信長死すべし

2012-07-12 14:55:42 | 日記

山本兼一著  角川書店刊

着眼点の良さは認める。そして、構成も上手い。だが、それ故に妙な疑点が浮かび挙がって来る。以下に、列挙する。
第一点。正親町帝も信長も、日本というスケールを念頭に置いて行動していたことになるが、信長は言ってみれば未来志向であった(手段は別として。その理由は後で)。一方正親町帝は現状維持(というか往古の天皇親政を目論んでいたのだから、後ろ向きか?)。
第二点。正親町帝には現状認識が欠けている(つまり経済・民情といった時代の趨勢)。民は天皇の意思を無条件で受け入れる一方的にと思い込んでいた。
第三点。正親町帝は光秀を捨て駒として使い捨てた(というか近衛前久に代表される側近は、それを容認していた)。一方、信長は宗教勢力を残酷とも言える手段で一掃したが、これに共感を持った人間は武士階級を初めとして商人階級や庶民にも多かった。手段に関しては批難を浴びたが。
どちらも現状打破のためにした止むを得ないことだったが、一抹の疑問は正親町帝は光秀を完全に欺いたことである。「大儀のためには止むを得ない」という認識では五十歩百歩であるが、一介の武将(信長は宮廷での位階はなにひとつ持っていなかった)と天皇ではその重みが違う。つまり、自ら出した密勅を疑勅であることを容認した。しかも、その理由は天皇家の威信を守るということだった。要するに、光秀を騙したのだ。
正親町帝が、何故このような苦渋の選択をしなければならなかったのか?  その辺をもっと書き込んで欲しかった。このポイントを外すと、この小説は成り立たないのではないか。尤も「天皇親政」と言わせたことで、単に正親町帝の我欲と私怨に過ぎないということになってしまいそうでもあるが……。
つまり、登場人物の心境の有り様が書かれていないのが残念だ。

 


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