蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

初夏の邂逅

2017年05月07日 | 季節の便り・虫篇

 夏が立って二日目、長かったゴールデン・ウイークの最終日。折りから今年初めての黄砂が列島を覆い、PM2.5も30μg/㎡を超える午後だった。気温27.5度、やや濁った皐月の空から強い日差しが降り注いでいたが、吹く風は清々しく爽やかだった。

 カミさんの携帯に、馴染みのY農園の奥様から「グリンピースの収穫にいらっしゃいませんか?」という誘いのメールが届いた。午前中、地域の公民館清掃に出掛け、一年振りの組会議で談笑、かつては半数を占めていた男性が僅か二人だけになっていた。高齢化や病気で、男性の参加者が減っていく。女性の生命力の強さを実感させる現象だった。
 一抹の寂しさを感じながら帰る途中、公民館脇ののり面に美しく紫の穂を立てる野性のタツナミソウを見付けた。こののり面は、行政が半年ごとに全てを根元から刈り採ってしまう。咲き誇っているノアザミも、このタツナミソウもあと僅かな命である。だから、せめて我が家の庭で、その瑞々しい花姿を留めたかった。4株掘り採って持ち帰り、鉢に植えた。蟋蟀庵の庭先の白のタツナミソウは花時を終えたが、花の丈と力強さが違う。野性の美しさに、今日も「やはり野に置け」を思い知らされた気がした。
 やがて種子を着け、きっと来年の初夏には株を増やしてくれることだろう。

 束の間の午後のうたた寝の後、少し傾きかけた日差しの中をYさんの畑に向かった。約束の時間に少し早く、畑はまだ無人の静寂。Yさんの到着を待つ間に、道を隔てた草むらの中に分け入った。キンポウゲが絨毯のように黄色い花を艶々と広げ、敷き詰めた雑草の間をノアザミが棘とげの花を立てている。
 その草叢のあちこちに、見慣れないトンボの群れがいた。無意識に見かけたことはあるかもしれないが、はっきりと意識して確認したことがないトンボだった。短い尾を反らせ、ずんぐりとした姿に加え、同じ形でありながら、麦色の身体と真っ黒な身体と2種類が、周りの草の葉の間を絡み合うように飛び回り、草の葉に翅を休めている。
 生憎、望遠レンズ付きのカメラを持ってきていない。自慢のガラ携(強がりでなく、これでさえ使いこなせないほどの機能を持っているのに、スマホなど後期高齢者には無用の長物。カメラ機能も、20ン万の一眼レフよりも綺麗な絵が撮れることがあって、口惜しい思いをするほど優れもののガラ携)のカメラを、ズームいっぱいに拡大して、抜き足差し足で近寄り、幾度も逃げられながらやっとの思いで撮った。
 色違いは多分雌雄だろうという予想はついたが、名前を知らない。帰って図鑑で調べることにして畑に戻った。

 300坪の畑は、Yさんご夫妻の連休中の丹精で綺麗に整えられ、夏から秋への野菜の苗が育っていた。晩白柚も溢れるほどの蕾を着け、秋が待たれる。自転車で駆け付けたYさんと談笑するカミさんとの間に混じって、グリンピースのふっくらした膨らみを指で確かめながら、ほしいままに採らせてもらった。「もうこれで十分です」と言いながら、また一つ採ってしまう。キリがない所は、ワラビ狩りと同じである。
 ひと休みして、出してもらった折りたたみ椅子とテーブルで菓子をつまみ、持参した淹れたての熱いコーヒー(私のお気に入りの、やや酸味があるモカ・バニーマタル)を喫みながら、3人で爽やかな初夏の風に吹かれていた。つい先日まで盛り上がっていたカリフラワーのような楠の新芽も、すっかり新緑の中に紛れ込もうとしていた。

 帰り着いて開いた図鑑で、ハラビロトンボ(腹広蜻蛉)という名前を確かめた。東北以南に広く生息する32~37mmほどの小型のトンボであり、孵ってしばらくは同じ麦色なのに、成長と共に雄は全身真っ黒に変容する。額の上の部分が金藍色の金属光沢を帯びて、なかなかのご愛嬌である。
 野原の側に小さな流れがあった。そこで育ち羽化して、この季節、縄張り争いをしながら交尾し、子孫を繋いでいるのだろう。雌が腹の先で水面を叩きながら産卵する間、雄はその上でホバリングして雌を護るという。人間顔負けの愛妻家なのである。

 もう65年以上昆虫と親しみながら、まだこんな思いがけない出会いと発見があるから嬉しい。早速炊き上げた豆ご飯で、季節感豊かな夕飯を摂った。
 ゴールド・エイジの、「黄金の日々」の始まりである。
                    (2017年5月:写真:ハラビロトンボの雌と雄)

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