店頭展示品で一部に小さいシミもあったため、
セール価格より更に割り引いて貰うことが可能だった。
……ので、それで即決した(写真。納品はまだなので店頭での撮影)。
私は総じて決断が早いのだ(^_^;。

この5年間、私は音楽や舞台鑑賞という道楽のために会社勤めを頑張って来たが、
それに加えて2年前に父の仕事をも引き継いだことが、ここに来て、
私のインテリア趣味のために、それなりに力を発揮するようになった。
このあと、12月31日から1月12日まで、私には休日が全くないが、
正月休暇がゼロでも、その期間の収入がゼロではなくなった、
と考えれば、乗り切れるというものだ。
ピアノや歌舞伎はかたちに残らない趣味として貴重なものだが、
インテリアは実際に目の前に見て、繰り返し愛でることができる、
という意味で実に良いものだな、と実感する、今日このごろである(^_^;。
クリスマスギフト、或いはお年玉か、どちらでも良いが、
誰かから貰うような境遇ではないから、自分で自分に買ってやるのだ。

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ほぼ、テキストを買っただけ。
テキストを購入したのは11月の半ば過ぎだったので、
その頃は一瞬、落ち着きかけたような錯覚があり、
12月にもなれば更に何とかなっているだろうと思ったに違いないが、
そのあと、ポゴレリチ来日の騒動で今月上旬が終わり、
続きの仕事を片付けて、怒濤の勢いで歌舞伎座に行って帰って来たら、
もうこの時期だった(殴)。目算がいろいろと甘かった。

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20日だけで昼夜観てきた。
夜の部はAプロのほう。

玉三郎がもう、別世界だった。
花道を渡って来るだけで、溜息があちこちから漏れるほど。
他の女形とは異なる、酷薄な感じの漂う美しさが玉三郎にはあり、
それゆえに虚構の歌舞伎の美が際立つと、私はいつも思っている。

松緑は、喜兵衛・岩永・権太郎すべて初役。
喜兵衛では、ワルの魅力と色っぽい声音でたっぷり楽しませて貰った。
岩永の人形振りは、舞踊の名手・尾上松緑ならでは。
権太郎は、中車の演技を「受ける」力を発揮して、
これまた、あらしちゃんの面目躍如という舞台だった。
一瞬だが褌一丁のお着替えシーンがあり、ファンには鼻血もの(逃)。

『幸助餅』、松也も中車も東京の人だからか、
私の中では松竹新喜劇や上方歌舞伎とイメージ的に全く繋がらず、
物語の舞台が大阪という手応えも極めて薄く、
以前に翫雀の幸助で観たときほどの感動は、正直言って、無かった。
しかし松也の駄目亭主ぶりはとても良かったし、
何より、中車が歌舞伎役者として本当に良い味が出て来たのがわかり、
個々の役者さんについてはなかなか見応えがあったのも本当だ。

『お染久松』、壱太郎の大奮闘!
表情、声、立ち方まできめ細かく演じ分け、七役の早変わりを勤め上げた。
女形でも和事の立役でも、壱太郎は涼やかに美しかった。
もはや、名実ともに上方のプリンスだな(笑)。

『二人藤娘』は梅枝と児太郎。眼福の一言。
こうして観ると今月は、玉三郎が、自身の築き上げた芸で
未来の看板役者たちを鍛え上げる一ヶ月だったことがわかる。
玉さまの薫陶を受けた彼らの、今後の飛躍が楽しみ(^^)。

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既にポゴレリチの2020年2月の来日予定が発表されている。

2020年2月11日(火・祝)2:00pm 協奏曲@横浜みなとみらいホール
  シューマン:ピアノ協奏曲 (読響みなとみらいホリデー名曲シリーズ)

2020年2月13日(木)7:00pm 協奏曲@サントリーホール
  シューマン:ピアノ協奏曲 (読響名曲シリーズ)

2020年2月16日(日)7:00pm リサイタル@サントリーホール
  バッハ:イギリス組曲第3番 ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第11番 
  ショパン:舟歌 前奏曲作品45 ラヴェル:夜のガスパール

今回の来日公演での『交響的練習曲』が忘れ難い名演となったことを思うと、
次回は日本で初めて、彼のシューマンのピアノ協奏曲が披露されるのか!と
大変に楽しみになって来る。
ポゴレリチを「シューマン弾き」だと言った人は今まで居ないし、
事実、それほど数多くのシューマンを手がけてきたわけでもないのだが、
彼がこれまで弾いたシューマンはひとつもハズレが無かったので、
協奏曲にもかなり期待ができるのではないかと私は思っている。

また、リサイタルのほうも実に多彩な内容で、
ポゴレリチの魅力を聴くためには、ほぼ完璧なプログラムだ。
バッハは以前の来日公演でも弾いたことはあるが、
97年の来日公演時が最後だったと思うので、20年ぶり以上にはなるだろう。
ポゴレリチが少年だった頃から「いつかイギリス組曲を録音したい」
と願っていた曲目でもあり、85年にその夢は叶ったのだが、
この曲に対する彼の思いは、今もひときわ深いものがあるのではないかと思う。

