なんでもアラカルト

エッセイ・イラストを対等に扱ったまったく新規な本の出版に関連する記事(Daily)

「なんでもアラカルト」200901後半(1/22-31)まとめ(20090201転記)

2009-02-01 16:35:05 | Weblog
「なんでもアラカルト」200901後半(1/22-31)まとめ
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20090122>>>「なんアラ」通巻10号用イラスト7件目到着
昨日「なんアラ」通巻10号用イラストの7件目が到着した。
常連KYさんからで、今回はモノクロームんらカラーに変更されたとのメールが来ていたが、実際にそのイラストを見ると彼(大学同級生)の油絵タッチを思い出した。
KYさんは通巻6号より今回の10号まで連続してエッセイ・イラストのペアで投稿願っている。
現在大阪在住だが、関西に出かけたときには度々お会いして友好を暖めている。
そして「なんアラ」通巻10号も終盤に近づきつつある。
イラスト7件目が到着した時点で、昨年の大晦日にエッセイを送付しイラスト描画を依頼してまだ返事を頂いていない5名の方々に一斉に納期確認のメールを出した。
3名の方から応答が有ったが、残り2名の方の確認をする予定である。
出来れば1/31の編集会議までにイラストが揃っていることが望ましいので前日までに手元に届くようにお願いするメール又は直接の電話をするつもりである。
さて本日は全国的に愚図ついた天候で、山間部は雪の予報であるが、今フジテンの天候をネットでチェックしたら、積雪100センチ全面ゲレンデオープンで雪質も良いとの情報を得て、これから今シーズン4回目のフジテン行脚(?)に出かける。
次回予定(2/7)している孫とのスノボ・スキー(2回目)の前哨戦のつもりで足慣らししてくる予定だ。
では気をつけて!!!
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20090123>>>センター試験数学・英語と「なんアラ」イラストレーターHK・MMさん
お袋の49日忌法要が1/18に終了して、そのお知らせとなる奉書と共にお返しを昨日37箇所に送付した。
その内7箇所は自宅周辺の自治会なので、家内と直接お持ちしてお礼の挨拶をしてきた。
寒中見舞い630通はそろそろいつもの年賀状送付先に郵送されている頃である。
これで一段落と言った所だ。
さて1/20の「なんアラ」ブログで、今年のセンター試験の国語と地理について述べたが、昨日数学と英語についても前半の採点をしてみた。
数学は81点であったが、英語は58点と少々悪い成績であった。
今年の問題はちょっと難しかったかな?
答えは見ないで、家内に成否をチェックしてもらい、間違った解答に関して再度見直したところ(例えば5択だと残り4択と言うことになる。)85点となったので、まあこの程度で良いかと勝手に思っている。
塾講師ではこの様に、正解は得られなかった場合、2つに絞った中に正解が含まれていることが大事だと教えている。
なぜなら問題出題者と回答者の中で見解の相違が微妙にありうるからだ。
もっともこの様なことは国語に関してだけかもしれないが・・・。
さて「なんアラ」通巻10号用イラストレーターで音信が取れていないお二人に昨夜、直接電話をした。
まず小田原在住のHKさんはいきなりお子さんが電話に出られて面食らったが、当方も孫が良くこの様な電話をしているなあと思い少し待った。
HKさんの声を聞いてアットホームな雰囲気が伝わってきた。
勿論、イラスト描画の納期約束もしてもらえた。
もう一人の大和高田在住のMMさんは、声が聞こえるなり、「ごめん!イラスト原画だよね!」と先手を打たれた。
いろいろ話すと、MMさんも義父を年末に亡くされ、当方と同じシチュエーションであり、来週49日忌法要を行うことになっているとのことが分かった。
時間をぬって必要物を送付願えることを確約して貰った。
それぞれの人とのかかわりでこの「なんアラ」が成立していることを実感した一時であった。
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20090124>>>「なんアラ」通巻10号編集作業継続中
今年もスタートして早やひと月が経過しようとしている。
「なんアラ」通巻10号の最初の編集会議を1/31に開催するので、それまで残り1週間である。
果たしてそれまでに材料が揃うか不安であるが、関係者には頑張っていただくしかない。
当方としては送られてくる資料の編集作業(原稿見直し、サインのイラスト原画への貼り付け、顔写真の電子似顔絵化など)が次々と舞い込んでくる。
そして肝心の私が記載する「発刊にあたり」や「編集後記」、そしてイラストレーター紹介のレイアウト、投稿記事のジャンル分けとまだまだ多くの仕事が待ち受けている。
そうそう昨日携帯に入っていたイラストレーターMMさんにもこれから連絡をしなければならない。
今日も忙しい一日となりそうだ。
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20090125>>>大相撲初場所も本日は千秋楽!
「なんアラ」ブログではあまり大相撲のことは記載していないが、亡くなった両親もテレビでの大相撲観戦はとても好きであった。
その血を引き継いでいて私も小さい頃から相撲観戦が好きで、取り分け栃錦が好きであった。家内に言わせれば初代若乃花に比べて見劣りすると言うが、それ以来春日野部屋の力士をずっと応援していた記憶がある。
さて今年に入り初場所も今日は千秋楽、優勝は朝青龍が全勝で飾るのか、白鵬が二番続けて勝って逆転優勝するのかに関心が集中していて、久しぶりに盛り上がった場所となるようだ。
私はちょっと違った3人の力士を挙げてみたい。
いずれも昨日漸く勝ち越しを決めた点で共通している。
まずは日馬富士、新大関と注目され、前半で2勝6敗から何と6連勝で昨日勝ち越しを決めた。
両横綱と同じモンゴル出身だが、小兵力士の一角として好感が持てるし、そのガッツに今後も期待したいと思っている。
そして関脇の把瑠都、こちらは恵まれた体格、美男子から人気は急上昇であり、その勝ちっぷりは豪快で見ごたえがあるが、日馬富士とは対照的に連勝後連敗を重ね、ファンをやきもきさせた。
エストニア出身で、ここまでは日本人が登場しないのはちょっと寂しい。
そこで最後は山本山、こちらは純粋な日本人で、さいたま市出身の超大柄力士である。今場所初入幕で期待は高かったが、やはり昨日漸く勝ち越しを決めた。
日本人としてはこの不況を乗り切るべく、どどどっと勝ち進んで貰いたいものである。
以上大相撲初場所情報だったが、「なんアラ」通巻10号編集作業・確定申告資料集め作業の合間をぬって、本日は1月末に3歳の誕生日を迎える孫のために、昨年久しぶりに作ったたこ焼きのリクエストに応えたいと思っている。
その前に自治会の掃除が10時からあるのでやはり又忙しい一日となりそうだ。
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20090126>>>「なんアラ」通巻10号最後まで残っていたエッセイ本文到着そして確定申告
「なんアラ」通巻10号はスケジュール通り進行しているようで、結構トラブっている。
その一つが、No10-23のエッセイで、担当のEWさんからは「お風呂でエステ」のさわりの100字程度が届いただけで本文が来ていなかった。
そして昨夜漸く本文が届いた訳である。
早速イラストレーターのHKさんに送付しておいた。
今週の1/31編集会議まで後数日!
