転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 

名残  


娘の入学手続き書類を揃えて書留・速達で出し、
確定申告の書類をクレドホールの申告会場まで出しに行き、
メガネ屋さんに寄って、ノーズパッド部分を取り替えて貰い、
それから、髪を切りに馴染みの美容室に行った。

年末くらいから、ずっと心身ともにゆとりがなく、
近所の1000円カットのお店でなんとかしのいでいたので、
ゆったりとシャンプーして貰うなど久しぶりで、
それだけで恍惚となって、眠りそうだった(笑)。
椅子に移って、カットの前にマッサージもして貰ったのだが、
「頭皮がとても硬くなっていたし、首も肩も凝りが凄い。
よほどお忙しかったですか」
と美容師さんに指摘された。
やはり、そうか(^_^;。無理もないな。

いやもう、1月このかた、娘の入試と母のヘルニア騒動で、
私は正直なところ、気の休まる暇もなかった。
その疲れは、体にちゃんと現れていて、
今のところ、まだ取れていないようだった。
二ヵ月かけて溜めた疲れなら、取れるのにも二ヵ月か、
それ以上は掛かっても仕方がないだろう。
ともあれ、頭皮も肩も背中ももみほぐして貰って、
それだけでも随分と、解放されたように気持ち良くなった。
髪の伸び過ぎに耐えられずに行った美容室だったが、
思いがけないリラックス効果があって、良かった。

しかし、まだやることは残っている。
もう試験前後のような緊張状態は無くなったのだが、
明日から、家族三人で再び東京に行き、
娘の下宿探しをしなくてはならない。
首尾良く決まれば、それからは少し休息できそうだが、
来月末には、今度はその下宿への引越が控えている。
移動の多い時期だから、早く業者さんを頼まないといけないし、
何を持って行くのか決めて、必要なものは購入し、
荷造りをして、引越に備えなくてはならない。

私の休息は、4月以降かっっ

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昨日今日と、最後の合格発表があり、
東京で受けた5学部(第一志望大学2学部、第二志望大学3学部)は
結局、三勝二敗という結果に終わった。
二敗は、両大学の文学部だ(爆)。
「キミは、文学部だけは、違うからね」
という天の声か……(爆)!

いずれにせよ娘は既に、一昨日の夜、
やはり第一志望大学の法学部に行く、と決めており、
主人も昨日の朝、入学金や授業料の振り込みを済ませていたので、
この二日間の発表は、もはや確認となっただけだった。
縁の有無というのは、まったく不思議なものだ。

今日をもって、とうとう、受験イベントの一切が終わった。
娘には、与えられたものを大切にして、
これからの学生生活を過ごして貰いたいと願っている。

合格おめでとう、
大学生になる転娘みーちゃん。

がんばったね(^^)。

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【速報】昨夜娘は、やはり第一志望大学の法学部に入学する、と決めました。

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受験は、受けるまでの日々が大変だし、試験期間中もシンドいが、
終わったあとも、まだまだいろいろあるものだな、
……と、今更、思っている。
というのは、今、娘が若干、揺れ動いているからだ。
長らく憧れていたが、学部が必ずしも希望通りにならなかった第一志望大学と、
夢見続けた大学ではないが、史学関係をやれそうな第二志望大学との間で、
娘は昨日の夜中から、迷いが生じてきているのだ。

一旦は、学部は違っても初志貫徹で第一志望の大学に行く、と決めたのだが、
しかし別の場所であろうと、本来自分は歴史の勉強がしたかったのではないか、
という考えもまた、時間が経つにつれ、娘は捨てきれなくなった様子だ。
万事が報われ、思い通りになったなら、何も悩むことはなかったのだが、
そうでなかったからこそ、叶わなかった部分への未練が鮮明になり、
同時に、既に手に入れたものへの評価は、低くなりがちだ。

思い入れの深い、当事者であればこそ陥る悩みだと思うし、
私にも、そういう経験があるので、わからないわけではない。
私は昔、似たような迷いの中で、恐らく客観的には、
損をするとしか思われないほうを選んだことがある。
周囲には理解できなくとも、私にはその価値がわかる、と気負い立っていた。
あの選択が正しかったかどうか、数十年を経た今、評価するとしたら、
正直なところ、難しいと思っている。
あの経験があったからこそ、現在の私があるので、完全な失敗ではなかった。
しかし、手に入れ損なったものもまた、無視できるほど小さくはなかった。
結果が出るのは将来だが、娘が、選び間違えないことを願うのみだ。

