おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

アナザーラウンド

2023-07-18 06:50:50 | 映画
「アナザーラウンド」 2020年 デンマーク / スウェーデン / オランダ


監督 トマス・ヴィンターベア
出演 マッツ・ミケルセン トマス・ボー・ラーセン マグヌス・ミラン
   ラース・ランゼ マリア・ボネヴィー スーセ・ウォルド
   ヘリーヌ・ラインゴー・ノイマン 

ストーリー
マーティンは歴史を教える高校教師で、妻・アニカ、思春期の息子・ヨナスとキャスパーがいる。
彼には仲の良い同僚のニコライ、トミー、ピーターがいた。
心理学が専門のニコライは妻との間に3人のまだ幼い子どもがおり、育児に奔走している。
ピーターは独身で音楽の先生、トミーは小学部のサッカーコーチで介助の必要な愛犬と暮らしている。
マーティンの授業は生徒たちに不評なのだが、マーティン自身も自分の人生に飽き飽きしていた。
帰宅しても妻のアニカとはすれ違いの生活で、子供たちも父親と会話する気がない。
ニコライの40歳の誕生日を祝うため、マーティンたち4人が集まった。
ニコライがフィン・スコルドゥールというノルウェーの哲学者の言葉を引用し、「人間は血中アルコール濃度が0.05%であることが理想らしい」と言い出した。
ワインならグラス1~2杯で、そのくらい飲んでいたほうがリラックスした状態でいいというのだ。
4人は昼間に少量飲むくらいならなにも問題はないし、どうせだから4人全員でスコルドゥールの理論を検証し、「血中アルコール濃度を常に0.05%に保つことが、心と言動にどう影響を及ぼすか」というテーマで論文にしようではないかと話は盛り上がった。
マーティンたちは、酒を飲んでは検知器で濃度をきちんと計測し、血中濃度を0.05%にして授業に臨む。
するとリラックスして臨めたこともあり、授業は生徒たちに好評だった。
調子をよくしたマーティンは、濃度を上げてみないかと提案し他の3人も同意した。
マーティンは家族でカヌー旅行に出かけ子どもとも会話でき、妻のアニカとも距離が縮まった気がした。
ニコライの妻子が実家へ泊まりに行くのを見送ったあと、ニコライたちはいそいそと新たな酒を用意する。
マーティンは飲まずに帰ろうと思っていたのだが、3人がおいしそうに飲むのでその酒を飲んでみた。


寸評
飲酒は気分を高揚させ人を饒舌にもする。
僕もアルコールがない食事会よりは、飲酒をしながらの方が断然話が盛り上がる。
飲酒をすることで授業が上手く進められるようになるこの映画は、飲酒をめぐるコメディかと思われるが案外とシリアスな部分もあるし、アルコール依存のまずい点も描かれているまともな作品だ。
これは飲酒をめぐる物語であると同時に、人生を再生させる中年の物語でもある。

デンマークではアルコール度数が低ければ16歳から飲酒が認められているらしく、マーティンの生徒は毎日晩酌をしている僕などが足元にも及ばないほどのビールを飲んでいる。
北欧の国が飲酒におおらかなのは夜が長いせいかもしれない。
4人が血中アルコール濃度を0.05%にして歴史や音楽の授業を上手くやりだし、サッカーのコーチも仲間外れの少年などを上手く導いていくようになる様子などは、分かっているとは言え楽しませてくれる。
作品に深みを持たせているのは、マーティンの家族に問題があることだ。
マーティンの妻は夜勤が続き、夫婦間にはすれ違いが続いている。
どうやら妻は夫婦関係に不満があり浮気をしているらしいのだが、彼女の浮気がマーティンによって語られる意外に描かれていないので、家庭崩壊の緊迫感は余り伝わってこなかった。
マーティンが妻の行為を知っていたことなどを描けば彼の生気のなさをもっと受け止めることが出来たと思う。
カヌー旅行に出かけたことで彼の家族が再生するかと思ったところで、マーティンが再び酒を口にして離婚騒動に発展してしまうところなどはシリアスさを感じる。

途中で酔っぱらっていると思われる世界の指導者の映像が流れ、またヘミングウェイを例に出して飲んだくれでもノーベル文学賞が獲れるとか言っているくだりは、酒飲みを正当化しているように見える。
穴埋めするように、4人がアルコール依存になっていて失敗をやらかす事を描いているのだが、アルコール依存症にしては症状が軽い。
アルコール依存を描いた作品は何本かあるが、共通することは酒を口にすることは主人公の身の破滅を招き、酒を断ち切れば主人公の再生をもたらすという構図である。
それらの作品では、主人公がどのようにして酒を口にし、どのようにして断念するかに興味が注がれる。
この作品は酒を飲むということをテーマにしているが、それらの依存症作品とは一線を画している。
中年のおっさんたちが酒を飲むことで生き返っていくのだ。
アルコール依存は申し訳程度に描かれているに過ぎない。
彼らは「社会的生活に支障が生じて、アルコール依存症になるおそれが生じたため」として実験を終了する。
そして彼らは卒業生たちと祝い酒でバカ騒ぎをする。
マーティン夫婦の関係修復がとってつけたようだし、僕には飲酒賛歌映画だったとの思いが残った。

最後にイーダに捧げるとクレジットされるが、トマス・ヴィンターベア監督は、この映画の撮影がスタートしてすぐに19歳の娘イーダ・ヴィンターベアさんを交通事故で失っていたので、この映画を彼女に捧げている。
彼女の冥福を僕も祈りたい。