おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

炎のランナー

2020-04-05 09:22:35 | 映画
「炎のランナー」 1981 イギリス


監督 ヒュー・ハドソン
出演 ベン・クロス
   イアン・チャールソン
   イアン・ホルム
   ナイジェル・ヘイヴァース
   ナイジェル・ダヴェンポート
   シェリル・キャンベル
   アリス・クリーグ

ストーリー
1919年、ケンブリッジ大に入学したハロルド(ベン・クロス)は、自分がユダヤ人であることを強く意識していた。
アングロ・サクソンの有形無形の差別に反発し、その鬱憤を発散するため走った。
同じ頃、スコットランドではエリック(イアン・チャールソン)が駿足を謳われていた。
彼は宣教師の家庭に生まれ、彼も父の後を継ぐつもりだった。
彼にとって、走ることは神の思寵をたたえることだったが、妹のジェニー(シェリル・キャンベル)は彼が一日も早く宣教の仕事を始めることを望んでいた。
ケンブリッジでは、ハロルドを中心に、障害物のアンドリュー、中距離のオーブリーとヘンリーが活躍をし、24年のパリ・オリンピックを目指して練習を続けた。
ハロルドはスコットランドまで行き、エリックが走るのを見学。
ある夜、オペラ見物に出かけたハロルドは、歌手のシビルに一目惚れし、早速デートに誘い出す。
23年、ロンドンでの競技会で、エリックとハロルドは対決。
わずかの差でエリックが勝つ。
ハロルドはサム(イアン・ホルム)のコーチを受けることになった。
そのためトリニティの学寮長とキースの学寮長に、アマチュア精神にもとると批難されたが、彼は昂然と反論した。
オリンピック出場が決定したケンブリッジ四人組とエリックは、パリに向かう。
百メートルの予選が日曜日と知ってエリックは出場を辞退する。
日曜は神が定めた安息日だから、走れないというのだ。
選手団長のバーケンヘッド卿、皇太子、サザーランド公の説得も効はなかった。
アンドリューが四百メートルに出る権利をエリックに譲ると申し出る・・・。


寸評
この映画の第一印象は、感心したというか、素敵だなと思ったのは、他の国が逆立ちしても叶わない英国トラッドのテイストだった。
センス抜群というか、これが長年培って染みついたものなのか、衣装担当者に敬意を表したい。
Vネックにラインの入ったアラン模様のクリケットセーターや、ダスターコートやオーバーコート。
オリンピックのディナーでの正装なんて、とても日本人には着こなせないものだ。
これはもう、見ているだけで垂涎ものである。

そして、リデルやエイブラハムズがトレーニングするのはフィールドでなくってイングランドの美しい自然の中で、そんな映像の美しさもこの作品の雰囲気を醸し出している。
リンゼイ卿が自邸の広大な庭でハードルのトレーニングをし、ハードルの端にシャンペンをなみなみと注いだシャンペングラスを置いて「シャンペンがこぼれたら教えてくれ」そう召使に命じる。
貴族趣味の嫌味な設定と思うのだが、当時の英国社会なら不自然じゃないと受け入れてしまう。

単なるスポーツ映画ではなく、一人は神の喜びを、もう一人は怒りをエネルギーにして走った二人のランナーの内面の葛藤を通して当時の社会状況を丁寧に描いていて好感が持てる。
当時の反ユダや主義や権威主義、階級社会が映し出される。
そして、イングランドとスコットラッドの関係も興味深い。
日本人にはなじみの薄い英国教会とスコットランド教会の宗教対立といった問題でもじっくりと描きこまれている。
そして何よりもエイブラハムズとリデルという2人のランナーの人格が丁寧に語られている。

冒頭で描かれた裸足のランナーたちの一団が海岸を走るシーンが、エンディングでも映し出される。
そこにはただ走ること、そのことに無心の喜びを感じ輝く彼らの笑顔も映し出される。
ただ、ひたすら海岸線を走り続ける彼らの美しい映像がいつまでも続く。
「走る」というスポーツの中で一番原始的な行為を通して人間の尊厳が描かれた作品だが、なぜか英国の気品さえも感じさせた。