おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

赤い殺意

2023-07-08 09:20:26 | 映画
「赤い殺意」 1964年 日本


監督 今村昌平
出演 春川ますみ 西村晃 露口茂 楠侑子 赤木蘭子
   北林谷栄 北村和夫 小沢昭一 宮口精二 加藤嘉
   近藤宏 北原文枝 殿山泰司 加原武門 糸賀靖雄

ストーリー
強盗(露口茂)が押し入った夜、夫の吏一(西村晃)は出張中であった。
恐怖におののく貞子を、殴打しスタンドのコードで縛りあげて、獣のようにせまって来る男に、貞子(春川ますみ)は半ば気を失って呻いた。
明け方強盗は再び貞子を犯して去った。
“死なねばならない”貞子は、土手の上を通る鉄路にふらふらと出てみたが子供勝への愛情はたち難かった。
翌日出張から帰って来た夫に、何度かうちあけようとしたが、何も気づかない風の吏一の態度に、言葉をのんだ。
東北大学の図書館に勤める吏一には、事務員義子(楠侑子)と五年も肉体関係がある反面、家庭ではケチで小心な夫であった。
再び強盗が貞子の前に現れたのは、あれから二日後の夜だった。
乱暴なふるまいのあと、「もうじき死ぬのだ、あんたに優しくしてもらいたいのだ」と哀願した。
その夜吏一に抱かれながら、貞子は、家庭の平和を乱したくないと苦悶した。
だが、デパートの特売場で、強盗に声をかけられた貞子を、義子が見てから、夫は、近所の学生英二(糸賀靖雄)との間を疑うようになった。
二月の初め、妊娠に気づいた貞子に、強盗は“腹の子は俺のだ”と執拗にせまった。
吏一の父清三の葬儀に行った貞子は、自分が妾腹だという理由で入籍されず、子供の勝が清三の子になっているのを知って愕然とした。
数日後、強盗が合図の石を屋根に投げたのを聞いた夫が、英二の仕業と思いこみ嫉妬にかられて隣家に踏みこんだ。
夫に疑われて追いつめられた貞子は、強盗に会いにいった。
強盗は平岡というトランペット吹きで、心臓を病んでいた。
よわよわしい彼の表情に負けて、またも温泉マークに入った貞子は、ついに平岡を殺そうと決意した。
農薬をジュースに混入して殺すのだ。
吏一の東京出張中、貞子と平岡は、汽車に乗ったが、途中不通となったため、吹雪の中を疲労にふらつく平岡を助ける貞子に義子が木影からカメラをむけていた。
疲労の末貞子が手を下すまでもなく悶絶してゆく平岡を前に、貞子は、何か説明しがたい胸の痛みを感じた。
そして義子も、カメラをもったまま車にはねられて死亡した。
何ごともなかったような毎日が始まったが、貞子の上には女としての自覚と責任が新しく芽生えていた。


寸評
舞台が東北で、主人公が不幸な出生で肉感のある女であることが、どういう訳か僕にはリアリティを感じさせた。
内容的には煽情的なサスペンス劇なのだが、リアリティ感が民俗学的なものを感じさせる力作である。
戦災孤児だった貞子は、祖母がその先代の妾だったことから高橋家に身を寄せ、ずっと女中同然にこき使われてきた。
そして吏一に犯されて妊娠し、やむを得ず嫁に迎えられ息子の勝も生まれていたが籍はまだ入っていない。
主婦になった今も姑や夫にバカにされている。
貞子自身もちょっと知恵が足りないのではないのかと思われるような愚鈍なところがある。
しかし、村の男の夜這い相手として標的になっていたほどだから、貞子には女としての性的魅力があり、吏一にも強盗の平岡にも犯される。
貞子は強盗に犯され自殺を考えるが、その前にご飯をモリモリ食べるし、首を吊ろうとしたら自分の重さで紐が切れてしまうなど滑稽な姿が描かれる。
寝床で貞子が「お父ちゃん・・・」と声を漏らすと、夫の吏一も「お母ちゃん・・・」と返すなど笑ってしまうようなシーンが多い。
それがまたリアリティを感じさせてしまうのだから不思議なのだが、多分、作品全体が日常生活的なリアリズムで描かれているせいであろう。

自分はそうしたくないのだが仕方なくそうしているのだと、貞子は自分に言い聞かせるように、あるいは開き直りで平岡との関係を続けてしまう。
人が良い貞子は平岡を殺そうとしても殺し切れない。
家を守るために夫には本当のことが言えない。
一方では家の思想が残る高橋家からの冷たい仕打ちにも耐えている。
それらを通じて描かれているのは、庶民の女の図太い生命力である。
貞子の鈍重な動きに付き合っていくうちに、男たちはいつの間にか彼女のペースに巻き込まれてしまうのである。
平岡に支配されていた彼女は、徐々に心臓の持病を持つ彼を支配しだす。
姑にも夫にも文句を言われ、指示されるばかりだった女がだんだん目覚めていって強靭な存在になっていく。
そして証拠の写真を見せられても、それは私ではないとシラを切りとおし、逆に開き直って夫の吏一を慌てさせ、立場を逆転させてしまう。
平凡な主婦に戻った彼女は、いまや姑も頼りにする存在になっている。
男は身勝手な存在として強さを誇示するが、心底強いのは女の方なのだと思う。
家庭においては妻に従っていた方が平和なのだと再確認。