おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

日本の黒い夏 冤罪

2021-08-18 05:59:22 | 映画
「日本の黒い夏 冤罪」 2000年 日本


監督 熊井啓
出演 中井貴一 細川直美 遠野凪子
   北村有起哉 加藤隆之 藤村俊二
   梅野泰靖 平田満 岩崎加根子
   二木てるみ 根岸季衣 石橋蓮司
   北村和夫 寺尾聰

ストーリー
1995年初夏、松本市。
高校の放送部に所属するエミとヒロは、一年前に起きた“松本サリン事件”での一連の冤罪報道を検証するドキュメンタリー・ビデオを制作していた。
ふたりが訪れたのは地元のローカル・テレビ局。
この放送局以外、どこも協力的ではなかったのだ。
さて、局では報道部長の笹野と彼の部下で記者の花沢、浅川、野田がふたりのインタビューに答えてくれた。
彼らは、事件当時の取材の様子を回想する。
それは、閑静な住宅街で突然起こった死傷者を多数出した有毒ガス事件だった。
翌日、警察は事件の被害者であり、第一通報者でもある神戸俊夫の自宅を容疑者不詳のまま殺人容疑で家宅捜査して数種類の薬品を押収し、その中から青酸カリが見つかったことから、神戸が薬品の調合ミスを犯して有毒ガスを発生させたとのではないか、という見解を示した。
一方、スクープが欲しいマスコミ各社は、裏が取れていないにもかかわらず、警察情報として神戸が犯人であるかのように受け取れる報道を開始し、更に、それを鵜呑みにした視聴者は神戸一家を迫害し始めた。
事件で意識不明となった妻を抱え、自らも幻覚幻聴に悩む神戸は戸惑いを隠せない。
ただ、笹野だけはあくまで裏が取れていないという理由から、神戸容疑者報道を控えていたが、彼にも視聴率を取りたい上司から圧力がかかり、視聴者や番組のスポンサーからもクレームが寄せられていた。
やがて、有毒ガスはサリンであることが判明し、サラリーマンの家庭で作れるようなものではないことも分かる。
そんな中、あるカルト集団の影が捜査線上に浮上してくる。
しかし、警察上層部は捜査結果を無視して、見込み捜査と情報操作を押し進めようとするばかり。
そして3月、東京で地下鉄サリン事件が発生してしまうのである。


寸評
オウム真理教による松本サリン事件によって、あたかも犯人であるがごとく扱われた河野義行氏に対する冤罪報道を通じたマスコミのあり方を描いている。
これが万人承知の事件でありながら実名が全く登場しないもどかしさを覚えてしまう。
アメリカ映画なら間違いなく実名で描いただろう。
高校生のドキュメンタリー作成を通じて、報道のあり方とは、あるいは冤罪はどのようにして生じてしまうのかを描いていくが、これだけのテーマを描くのならもう少し切り込んで欲しかった。
取り調べに当たった吉田警部は神部が限りなく白に近い印象を持ち、新たな事実が判明しても県警の上層部がそれを秘匿して神部逮捕で凝り固まっていることを報道部長の笹野に打ち明けるが、その上層部は捜査方法の手法の一つだと、2時間の参考人取り調べを7時間に延長させるぐらいにしか登場しない。
捜査当局の非道性が全く見えないし、前線の吉田警部も下っ端の悲哀を味わっていて実はいい人だったんだよになってしまって、権力側の腐敗は全く描かれていない。
地方テレビ局の報道に対する悶着を通じて、マスコミの警察発表を鵜呑みにしてしまって裏付け取材を怠ってしまったいきさつも描いているが、どうも追求不足だなあ。
これだと、なぜ冤罪事件は起きてしまうのか、誤った報道はなぜなされてしまったのかという検証としては不十分に感じた。
神部が黒という報道を続けることで視聴率が取れるという部下に対し、報道部長は特番での神部白説で視聴率が取れると考え、他社とは違う方向の特番制作に走った経緯を語るが、これとて視聴率、スポンサーに影響を受けるテレビ局の問題を提起しているとは言い難い。
それを告白している報道部長がまるで正義の代弁者のように描かれているからだ。

しかし、それでもこの作品を作った意義は大きい。
1994年6月27日、死者8人、重軽傷者660人に及ぶ事件が発生した。
発生直後は死因となった物質が判明せず、また発生原因が事故か犯罪か自然災害なのかも判別できず、新聞紙上には「松本でナゾの毒ガス7人死亡」という見出しが躍った。
翌日、警察は第一通報者であった河野義行宅を家宅捜索し薬品類など数点を押収した。
さらに河野氏には重要参考人としてその後連日にわたる取り調べが行われた為に、河野氏を容疑者扱いするマスコミによる報道が過熱の一途をたどった。
マスコミを通じて我々は河野氏を犯人と信じてしまい、続いて起こる地下鉄サリン事件を防ぐことができなかった。
この教訓が残したものは大きいし、我々は忘れてはならない。
その意味でこの事件の経緯を描いた作品を後世に残しておく必要性は多いにある。
冒頭とラストで移される美しい松本でこの凄惨な事件が繰り広げられたのだ。
人間長い一生の間には思いもよらぬことに出会うものだが、冤罪はその中でも当事者にとっては一番思いもよらぬことであろう。
僕のこれから先にどのような思いもよらぬことが待ち受けているのかは不明なのだが、この映画の中で純真無垢な女子高生を演じた東野なぎこさんも、この後結婚を通じた波乱万丈を繰り広げることになるとは、この時はよもや思ってもいなかっただろうに…。