編集者としての私の作業も追い込みに入る。
今回は特集号なので、表紙のロゴも少々変更したいと思っている。
別途、これはYSPSむ研究所としての作業となるが、昨日は確定申告の概略作成をしてみた。
疑問点が何点かあるので、本日小田原の青色申告会に聞いてみるつもりだ。
これが解決すると来月初めの松田町主催の確定申告相談に間に合いそうだ。
・・・
20090128>>>元素戦略/希少金属代替材料開発シンポジウム参加と「なんアラ」サポーターTAさん
昨日の「なんアラ」ブログは丁度記載時にgooブログのメンテナンスがあり、一日パスすることとなった。
不本意ながら御了承ください。
さて昨日は今年最初の東京出張となった。
開催地は東大の安田講堂で、添付写真の如く、右下に僅かに写っている看板に「元素戦略/希少金属代替材料開発シンポジウム」と言う厳めしいタイトルが書かれている。
このシンポジウム参加は当然YSPS研究所としてのものであり、中身の詳細は今週末1/31のYSPS研究所ブログを参照頂きたい。
朝9時前にJR松田駅発のロマンスカーで新宿に出て、新宿の三省堂書店でいろいろ本を漁り、その後ゆっくりと昼食をとって、地下鉄丸の内線本郷三丁目で下りた。
何回か訪れている赤門をくぐり、安田講堂の前まで来てまずは撮った写真が添付画像である。
中に入るとまだ30分前なのに多くの参加者が着席していた。
最終的には500名近くになっただろうか?
主催はタイトルと同じ「元素戦略/希少金属代替材料開発」合同戦略会議であるが、官が文科省・経産省・環境省初め独立法人???、学は各有名国立大・私立大、民はトヨタ・三菱化学を初め多くの企業が参画している大プロジェクトである。
今年は更に外務省も取り込み世界的規模に発展させようとしている狙いが明確であった。
13時に始まった約5時間半に及ぶ熱い講演は久しぶりに頭の科学的活性化に繋がった。
会場とのディスカッションの時間が設けられていなかったのは残念であったが、17のポスターセッションでの説明は現在中国他に頼っている希少金属の代替探索を迫られている日本の現状を切実に感じられるものであった。
終了後、東京駅銀の鈴で待ち合わせた「なんアラ」サポーターTAさんとの1年ぶりの会食で話が弾んだ。
そしてTAさんも漸く通巻11号では執筆いただけそうな雰囲気となったことは大きな収穫であった。
TAさんは過去「なんアラ」松田講演会と目黒講演会の2回参加いただいたいるが、今度の川口講演会にも是非参加してほしい人の一人である。
緩急がついた東京出張であった。
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20090129>>>「なんアラ」通巻10号イラスト未だ10件到着のみと確定申告扶養控除で2転3転
いよいよ明後日(1/31)に「なんアラ」通巻10号に関する最初の編集会議を開催する。
事前に討論資料を個人書店銀座店のKKさんに送付予定であり、現在文書関係の資料は95%作成を終了していて、残りの5%はエッセイ内容ジャンル決定のみである。
一方今月末が締め切りのイラストに関しては、現時点で原画が7点しか届いていないのである。昨夜送付いただいたHSさんの電送分をを含めても25件中、10件に留まっている。
今日明日でKKさんに関係資料を送付して、明後日の編集会議の議論としたいのだが、イラストレーターの方々は至急対応よろしくお願いします。
さて話はがらりと変わり、先日来時々ブログ記載し、主としてはYSPS研究所がらみのテーマであるが、確定申告時の扶養控除に関して2転3転して最終的には胸を撫で下ろす結果となった話をする。
そもそも切っ掛けは、早めの青色申告・確定申告の準備をしていた段階で、確認の意味で昨年末亡くなったお袋の扶養控除申請を青色申告会に電話連絡したことに端を発する。
その時の結論は原則として12/31時点での扶養状態で扶養可否を決定するので、12/2に死去したお袋のケースはそれに該当せず扶養控除は出来ないと言われたのである。
その時何度も「そんな馬鹿な!実際に11/12ヶ月扶養してきて実際に大変な思いをしたのだから・・・」と食い下がったが対応した担当者は意見を覆さなかった。
そしてその後この件に関して造詣のあるお二人に伺ったら逆転「そんな馬鹿な!昨年度分ならどの時点で亡くなっても扶養控除対象になる」との見解を得たのである。
意を強くして昨日、青色申告会に再確認したところ、前回の担当者の認識不足で、意見を180゜転換したわけなのだ。
何とも頼りないところだと苦言を呈しておいた。
いずれにしても扶養控除は申請できて、本年度申告分は問題無で決着した。
しかし只では起きないのが私の性分で、この機会に合法的に経費として落とせる分や控除の項目と額に関して、本を2冊購入して勉強をしっかりとした。
結果はその期のプラスマイナスを見て充分対応できることが分かり随分自信に繋がった。
もし今回の扶養控除が無かった場合でも、緊急対応が出来ることが判明したわけである。
2冊の本代3000円(勿論このお金も経費として落とせる。)は本当に安いものであった。
怪我の功名とはこのことである。
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20090130>>>「なんアラ」通巻10号編集作業終盤
「なんアラ」通巻10号の編集作業も終盤に入って、昨日はほぼ一日かけて、いろいろな作業を行った。
イラストの到着状況は今回非常に悪く、現時点でも原画到着分は10件に留まっている。
昨年奈良講演会に出席願い今回の通巻10号で初めてエッセイ執筆いただいたMMさんから郵便でエッセイ対応イラストが昨夕プロフィールと共に到着した。
いろんなコメントが手書きで書かれていたので、直接携帯に電話を入れて話した。
11/8の奈良講演会及びその後の小中学同窓生会合でのMMさんとの楽しかった会話がふと思い起こされた。
彼女の今回の投稿に懸ける思いを最大限譲歩しようといろいろ策を練り、「なんアラ」としての最低条件も加味して合意するのに10分程度時間を要した。
明日の編集会議でも印刷・製本所のKKさんとこの件で更に話し合うつもりだ。
先日もこのブログで紹介したが、彼女の義父が作年末に亡くなられ、明日が49日忌法要とのことで、忙しい中資料を送付願ったのだ。
そして顔写真は添付されていなかったので、昨年春に薬師寺の桜の下で同級生仲間と撮った写真から似顔絵を電子作成した。
プロフィールのワード化も終了して明日の編集会議用の資料は「発刊マップ」を除いて全てKKさんに送付した。
これから午後の塾講師に出かけるまでに残る「発刊マップ」を作成してKKさんに送ることになる。
その前に25件のエッセイのジャンル分けを行わなければならない。
本日は全国的に雨の予報なので、恒例のインディアカ練習も出来ないだろうから余裕を持って編集作業に当たれる。
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20090131>>>「なんアラ」通巻10号用イラスト一気に到着
昨日の「なんアラ」ブログでもヤキモキさせられたイラストは昨日中に一気に9件到着し、更に今朝電子メールで送付された3件を含めると合計22件となり、残りは3件、内2件は既に送付されているので、いよいよお一人を残すのみとなった。
本日出かける編集会議にも間に合い、何とか胸を撫で下ろした。
いつもはハソコンによるイラスト描画を頂いていたHKさんも今回は手書きに変更されたと聞いて更に「なんアラ」の主旨に繋がったことを御本人にメールしておいた。
本日は忙しいのでこの辺で!!!
