おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

瀬戸内少年野球団

2019-09-07 11:20:42 | 映画
「瀬戸内少年野球団」 1984年 日本


監督 篠田正浩
出演 夏目雅子 郷ひろみ 伊丹十三
   岩下志麻 山内圭哉 佐倉しおり
   大森嘉之 大滝秀治 加藤治子
   渡辺謙 ちあきなおみ 島田紳助

ストーリー
昭和20年9月の淡路島。
江坂町国民学校の初等科5年男組の級長、足柄竜太、バラケツ(ヤクザ)志望の正木三郎らは担任の中井駒子先生の指示に従って、国語の教科書の不適表現箇所を墨で塗りつぶしていた。
生徒の人気の的、駒子先生も、新婚早々に出征した夫正夫が戦死し、婚家にとどまるかどうか迷っていた。
義理の両親は、次男の鉄夫との再婚をすすめるのだが、気がすすまなかった。
新学期が始まって、海軍提督だった父に同行して島にやってきた波多野武女という女生徒が転校してきた。
そんなある日、竜太の祖父で巡査の足柄忠勇のもとに進駐軍が島へやってくるという報せが入った。
中井家では将校を招いて大宴会が催された。
手伝いを途中で抜け出して自分の部屋に戻った駒子を、鉄夫が力づくでねじ伏せ、体を奪った。
翌日、バラケツと竜太は学校の帰りがけに天神さまに寄ると、一本足で松葉杖をついた白衣の軍人に声をかけられたのだが、それは駒子先生の夫正夫だった。
しかし、駒子先生は前夜の鉄夫とのことがあるため、正夫に会うことはできなかった。
正夫は、竜太とバラケツに暮らすところが決ったら連絡すると約束し、島を去った。
桜が満開になる頃、竜太、バラケツ、武女は6年生に進級、担任は駒子先生だった。
間もなく、武女の父は巣鴨プリズンに出頭し、武女は島に残ることになった。
それとは反対に、バラケツの兄、二郎と愛人のヨーコが島に戻ってきた。
成金、軽薄を絵に描いたような二人が教室にやってきて、キャンデーをばらまいた。
争ってそれを拾う生徒たちの姿を見て、駒子先生は子供たちに野球を教えようと思った。


寸評
妻が淡路島出身ということがあって、それだけで親しみが持てる作品となっている。
玉音放送を聞いてからの話だが、淡路島って終戦時はこんなにもノンビリしてたのかと思ってしまうほどおおらかな人々の交流が描かれている。
「瀬戸内少年野球団」というタイトルであるが、前半では終戦を迎えた大人の世界が描かれる。
この時点で駒子先生(夏目雅子)は戦争未亡人である。
戦前の結婚は「家」の思想のもとに行われていたから、駒子先生は中井家の長男正夫(郷ひろみ)と結婚したが中井家に嫁いだ形でもある。
中井家を維持していくためには兄嫁は残された次男の鉄夫(渡辺謙)と一緒になってもらうのが都合がよい。
そのような事例は随分あったように思うが、鉄夫が一方的に兄嫁の駒子を好いているから両親はそのようになることを駒子に強要している。
正夫への思いと家の存続の間で苦悩する駒子の姿が中心となる前半部分だが、起きていることに比べて映画の雰囲気は随分と明るくほのぼのとしたものである。
田舎を思わせるためか、登場してくる人物がいずれもあけっぴろげの明るさを持ち合わせているのだ。
子供たちは終戦になっても涙を見せず快活である。
床屋を営む 穴吹トメ(岩下志麻)は明るい性格で、床屋をやめてバーをやりだすバイタリティ溢れた女性だ。
巡査の大滝秀治も善良な好々爺だし、途中から登場する島田紳助やちあきなおみも可笑しな連中である。
もちろん夏目雅子の教え子である少年たちは生き生きとしている。
特にバラケツの大森嘉之が生命力のある不良少年を見事に体現していて、終戦後の田舎の子にはこんな子がきっと居ただろうと思わせたが、僕が知る淡路弁は駆使していなかった。

後半は正夫が登場しいよいよ少年たちが野球を始めることになる。
正夫のユニホームは「KAISO」とあるから思い起こすのは海草中学だ。
となると、正夫のモデルは嶋清一ということになる。
嶋は1939年(昭和14年)、第25回全国中等学校優勝野球大会(夏の甲子園)で前人未到の全5試合を完封、準決勝・決勝では2試合連続ノーヒットノーランで優勝という偉業を成し遂げた伝説の投手である。
彼は徴兵され1945年(昭和20年)3月29日、シンガポールから門司に向かう輸送船団の護衛任務中、アメリカの潜水艦の雷撃に遭い戦死してしまったのだが、満で24歳の若さだった。

少年たちの野球は物語のスパイス的な役割だし、戦後の混乱と犯罪の様子、戦争犯罪人の処罰と残された家族の物語、正夫が淡路島にキンセンカの花畑を作るくだりなどが短いエピソードで紡いでいかれるは、少々盛り込み過ぎではないかと思われる。
しかし父親がシンガポールで絞首刑にあった波多野武女(佐倉しおり)との別れは泣けた。
バラケツが教えてもらった「SO LONG」を叫ばず、ふ頭で歌う姿も良かったけれど、武女(佐倉しおり)を見送りたい気持ちを抑えてじっと耐える竜太(山内圭哉)と、その姿を見て涙ぐんでくる駒子先生のアップが胸に迫ってきた。

本作は早逝した夏目雅子の最後の出演映画であり、渡辺謙の映画デビュー作としても記念碑的作品だろう。