蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

溢れ蚊(哀れ蚊)

2019年09月03日 | つれづれに

 ようやく、蟋蟀庵が溢れるようなコオロギの声に包まれる季節になった。ホッとひと息をつく一方、そろそろ季節の変わり目の不調が現れるという溜息も混じる。
 暑いシャワーの後で浴びる冷水が、少し躊躇いがちになる季節である。

 嫌な季節が続いた。鬱陶しい梅雨が明けると38度の猛暑の日々が続き、更に豪雨が10日ほど屋根を叩いて8月が去った。夏に強かった筈の身体も、さすがに38度はキツイ!平熱36度5分、熱に弱い体質だから、37度の微熱でも嫌で、38度を超えると天井が回り出しかねない。「令和」発祥の地といいながら、県下一とか日本一とか、太宰府が最高気温でニュースになるのはありがたくない。

 豪雨は無事乗り切り、少し秋風が立ち始めたかと思っていたら、今日はまた33.5度と残暑のぶり返しである。幾つもの台風や台風の卵が、日本列島に向けて熱波を送り込んでくる。バハマを襲ったハリケーン「ドリアン」は、瞬間最大風速82mという。こんなスーパー台風が来たら、日本の家屋はひとたまりもない。それがあり得ないことではないところが、最近の地球温暖化による異常気象の怖さである。

 アメリカの娘から、恐ろしいニュースが届いた。
 「 米カリフォルニア州南部サンタクルーズ島沖で2日未明、ダイビングボートの火災があり、沿岸警備隊によると、これまでに8人が死亡、26人が行方不明になっている。
 火災はサンタクルーズ島沖に停泊していたダイビングボート『コンセプション』(全長約23メートル)で同日午前3時14分ごろ発生した。同船には乗客33人と乗員6人の計39人が乗船していた。」
 11年前、同じカリフォルニア州サンタ・カタリナ島の島陰に泊めた35人乗りのダイビングボートに3日間泊まり込み、スキューバダイバーのライセンスを取った。同じタイプのボートであり、場所も近い。甲板の下が蚕棚のベッドルームになっており、耳元辺りに海面があって、夜通しチャプチャプという涛音を聞いて眠った。昼間のダイビング訓練で疲れ果てて、ぐっすり眠りこんだ夜中の火事である。甲板から火が出たら逃げ場がない。しかも、乗組員はいち早く海に飛び込んで無事という。信じられないことである。他人ごとではない戦慄のニュースだった。
 小柄な黒人から、元気いっぱいの白人、15歳とは思えないような豊満な東欧人、人種多様な18人の高校生の中で、たった一人の日本人、69歳の私がいた。彼らは集団訓練、私だけが個人特訓を受けた。リーダーのインストラクターが娘婿だったから、そんな特別扱いが許された。但し、訓練は手加減なく厳しかった。レギュレーターの操作を誤れば、そこは死の世界。20メートルの海底で、ジャイアントケルプに絡まれながら、三日間の特訓の後、200ページのテキストを読み解いて50問の筆記試験を受け、ようやくライセンスを取得した……そんな思い出に耽りながら、焼け落ちるダイビングボートの動画を暗然と見守っていた。
 今年もとうとう沖縄・座間味島の珊瑚の海に潜ることもなく夏が終わった。穴場と決めていた6月20日から月末まで、本来なら沖縄の梅雨明け直後の最も静かな時期なのだが、今年は雨続きだった。行かなくてよかった……と、これは苦しい負け惜しみである。
 
