世のなか説教好きな人が多くなって
これも「自分ひとりが賢くて周りは皆バカ症候群」の顕れなのだろうか?
昔、四畳半フォークと云われた時代
それなりに私小説的趣があったものの
アーティスト・ブームとやらで
矮小な「私の世界」を素人っぽく歌い上げるのが
今に続いているような気がするのだが
これほどに全力失笑すべき稚拙な説教ばかりになると
「矮小な私」の世界としかいえませんなぁ。
「がんばる」とか「がんばらない」とかをキーワードに
一儲け企む連中がいるようだが
そもそも、「がんばる」とか「がんばらない」とか意味がないことです。
「生きる」ためには誰であれ一定の「環境負荷」に耐えねばならない。
環境負荷の値というのは、それぞれの個人という変数にかかわらず
ほぼ一定と言えるので、
才能や家族を含めた人脈に恵まれ環境負荷をはるかに超える
パワー=能力 をもっていれば、がんばる必要なんてないし
才能や人脈に恵まれなければ、生きるために必死w
にならなければ生きていけない。
必死な人間なんてがんばってるという自覚もってるヒマもない。
更に、人生はイーブン・ペースのマラソン・レースでもない。
そもそも時間は均一に流れているものではないし
人生には「節目(ふしめ)」というものがある。
ある瞬間には120%の力を発揮し完璧以上であることが必須になるし
成り行き上、だらだらしなければならない時もある。
いつも80点取る人が、空気を読まずに
100点とらなきゃいけないときも80点でいいや的な
言動するのが間違いの元なんだろう。
音声学には「最小努力の法則」というのがあって
同じ効果が得られるならば人間は最小限の努力しかしない
という法則で、様々な音韻現象を説明できちゃう
ありがた~い法則です。
ま、結局、人として生きるための
環境負荷に対する対応と認識…ということなんだと想うわけだすw
いつもがんばるわけじゃぁないし、がんばらないわけでもない
それだけのことなのに、どちらか一方で済まそうというのが
人生、舐めてますなぁ…SIGH
↓二人は「ぐる」というか「徒党」を組んで
一儲けしようとしているとしか思えないんだが…
これも「自分ひとりが賢くて周りは皆バカ症候群」の顕れなのだろうか?
昔、四畳半フォークと云われた時代
それなりに私小説的趣があったものの
アーティスト・ブームとやらで
矮小な「私の世界」を素人っぽく歌い上げるのが
今に続いているような気がするのだが
これほどに全力失笑すべき稚拙な説教ばかりになると
「矮小な私」の世界としかいえませんなぁ。
「がんばる」とか「がんばらない」とかをキーワードに
一儲け企む連中がいるようだが
そもそも、「がんばる」とか「がんばらない」とか意味がないことです。
「生きる」ためには誰であれ一定の「環境負荷」に耐えねばならない。
環境負荷の値というのは、それぞれの個人という変数にかかわらず
ほぼ一定と言えるので、
才能や家族を含めた人脈に恵まれ環境負荷をはるかに超える
パワー=能力 をもっていれば、がんばる必要なんてないし
才能や人脈に恵まれなければ、生きるために必死w
にならなければ生きていけない。
必死な人間なんてがんばってるという自覚もってるヒマもない。
更に、人生はイーブン・ペースのマラソン・レースでもない。
そもそも時間は均一に流れているものではないし
人生には「節目(ふしめ)」というものがある。
ある瞬間には120%の力を発揮し完璧以上であることが必須になるし
成り行き上、だらだらしなければならない時もある。
いつも80点取る人が、空気を読まずに
100点とらなきゃいけないときも80点でいいや的な
言動するのが間違いの元なんだろう。
音声学には「最小努力の法則」というのがあって
同じ効果が得られるならば人間は最小限の努力しかしない
という法則で、様々な音韻現象を説明できちゃう
ありがた~い法則です。
ま、結局、人として生きるための
環境負荷に対する対応と認識…ということなんだと想うわけだすw
いつもがんばるわけじゃぁないし、がんばらないわけでもない
それだけのことなのに、どちらか一方で済まそうというのが
人生、舐めてますなぁ…SIGH
↓二人は「ぐる」というか「徒党」を組んで
一儲けしようとしているとしか思えないんだが…
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