おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

初恋のきた道

2020-01-16 09:49:54 | 映画
「初恋のきた道」 1999年 アメリカ / 中国


監督 チャン・イーモウ
出演 チャン・ツィイー
   チョン・ハオ
   スン・ホンレイ
   チャオ・ユエリン

ストーリー
都会で働いているユーシェンが、父の急死の知らせを受けて数年ぶりに故郷の村へ帰ってくる。
父はこの村の小学校を40年以上、一人で支えた教師だったが、校舎の建て替えの陳情のために町に出かけた際に、心臓病で急死したのだ。
母のチャオディは、伝統通りに葬列を組み、棺を村まで担いで戻ると言い張った。
葬列を組もうにも、村の若者は出稼ぎに出て人手が足りない。
ユーシェンは部屋に飾られた父母の新婚当時の写真を見ながら彼等の若かりし日の出逢いを追想する。
母のチャオディが18才の頃に、この村に初めて小学校が建つことになった。
町から来た教師は、20才の青年チャンユーだった。
一目ぼれしたチャオディは、自分の数少ない服を、急いで赤から華やかなピンクに着かえた。
古い時代のこの村では自由恋愛は稀で、アピールの方法もなかったのだ。
村の男たちは総出で校舎の建築を始め、女たちの役目は家で昼食を作り持ち寄ることだった。
チャンユーが食べるとは限らないのに、心を込めた料理を作業現場に運ぶチャオディ。
実はチャンユーも、村に着いた時に見た、赤い服のチャオディが目に焼き付いていた。
だが、チャンユーは文化大革命の混乱に巻き込まれ、町へ連れ戻されることになった。
チャオディに、赤い服に似合うヘアピンを贈り、村を去るチャンユー。
高熱があるのに、チャンユーを探しに町へ行こうとして倒れるチャオディ。
二日間、眠り続けたチャオディが目覚めたとき、小学校から授業をするチャンユーの声が聞こえて来た。
チャオディの病気を伝え聞いたチャンユーは、連れ戻されるのを覚悟で、許可も受けずに戻って来たのだ。
追想から覚めたユーシェンは、町から続く道の意味に気づき、村長に無理を言って葬列を組んだ。


寸評
白黒画面ながらタイトルが鮮やかなブルーで表示されるので、本来はカラー作品なのだと感じさせながら映画が始まるのだが、モノトーンで描かれるのは父の急死の知らせを受けて帰村してきたユーシェンの姿である。
ユーシェンが帰る村は途中で雪を頂いた山も見えるから、高地にある都会からは相当離れた奥地の村で貧しい山村だと分かる。
日本も貧しい時代があったが、こんな雰囲気の村は見たことがないので日本映画だとリアリティを感じないが、これが中国映画だとなると妙に真実味を感じてしまう。
中国の奥地だと、今でもこのような村は存在しているかもしれない。
ユーシェンが物置で父と母の若い頃の写真を見つけたことから、時代をさかのぼって父母の若い頃の話が始まり、そこからはカラー作品となっている。

セリフを極力抑えて、音楽と映像で少女の心情を写し撮っていくのだが、素朴ともいえる光景が心に響く。
何気ないシーンを長々と描くことで、無関係に見えるシーンが心を持ってくるのだ。
少女は先生のために村人に交じって昼ご飯を提供するが、画面はテーブルに置かれた食器を映すだけだ。
観客は先生が少女の作った料理を取るように祈るのだが、男たちの顔は全く分からない。
少女は村の女たちに交じって遠くから先生の姿を眺めるだけだ。
少女は先生が子供たちとやってくる道で待ち伏せしているが、遠くから眺めるだけだったり草むら越しに気付かれないように追いかけるだけで声を交わすこともない。
やっと一声かけられただけで少女は有頂天だ。
そのようなシーンを通じて、少女のひたむきな秘めた恋心が切々と牧歌的な景色の中で描かれ続ける。
観客は少女と同じ年頃の頃の秘めた恋、一途な恋心を思い出す。
そして微笑むのだ。
走るたびに揺れる三つ編みや、寒いであろうと想像出来る厚地のモコモコした上着とモンペのようなズボン、たまらなくキュートな少女のはにかんだ笑顔が印象的だ。
そう言えば中学の同級生には何名かいた三つ編みの女の子を最近は見かけることも少なくなった。
現在のようなムチャクチャな時代だからこそ、この映画のお気楽さが心を癒しホンワカと温かくしてくれる。
今の時代だからこそ輝いて見えるウブなラブ・ストーリーとなっている。
たまには、こういう映画もいい。
それにしても「初恋のきた道」とはよく付けた邦題だ。

母親は伝統通りに葬列を組み、町の病院から棺を村まで担いで代えることを願う。
それは死者が自分の家への道を死後も迷わないためで、道々でここがどこかを叫ぶとのことである。
再びモノトーン画面となって、大勢の人々が棺を担ぐためにやって来ている。
先生の死を聞きつけたかつての教え子たちだ。
人々の温かい気持ちに僕は思わず涙腺が緩んだ。
草原の一本道を走る少女の気持ちが、こんなにまでも成就したことへの羨望を、僕は感じてやまなかった。
中央政府と違って、中国の田舎はいいなあと感じさせる。