小説に書けなかった自伝

2012-06-05 15:08:52 | 日記

新田次郎著  新潮文庫

沢山の作家の自伝を読んだが、このような自伝は少ないように思われる。というのは、たいていの作家の自伝にも出版社と担当編集者の話は出てくるのだが、概ね出版社や編集者は好意的に書かれていることが多い。当然だろう。原稿料や印税を払ってくれるのは、そうした人々だからだ。売り手と買い手(正確に言えば読者なのだが、その前提として赤字覚悟で印刷・販売してくれる出版社が第一義的な買い手と言っていい)の関係から言えば、必需品を生産している人々に比べれば、小説家は弱い立場なのだから。
しかし、著者は自伝の中で編集者や出版社に対する不平不満を、あからさまに記述している。気象庁を退職した時点では、小説家として自立できるかどうか悩んでいる。当然、自分の小説を掲載してくれる出版社を渇望いたはずなのだ。しかし、それでも尚、不平不満を吐露している。
おそらく、これは役人勤めをしながら二足の草鞋を履いているが故に、素人扱いをされているという自己認識がそうさせていたのではないだろうか。だから「小説に書けなかった」自伝なのだろう。
作家と出版社・編集者との赤裸々な関係を書いてある自伝と言う意味で、異色である。勿論、出版社や編集者の言い分は充分わかっているつもりだが……。

 

 


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