蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

原因不明??

2012年07月16日 | 季節の便り・花篇

湿舌、ニンジン雲……聞き慣れない言葉を連ねながら、梅雨末期の記録的、そして想定をはるかに上回る豪雨が北部九州を叩きのめした。近年、異常が異常でなく、人間の想定なんて何の意味もなさないような事態が続く。自然の猛威の前に、もう人知が及ぶ余地がなくなってきているのだろう。
 見舞いのメールが舞い込む中を、7月14日、29年前に74歳で彼岸に渡った父の命日を迎えた。その歳まであと1年。繰り返し書いたように、そこを乗り越えることが子供としての最後の親孝行であり、そこからが私の本当の余生と思っている。
 残された人生に、右顧左眄してつまらないことに時間を費やす余裕はもうない。断ち切るものは断ち、本当に大切なこと、生きているうちに出来ること、しなければならないことだけを見つめながら生きていこうと思う。

 此処に来て、身体に自制を促すような異変が続いた。昨春から時折頻脈が走る。月に1回とか、週に1回とか、まったく不規則で、時間も数秒から30分。普通に行動しているのに突然脈が走り出す。そして、何もしないのに唐突に元に戻る。24時間心電図計を付けて、医師の診断を仰いだ。心エコーを受けて、73年間休みなく働き続けている健気な自分の心臓の動きを、生まれて初めて見た。「がんばってるなァ…!」と、感動してしまった。「心筋の収縮を司る微電流の回路の悪戯で、心機能には全く問題ありません。心筋の動きも、冠動脈の流れもきれいですよ。気になるなら、予防薬や起こった時に鎮める頓服があります。電気ショックで止める方法もありますけど、どうします?」不安を拭うには、専門医の言葉が何よりもの薬になる。当分、投薬なしで様子を見ることに決めた。

 先週、原因不明の高熱で3日間寝込んだ。風邪の症状もないままに一気に39度まで熱が上がり、まだ近くの保育園などで流行っているインフルエンザの検査も受けたが2度とも陰性。白血球が3倍、炎症指数が4倍…どこかに炎症が起こっているのは確かなのに、その部位を特定できないままに3日間の点滴だけで凌いだ。原因不明という後味の悪さだけが残った。
 39度の高熱は、おそらく十数年ぶりだと思う。娘をバンクーバーまで呼び寄せてカナディアン・ロッキーを旅する途中、コロンビア大氷原のツアーバスの中でもらった激烈なインフルエンザが、ナイアガラ瀑布を経て、当時娘が住んでいたアメリカ南部ジョージア州アトランタの家に着いた途端に発症した。親子3人が高熱に苦しみ、お互いに冷やし合いながら数日を過ごし、その高熱を押して帰国の途に就いた。眼下に過ぎていく氷河の眺めもうつつに、本当に死ぬ思いで帰り着いた。それ以来の高熱だった。

 3年ぶりにキレンゲショウマが綺麗に咲いた。山仲間のNさんからいただいて1度は咲かせたのに、元々が深山の渓流沿いや湿った林間に稀な山野草である。日差しや温度管理の難しさを押して平地の庭で育てる無謀に懲りて殆ど諦めかけていたのに、今年は4輪もの蕾を着けた。蕾の期間が1か月ほど続き、やがてそのまま枯れてしまうことが多かった。寒冷紗をかけた半日陰で、打ち続く異常気象にもめげることなく、鮮やかな黄金色の花を開いて見せてくれた。やっぱり、自然の営みの逞しさに人は敵わないと思い知る。

 豪雨の後、一斉にクマゼミが鳴き始めた。薄明に眠りを覚ます遠い石穴稲荷の杜のヒグラシの声もも、気付いたら団地の中まで広がり、次第に我が家に近づいている。大雨の中でも泥まみれのまま地中から這い出した幼虫が羽化し、庭の木立の枝先にはもう10個以上の空蝉が風に揺れている。
 夏が、もうすぐそこまでやってきていた。
              (2012年7月:写真:キレンゲショウマ)