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「なんでもアラカルト」200901中半(1/12-21)まとめ(20090201転記)

2009-02-01 16:31:59 | Weblog
「なんでもアラカルト」200901中半(1/12-21)まとめ
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20090112>>>届かないエッセイ最後の2件
「なんアラ」通巻10号の編集作業は、現在1/末締め切りのイラスト25件(既に3件は届いているので実質22件)を待っている状態である。
しかし年末年始の「なんアラ」ブログで記載続けている、エッセイの未到着分2件が未だ解決していない。
先週メールによるやり取り(KTさん)と、直接電話での交信(HYさん)で1/10までは何とかタイトル・要旨だけでも届けて貰える様に依頼し、御本人も了解願っているはずだが現時点で私の手には届いていないのである。
懸念されるのはそのエッセイ対応イラスト描画をお願いする予定のお二人(HSさん、KKさん)に負担がかかることである。
そのお二人には、事前に遅れてエッセイが到着することを連絡しているが、その限度もとっくに過ぎている。
今回の様な遅れは創刊号から通巻9号の中では経験しなかったパターンなので、少々焦っている。
従来は見切りをつけて、次号に廻すはずの予備のエッセイをそれに当てることを行ってきたが、今回はその予備のエッセイは無い(「なんアラ」通巻10号は当面の目標号であり、次号の通巻11号は1年後の発刊となるので・・)から尚更困惑するのである。
いよいよ後は神頼み(?)、否KTさん、HYさんの心の中にまで入り込んだお願いしか無さそうだ。
そう最後は人を信じることのみ!!!
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20090113>>>寒中見舞い手書きの一言
「なんアラ」ブログでも数回記載している寒中見舞いをお袋の49日忌法要終了後に郵送する予定で、現在その630枚の寒中見舞いに一言の手書きの文を追加する作業を昨日より開始した。
本年度頂戴した年賀状の中身を見て、それにご返事する形で一文を考えて記載していると結構時間がかかることが分かって、こちらも少々焦っている。
1/18に予定しているお袋の49日忌法要まで後5日、それまでに「父母史」の材料集めも終了すべく、並行して現在約20冊あるお袋のアルバムの年月日が記載されている写真情報をノートに抜き出している。
こちらも結構大変な作業で、後数日必要である。
昨日記載した「なんアラ」通巻10号エッセイ・イラスト収集のための編集作業もいよいよ佳境に入りつつあるので、何かと落ち着かない日々が続く。
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20090114>>>「なんアラ」通巻10号4件目のイラスト到着と偶然の妙
一昨日の「なんアラ」ブログで記載した、届かぬエッセイ2件とは対照的に、昨日4件目のイラストがYMさんから送付されてきた。
当初エッセイ執筆いただいたYMさん御本人がイラスト描画されるものと思っていたら、奥様又はお嬢様が描画されたものが封筒に入っていた。
後ほどプロフィールが届くので楽しみだ。
それにしてもYMさんのエッセイタイトルが「受け継いだもの」なのだが、題材となっているのは百人一首「奥山に紅葉ふみわけ鳴く鹿の・・・」なのである。
どこかで聞いたことがあり、イラストも見たことがあると思い、「なんアラ」バックナンバーを辿ると、通巻5号でTTさんが「ものを見る観察力」で上記百人一首を題材として執筆され、その対応イラストをRFさんが描画されているのだ。
そしてもう一つ凄い偶然に気がついた。
YMさんは現在埼玉在住であり、TTさんは東京在住なのだが埼玉に勤務されている。
是非今度の川口講演会でお二人が顔を会わされることを願っている。
これぞ「なんアラ」の期待していたことなのだから・・・。
・・・
20090115>>>ついに「なんアラ」通巻10号24件目エッセイ到着
昨日漸く「なんアラ」通巻10号24件目のエッセイが到着した。
字数はぴったり1200字で、HYさんらしくて苦笑してしまった。
タイトルは「入試シーズン雑感」で、こちらもHYさんらしいテーマである。
早速エッセイ送付を要求されていたイラストレーターのKKさんに送っておいた。
さてこれでいよいよ泣くも笑うも「なんアラ」創刊号から通巻10号までのトータル250件のエッセイの最後を飾る(?)250番目の到着を待つのみとなった。
担当のKTさんにこのエッセイ投稿の話を持ちかけたのは昨年の9月でそれから既に4ヶ月が経過している。
年末・年始で体調を崩され、KTさんの環境は充分理解できるが、当方も鬼の編集長とならざるを得ない状況なので、是非御理解頂きたい。
このKTさんのエッセイをお待ちいただいているイラストレーターのHSさんには大変ご迷惑をお掛けしていますが今しばらく猶予を頂きたくよろしくお願いします。
・・・
20090116>>>アナログ・デジタル情報どちらが確実?
年末から今年初めにかけて情報の行き違いが何度か発生している。
その発端は、12/31の大晦日に端を発している。
つまり大晦日の夜7時前に電話が掛かってきて、今東京駅の銀の鈴に待ち合わせで来て居るのに私が来ないという内容であった。
私は1/31銀の鈴待ち合わせで電子メールのやり取りをしていたつもりであったのだが、その時は真偽が分からず、とにかく約1時間待っていただいていたYMさんに誤ってお帰り願った。
結果はYMさんの勘違いで、メールを確認した後翌日の元旦にお詫びのメールが届いた。
そしてその場は家族が揃っていた正月の笑い話で終わったつもりであった。
しかしその勘違いは尾ひれが付いていた。
今度はそのYMさんにイラストのサインをお願いしたところ、ワープロ文にイニシャルを書いてこられたのだ。
当方は自筆サインをデジカメ又は携帯で撮影したものを送付いただくつもりであったが、又もや行き違いとなった。
反省はアナログ・デジタル情報の両方の補完が必要だと言う結論に達した。
本日はこれから東海大病院に定期診察に出かける。
その後帰宅してインディアカ、午後から夜は塾講師とトリプルイベントの一日となる。
ガンバレ!!!
