おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

そこのみにて光輝く

2019-09-18 08:32:31 | 映画
「そこのみにて光輝く」 2013年 日本
 
 
監督 呉美保
出演 綾野剛 池脇千鶴 菅田将暉
   高橋和也 火野正平 伊佐山ひろ子
   田村泰二郎 奥野瑛太 あがた森魚
   猫田直 小林万里子 熊耳慶
 
ストーリー
ずっと続けていた仕事をある理由で辞めた佐藤達夫(綾野剛)は、毎日を自堕落に生きていた。
ある日、達夫がパチンコに興じていると、自分の近くに座っていた大城拓児(菅田将暉)という男にタバコの火を貸してほしいと頼まれ、それを機に達夫は拓児と知り合いとなり、拓児の家に出入りするようになる。
彼は前科者でチンピラ風情ながら無垢で憎めない奴だった。
拓児は海辺に建つ粗末なバラックに家族と暮らしていた。
両親と姉の四人暮らしである。
薄汚いバラックで生活を送る拓児たちは、貧困にあえぎながらも脳梗塞で寝たきりになっている父の面倒を見ながら生活している。
そこには寝たきりの父親(田村泰二郎)と、父親の世話をする母親(伊佐山ひろ子)、そして姉の千夏(池脇千鶴)がいた。
ある日、達夫が訪れたスナックで千夏に出くわす。
そのスナックでは売春が行われており、達夫は千夏が自分の体を売って生活していることを知ってしまう。
千夏と達夫はお互いを次第に求めるようになり、次第に惹かれ合っていく。
しかし、ある時、達夫は千夏が地元の有力者である中島(高橋和也)の愛人であることを知ってしまう。
中島は拓児の弱みを握っており、むやみに引き離すことは出来ない。
それを知った拓児は町で開催されていた祭りの会場に乗り込む。
拓児は中島を見つけると中島に詰めより、ある行動に出る。


寸評
脳裏に焼きつくのは池脇千鶴がやった千夏の豊満な肉体と、菅田将暉がやった拓児の軽薄さだ。
この役のために太ったのかと思わせる池脇千鶴は、家族を養うために体を売って稼いでいて、それでいて会社社長の中島との不倫関係も精算できないどん底の女の体だった。
動物的であると同時に、「最初から女です」と吐き捨てる強さの象徴でもあった。
拓児は軽薄ではあるが人懐っこいところもあり、野山で取った植木を大事に育てる優しさを垣間見せる。
仮釈放中の拓児は中島に保護司への報告書を書いてもらっていて頭が上がらない。
中島と姉の関係を知りながらも見ているしかなく、中島から小遣いなどをもらい媚びへつらっている。
そんな拓児も家族のために正業に就こうとするが、中島の姉への態度にキレてしまう。
母親は悪い人と付き合うからだと言うが、姉の千夏は拓児が自分のために取った行動だっと判っている。
拓児のとった行動は達夫と千夏を思っての行為だったと思うが、不器用なやり方しか出来なかったのだろう。
交番に向かう彼を見ていると無性に可哀そうになった。
根はいい人なんだが、どうにもならないどん底生活から逃れるために苦悩するんだが、それでもどうにもならない姿は、原作者を同じとする熊切和嘉監督の「海炭市叙景」とも通じる。
僕は作品を読んだことがないのだけれども、佐藤泰志という作家はそんな市井の人々のもがき苦しむ姿を描き続けた人なのかもしれない。
もしかすると、その抜けきれない絶望感から若くして自らも命を絶ったのかもしれないなと思ったりした。

甘いラブストーリーが吹っ飛ぶ息苦しくなるようなラブストーリーでもあるのだが、負からの脱出と再生の物語でもあり、達夫の妹からの手紙はその象徴でもあった。
過去に起きた事故の呪縛から逃れられずもがき苦しんでいる達夫と、今の生活に汲々としている千夏はお互いを慰め合うように導かれていく。
幸せを感じた千夏が海辺のあばら家の台所で鼻歌を口ずさむが、千夏の精一杯の喜びの表現だったと思うし、そこで語る父親との思い出がありながらも父親を殺そうとしてしまう姿は痛ましい。
そこのみの”そこ”とは、文字通りどん底の底でもあり、彼等が生きている世界そのものである。
千夏は辛うじて尊属殺人を犯すところを達夫によって救われる。
ラストでは彼らを救うように光が差し込むが、はたして神は彼等を救うのだろうか?
そんな風に思うと、池脇千鶴の豊満な姿はまるで仏さまの化身の様にも思えてきた。
わずかな希望を見出せたりするが、もう少し安心して映画館を出たかった作品でもある。

脳梗塞で倒れて体の自由を奪われ、母親が食事に投げ込む薬のせいか意識もはっきりしないのに性欲だけはある父親の田村泰二郎が、唯一の台詞とも思われる「千夏・・・」とつぶやく場面は、その前に千夏が父親との楽しい思い出を語っているだけに重い場面だ。
感動的と言うより重いと感じるのは、性欲のはけ口に娘が応えていたからだったと思う。
千夏が起こす事の前に、散歩に出される伊佐山ひろ子も、通り一遍なダメな母親の姿ではない、どうしようもないので時間に任せるしかない情けない母親を好演。
高橋和也や火野正平の脇役陣もハマっていたが、綾野剛はこんな役も出来たんだなあ・・・。