おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

マッチポイント

2020-04-10 10:32:36 | 映画
「マッチポイント」 2005年 イギリス / アメリカ / ルクセンブルク


監督 ウディ・アレン
出演 ジョナサン・リス・マイヤーズ
   スカーレット・ヨハンソン
   エミリー・モーティマー
   マシュー・グード
   ブライアン・コックス
   ペネロープ・ウィルトン

ストーリー
イギリス、ロンドン。
アイルランド人のクリスは英国の上流階級に憧れる野心家。
特別会員制テニスクラブでコーチの職に就くと、すぐさま大金持ちのトムと親しくなる。
クリスに一目惚れしたトムの妹・クロエは、親族のパーティに彼を招待。
クリスはそこでアメリカ人のノラと出会い、その挑発的な態度と魅惑的な容姿に惹かれるクリス。
しばらくしてクリスとクロエは交際を開始。
人生を賭ける仕事がしたいという彼の思いをクロエは企業家の父・アレックに伝え、アレックは自分の会社の管理職を与え、クリスは絶好のチャンスを手に入れた。
しかし、どんな時もノラのことが頭を離れない。
ある日クリスは偶然街でノラと出会い、酔った勢いで関係を持つ。
心はノラに奪われていたクリスだが、クロエの両親に薦められてクロエとの結婚を決意する。
その一方で官能的なノラとの情事におぼれていくクリス。
そんな中、ノラはクリスに自分が妊娠したと告げ、堕ろすか、産むか、激しく言い争う二人。
ノラは子供を産んで二人で育てると言って譲らず、妻との離婚話を毎日先送りにするクリスに怒り狂う。
追い詰められたクリスは強盗を装いノラのアパートに潜入し、隣のおばあさんとノラを殺害する。
そして殺害現場の状況から、事件は麻薬がらみの殺人でノラは巻き添えを食ったと報道される。
危機を脱したクリスは、おばあさんから奪った指輪を川に投げ捨て、安堵し立ち去る。
しかしその指輪は手前の柵に当たり、川に落ちることなく道路へと転がる。


寸評
一種のサスペンス物だが、クリスが犯行を起こすのはずっと後半になってからで、それまではクリスを取り巻く人間関係が濃密に描かれ、それがラストに導かれていくストーリー立てがよくできている。
ウディ・アレンがロンドンで撮影したこともあって、その先入観も影響したのかすごくイギリス映画的だった。
随所に流れるオペラの歌声が映画的高揚感を高めていくが、こういう音楽の使い方は僕は好きだ。

ヒューイット家の人々は成金上がりのような嫌みな人種ではないが、それでも平民である僕には母親にも、二人の子供にもなじめないものを感じる。
母親は息子のトムには血縁の娘を嫁にと考えていて、アメリカ人であり役者志望のノラを気に入っていない。
役者としての才能がないのだから早く違う道を見つけるべきだとズバリと言うが、ノラはその的確な指摘を受け入れることが出来ず母親との溝は深まるばかりである。
息子のトムはノラにぞっこんだが、結局母親の圧力に屈して母が進める縁談を受け入れてノラと別れてしまう。
門閥主義に浸る母親には同調できないものがあるが、トムの結婚後の生活を見るとそれも一理あるのかなと思ってしまう。
育った環境が違い過ぎると結婚生活も上手くいかないものかもしれないし、その溝を埋める作業もこれまた結婚生活の一部なのかもしれない。

娘のクロエは悪い人間ではないが、父親の庇護を当然のように思っているのが鼻につく。
困れば父親が助けてくれるし、父親は資産を娘の幸せのために使うのは当然だと思っている。
クロエははやく子思が欲しいと思っていて、そのための行為を強要する。
子孫を残すための生殖行為を要求しているように思え、その言動は動物的だ。
それに比べると、クリスとノラの関係は人間的である。
クリスはクロエを嫌っているわけではないし、何よりもクロエといることで生活は満たされるし、彼が望んでいた上流社会にとどまれるのだ。
クリスは愛と愛欲の狭間でもがき苦しむのだが、しかしそれは身勝手な苦しみだ。
妻を捨てきれずにいながら、魅力的な女性におぼれてしまうのは極めて人間的だ。
人間の持つ、さらに男の持つ弱さでもある。
クリスはその弱さに負けて殺人事件を引き起こしてしまうが、ここからは人生の機微とも思える偶然を描いていくことで、サスペンス劇に深みを加えていく。
クリスは強盗を装った殺人を犯すが、関係のない普通の市民と思われる被害者が麻薬関係の薬を服用していて、麻薬をめぐるヤクザのもめ事とみなされ疑いの目から逃れる。
再びクリスに目が向いたときに思わぬことが起きるのだが、冒頭のテニスボールとリンクしてくる上手い仕組みだ。
ネットにかかったボールが相手側に落ちるか、ネットを超えずにこちら側に落ちるかで勝敗の行方が決まる。
それが人生を決めるマッチポイントのセットだったとしたらという結末なのだが、運に左右される人間は弱いし、更に恐ろしい動物でもある。
上流社会に溶け込んだクリスは、やがて自らの罪を忘れて生まれた子供と幸せな生活を満喫するのだろうかと想像すると、その事の方がずっと恐ろしい。