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20090117>>>「なんアラ」通巻10号用イラスト5,6件目到着
昨日「なんアラ」通巻10号用イラストの5,6件目が到着した。
送付元のNFさんには通巻2号よりこの「なんアラ」出版活動に参画いただき、途中健康を害された時期も有ったが、何とか途切れずにここまでお付き合い願った。
東京の目黒大会で初めてお会いしたのが、4年前の2005年5月であるが、直ぐ前のことの様に思い出される。
NFさんは通巻2号で1件のイラストを担当いただき、その後4,3,6,3,3,3,3件と続いて今回は2件のイラスト描画を担当願った。
対応するエッセイは今回で2回目のYKさんと、もう一人は今回が初登場のHEさんである。
特にHEさんのエッセイ対応イラストには苦労された様で、こちらからもいくつかの参考資料をお送りした。
NFさんは千葉県在住なので今年5月16日の川口講演会には是非御出席願えるものと期待している。
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20090118>>>「父母史」材料集めから分かった父母の最年少写真
本日これから亡父7回忌と亡母49日忌法要のために冨士霊園に出かける。
昨夜奈良から来てもらった姉夫婦と、今朝集合することになっている私の子供と孫そして家内の合計8名でのひっそりとした法要になる。
そして昨日まで行っていた「父母史」材料集めも、一区切りとしたい。
昨夜姉といろいろ話し合う中で、写真アルバムの中で父母の最も年少の写真はどれか?その年月日は?で盛り上がった。
とにかく父母の若いときの顔は当然私や姉も知らないわけだから・・・。
そして結論が出た。
いずれも当時の尋常小学校卒業時の顔写真が最年少であることになったわけである。歳は父母共に早生まれなので、12歳と言うことになる。
西暦で言うと1929年と1932年である。
さて私の最年少写真はと言うとちょっと偶然であるが、1957年11月、つまり12歳と判明した。
しかし姉の最年少写真は1歳で、両親に抱かれて写っているものだ。
幼少の頃からこの写真が羨ましくてたまらなかった記憶が今でも鮮明に残っている。
このとき私は母のお腹の中に居たのだろうか?
今となっては真偽は不明である。
今日これからの法要で亡き両親に聞いてみようと思っている?
但しその姉の写真も1歳の写真の次はやはり13歳の時となる。
私等の子供や孫と比較すると如何に今の子供たちは恵まれているかが伺える。
本日はここまで!
・・・
20090119>>>「なんアラ」通巻10号最後のエッセイに助け舟
今朝このパソコンを立ち上げて、嬉しいニュースが飛び込んできた。
つまり、難航していた「なんアラ」通巻10号の最後のエッセイが意外な方から送付されてきたのだ。
通巻6号と8号で既に2件投稿いただいているKTさんからで、タイトルは「オペラ、オペレッタのメディア、その光と影」であった。
早速繰り上げ採用のメールを送付すると共に、難航しているもう一件については繰り下げて通巻11号への採用変更を通知した。
そしてずっと待っていただいていたHSさんにそのエッセイを送付して、出来れば最初の編集会議(1/31)に間に合わせていただきたい旨をお願いした。
HSさんには皺寄せが行って申し訳ないが、当方としてはやっと肩の荷が降りた感がしている。
・・・
20090120>>>お袋49日忌法要無事終了!そしてセンター試験国語
昨日の「なんアラ」ブログは通巻10号用最終エッセイが到達したことで、それを優先して記載したので、本来昨日のブログでトピックスとして述べるべき内容を一日ずらして本日記載する。
まず昨年末(12/2)他界したお袋の49日忌法要を親父の7回忌と合わせて、1/18に無事滞り無く終了した。
まだ先週降った残雪があちこちに見られる富士霊園で、納骨式を済ませてお墓の中で出久しぶり(6年ぶり)に父母が再会したことになった。
これでゆっくりと又会話を続けて欲しいと願っている。
「父母史」も先日頂いた「なんアラ」イラストレーターNFさんの励ましの弁を支えにボチボチと時間をかけて作成していきたいと思っている。
もう一つのトピックスはやはり1/17&18で実施された2009年度大学入試センター試験である。
初日は英語・国語・地理・歴史他、翌日が数学・物理・化学・生物・公民他であった。
塾講師で担当している国語の問題を早速フォローしてみた。
現代文・小説の20問を試してみて、3つ間違いの85点が取れてほっとした。
勢いづいて高校時代選択していた地理Bもやってみた。全部で37問の量にはちょっと閉口したが、こちらも78点の合格ライン(?)が得られて少々自信過剰となった。
本日から英語・数学、そして順次物理・化学に挑戦してみるつもりである。
さてどれくらい取れるだろうか?
・・・
20090121>>>インディアカ助っ人誕生するか?
「なんアラ」ブログで、又「なんアラ」出版本でも度々登場しているインディアカであるが、昨年の11/24「なんアラ」ブログに記載した様に、松田町のインディアカ大会に参加するチームが年々減ってきて、昨年の大会が事実上の最終回となった。
五輪の野球・ソフトボールと同様に(ちょっと言ってることのレベルが違いすぎるが・・・)復活をかけて今年から他のチームとも交流戦又は飛び入りで他のチームに合流することを積極的に進めたいと思っている。
そして今年の最初の1/5の練習に臨んだが、その場で80歳代のお二人が相次いで体調不良で休まれていた。
その内のお一人は昨年末から入院されていて、先日漸く退院されたとのこと・・・。
と言う訳で、お二人の復活は当分無さそうなのだ。
そこで一昨日のインディアカ練習会で助っ人(出来れば若い方の・・・)探索の話が持ち上がり、私が以前FF時代より一緒に練習していたMMさんに声をかけることになった。
早速練習会の帰り、通り道のMMさん宅で直接御本人に参加の要望をしておいた。
感触は悪くなかったので、期待は充分出来ると思う。
現在当インディアカチームのリーダー的存在であるSTさんに、MMさんと直接会って参加へのダメを押す様に昨日連絡しておいた。
さて結果は吉と出るか凶と出るかドキドキの一週間となる!!!
