おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

早春

2019-09-17 09:09:29 | 映画
「早春」 1956年 日本


監督 小津安二郎
出演 淡島千景 池部良 高橋貞二
   岸恵子 笠智衆 山村聡
   藤乃高子 田浦正巳 杉村春子
   浦辺粂子 三宅邦子 東野英治郎
   三井弘次 加東大介 須賀不二夫
   田中春男 中北千枝子 中村伸郎

ストーリー
杉山正二(池部良)は蒲田から丸ビルの会杜に通勤しているサラリーマンである。
結婚後八年、細君昌子(淡島千景)との仲は倦怠期である。
毎朝同じ電車に乗り合わせることから、いつとはなく親しくなったのは通勤仲間の青木(高橋貞二)、辻(諸角啓二郎)、田辺(須賀不二夫)、野村(田中春男)、それに女ではキンギョという綽名の金子千代(岸恵子)などである。
退社後は麻雀やパチンコにふけるのがこのごろでは日課のようになっていた。
細君の昌子は毎日の単調をまぎらすため、五反田の実家に帰り、小さなおでん屋をやっている母のしげ(浦辺粂子)を相手に、愚痴の一つもこぼしたくなる。
通勤グループと江ノ島へハイキングに出かけたその日から、杉山と千代の仲が急速に親しさを増した。
そして杉山は千代の誘惑に勝てず、ある夜、初めて家をあけた。
それが仲間に知れて、千代は吊し上げを食った。
夫と千代の秘密を見破った昌子が家を出た日、杉山は会社で同僚三浦(増田順二)の死を聞かされた。
彼の死は杉山に暗い後味を残し、仕事の面でも家庭生活の上でも、杉山はこの機会に立ち直りたいと思った。
一方、昌子は家を出て以来、旧友の婦人記者富永栄(中北千枝子)のアパートに同居して、杉山からの電話にさえ出ようとしなかった。
杉山の転勤が決まり、赴任先は岡山県の三石だった。
途中大津でおりて、仲人の小野寺(笠智衆)を訪ねると、小野寺は「いざとなると、会社なんて冷たいもんだし、やっぱり女房が一番アテになるんじやないかい」といった。
山に囲まれた三石に着任して幾日目かの夕方、工場から下宿に帰った杉山は、そこに昌子の姿を見た。
二人は夫婦らしい言葉で、夫婦らしく語り合うのだった。


寸評
小津の映画にはビルを切り取ったショットと電車がよく出てくる。
「早春」は正にその電車での通勤仲間を通じて起きる物語である。
そして小津映画に欠かせなかったのが原節子で、小津の映画は原節子と共にあったといっても過言ではないのだが、この映画では原節子を起用せず岸恵子を起用している。
松竹としては「君の名は」で大スターの仲間入りをした岸恵子を起用したかったのかもしれないが、キンギョの役は清楚な原節子には無理で、彼女がやれば全然違った雰囲気の作品になっていただろう。

小津はサラリーマンというものに疑問を持っていたのかもしれない。
目に付くのは場面と人を代えて何度もサラリーマンの悲哀が語られることである。
地方営業所からかつての上司で仲人でもある笠智衆が上京し、二人して池部良のかつての上司であった山村聡が経営するバーを訪ねるのだが、そこで交わされる笠智衆と山村聡の言葉は、サラリーマン生活について悲観的なものばかりで、池部良に対してサラリーマンなどは早くやめてしまったほうがいいなどと勧めている。
また転勤を決意した池部良がそのバーを訪ね、居合わせた定年まじかの東野英治郎が自分のサラリーマン生活がどんなに何もない空しいものであったかを切々と語っている。
また、同僚だった三浦の通夜の席で弔問に訪れた山村聡に、「あいつもサラリーマン生活の嫌な側面を見ないうちに死んで、かえってよかった」と語らせている。
転勤途中で訪ねた笠智衆にも、「会社なんていざとなれば冷たいもので、妻ほどあてになる存在はないと言わせているのである。
確かにサラリーマン生活にはそのような側面もあると思うが、しかし完全否定するようなものでもないと思う。

全編を通じてのテーマは家庭の崩壊危機と再生である。
危機は夫の浮気によってもたらされる。
非は夫にあるのだが、男の僕から見ても随分と男性擁護をしているなあとも感じ取れる。
淡島千景は度々実家の母である浦辺粂子のもとを訪れ、亡くなった子供の命日を忘れているなどと夫の愚痴をこぼしているのだが、母親は「自分だって死んだ亭主の命日を忘れることがある」と言って娘をなだめ、夫の不倫を非難する娘に向かって、つまらぬやきもちは焼くなと説教したりもしている。
キンギョは杉山との不倫を通勤仲間の男性から責められるのだが、その論理は「他の女の亭主には手を出すな」という封建道徳の域を出ないものだ。
そのくせ、キンギョがいなくなると「杉山は上手いことやった」と羨ましがっているのである。
仲人の笠智衆からの手紙には「細かいことにこだわるな。傷はまだ小さいうちに塞いでしまった方がよい。色々あって夫婦関係は育っていく」という風なことが書いてあり、男性擁護の論理と言える。
しかし、この手紙があり、夫の謝罪があって夫婦関係は再生に向かうことになっているのだが少々甘い。
池部良が謝罪して許しを請うと淡島千景は「もう言わないで。なにもかも忘れてやり直しましょう」と言う。
山陽線の列車が三石の駅をゆっくりと出発するところが映ってエンドとなるのだが、始まりも蒲田駅を出たと思われる列車だったから、列車に始まり列車に終わっているということになる。
小津は列車が好きだなあと思う。