ベートーヴェンのソナタ11番は、95年来日公演のBプロにあったが、
東京で一度弾いただけのプログラムだったし、
私は育児中だったので聴きに行けなかった。
86~87年に収録したDVDに入ってはいるが、大半の聴き手にとって、
ポゴレリチの演奏を生で聴くのは初めてという曲目になるだろう。

私自身は、いつの日かポゴレリチにショパンの『舟歌』を弾いて貰いたい、
と以前からずっと思っていたので、次のリサイタルで、
いよいよこれが取り上げられるのかと思うと、大変に嬉しい。
しかし実を言うと、私の想定していた「いつの日か」とは、
ポゴレリチがもっと年を取って、晩年かそれに近くなってからのことだった。
以前から、私の思うショパンの『舟歌』は、
人が死んで魂が飛翔し、天の神の元へと昇る歌、……なので、
あまり若い人が弾くのは、どうも完全には似合わない気がしている。
そういう意味で、60代の初めでは、若すぎることはないにしても、やや早い、
とは思うのだが、何にせよ大いに期待が高まるのは間違いない。

ショパンの『前奏曲』作品45は、もしかすると81年の初来日以来ではないだろうか。
80年のショパン・コンクールのときに選択していた一曲で、
デビューアルバムとなった『ショパン・リサイタル』にも収録されているが、
案外、生の演奏会で取り上げられた機会は、多くないかもしれない。

ラヴェルの『夜のガスパール』はポゴレリチの定番曲だ。
これまでもいろいろな時期に、この曲を演奏してきた。
82年に録音された同曲のレコードは今もCDで買うことができるが、
初期の頃から私は、ポゴレリチの演奏が、
敢えてテンポを抑制したものであることがとても気に入っていた。
特に『オンディーヌ』でそれが顕著だと思うのだが、
たっぷりと、かつ、極めて丹念に弾くのがポゴレリチのアプローチだった。
次回来日でも、テンポが速くなることは考えられないから、
細部の美への彼のこだわりが、いっそう印象的に発揮されるのではないかと思う。

*************

協奏曲は地方公演は無いと思っていたら、先日、友人某氏が、
横浜みなとみらい公演もあることを教えて下さった(ありがとうございます)。
しかし「建国記念の日」だな、これは(汗)。
私はこの日は、昼には毎年、村の神社のほうの手伝いがあるのだ。
やはり協奏曲は、私の場合は東京一択か(汗)。
リサイタルに関しては、私の会社は月曜定休なので、
日曜夜にサントリーホールに居ること自体は可能な筈なのだが、
木曜に協奏曲を聴いて金曜に広島に帰ってきて、また日曜に東京に行くのか、
と考えると、やや厳しい(汗)。
今年の経験からすると、上記の三公演のほかにも、
いくつか地方公演が、後から発表になる可能性があると思う。
できればまた、西日本での公演をして頂きたいものだ。
やはり名古屋以西の公演地なら日帰りも可能になり、回数がこなせる(殴)。

2020年というと、あまりに先の話のように思えるが、
2018年がほぼ終わりかけている今、2020年2月ならば、
実質、一年ちょっと先の話ということになる。
一応、心づもりは、しておかなくては。
スケジュール調整とか旅費の算段とか心の準備とか(汗)。

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・居間のエアコン修理→pending
家具屋さん支払 done 12/17 
表彰状6枚発注(仕事関係) done 12/17
舅姑の墓掃除 done 12/29
実家の新墓の魂入の祭典→12月26日14:00に決定 done 12/26 
破魔矢の価格と数の確認、連絡(地元神社関係) done 12/23 
プリンター(ヘッド?ノズル?)クリーニング done 12/18
プリンターインク発注 done 12/18
年賀状印刷 done 12/29
漢詩の会に会費支払い done 12/18
某ホームに両親夕食キャンセルの連絡(12月23日分)と昼食キャンセルの連絡(1月2日分) done 12/17
12月23日、1月2日、1月13日の介護タクシー頼むこと done 12/18
母に予定表を大書して渡すこと done 12/17
母希望の手帳とカレンダー購入 done 12/18
神社会計さんに領収書を渡すこと done 12/21
デイケアBR初詣の件 done 12/17
・忘年会(もしくは新年会)の手配
1月13日(日)「とんど焼き」の予定決定と連絡 done 12/23
1月19日(土)会議欠席の連絡 done 12/26
実家掃除 done 12/26
舅宅掃除 done 12/29
・実家プロパンガスと灯油の確認
正月用の松竹梅の件 done 12/20
父の定期預金解約の付き添い done 12/26
・父の運転免許証自主返納の付き添い→pending

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