蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

「令和」に思うこと

2019年04月02日 | 季節の便り・花篇


 万朶の桜が青空に映えた。此処、御笠川沿いの桜並木は、時折冷たい風が花びらを散らし、川面に花筏を流す。マガモが遊ぶ水面に青空と雲片を映しこみ、長閑な午前の佇まいだった。
 この川を少し辿り、朱雀大橋を右に折れると、やがて大宰府政庁跡に辿りつく。7世紀後半、大和朝廷が那の津の宮家を移し、奈良・平安時代を通じて九州を治め、西の守り、外国との交渉の窓口となる役所は、万葉集に「遠の朝廷(みかど)」と詠われた。今は広大な広場に礎石を残すだけだが、此処を抜けて少し左に進むと、新元号ゆかりの「坂本神社」に到る。「梅花の宴」を催した大伴旅人の屋敷跡とされる神社である。日頃は訪れる人も少ない小さな神社が、発表と同時に脚光を浴び、報道陣や観光客で賑わいはじめた。

 「れいわ」という響きに異存はない。ただ、これを政治的に利用し、したり顔で談話を述べる総理の姿が苦々しかった。歴史に残る改元を、見え透いた茶番にしてしまったのが許せない。
 「令」という文字が持つ意味、それを初めて知った人も少なくないだろう。命令、指令、軍令、勅令、法令など、普段は上から目線の意味が先に立つ。定めた内閣が内閣だけに、一層腹黒い魂胆が見えてしまうのだ。
 誰かが新聞に書いていた。「国民を律して和を図る、といった意味に取れて、正直違和感を覚える」。「時間的余裕があったにも関わらず…発表を遅らせ、さらに統一地方選の真っ只中に首相と官房長官が露出し続けるイベントをぶつけた。強い作為を感じる」
 全く同感である。安倍の「安」を使わなかっただけが救いだったが、そんな事でも平気でやりかねないのが、「一党独裁、一人独裁」の傲り切った今の政治である。
 万葉集の「初春令月、気淑風和」という序文から取り、初めて國書を出典にしたと得意気に言っても、実は中国の詩文集「文選」に書かれた張衡の詩「帰田賦」に、「仲春令月、時和気清」とある。過去の優れた文章を真似することは当時としては当たり前だったし、「梅花の宴」に出た大伴旅人も山上憶良も知っていたはず、と記事にあったから、それは良しとしよう。

 「令」というひと文字から、思い浮かぶ論語の一節がある。
 「巧言令色、鮮(すくな)し仁」……言い得て妙である。「口先が巧みで、角のない表情をするものに、誠実な人間はほとんどいない」
 「文質彬々(ひんぴん)として、然る後に君子なり」……文(形式)と質(実質)とが彬々(ひんぴん)として(調和して)いてこそ君子である。
 文献の末尾に、こう記されていた。
 「孔子は何より巧言や令色によって、他人を瞞着する、その狡猾さを憎んだのだった。与党の公約は不履行に終わるのが常識だが、国民を欺瞞して恥じぬ、このような巧言令色の徒の充満している今日、孔子のこの言葉には、私たちの俗根を凛々としてうち叩くものがあるのではないか」
 因みにこの文献は、昭和42年に刊行されたものである。半世紀前にも、今と同じ政治情勢があったとは! 
 政治とは、与党とは、そういうものであると諦めてはいても、さすがに昨今の政治には、果てしなく危機感を孕みながら慄然とさせるものがある。

 長女の名前には、「令」のつくりがある。「玉の鳴る音のように、すずやかで美しくあれ」という願いを込めた。偶然、嫁ぎ先の姓にも「令」というつくりがある。「めでたし、めでたし」とメールしたら、「めでた過ぎて、胃もたれ感(笑)、この字、書きづらいのよ(笑)」と返事が来た。

 蟷螂一匹が鎌を振り上げても、野党が脆弱である限り今の政治は変わらないだろう。せめてもの一撃と、新元号決定を待って知事選・県議選の期日前投票に出掛けた。同じ思いでもあったのか、市役所前駐車場は長蛇の列だった。
                 (2019年4月:写真:青空に映える御笠川の桜)

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2 コメント

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Unknown (wacky)
2019-04-03 18:42:07
御隠居様、ご無沙汰いたしておりました。
前回のブログ、拝読致しましたら、神経痛の方はいくらか慣れていらっしゃったご様子、横浜までの遠征もこなされたのですから、凄い進歩?で、驚かされております。そして、「気にしはじめたら」。いつも、思うのですが、辞書(私は広辞苑)見始めたら時間を忘れてしまうんですよね。次から次へと調べてしまって・・・言葉って、奥が深いですよね。

新元号で、太宰府が脚光を浴びてますね。
「令和」御隠居様、ととろ奥様のお話が興味深かったです。解りやすく解説して頂いて有難うございました。いつか、太宰府まで行ってみたくなりました。北九州に親類がおりますので、いつか車で行こうよと夫が誘うのです。しかも、軽自動車で・・・
夢、叶うと良いのですが。
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是非、お出かけください。 (蟋蟀庵ご隠居)
2019-04-05 15:48:49
wackyさん

 「令和」発祥の地と言われる神社は、俄かに賑わい始めました。新元号が始まる10連休、太宰府近辺の道路渋滞が思いやられます。しばらくほとぼりを冷ましてからお出かけください。

 今日、花曇りの下を大宰府政庁跡まで歩き、満開の桜と新緑の楓の下でお握りを食べながら、平成最後のお花見を楽しんできました。
 戻り寒波のおかげで、今年は満開が長く続いています。花吹雪を浴びながら、春を肌に沁みこませてきました。
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