蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

赤壁の賦

2019年10月11日 | つれづれに

 百舌の裂帛が朝の大気を切り裂き、唐突に秋がやって来た。

 朝焼けの微かな名残りのヴェールを纏った宝満山や四王寺山の稜線が、雲一つない青空に伸びあがる。まだ日は昇らない、午前6時半の散策である。
 起き抜けの30分間のストレッチで熱くなった身体を、一気に風が冷やしていく。朝晩だけ纏う長袖に薄いウインドブレーカーを羽織っていても、少し肌寒い朝だった。数日前の、あの33度の暑さは何だったのだろう?クローゼットの半袖を長袖に入れ換え、また慌てて半袖に戻し、また長袖に替える。この嘲笑うような季節の気紛れに右往左往しながら、何とか厳しい夏を乗り切ったかな、という安堵を感じていた。

 道の傍らの藪の中に、フジバカマの小さな群落があった。そろそろアサギマダラの南帰行の時期である。本土から遥々南西諸島や台湾に向かって、1500キロ以上の距離を、個体によっては一日200キロもの速さで飛ぶ。
 そんなひたむきな飛翔の途上の遥か上空から、僅かなフジバカマやヒヨドリバナなどの限られた花を、いったいどうやって見付けるのだろう?初夏のころ、大分県・姫島の浜辺のスナビキソウに立ち寄るアサギマダラの群舞は、あまりにも有名である。

 九州国立博物館・特別展「三国志」を観た。2000年の昔、漢王朝亡びた後の中国、魏・蜀・呉が天下を争った。魏の曹操、蜀の劉備、呉の孫権、……私にとっての「三国志」は、中原に鹿を追う群雄たちに血沸き肉踊らせた青春のひと齣でもあった。吉川英治「三国志」、中学生の当時は全13巻の単行本だった。
 劉備元徳、関羽雲長、張飛翼徳の絆。そして、劉備が「三顧の礼」をもって迎えた智謀の人・諸葛亮孔明。しかし、後に加わる趙雲子龍が、私にとっての英雄だった。
 関羽の愛馬・赤兎馬は、今こそ焼酎に名を残すばかりだが、稀代の名馬で一日に千里を駆けた。董卓、呂布、そして魏の曹操と渡ったが、その気性の荒さに誰も乗りこなすことが出来なかった。関羽を部下にしたくて気を惹こうとした曹操が、虜囚の関羽に与えたところ、「一日千里を駆ける馬を得て、劉備の許に帰れる」と喜んだという。関羽が処刑された後、赤兎馬は秣を喰うことなく、自ら死を選んだ。

 会場の一角、天井いっぱいに矢が飛んだ。有名な戦い「赤壁の賦」で、蜀の諸葛亮孔明が策略を凝らし、僅か3日間で10万本もの矢を集めた。その有名な場面の再現だった。
 使われているのは僅か1000本の矢ではあったが、「三国志」にのめり込んだことがある私にとっては圧巻の再現展示だった。
 「三国志」の終章近く、劉備亡きあとの幼帝・劉禅を残し北伐に臨むに際して、諸葛亮孔明がしたためた「出師の表」は、中学生の私の心を捉えて離さなかった。その全文を暗記しようと、無謀な挑戦をした。
 「先帝、創業いまだ半ばならずして。中道に崩殂せり。今天下三分し益州は疲弊す。これまことに危急存亡の秋(とき)なり。しかれども侍衛の臣、内に惰(おこた)らず、忠士、身を外に忘るるものは、けだし先帝の殊遇を身に負うて、これを陛下に報いんと欲するなり……」ここらあたりで挫折した。
 「……臣、恩をうくるの感激にたえざるに、今まさに遠く離れまつるべし。表に臨みて涕泣(なんだ)おち、云うところを知らず。」
 こう結んだ諸葛亮孔明47歳、蜀の建興5年のことだった。
 時の校長(私の母校では、校長と言わずに主事と呼んだ)が、当時は珍しかった外遊に発つに際し、今は亡き親友の一人(貝原益軒13代目の孫)が、この「出師の表」を読み上げて献じた……そんな想い出に包み込まれながら、暫く時を忘れて矢の雨を見上げていた。

 高校入試の1週間前、全ての勉強を断って、「三国志」全13巻二度目の読破に掛かった。試験までに読み終ったら合格する……何故かそう信じていた。半ば徹夜で1日2冊を詠み続け、試験前日の夜遅くに読破した。
 今なら冷や汗ものの無謀な挑戦だったが、無事に目標の高校に合格した。合格発表の後に担任の国語教師にそのことを話したら、呵呵と大笑いして喜んでくれた。おおらかな、いい時代だった。(因みに、この教師に巡り合ったことで、私は書くことの楽しさを知った。)

 帰り着いて、分厚い文庫本5巻に変わった吉川英治「三国志」、多分五度目の読破に掛かった。いまは、青春時代に想いを馳せる回春(?)の書となった。
 「読書の秋」である。
                (2019年10月:写真:「三国志・赤壁の賦」十万本の矢)

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1 コメント

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読書の秋 (wacky)
2019-10-15 10:10:58
御隠居様、読書の秋、芸術の秋満喫されておいでのご様子ですね。

「三国志」我が家の本棚にもあり読みたい気持ちは山々なのですが、読みたい本が多すぎて頭?目?が追い付いてません。本を読んだ後に読後感想をパソコンで打ち込んでいるのですが、それにも時間がかかり下手すると3・4時間かかってるかもしれませんね。
「三国志」も、ハマったらハマりそうな気もします。
吉川英治さん、宮城谷昌光さん、他にも陳舜臣さんの「秘本・三国志」もあるし…義父が好きだったんですね。

私が最近はまっている作家さんに、原田マハさんという方がいらっしゃるのですが、その著書に少しだけですが、太宰府天満宮・観世音寺のことなど載っておりました。
太宰府天満宮の権宮司・西高辻信宏氏についてのお話も載っておりました。
いつか、「三国志」に挑戦してみたいです。
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