おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

教誨師

2021-01-03 07:04:22 | 映画
「教誨師」 2018年 日本


監督 佐向大
出演 大杉漣 玉置玲央 烏丸せつこ
   五頭岳夫 小川登 古舘寛治 光石研

ストーリー
「日本の死刑確定者は刑務所ではなく、拘置所内の独房で生活をしている。懲役囚と異なり、原則的に髪型・服装は自由、就労の義務もない。」
受刑者に対して道徳心の育成、心の救済につとめ、彼らが改心できるよう導く教誨師。
牧師の佐伯(大杉蓮)は、半年前に死刑囚専門の教誨師として着任した。
彼は年齢、境遇、性格の異なる6人の死刑囚と面会する。
勝手な理屈で殺人を正当化する自己中心的な若者・高宮(玉置玲央)、おしゃべりな関西の中年女・野口(烏丸せつこ)、お人好しが高じて借金の山を築いたホームレスの老人・進藤(五頭岳夫)、家族思いで気の弱い父親・小川(小川登)、心を開かない無口な男・鈴木(古舘寛治)、気のいいヤクザの組長・吉田(光石研)。
受刑者は、他人の命を奪った者たちばかり。
死をもって罪を贖うことが決定している死刑囚である。
いつか必ずやってくる執行日を、できるだけ心穏やかに迎えられるよう、佐伯は親身になって彼らに向き合う。
独房で孤独な生活を送る彼らのなかには、よき理解者であり、格好の話し相手である教誨師に対し、真剣に思いを吐露する者もいれば、くだらない話に終始したり、罪を他人のせいにする者もいる。
一方、佐伯は彼らに寄り添いながらも、自分の言葉が本当に届いているのか、死刑囚たちが安らかに最期を迎えられるよう導くことが正しいのか苦悩する。
そして彼もまた、その葛藤を通して忘れたい過去と対峙し、自らの人生と向き合うことになる。


寸評
教誨師を務める牧師の佐伯は個性的な死刑囚それぞれに正面から相対し、彼らの話に耳を傾け、様々な言葉を語り掛けるのだが、深刻な話ばかりではなく、時にはユーモアを感じさせる会話を交わす。
見せ場はもちろんこの対話シーンであり、そこでは大杉漣と死刑囚役の芸達者な役者たちによる演技合戦が披露され、シンプルなセットも手伝って観客は舞台劇を見ているような気持になる。
死刑囚たちがどのような残忍な殺人を行ってきたのかは描かれていないので分からないが、佐伯との対話を通して、死刑囚の今までの人生や犯行の様子などが、おぼろげではあるが浮かび上がってくるという趣向である。
犯行場面が描かれないことで、観客には無縁に思える死刑囚も、けっして遠い存在ではないと感じてくる。
もしかしたら、自分たちの隣人が彼らと同じような運命をたどるかもしれないし、我々自身が彼らのようになっていたかもしれないと思わせる。
進藤の様に無学ゆえに犯罪に走ったケースもあれば、小川の様に些細な行き違いが事件に発展したケースなども明らかになる。
その経緯は映画の世界だけの話とは思えず、ストーカー殺人や障がい者に対する殺人など、現実の事件を想起させるのである。

僕は馬鹿なやつを抹殺したと豪語する高宮に相模原障害者施設殺傷事件の植松聖を想起したし、おしゃべりな野口は和歌山毒物カレー事件の林真須美を連想した。
鈴木が語るストーカー殺人も似たような事件があったことを思い出すし、進藤には数ある冤罪事件を連想する。
そのなかでもやはり玉置玲央が演じた高宮は強烈なキャラクターだ。
佐伯が命の大切さを説くと、高宮は「それなら死刑はどうなんだ?」と問い返す。
高宮は佐伯に菜食主義者ではないことを確認し、「豚や牛は食べるのか?」と聞く。
佐伯が「食べる」と応えると、「どんな命も大切と言いながら、命を奪っているではないか」とつめより、「それならイルカはどうだ?」と聞き返し、「なぜ食べない?」と問い詰める。
「イルカは知能が高い」と答えた佐伯に、「それなら知能の低いものは殺しても良い」と屁理屈を突きつける。
死刑廃止論に加担しているようでもあり、反捕鯨団体への抗議の様でもある。
一見、高宮の主張には理があるように思えてきて、冷静な佐伯もおもわず感情を取り乱す。
野口には妄想癖があり、吉田の告白も真実かどうかわからない。
自分の死刑執行を遅らせるための方策を講じているのかもしれない。
どこか冷めていた高宮も最後には取り乱すから、やはり命はかけがえのないものなのだ。
劇中では、ある種の超常現象が二度描かれるが、一度目は死刑囚の鈴木と被害者をめぐってのものであり、二度目は佐伯の過去の傷をめぐってのものだ。
佐伯が亡き兄と対峙した後、高宮に対して本当の心の内をさらけ出し、「あなたに寄り添う」「穴を見つめる」と自分がすべきことを表明するシーンは痛切で、大杉連の表情もなかなかいい。
ラストシーンでは、佐伯がやっと字を覚えた進藤からのメッセージを目にするのだが、そのメッセージは我々に対してのものでもある。
これが大杉連の遺作となったことを知る僕は、エンドロールで映る去り行く大杉漣の後姿を見て胸がいっぱいになってしまい、まさに名優だったと実感した。 合掌。