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「なんでもアラカルト」200901前半(1/2-11)まとめ(20090201転記)

2009-02-01 15:57:08 | Weblog
「なんでもアラカルト」200901前半(1/2-11)まとめ
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20090102>>>「なんアラ」今年の抱負と通巻10号現況
年が明けて、2009年のスタートである。
本年も「なんアラ」ブログをよろしくお願いします。
さて昨年末お袋を亡くして喪中と言うことで、おめでたは避けさせていただきます。
昨年は「なんアラ」にとっても本当にいろんなことがありました。
まずは通巻8,9号の発刊と対応する札幌講演会・奈良講演会を無事終了できたことが大きな成果だと思っています。
多くの方々の御支援と御協力で成し得たと心より感謝いたします。
又「なんアラ」を取り巻く経済的環境は世の中の超不況環境と呼応して非常に厳しいものがあります。
その中にあっても製本元である個人書店、そして「なんアラ」発行元YSPS研究所の極近傍に存在するセブンイレブン秦野菖蒲店の店頭販売を継続頂いていることに感謝いたします。
そして何と言ってもこの「なんアラ」ブログの読者の昨年一年間を通しての御支援に対してお礼を申し上げます。
今年は何と言っても2004.10.31に「なんアラ」創刊号を世に出して(その折は私もまだFFに在勤していたので、企画編集のみが私で、発行は武蔵野クリエイトになっており、通巻3号まではこの体制で進めました。)、通巻4号より名実共にYSPS研究所が企画編集・発行を始め、遂に当初目標の通巻10号の発刊に漕ぎ着けることが出来るとても大事な年であることを認識したいと思っています。
その通巻10号の発刊は予定通り2009.4.30で対応する川口講演会を5.16(土)午後にJR川口駅傍の川口総合文化センター(通称リリア)で開催することが決定しております。
そして今年は春にその通巻10号発刊・講演会実施後、秋には行事を行わず、来年以降の新企画の充電期間としたいと思っています。
当面心の中で決まっているのは1年に一度の「なんアラ」本の発刊と講演会に匹敵する「エッセイ・イラストコラボ展」を継続開催することです。
その内容はこの「なんアラ」ブログで逐次取り上げて行きたいと思っています。
さて今年の当面の課題である通巻10号の現在の状況を述べます。
まず昨年末から今年の始まりである昨日までにエッセイは22件到着し、既にイラストレーターの方々にはイラスト描画のためのエッセイを送付し描画依頼を年明け2時間前に行った。
21件目のエッセイは米沢のKKさんからで、今年のNHK大河ドラマに関連して通巻8号で投稿願った「天地人」のその2である。
そして1/1に22件目が今回初登場のKAさんから到着し、「患者様と患者さん」のタイトルでお医者さんらしい内容である。
両方とも乞うご期待である。
只今現在でもまだ3件のエッセイが未着で、正月早々申し訳ないが今日明日にでも催促の連絡を入れたいと思っている。
と言う訳で今年も又当初から大変な年になりそうだが、後10分で箱根駅伝がスタートするのでこの辺で今日の「なんアラ」ブログ記載を終えたいと思う。
・・・
20090103>>>又も迷子の年賀状1枚
「なんアラ」通巻8号P.41に「迷子の年賀状」と言うタイトルのエッセイを投稿した。
そして昨年1年間これは誰からだろうと考え続けたが、結局迷子の正体は不明のまま年が明けてしまった。
そして今年1月1日に届いた年賀状の中に又もや迷子の年賀状が1枚含まれていた。
昨年度の迷子と同一人物かと思い早速調べてみたが、筆跡は明らかに異なることが判明した。
さてさて弱ったことが2年越しで生じたことになる。
共通しているのは、表面の宛名書きはインクジェツトによるデジタル表示でここからは何の情報も得られない。
そして裏面はと言うとどちらも干支が入ったインクジェット描画に、手書きでコメントが添えられている。
2008年度のものは「お仕事頑張って下さい 陰ながら応援しています」で、2009年度のものは「いつまでも元気で頑張って下さい また連絡下さい」とのことである。
でもどうやって連絡すれば良いのであろうか?
どなたが妙案はありませんか?
又悩ましい1年のスタートである。
・・・
20090104>>>書き損じハガキ・切手類の郵便局での交換
「なんアラ」ブログの昨年12/15号で記載した様に、お袋が亡くなっての喪中通知化か寒中見舞かで迷ったが、結局寒中見舞を49日忌終了後に出すことにして現在宛名書きや文面を考えている。
そしてその中で出てくるのがハガキの書き損じである。
インクジェットによる宛名書きは非常に便利で(デジタルの特技であるが、そのクールさに反感を持たれアナログ手書きを続けられている方々には本当に敬服しているが・・・)ある一方、ちょっとしたミスが発生するとお釈迦になるハガキが続出する。
今回も26枚(全体の4%)の書き損じハガキが出来てしまい、昨日郵便局に行って交換をして貰った。
この交換システムに関して私はもう10年以上前から利用しているし、実際に利用されている方も多いと思う。
勿論手数料は必要でハガキなら1枚に付き5円の手数料を支払うことになる。
今回の場合は130円の手数料を支払い26枚のハガキと交換することになる。
例えば「交換するハガキは23枚で良いから手数料をその3枚で支払いたい」と言う様なことは出来ないのである。益してやハガキを現金化することなどもっての外である。
ではハガキ以外には交換してくれないのかと言うと、これが切手にでも交換してくれるのである。
実際今回の交換により、ハガキ16枚と50円切手10枚を130円の手数料で入手できたことになる。
さてついでにもう一つ郵便局で交換してくれるお話を追加したい。
実は切手類の郵便局での交換についてである。
勿論使用済みの切手は交換できないことは自明の理である。
では未使用の切手はと言うと当然そのまま使用出きるわけである。
しかし紙に貼られてなかなか剥がせない未使用の切手!
苦労して(この剥がし方についてのアイデアはいろいろ提起されていて、裏面から水蒸気を当てると良い等・・)火傷をした想い出が有るくらいで諦めて放置してあった。
先日窓口で確かめたのだが、台紙が付いたままでも全く問題は無いらしい。
でもやはり受領した側は感じが良くない。
そこでこの台紙付き切手も交換してもらおう。
これには手数料は取られない。
しかもちゃんと他の別額面の切手にも交換してくれるのだ。
特に270円などの高額切手は他に利用する機会はほとんど無く、死蔵さているのが現状だろう!
実際今回の手数料130円はこの切手から差し引いて貰い、80円切手が8枚入手できた。万歳!!!
皆さんも早速死蔵切手を探して郵便局に行こう!
以上が私の今年の皆さんへのお年玉(郵便局から苦情が来そう!)だが、ここでちょっとした疑問が出てくる。
切手の使用・未使用は見ただけで明確である。
ではハガキはどうだろうか?
もう何十年も前から郵政省(今は無いが・・)の業務簡易化から年賀状に関しては消印を省略しているのだ!
と言うことは毎年送付されてくる年賀状は全て未使用のハガキと言う事になる。
特に残しておいても意味が無いハガキも正月にはどさっと送られてくる。
そしてそれらは事実上未使用なのである。
これらのハガキを書き損じと言って窓口に出すとどうなるのだろうか?
交換時には名前と電話番号を書かなければならないし、そこまでの勇気(?)のある人は居ないだろうと元郵政省は踏んだのだろう!
あなたならどうする???
