おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

HANA-BI

2020-01-25 10:59:48 | 映画
「HANA-BI」 1997年 日本


監督 北野武
出演 ビートたけし 岸本加世子
   大杉漣 寺島進 白竜
   薬師寺保栄 逸見太郎
   矢島健一 大家由祐子
   田村元治 渡辺哲

ストーリー
凶悪犯の張り込みの最中に親友で同僚の堀部(大杉漣)の好意に甘え、数カ月前に幼い子供を亡くし失意のまま体調を崩していた妻・美幸(岸本加世子)を病院に見舞った西(ビートたけし)は、そこで担当医(矢島健一)から妻が不治の病で助からないことを聞かされる。
ショックを受ける西だがそんな彼に、更に堀部が犯人(薬師寺保栄)の凶弾に倒れたとの連絡が入った。
その後、犯人は別の場所で発見されるも、逮捕へのあせりから西は失態を演じ、後輩の田中(芦川誠)が命を落としてしまい罪悪感にさいなまれた西は職を辞す。
彼は、下半身不随となり車椅子の生活を送る堀部に画材道具を贈る為、また田中の妻(大家由祐子)や余命幾ばくもない美幸との生活資金を工面する為、ヤクザから借金を重ねるようになる。
しかし、その返済に首が回らなくなり、思い余って銀行強盗を決行し、盗んだ金を堀部や田中の妻に送り、ヤクザに借金を返済すると、残った金を持って美幸と共に旅に出るのだった。
だが、そんな西をヤクザたちは利子が足りないと言って執拗に追いかけてきた。
妻との残り少ない時間を誰にも邪魔されたくない。
西は、追ってきたヤクザたちを次々に殺害していく。
やがて、後輩の刑事の中村(寺島進)が西の身を案じて駆けつけてきた。
しかし、西は彼にもう少し時間をくれと頼む。
静かな砂浜、妻をそっと抱き寄せた西は、自ら自分たちの人生に幕を引く。


寸評
病気で死んでいく妻がいるという設定により、西と妻の愛情物語を軸にプロットが成り立っているのだが、ビートたけし演じる主人公も、岸本加世子演じる妻も殆ど台詞を発しない。
西野の孤独な日常は殆ど全てといっていいほど、久石譲の手掛ける静かで優しいメロディによって表現され、相反するように、彼が狂気を表現するくシーンでは極力音楽を加えず、生々しいリアルな躍動感だけを伝えてくいる。
兎に角、セリフの少ない映画だ。
その分、映像によって訴えてくるシーンが多く、青いフィルムで覆われたキタノブルーと呼ばれる色彩が更なる物語の信憑性を色濃く反映している。

人物描写の説明は削ぎ落され極めてシンプルである。
西と堀部は、お互いにナンパした時の女性を妻にしているが、堀部の家庭は一切描かれていない。
堀部は銃弾に倒れ、半身不随となり警察を退職しているが、その経緯も家庭で起きたこともカットされている。
映画は直線的に、悲哀に満ちた男の歯車の狂っていく様子を淡々と描写し続けていく。
岸本加世子を象徴として、「HANA-BI」は死に向かう美学を描いた作品だ。
人は必ず死ぬのだから、人の一生は死ぬまでに何をするか、死ぬまでにどう生きるかが問われているのだ。
寺島進の演じる後輩刑事の中村は結婚を決意しているが、追い詰められた西夫婦を見て「俺はあんな風に生きられるかなあ」とつぶやく。
中村は西が取るであろう行動を予期していたのだろう。
西は余命いくばくもない妻と共に死のうと思っていたのだと思う。
妻の死とともに自分も死ぬと言う気持ちは誰でもが持てる感情ではない。
生前の夫婦関係から、肩の荷が下りたと言う気持ちが湧くこともあるだろうし、ストレスの原因が無くなったと感じることもあるだろう。
失くしていた自由と、伴侶からのこまごまとしたチェックから解放されたと言う安堵感が湧くかもしれない。
一時の悲しみがそれらの感情でかき消されていくことは珍しいことではない。
西はそのような気持ちとかけ離れた愛情で妻とつながっていたのだ。
中村が自分があんな風な生き方と言ったのは、西のように自分を滅ぼしても妻を愛するという感情を持ち続けられるかという疑問だったように思う。
美幸は最後に「ありがとう。ごめんね」と西に告げる。
言葉を発しなかった美幸のたった一度の言葉である。
美幸も自分たちの末路を感じ取っていたに違いない。
献身的に尽くしてくれた西に対する感謝のありがとうであり、自分と共に死なねばならない西に詫びるごめんねだったように思う。

「HANA-BI」は、修理工の親父とのエピソードや、ヤクザとのやりとりなど笑ってしまうシーンをはさみながら、桜、富士山、雪景色など、古典的ともいえる美しい映像を生かして、狂気と死が迫る刹那的な生きざまが淡々と描かれていく特異な映画でもある。