おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

斬る

2021-01-05 08:54:43 | 映画
「斬る」 1962年 日本


監督 三隅研次
出演 市川雷蔵 藤村志保 渚まゆみ 万里昌代
   成田純一郎 丹羽又三郎 天知茂

ストーリー
高倉信吾(市川雷蔵)が小諸藩士である養父の高倉信右衛門(浅野進治郎)の許しを得て、三年間の武道修行に出てから三年の歳月が流れた。
信吾の帰りを最も喜んだのは義妹の芳尾(渚まゆみ)だった。
信吾は藩主牧野遠江守(細川俊夫)の求めにより、水戸の剣客庄司嘉兵衛(友田輝)と立会った。
信吾は“三絃の構え”という異様な構えで嘉兵衛を破った。
数日して、下城中の信吾は、信右衛門と芳尾が隣家の池辺親子に斬殺されたという知らせをうけた。
池辺義一郎(稲葉義男)は、伜義十郎(浜田雄史)の嫁に芳尾を望んだが、断わられこれを根にもってのことであったが、その時、信吾は自分の出生の秘密を知った。
信吾の実母は山口藤子(藤村志保)という飯田藩江戸屋敷の侍女で、城代家老安富主計(南部彰三)の命をうけて殿の愛妾を刺したが、処刑送りの駕籠から彼女を救った長岡藩の多田草司(天知茂)と一年を送ったのち生れたのが信吾で、それから藤子は捕えられたが、彼女を斬る役が多田草司だったのだ。
信吾は池辺親子を国境に追いつめて討った。
信吾は遠江守から暇をもらって旅に出たが、旅籠で就寝中、信吾は二十人もの武士に追われている田所主水(成田純一郎)という侍から、姉の佐代(万里昌代)を預ってくれと頼まれた。
しかし、佐代は主水が危くなった時、自分を犠牲にして主水を逃がした。
彼女の崇高な姿にうたれた信吾は、彼女を手厚く葬った。
江戸に出た信吾は、千葉道場主栄次郎(丹羽又三郎)と剣を交えたが、その技の非凡さを知った栄次郎は、幕府大目付松平大炊頭(柳永二郎)に彼を推挙した。
大炊頭に仕えて三年の文久元年、世の中は尊王攘夷の嵐が吹き荒れ、大炊頭はその急先鋒であった水戸藩取締りのため信吾を伴って水戸へ赴いた・・・。


寸評
大映のスター女優である藤村志保がいきなり処刑されてしまうので、これは回想形式の作品だなと思ってしまうのだが、この作品は単純な回想で物語が進められていくというものではない。
出生の秘密と、母への思慕を描くために所々に藤村志保の藤子が挿入されるだけで、市川雷蔵の一人芝居的な要素が強い。
それでもオープニング早々に描かれる藤村志保演じる藤子の登場シーンは秀逸だ。
特に真上からのアングルで撮ったシーンがなかなか良くて、よほど気にいったのか、その位置からの撮影シーンはその後にも登場する。
70分ほどの短い作品だが要領よくまとまれていてテンポがよい。
先ずは高倉信吾の出生には何やら秘密がありそうなこと、しかし養父には可愛がられていて、義妹を含めた家庭は幸せそのものであることが描かれるが、秘密は守られ実の兄妹として育てられているらしく、義妹が恋心を抱いて義兄を慕うような描かれ方はされていない。
もっとも、描けば許されない兄と妹の恋物語になってしまう。
些細なことから父と妹を殺された信吾が、瀕死の父から出生の秘密を聞かされ、敵を討つまでが前半部分だ。

後半は浪人となった信吾のその後が描かれるが、起点となるのは万里昌代が弟を救うために敵の前に裸になって立ちふさがり殺される場面に立ち会ったことだ。
信吾が後に語ったように、真吾にとって死んでいった重要な三人の女の一人となる。
一人は母である藤子であり、一人は妹の芳尾であり、いま一人がこの佐代だ。
それぞれが非業の死を遂げていることになる。
藤子は義のために死んでいくことになり、夫に斬られる藤子は笑みさえ浮かべる。
芳尾はいわば言いがかりを受けたような死で、一番無益な死だったかもしれない。
佐代は弟を救うための覚悟の死だが、その覚悟はすさまじい。
佐代の登場シーンは短いが、この女性は信吾に通ずる精神の持ち主で、信吾と対をなす存在だと思う。

どのようにしてその剣技を会得したのかは描かれていないが、高倉信吾の剣は邪剣とは言いながらもすさまじく、
喉元を狙う三絃の構えも独特だが、河原で道場で立ち会ったことのある庄司嘉兵衛を、頭の先から胴体を真っ二つに切り裂く技を見せる。
大写しで血しぶきが噴き出るという描き方ではないので、遠写しのその様子は一瞬何が起こったのか分からないくらいだが、笑ってしまうような演出である。
この時点では高倉信吾はストイックな孤高の剣士という感じなのだが、大目付の松平大炊頭と心を通わせることによって世捨て人のようなイメージを排除している。
疑似親子のような関係を打ち砕くのが武士道ということになる。
主人の護衛役だった男が、その役目を果たせず殉死するという非業の死で締めくくっている。
剣にストイックな男に市川雷蔵がピタリとはまり、続編が作られるようになったのもうなづける。