天平の阿修羅再び  -仏像修理40年・松永忠興の仕事ー

2011-06-01 15:06:42 | 日記
関橋眞理著  日刊工業新聞社刊

奈良博物館に展示されている、色鮮やかな朱色の阿修羅立像を観た人は多いだろう。奈良まで行かなくても、あちこちで巡回展示されているのでかなりの人が観ている筈だ。そして、奈良興福寺の古色蒼然たる阿修羅立像を観て、あまりの違いに驚くかもしれない。
奈良博物館にあるのは模造で、興福寺にあるのが本物である。実は、国宝の仏像の修理は「現状維持修理」が原則なのである。つまり、欠損している所はそのままに痛みを直し、修理・補強をする。
しかし、修理・補強ではとても済まないほど破損していた時や、後々のために模造制作することもある(勿論、寸分違わず、同じ材質、材料、手法が原則)。ただ、その場合も制作された当時の彩色を施した後、古色をつける(現状維持修理)のが原則である。奈良博物館収の阿修羅立像は稀有の例外なのである(その経過は、本文に詳しい)。
松永忠興氏は、仏像修理ひと筋、40年のキャリアを持つ人である。修行時代・所長となってからの苦労、昔の制作方法を手探りで探究していく様子は読んでみて欲しい。
本書に掲載されている対談で、国宝の絵画の復元模写制作家の加藤純子氏の話が出てくる。彫刻彩色は阿修羅立像が初めてだそうだが、彼女の話もなかなか面白い。
はじめて知ったのだが、日本には古代を通じて使われていた絵具や顔料が、今も豊富に手に入るそうだ。他の国では化学絵具が主で、古典絵具は入手困難であるらしい。日本は何百年もこれらを温存してきたのだ。絵画でも仏像でも、絵具に関しては苦労しなかった、という話が印象的だった。
口絵も豊富で、松永氏が手がけたいろいろな仏像が修理前・後、忠実に彩色された像など見比べることができる。たのしい一冊です。