古事記はいかに読まれてきたか  -<神話>の変貌-

2013-01-24 14:35:32 | 日記

斎藤秀喜著   吉川弘文館刊

『古事記』が「どう読まれてきたか」という視点は斬新である。しかし、斬新な視点ゆえの混乱もある。
どう読まれてきたかとは、「読み手」の置かれた時代背景(政治、経済、文化、思想体制)によって当然違ってくる。第二次世界大戦の皇国史観の背景に『古事記』や『日本書紀』が利用されたことは記憶に新しい(くもないか)。
当然その違いは、古事記の記事を「どう解釈するか」という点に出てくる。つまり、時代背景により、牽強付会が横行する、という事態を必然的に招くことになる。なにしろ、今日残されている一番古い写本『真福寺本古事記』(国宝)ですら、頭注は後世の人によるもので、そこには成立時とは違う解釈で施されているのだから。つまり、「我々の読んでいる『古事記』がほんとうに古代のままの本文かどうかはまったく保証がない(130頁)」という」のが事実なのだ。
それらを考慮しながらこのテーマを体系化するには、まだ時間が必要なようだ。