ということで、とりあえず入学手続き締切までには、まだ間があるので、
今のところ、主人も入学金送金を保留している。
……いっこでも受かりますように、と先週の今頃は泣きそうだったのに、
ったく、たった何日かで、本人も親も、えらく贅沢になったもんだ(--#)。


追記:等々と勝手なことを言うのは、全くもって愚かしいハナシで、
本来なら私達は既に行動開始すべき時期に来ている。
なぜならば、3月下旬の東京のホテルが、既に軒並み満室になっているからだ。
サッサと予約しないと、このままでは、娘はどちらの大学に行くにしても、
下宿への引越前後に宿泊する場所が、無くなりそうだ(大汗)。

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・受験の終わった娘は、中高生絵画教室に復帰した。
高3の二学期になっても、娘はずっと絵を描きに通い続けていたのだが、
さすがにセンター試験直前からは、自発的に欠席を決め、
東京での入試が終わるまでの間は、全く教室に行っていなかった。
しかし、もう晴れて好きなだけ絵を描ける境遇になったのだ。
娘は昨日の午後、いそいそと絵画教室に出かけた。
教室の顔ぶれは、いろいろな学校の中学・高校の生徒さんで、
時期的に当然のことながら、娘は入試の結果を尋ねられ
希望していた文学部に落ちてしまった話をしたら、
「法学部がいいよ!将来、弁護士さんになって、困ったとき助けて(^^)」
とお友達が励ましてくれたそうだ(ありがとうね(T_T))。
ほかに、高校入試に合格したばかりのお仲間もいて、
皆、それぞれの春を迎えつつあり、
久しぶりの教室は、実に和気藹々とした雰囲気だったということだ。

・『おうちは片付いてましたか?』
と、私の留守中の自宅について、尋ねて下さったメル友さんがあった。
そーなのです、入試で結局10日も留守にしたので、
私はその間に家がどうなっているかが、実はとても心配だった。
が!案に相違して、家は割と、汚れていなかった。
「綺麗じゃろ?結構、汚さんようにしとったで」
と主人は威張った。ありがとうございます、ご協力、感謝します(爆)。
主人は、食事は外食や買ったもので済ませて、台所はほぼ使わず、
よってゴミも最小限になるように努力したようで、
台所も食堂も目立った汚れは無かった。
更に、洗濯だけは、きちんと自分でやり、乾かしたタオルも畳んであった。
お見それしました~~<(_ _)>!!

・実家母は、私の留守中に介護認定が降り、「介護度3」となり、
ヘルパーさんに週3度、来て頂けるようになって、生活が軌道に乗った。
更に、近医の整形外科の先生が、週3回往診して下さっているので、
治療も継続して受けられ、有り難いことに経過は順調であるとのことだった。
今では、歩行器を押して食事やトイレなどの用足しが出来るようになり、
私が、娘の合格をメールで知らせたときなど、
母は即座に起きて、父のいる部屋まで歩行器を使って歩いて行って知らせた、
ということだった。
1月下旬には、これで寝たきりになるかと思ったが、
回復が見えて来て、本当に良かった。
娘の受験で身動きの取れなかった時期に、ヘルパーさんやケアマネさんに
大いに助けて頂き、両親のみならず私も救われたと、本当に感謝している。
孫娘のために頑張ってくれた、実家両親にも感謝感謝だ(^^)。

・ということで、やれやれついに終わった……、
と全身の力が抜けかかったワタクシだったのだが、
昨夜、お布団に入ってから、今更、大変なことに気がついた。
確定申告に、全然手をつけていなかった!