ちょっと横道に逸れすぎたが、以前からこの消印なしハガキには疑問点が多く、そんなことは誰もしないだろうが、この大量の年賀状を再度ポストに放り込んだら又局員さんが配達の業務を遂行して元に戻ってくることになるのだろうに!しかも合法的に・・・。
自分達で首を絞めている行動だと考えざるを得ない。
と言う基本的な疑問点が以前から気になって仕方が無かった。
その当時はつくづく郵政省にはお人よしな方々が多いのだなあ(失礼!)と思っていた。
読者の御意見を頂ければと思う。
正月も三が日が経過して明日から職場復帰、頭の体操と考えていただければ幸いです。
・・・
20090105>>>寒中見舞い印刷終了と「なんアラ」通巻10号エッセイ3件難航
昨日の「なんアラ」ブログでも触れたが、今年は喪中のため年賀状を失礼した。
そして寒中見舞いを49日忌終了後に投函することにしている。
その寒中見舞い640通が昨夜漸く完成した。
途中でインク切れのハプニングもあったが、以前のプリンターの様に半分擦れたりして大量のお釈迦のハガキを搬出する前で停止してくれるのは有り難い。
又インクの予備購入をしておかなければ・・・。
さて「なんアラ」通巻10号の編集作業としてはエッセイ収集を終わり、イラストレーターの方々にそのエッセイを送付し、描画を開始していただいている段階である。
一昨日イラストレーターのお一人であるNFさんからメールが来て、2件の内1件は既にイラスト描画が終了したが、もう一件のイラストのイメージが浮かばず苦慮しているとの連絡を頂いた。
それぞれのイラストレーターの方がねじり鉢巻(?)で頑張っていただいている姿が目に浮かぶ。
よろしくお願いします。
所で、エッセイ25件中未着が3件有ることをここ数日のブログで記載し続けているが、それがまだ未解決の状態で正月三が日が終わり、本日の仕事始めとなってしまった。
ここは我慢のしどころと今週一杯時間をかけて待ってみたいと思っているが、いずれにしても皺寄せは3人のイラストレーターの方に行っていることは確かなのだ。
EWさん、HYさん、KTさん何とか早めに原稿送付下さいね!
イラストレーターのHSさん、HKさん、KKさんにはご迷惑をお掛けしていますが、今暫くお待ち下さい。
さて今日から塾講師もスタートし、インディアカも打ち初めとなる。
新たな気持ちで今年の好発進としたいものだ。
・・・
20090106>>>「なんアラ」通巻10号エッセイ23件目とフジテンスノボ
「なんアラ」通巻10号エッセイの23件目が昨日タイトル・要旨だけだが到着した。
EWさんからでタイトルは「お風呂でエステ」である。
EWさんは「なんアラ」創刊号よりのファンで熱烈な「なんアラ」サポーターである。今までのバックナンバーは全て購入願い読んでいただいていた。
そして当面の最終号となるこの「なんアラ」通巻10号でのエッセイ執筆者として名乗りを挙げてもらったというわけである。
まだ200字程度なので、全体が投稿されることを楽しみにしている。
取り合えず、イラストレーターのHKさんに送付してイラスト描画の準備をしてもらうことにした。
さてまだ喪中なのであちこち出歩けないが、これから今シーズン最初のスノボに出かける予定だ。
先日の孫と出かけたのは今シーズン最初のスキーである。
HPを見ると天気は昨日から雪で、既に積雪は80センチとのこと。
気をつけて行ってきます。
その前にプラスチックのゴミ出しを頼まれていたのだ!
7:20からのFMエアチェックのボタンを押した後出発となる。
では今朝はこれまで!!!
・・・
20090107>>>フジテンスノボと「なんアラ」サポーターYH・KHさん
フジテンの今シーズンオープンから約ひと月が経過して、ウズウズしていた足が昨日全開となった。
フジテンは今シーズン2度目であるが、スノボは今シーズン初めてなので慎重に準備運動とコースのチェックを足で確かめて1.4キロを滑ってきた。
毎回感じることだが、この最初の滑りで今年の出来が判断できる位、何でも最初は重要なのである。
そして今回は「うん最高!」と言えるくらいのスタートが切れた。
残り3回のリフトの内2回はは余裕で、隣の同乗者と会話ができた。
一人は浅草から来られている40歳代の男性で2時間ばかり掛けてスキーに来られたとのことで、いろいろ話が弾んだ。
もう一人は23歳のボーダーで、若者らしい溌剌さがあった。
いずれにしても積雪量・雪質共に最高のスノボ初日であった。
さて帰り際に思いついたのが、一昨日約束した元FF時代の同僚で富士宮在住のYHさんとの1/10フジテン待ち合わせの件であった。
つまりまだ現役でFFに勤務されていて、土日しか空いていないと言うことで、1/10のランデビュー(男性ですよ!?)約束をしたわけなのだが、折角の機会なので、もう少し踏み込んで一泊してみようと思い立ったのだ。
そこでフジテンの経営しているホテルの下見に行って来た。
なかなか良さそうなので、帰宅途中で直接YHさんと電話で話して、一晩男通しの会話を温泉に入りながらやろうと一気に話は進展した。
今週末がとても待ち遠しい。
YHさんは「なんアラ」のサポーターで既に創刊号から次の通巻10号まで予約いただいている。でも絶対書かないとの頑固さがあるので週末にその話が出れば何とか説得するか・・・・。
さて昨日はもう一つの「なんアラ」サポーターKHさんと直接携帯から電話をした。
彼女は現在福岡県在住で「なんアラ」通巻7号福岡講演会に是非参加して貰いたかったのだが、当時どうしても音信が取れなかった。
今年になって年賀状が届き、住所も姓も替わっていた。
つまり結婚されたのだ。
早速以前の番号の携帯に電話をしたが、繋がらず諦めていたら、KHさんの方から電話が入っていて、再度こちらから電話をした。
もう6年位前になるだろうか?
最初に米子の出版物の将来を考える会で御一緒して、「なんアラ」の構想を話したところとても興味を持ってもらい、その後年賀状のやり取りをしていた。
これから「なんアラ」通巻9号を謹呈して、是非「なんアラ」に関心を持ってもらいたいと望んでいる。
以上本日の提供話題は終了です。
・・・
20090108>>>「父母史」材料集め進行中(痴呆症になるタイミング?)
まずはお詫び!
今朝の「なんアラ」ブログアクセス解析を見て”おや?”と思った。
アクセス回数が通常より少ないのだ!
これは時々やってしまうブログ記事が下書きのままで本登録されていないケースである。
案の定、下書きのままであった。
先程本登録したのでご覧下さい。
さて本日の話しはタイトルの如く「父母史」材料集めの進行状況で、特に父母共になったしまった痴呆症に関して、それを本人がどんなタイミングで自覚できるのか?を探ることである。
昨年の2/22(親父の命日でもある)「なんアラ」ブログで次の記事がある。
・・・・・
<以下2008.2.22「なんアラ」ブログ記事の一部>
最近読んだ本で「痴呆老人は何を見ているか」(大井玄著、新潮社2008.1.20出版)と言うタイトルでまだ最後まで読破していないが、
1.二重人格者と痴呆老人との共通点
2.情報から情動への転換
3.ふたつの私(自我と客我)
4.客我は更にmeとmineに別れその区別が困難な状態が痴呆につながっいる。
5.若返り現象の中身は誕生、成長、老化、死と言うサイクルの中で自然と起こってくる内容である。
等などとても我々人間を全うしていこうとする過程で経験せざるを得ないことに対してとても有意義なことが数多く記載されている。
介護を現実に経験されている方々は勿論、自他共にこれから経験される可能性のある方々は必読の書だと思われる。
値段も700円と低価格である。
・・・・・
以上であるが、「父母史」を作ってみようと思い立ち、お袋が亡くなって以降、その材料集めを継続している。
親父は文章としてほとんど遺して行かなかったが(今回の材料集めで唯一松田町に提供した記事がひとつ見つかったが・・・)、お袋は詳細な日記・手帳・家計簿を残しているので、取り合えず大学ノート(古い表現だが・・)1冊に際立った記事を抜き出す作業を続けているのだ。
昨日で手帳・家計簿の抜き出しを終了して、残りの日記も2/3が終わった。
特に親父の痴呆症がどの辺りから始まったのか?