 雨上がりに、庭の隅々まで屈みこんで雑草を退治した。小さな蚊が、ちょんちょんと刺し逃げする。早くも、哀れ蚊の佇まいである。8時間有効な藪蚊バリアーを噴霧しながら汗を流した。
 哀れ蚊……「見るからに弱々しく、人を刺す力もない蚊」とネットにある。どうしてどうして、そんな哀愁漂う風情ではない。ちょんちょん射しでありながら、これがけっこう痒い。そして、日本伝統の○○カンという痒み止めが全く効かないのだ。
 ネットで見事な蚊の写真を見付けた。これは借用せざるを得ないと思った。夕映えを背景に、傲然と針を立てる蚊の精悍で憎々しい姿は、これが蚊でなければマカロニ・ウエスタンに通じる哀感さえ漂う。
 「哀れ」という言葉は、「しみじみ心に染みる感動、また、そのような感情」と解してある。やはり、何か心を誘うものがあるのだろう。探してみると、感じ入る俳句がたくさんあった。

    溢れ蚊に慕はるるこそわりなけれ   相生垣瓜人
    溢れ蚊にこころの隙を突かれたる   山口 孝枝
    哀れ蚊にからかはれてもをりにけり  相生垣瓜人
    哀れ蚊に不敵なる蚊の雜りゐし    相生垣瓜人
    溢れ蚊や夕べは六腑衰へて      桂  信子

 さだまさしの「晩鐘」にも、こんなフレーズがある。
    「時を失くした哀れ蚊の様に 散りそびれた木犀みたいに」

 どう詠われようと、痒いものは痒いのである。
         (2019年9月:写真:蚊……ネットから拍手を添えて借用)

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3 コメント

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う~ん、本当にマカロニウエスタンみたい (wacky)
2019-09-06 07:05:50
と、言いつつ、映画殆ど見ないのですが、雰囲気ある蚊の画像、凄いですね。
「哀れ蚊」・・・漸く、蚊の季節も終わりでしょうか。庭掃除、蚊が苦手の夫の担当ですので、草ぼうぼうになってます。以前にもお話したかと思いますが、夫、蚊アレルギーみたいで・・・ちょっと刺されただけで、かなり腫れてしまって大変なのです。早く蚊がいない季節になりますように。

アメリカのダイビングボートの事故。乗組員だけ助かったとか聞いたような気がして「えー!!」と、思ったのですが・・・乗組員?船長は船と運命を共にするとかっていうのは日本だけの話なのでしょうか・・・

昨日は、横浜で京急とトラックの事故。娘が、むかし、横浜にいたころによく利用していた神奈川新町駅の踏切、何だか、他人ごとではなく、ニュースを見いるばかりでした。たしか、御隠居様のお嬢様も横浜にお住まいだったのでは・・・影響、無ければいいのですが。
亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。
事故、悲惨! (蟋蟀庵便り)
2019-09-06 09:58:57
wackyさん

 娘からのメールです。
 「乗組員って呼ぶといかにもプロフェッショナルで責任あるイメージあるけど、バイトでタンクの空気入れとか手伝ってた大学生のお兄ちゃんとか、キッチンシェフやってた親子とかいたしょ? あの人たちも乗組員だからね…当然レスキューライセンスなんて持ってないし…

 しかも火災って火事っていうより、プロパンガスの爆発事故っぽいのよ… 助かったのはOn Dutyで 2階で起きて活動してたクルーだけ…下のバンクベッドにいたクルーは、乗客と一緒に亡くなってる…

 一瞬の判断で、海に飛び込まなきゃいけないような状況だったみたいだよ。 燃え尽き過ぎて検証のしようがないみたいだけど。

 しかも、17歳の女の子のBirthday Partyも兼ねてたって報道あったでしょ? でも助かったクルーの1人がその子の彼氏だったとかは、多分日本では報道されてないよね…

 結構ダイビング関係者には色んな意味でキツイ事故… みんな両方の立場になり得るから。
 この先,、裁判とか続きそうだけどね…」
 
 痛ましい事故でした。

ごめんなさい (wacky)
2019-09-06 17:33:21
アメリカのお嬢様からのメール拝読いたしました。事情もわからずにコメントしてしまい申し訳ございませんでした。

事故の悲惨さ、昨日の京急の事故のニュースを見るにつけ感じておりましたのに・・・

人間、明日は我が身。
日々、大切に過ごさなければとの思いです。

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