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10時から、娘の第一志望大学の文学部の合格発表があり、
娘本人がきょうはちゃんと起きて、ネットで合否確認をしたのだが、
…………落ちてた(爆)。

文学部
受験番号○○○○○番の方は,残念ながら不合格です。合格に届きませんでした。


うわぉ……。
法×、文○、という組み合わせは、まだしも想定内だったが、
法○、文×、という結果になるとは、ほぼ考えていなかった。
文学部のほうが記述部分が多かったので、自己採点をするにも限度があり、
何が敗因だったかは、受験生側には容易に知りようがないのだが、
娘はなんとなく、試験後からイヤな予感はしていたそうだ(^_^;。
受験勉強中から、小論文は法学部のほうが書きやすい、と言っていたが、
もしかしたら本番は、そのあたりで差がついてしまったのかもしれない。

ともあれ、娘は21日以来自分で考えて、
もしも法学部しか通らなくても、ずっと第一志望にしてきた大学に行く、
と既に決めていたので、この結果には落胆しつつも迷いはもはや無かった。
第二志望大学の文学部の発表がまだ来週残っているのだが、
それはどういう結果であっても、もういい、と娘は言った。

私としては、東京に行って受けた大学のどこかに通れば十分、
と最初から思っていたので、結果には不満など全くないのだが、
この大学で歴史をやるために、文学部を希望していた娘にしてみれば、
やはり複雑であるには違いない。
しかし人生で何が幸いするか、あとになってみないとわからないし、
何かこれは、娘にとって重要な転換点となる出来事かもしれない、
と思ったりもしている。

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娘の入試の騒動のために、周囲の誰からも完全に忘れられ、
ケほども問題にされていなかった、私の仏検2級だが、
……合格した(笑)。

ネットから申し込んだので、仏検サイトでの合否確認をしたら、
なんと、基準点18点のところ、18点で合格していた。

凄いだろう。
私のフランス語の口頭表現力は、
仏検2級として、文字通り、ギリギリ許容範囲ということだ。
私よりヘタな人だと、この級には受からない。
私は身を以て、合格最低基準を示した(爆)。

この次のレベルというと、準1級になるので、
そんなものを私が受ける日が来るかどうか、完全に不明だ。
検定試験から日にちが経った今、既に、
仏検2級一次試験に通る能力を保持できているかどうかさえ、
かなり怪しいので、これ以上となると、
娘じゃないが「無理ゲー」な感じがする(汗)。

しかしこういう資格には、有効期限があるわけではないので、
とにもかくにも、2級は取れた、ということを喜んでおこう。
合格証書には成績は書かれてないしね。

デメタシ。

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今朝は、16日に受けた第一志望大学の、法学部のほうの発表があった。
歴史をやりたい娘は、この大学の文学部を希望しているのだが、
法学部の入試科目も文学部と同じだったし、
もとより大学自体に大いに心惹かれていたので、
ここはとにかく数打てばと、受験したのだった。
発表に関しては、どういうわけか、16日に受けた法学部がきょうで、
15日に受験した文学部は、明後日まで待たなければならなかった。

ここは、朝10時から一斉にネットと電話で合否確認が可能だった。
娘はすっかり朝寝坊していて、9時を過ぎても起きて来ず、
「○○大学の法学部、そろそろ発表だよ?」
と朝9時50分頃に部屋を覗いてみたのだが、
「いや……、ええわ。眠い」
とヤル気のないことを言って、引き続き惰眠を貪っていた。

じゃあ私が見るよ?と言ったら、娘は寝ながら承諾したので、
私が娘の受験票を鞄の中から探し出して、勝手に照会してやった。
昨日の第二志望大学が取れたことで、大いに気分が楽になっていたし、
この大学の法学部は、模試でもさほど良い判定が出ていなかったので、
娘も私も、現実的な期待は、していなかったのだ。

大学の合否確認サイトを開き、学部学科コードを入力し、
受験番号を入れて、『よろしいですか?』→『はい』をクリック、
『あなたは  法学部 法律学科  受験番号○○○○○番 ですね。
 よろしいですか?』
それで、また『はい』をクリック、
よっしゃ!来い!と気合いを入れた途端、画面が変わり、出たのは、
『あなたの誕生月日を4桁で入力してください。』
……そうだった、こういう焦らしプレイが必ずあるのだった(笑)。
そして指示通り入れて、『よろしいですか?』→『はい』と進んだ。

……ら!なんと!!


法学部 法律学科
受験番号○○○○○番の方は,合格です。おめでとうございます。
合格通知書を発送しましたので,指示に従って入学手続を行ってください。


(O_O)(O_O)(O_O)

私は娘を叩き起こした。
どーすんだ、これ!?

これでもし、明後日発表の文学部が駄目だった場合、
このまま法学部に行くのか、
それとも史学系を重視して、昨日の第二志望大学に行くのか?
キミ本人は、そもそもどういう計画だったのだ!?