それをお袋はどの様に感じていたのか?
又お袋自身の痴呆症の自覚はどの辺りから表現されているのか?
今までのデータでは明確なことは分からないが、本人の表現や筆跡から何かを訴えていることは確かである。
あまりのめり込むと自分も痴呆症になってきたのではないかと思えてくる場面があり、ちょっと恐ろしくなってくる。
いずれにしてもお袋の49日忌法要まで後10日!
それまでに「父母史」材料集めを終了して、唯一の姉であるYMといろいろ話し合ってみたいと思っている。
上記手帳・家計簿・日記が終了すると、いよいよ大物の写真アルバムである。
これは私が生れる前のものも多くあるので、姉が来た時にいろいろ情報を貰おうと考えている。
・・・
20090109>>>「なんアラ」サポーター予備軍KTさん
一昨日どこかで聞いたことがある声で電話が掛かってきた。
いつもの投資目的の勧誘電話だと、直ぐに切ろうと思ったが「一年前に電話をしましたKTと申しますが、憶えておられますか?」の一言で電話を切ることをちょっと躊躇した。
記憶を辿ってみて、かすかにその時も「一度こちらに来られるなら直接会いましょう!」と返事したことが蘇った。更に「私は相手の顔を見て判断することしか今までもしていないので・・。」と言っておいた事を思い出した。
今回も同様だと言ったら、是非会いたいとのことで、昨日11時から昼飯も忘れて約2時間半いろいろ話し合った。
2時間半の内、KTさんの目的である投資コンサルタントに関する話は30分程度で、残りの2時間はほとんど当方からの話で、「なんアラ」の話も半分以上した記憶がある。
まず最初にびっくりしたのは新松田駅から歩いてここまで来られたことだ。道程は4キロ弱有るので、30分位要したはずだ。
そして帰られる前に「なんアラ」通巻9号を謹呈して、すぐそこのセブンイレブン秦野菖蒲店で創刊号を買ってくださいと言っておいた。
その対応次第で今後の事を考えてみる、つまり誠意があるかどうか、人としてのキャッチボールが可能かを判断したいと思っている。
勿論その後で、名刺記載のHPアドレスから会社の全貌を掴んでおくことは最低限の事としてやっておいたし、やはりその名刺に書かれていた電子メールアドレスに話し合い時に出たQ&Aをまとめて再度送付しておいた。
その対応からも「なんアラ」サポーターとして、人脈ネットワークとして今後の付き合いが出来るかを決めたいと思っている。何だか半年前のエコキュート導入時のTHさんに類似している。
そしてそのTHさんは既に「なんアラ」通巻10号のエッセイストとして登場されているのだ。
その日帰宅した家内から「なんでも「なんアラ」に結びつけるのね!」と苦笑いされたことが印象的であった。でもそれが「なんでもアラカルト」の本性であり、それが実現すれば「なんアラ」面目躍如と言ったところなのだから・・・。
この様な記事を「なんアラ」ブログに名前はイニシャルで記載することをKTさんに断ってあることは当然の事である。
・・・
20090110>>>「なんアラ」通巻10号発行部数は1000部で!
昨日「なんアラ」印刷・製本所の個人書店より通巻10号の見積が届いた。
現在「なんアラ」の発行部数は1号あたり500部であるが、今回の通巻10号記念号は1000部の発行に変更する予定である。
過去に創刊号と通巻4号は1000部の発行を行っている。
その後700部が2号あるが残りの5号は500部で推移してきた。
しかし今回は当面の目標であった通巻10号の記年号であることと、今年以降は年に1度の発行となるので、年間1000部は妥当なところと判断したわけである。
さて今回の通巻10号は頁数が4頁増え、70頁となることと、この1000部発行とが重なり出費負担が増えるが、その分広報活動を活発化させて、収支バランスを整えて行きたいと思っている。
これから今年3度目のフジテンに出かけ、旧友YHさんと再会し、一泊の楽しい一時をすごす予定である。
昨夜の雪でスキー場のコンディションは最高だろう!
気をつけて行ってらっしゃい!!!
・・・
20090111>>>「なんアラ」サポーターYHさんとの楽しかった丸一日
昨夜泊まったフジテン近傍のホテル「富士緑の休暇村」の設備で客室内のLAN設備は無いが、ロビー近辺での無線LANを使用出きるとの情報があり、今朝の7時からいろいろトライしたが結局ブログを記載できる環境には達しなかった。
午前中に帰宅したが雪道で汚れた車の洗車をしていたので、結局今まで時間がかかってしまった。
さて昨日午前9時に上記ホテルロビーで待ち合わせ、今朝の9時にチェックアウトしたので、丁度丸一日「なんアラ」サポーターのYHさんと御一緒したことになる。
フジテンの雪は最高で、前日に降った雪で路面のあちこちで圧雪・凍結状態が見られ、スタッドレスタイヤでも結構スリップした。
でも無事9時半にフジテンスノーリゾートに到着した。
YHさんも時々フジテンに来てスキーを楽しんでいる様なので、慣れた者同志1m近くの積雪と良好な雪質のゲレンデで充分スノボ・スキーを楽しんだ。
そして私が持参した予備のスノボでエキストライベントとしてYHさんにもスノボを体験してもらった。
約20分ばかりのトライアルではあったが、スキーとは勝手が違うスノボの様子を楽しんでもらえたようだ。
ホテルに午後3時前に戻り、1時間の卓球でスキー・スノボの整理運動を行った。
その後、ホテルと直結している富士山眺望の湯「ゆらり」でゆったりと温泉気分に浸った。
夕食時の楽しい会話は富士山ビールと冷酒のアルコールのサポートも伴い、あっという間に時間が過ぎ去った。
部屋に戻っての会話も更に10時まで続いた。
30年前にペアーを組んで行った仕事の思い出話を始めとして、今後の生き甲斐を何に求めるのかといった切実な問題も充分話し合えた。
今朝は6時からやはり富士山が見えるホテル備付の露天風呂で朝湯を楽しみ、朝食バイキングで舌鼓を打ち、二人とも至福の時間を過ごせたことに感謝しながら富士山を後にした。
彼は「なんアラ」の執筆側に廻ることは無さそうだが、「なんアラ」サポーターとして、今後も私の活動を支えてもらえそうなので頼もしい限りだ。
又近いうちにこの様な機会を家族ぐるみで実施出来れば嬉しいのだが・・・。
コメント
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「なんでもアラカルト」2008012後半(12/15-31)まとめ(20090201転記)

2009-02-01 15:54:08 | Weblog
