作家のへその緒

2011-06-03 14:24:56 | 日記
池内 紀  新潮社刊

本書は代表的な日本の作家の「へその緒」を「そっとさぐった」ものである。ここで著者が言う「へその緒」とは「創造のへその緒」のことである。
まず、取り上げられた作家の名を挙げてみる。いささか古典に属している人もいるが……。織田作之助、稲垣足穂、谷崎潤一郎、与謝野晶子、宮崎賢治、佐藤春夫、石川淳、三好達治、高村光太郎、中野重治、山本周五郎、開高健。以上の12人。
次に、へその緒と思われるキーワードをランダムに挙げてみる。「遊民ぐらし」「乳首憧憬」「髪・髪・髪」「飢えに憑かれて」「首の像」「夜店めぐり」「お経の力」「軍人精神」「村の文体」「ヒコーキとパノラマ」「路地に迷う」「水辺の風景」。
すぐに思い当たるものもあるが、ほんと?と思うものもある。さて、誰と何が対応するのか考えてみてください。こんな楽しみ方もあるんですねぇ。もっとも熱烈なファンにとっては、いい加減なことを言うな、と言う部分もあると思いますが。

「進化論」を書き換える

2011-06-02 15:02:11 | 日記
池田清彦著   新潮社刊

生物の進化を最初に明解に(?)説明したのはダーウィンだった。但し、ダーウィンは遺伝(子)についてはおおまかには理解していたかも知れないが、それを進化とは結びつけることはなかった。その後、メンデルが遺伝の法則を明らかにし、進化論はこのふたつを合体して精緻なものとなった(=ネオダーウィニズム)。
ところが、ゲノム解析が進んだ結果、進化が自然選択・適者生存という理論だけでは説明できなくなってしまった。ゲノム解析によれば人のゲノムの中の遺伝子は約23000、全DNA配列の2%(98%は遺伝に関係していない。かつてはジャンク遺伝子と言われていたが、最近では、どうやらこれらも別の働きがあるらしいことが分かってきている)。チンパンジーとの違いは僅か5パーセント。昆虫のショジョウバエですら遺伝子は1万4000もある。
単細胞生物を別にすれば、昆虫も動物も遺伝子の数はあまり違わないらしい。たとえば、眼を作る遺伝子は人も鳥も昆虫も同じ遺伝子で、それが単眼になるか複眼になるかの違いだけでしかない。このことは「自然選択」で一見説明できるように思えるが、根本的なところで違う。つまり、必要があって単眼や複眼になったのは確かかもしれないが、それを可能にしたのは「眼を作る遺伝子」があったからなので、個々の生物が独自にその遺伝子を発生させたわけではない。
つまり、「眼を作る遺伝子」を環境に合わせて「使い回した」に過ぎない。第2章のサブタイトルが「ゲノム解読しても生物の仕組みがわからないのはなぜか」はこのことをよく言い表している。この論理を著者は「構造主義」と言っているが、最近の知見はこれを裏付けているようだ。
と、大雑把にまとめると以上のようになるが、タイトルが暗示するような面白さ味わうことは素人には無理である。これは、大学院生クラスが読む本である。浅学を棚に上げているようだが。

天平の阿修羅再び  -仏像修理40年・松永忠興の仕事ー

2011-06-01 15:06:42 | 日記
関橋眞理著  日刊工業新聞社刊

奈良博物館に展示されている、色鮮やかな朱色の阿修羅立像を観た人は多いだろう。奈良まで行かなくても、あちこちで巡回展示されているのでかなりの人が観ている筈だ。そして、奈良興福寺の古色蒼然たる阿修羅立像を観て、あまりの違いに驚くかもしれない。
奈良博物館にあるのは模造で、興福寺にあるのが本物である。実は、国宝の仏像の修理は「現状維持修理」が原則なのである。つまり、欠損している所はそのままに痛みを直し、修理・補強をする。
しかし、修理・補強ではとても済まないほど破損していた時や、後々のために模造制作することもある(勿論、寸分違わず、同じ材質、材料、手法が原則)。ただ、その場合も制作された当時の彩色を施した後、古色をつける(現状維持修理)のが原則である。奈良博物館収の阿修羅立像は稀有の例外なのである(その経過は、本文に詳しい)。
松永忠興氏は、仏像修理ひと筋、40年のキャリアを持つ人である。修行時代・所長となってからの苦労、昔の制作方法を手探りで探究していく様子は読んでみて欲しい。
本書に掲載されている対談で、国宝の絵画の復元模写制作家の加藤純子氏の話が出てくる。彫刻彩色は阿修羅立像が初めてだそうだが、彼女の話もなかなか面白い。
はじめて知ったのだが、日本には古代を通じて使われていた絵具や顔料が、今も豊富に手に入るそうだ。他の国では化学絵具が主で、古典絵具は入手困難であるらしい。日本は何百年もこれらを温存してきたのだ。絵画でも仏像でも、絵具に関しては苦労しなかった、という話が印象的だった。
口絵も豊富で、松永氏が手がけたいろいろな仏像が修理前・後、忠実に彩色された像など見比べることができる。たのしい一冊です。