「……ど、どーしよう(汗)。そのへん、考えてなかった……」

と、娘も喜びつつも、このうえなく困惑して言った。

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12日に受験した、第二志望大学の最初の学部の合格発表が、あった。
これを確認してから東京を発つ予定にしていたので、
意気揚々と帰れるか否か、なかなか大事なところだった(汗)。

ここの発表は学内掲示は無く、ネット掲載はあるのだが正午からで、
それに先立ち、電話照会が9時から始まることになっていた。
これは、受験番号順にグループ分けされており、
9時から順次、電話での合否照会が可能になるという仕組みで、
娘の番号は、午前10時から確認開始となっていた。

9時になると、ネットの某掲示板にこれまで集っていた受験生のうち、
受験番号の若い人たちがどんどん合否照会を始めて、
「自己採点○点で、合格!!やった~!!」
「○点。ふつーに落ちてたwww」
「補欠。自己採点で○点、世界史選択。3月まで生殺しか~~」
等々と、結果報告が書き込まれ始めた。
娘はそれらと自分の自己採点の点数と見比べ、
予想していた以上にボーダーが高いのではないか!?
という恐怖に、おののき始めた(^_^;。

9時59分になり、10時00分になり、……!
娘と私は、互いの携帯電話からほぼ同時に発信した。
娘などは、もう、前夜のうちに番号を携帯に登録していた(^_^;。
先にかかったほうで確認しよう、
と、まるでチケット予約のような心境で心臓バクバクさせていたら、
案に相違して、全くビジー状態ではなく、どちらの携帯からも即座に、
はい。こちらは、○○大学合否案内センターです
と自動応答があった。
あとは、ガイダンスに従って、学部学科コードと受験番号を入力し、
さぁっ、出るか!?と身構えたら、……まだあった、
暗証番号4桁をダイヤルして下さい」(笑)。

そして、娘の電話のほうが、先に繋がった。
おめでとうございます!合格です。
 繰り返します。
 おめでとうございます!合格です。


やた!!と娘が小さく言った。

**********

私たち二人は、フヌケのようになってホテルをチェックアウトした。
それから、娘の以前からの希望通り、ニコライ堂を見学し、
ふらふらと東京駅に行って、荷物をコインロッカーに預け、
八重洲ブックセンターで心ゆくまで過ごしてから、
午後の新幹線で、東京を発った。

ああもう、第二志望が合格しただけでも十分に満足だった。
東京に来てから受けた試験の中での最初の合格で、
本当に、来た甲斐があったと嬉しかった(涙)。
私は安堵のあまり、帰りの新幹線は爆睡してしまい、
新横浜から新神戸までほとんど記憶がなかった(^_^;。
娘は、八重洲ブックセンターで仕入れた小説本を読みまくっていた。
今夜からは、好きな本だけをテッテー的に読むつもりだそうだ。
ああ、読め、読め。シヌほど読んどけ。

祝!転娘みーちゃん♪

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今朝も娘は、元気よく出かけて行った。
第二志望大学の三学部目、娘にとって全日程最後の入試だ。
これで、東京での2大学5学部の入試がすべて無事に受けられた。
なんと幸せなことだろう!

学力的に及ばないとしても、それは本人の問題だから仕方が無いが、
天気や体調のトラブルで東京滞在が台無しになることだけは、
なんとしてでも避けたいと願っていたので、
とにもかくにも、予定していた日程をすべてこなすことができたのは、
本人のために、本当に幸いなことだった。

ノロだ、インフルだ、列車遅延だ、間引き運転だ、
と冬になってこのかた、世間の噂やニュースの話題に、
私たちはどれほど脅されたことだろう。
一年にただ一度しかない入試日に、それらが当たったら、
ここまでやってきたことを試す前に、機会そのものが大きく損なわれる。
娘も私も、そのように口に出して言うことはなかったが、思いは同じだった筈だ。
それは、入試日が近づくにつれ、私たちの中で、本当に大きな圧迫となっていた。

しかし、とうとうきょう、最終日を迎えたのだ。
これで今夜からは、もう、風邪をひいても、熱を出しても、
そのせいで受験勉強すべてを棒に振るという心配をしなくていい。
大雪が降ろうが、電車が止まろうが、何も失うものは無い。
娘の、受験生活が、ついに終わる。

なんという開放感だ!!!
素晴らしい……(T_T)!!!

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