おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

あの夏、いちばん静かな海。

2023-07-20 07:38:06 | 映画
「あの夏、いちばん静かな海。」 1991年 日本


監督 北野武
出演 真木蔵人 大島弘子 河原さぶ 藤原稔三 寺島進 小磯勝弥
   松井俊雄 石谷泰一 窪田尚美 大和田剛 澤井革 杉本達也
   深谷朋民 千原正子 芹沢名人 渡辺哲 鍵本景子

ストーリー
茂は生まれつきの聴覚障害者で、掃除車の助手をしている。
ある日、海岸脇のゴミ収集所に捨ててあった壊れたサーフボードに心ひかれた茂は、それを持ち帰って修理し、早速恋人の貴子を連れて海辺に出掛けた。
貴子もまた茂と同じろうあ者だった。
茂は必死にサーフィンに挑戦するが失敗の繰り返し。
貴子は常連のサーファー達に笑われながらも練習に明け暮れる茂を微笑みを浮かべて見守っていた。
やがてサーフボードは壊れてしまうが、茂は給料日を待って新品を買うと、また海辺に通い詰めた。
スーツもつけずにサーフィンに挑み、そんな茂のひたむきさを見たサーフショップ店長の中島は、彼に一着のウェストスーツとサーフィン大会の出場申込書を差し出した。
そのサーフィン大会の当日。
茂と貴子はじっと出番を待っていたが、そうこうするうちに大会は終わってしまう。
自分の出番を告げるアナウンスが聞こえずに失格となってしまったのだ。
それでも茂のサーフィンの情熱はつのるばかりで、仕事さえも忘れるほどだった。
また、常連のサーファーたちとも次第に打ち解けるようになっていた。
こうして二度目のサーフィン大会を迎え、腕を上げた茂は、見事に入賞し、仲間たちの祝福を受ける。
大会終了から数日後、ただ一人で荒波を見つめる茂・・・。


寸評
若い聾唖のカップルが主人公なので二人の会話は一切なく、時折聞こえるのは二人を取り巻く人たちの会話と波の音だけという半ばサイレント映画を見ているような雰囲気を白石譲の哀愁を帯びたロディが包み込む。
二人はそばにいて、ただ視線を交わすだけで分かり合っているのだが、観客である僕たちも分かり合えるような描写がよくて引き込まれるものがある。
茂が同乗している清掃車の運転手、サーフショップの店長、二人を送り届ける軽トラの運転手など、大げさではない優しさを持っている人たちの扱いもくどくなくていい。
茂はやっとの思いでサーフボードを買うが、店長は他店では安く売っているのでもう少し負けてやればよかったかなと言い、その事が咎めたのか後日の寒い日に古いウエットスーツをプレゼントしてやるし、自分を慕うサーフの後輩たちに「ちゃんと面倒見てやれよ」と声をかけ、主人公とサーフ・コミュニティの架け橋となっている。
二度目の大会の後ではすっかりコミュニティに馴染んでいて、居場所のなかった茂が彼女と共に居場所を見つけたようだと思わせるショットもなかなかいい。
清掃車の運転手は仕事上は厳しい言葉をかけているのだが、サーフィン大会に出る茂をかばってやり、大会で小さなトロフィーをもらって帰ってきた主人公カップルを晩酌に誘い、まるで自分の息子の快挙を喜ぶような嬉しそうな表情を見せる。
軽トラの男は定員オーバーを咎められた警官に食って掛かるような乱暴者だが、無事に二人を送り届けている。
彼の乱暴さは二人を送り届ける義務感と正義感から来ていることが観客にもよく分かるのだ。

海に入るときに必ずコケる男や、茂の友人らしいコンビなどが道化役を引き受けていて、北野武流のユーモアも所々で披露されている。
相反する場面が貴子が一人で乗ることになったバスのシーンだ。
やっとサーフボードを手に入れた茂がバスに乗ろうとすると、混雑しているからサーフボードはだめだと乗車を拒否されてしまい、貴子が一人でバスに乗ることになってしまう。
茂はサーフボードを抱えてバスを追いかける。
満員のバスから乗客が下りていき空席が目立つようになってくるが貴子は座ろうとはしない。
歩いてくる茂を思ってのことで、バス停を降りた貴子は追いかけてきた茂に駆け寄っていく。
貴子は一筋の涙を流し、それまでそっけない態度だった茂は貴子をそっと抱き寄せ歩きはじめる。
なんてピュアなラブシーンなんだろう。
ビートたけしのキャラクター・イメージからすれば考えられないような演出である。
冗談抜きのいいシーンだった。
帰りの船の中で二人がトロフィを嬉しそうに眺めるシーンにも思わず笑みが自然とこぼれた。

最後になって「あの夏、いちばん静かな海。」というタイトルの意味が分かる。
これは二人の現在進行形のラブストーリーを描いていたのではなく、あの夏の日の思い出話だったのだ。
泣き崩れることもなくサーフボードを横に置いて海を眺める貴子の姿には万感迫るものがある。
想い出のシーンにはグッと来るものがあった。
一言も発しないで自然体で臨んだ真木蔵人の演技は賞賛に値する。