「なんでもアラカルト」200812後半(12/15-31)まとめ
・・・・・・・・・・・・・
20081215>>>喪中通知と寒中見舞い
12/2にお袋が急死して早や半月近くが経過しようとしている。
今年も残り半月となり、喪中通知を送るのか、それとも寒中見舞いにするのかでいろいろ迷った。
結論は来年1/18に実施予定のお袋の49日法要・亡父の7回忌を済ませた後に「寒中見舞い」の形で関係者にお知らせすることにした。
「なんアラ」出版活動も来年で節目の通巻10号発刊、川口講演会実施で、是非この内容をお知らせしたいと言うのが「寒中見舞い」にした大きな理由である。
数日前に再度体調を崩して、土曜日に通院して投薬中であるが、なかなか回復の兆しが見えない。
本日の塾講師を何とか済ませて、週半ばまでには治したいものだ。
・・・
20081216>>>「なんアラ」通巻10号エッセイ7件目はYSが投稿
体調が悪い中、頭だけは冴えていろいろ考えてしまう。
そして「なんアラ」通巻10号の編集者である私の投稿内容は、やはりお袋の逝去に絡むことを書こうと決めた。
内容は12/7の「なんアラ」ブログをアレンジして、お袋の事だけでなく、親父の分も含めてタイトルも「父母を偲んで!」と言うことにした。
これで通巻10号の7件目のエッセイ投稿となった。
残りは18件、既に何人かの方々から執筆中の声をお聞きしているが、まだ脳裏にも達しておられない方は、是非床につき眠りにつかれる前にエッセイ内容構想を練って頂きたいと思う。
よろしくお願いします。
・・・
20081217>>>介護施設2箇所にお礼の挨拶
昨日家内と一緒に、お袋が通っていた介護施設2箇所にお礼の挨拶に行った。
一つは秦野市にあるデイサービスである。
週に2日厄介になり、お袋もゲームや施設内の方々との会話を楽しんでいたのがついこの前の様に思い出される。
この施設は親父がグループホームとして約2年間お世話になったところで、「なんアラ」創刊号でもSKさんに「丘の上のグループホームから(マツさん一日編)」を投稿願ったところでもあり、非常に懐かしい場所である。
担当者のWWさんに貸していた「痴呆老人は何をみているか」の本を返してもらいながら当時の親父の事を懐かしく回想していた。
親父・お袋を通して約8年間お邪魔した当施設を後にした時は家内共々寂しさを感じたものだ。
その足で、月に1度の3泊4日のショートステイをお願いしていた大井町にある施設を訪れ、施設長と担当者の方にお会いしてお礼の挨拶をした。
こちらには通常の3泊4日以外に、「なんアラ」講演会で遠出するときには1週間のショートステイをお願いしていて、度々無理な要望にも快く対応願った。
又ケアマネージャーさんには介護全般をいろんな角度から相談を持ちかけて、その都度貴重なアドバイスを戴いた。
この場を借りて深く感謝したいと思っている。
以上の様に、両施設とも「なんアラ」と切っても切れない関係にあったことは確かである。
両親が亡くなった今この施設を再び利用することは当面無く、もし利用するとしたら我ら夫婦の時となる。
その時期は不透明だが、なるべくお世話になる時期を後に持っていけるように人生を楽しみたいと思っている。
又介護は「なんアラ」の重要なジャンルともなっているので、編集委員長として客観的な立場で両施設に投稿要望を今後とも続けて行きたいと考えている。
・・・
20081218>>>「なんアラ」通巻10号エッセイ8,9件目相次いで到着
昨日はタイトルの如く、「なんアラ」通巻10号用のエッセイ8,9件目が相次いで到着した。
一つは奈良講演会にも出席願い、その場で自作の音楽CDを渡されたMMさんからである。
内容はその時のCDと直接関係していて、そのCD作成までの経緯と自作の詩を投稿されてきたのだ。
しかもその時に描かれた一筆画をイラストにしたいと言うことで喜んで引き受けた。
直接の電話でのやり取りで一気に話しは纏まった。
タイトルは「つゆ草」である。
もう一つは常連HTさんからで、タイトルは「徒然なるままに(その10); “体力はコイルバネの如し”」である。
自分の経験に基づいた貴重な御意見として伺った。
読んでためになるエッセイである。
いよいよ残り16件となった。
昨日、執筆予定者全員に催促のメールを送付した。
関係者は頑張って思考をめぐらせて下さいね!!!
・・・
20081219>>>もう一つの介護関連施設MOさん
一昨日の「なんアラ」ブログで、「介護施設2箇所にお礼の挨拶」を記した。
実はその日にもう一つの介護関連施設である介護用レンタルベットのお世話を約3年間お願いしていたMOさんがわざわざ焼香に来てくださった。
そして形上の挨拶ではなく、本当にお袋の事を思っていろいろお話を伺うことが出来た。
お袋もフンフンと頷いているような気になったものだ。
そう言えば、「なんアラ」通巻6号でこのレンタルベッド業者のおじさんのことが記載されていたことを思い出した。
話がその事に言及して盛り上がった。
そのくだりは次の通りである。
<以下「なんアラ」通巻6号P.35の一部>
その後臨時に移動が出来る手すりを3台レンタルで持参戴き、早速通常のトイレまでの歩行を家族とレンタル業者の立会いの下に実施した。何とかトイレまでは辿り着いたが帰りが又一苦労で、その都度歩き方に工夫を凝らし何とかベッドまで一人で戻ることが出来た。その様子を見ていた業者のおじさんからその異常とも思えるパワーに喝采をもらい照れている様子が今でも脳裏に焼きついている。
<>
MOさんと話しをしていると、本当に介護関連業務について良かったと心から思われているようで、とても嬉しく思った。
実際お袋との場面を思い出され何度か瞑想されているのを見て、こちらも何度も感激したものであった。
家内も貰い泣きするほどだ。
こちらのレンタル会社にも当面お世話になることも無いとは思うが、「なんアラ」のジャンルとしては是非お付き合い願いたいと考えている。
近いうちに、「なんアラ」をお持ちしてフォローをしておきたいと思っている。
・・・
20081220>>>「なんアラ」通巻10号エッセイ10件目到着
「なんアラ」通巻10号エッセイ10件目が到着した。
今年の夏8/16に奈良県橿原市で開催された畝傍高校同窓会で、久しぶりに再会した現在は埼玉在住のYMさんから手紙が郵送されてきたのだ。
タイトルは「受け継いだもの」で、400字詰め原稿用紙にぴったり3頁分封入されていた。
やはり同級生だけに、人生を見つめ直す「なんアラ」にぴったりの内容であった。
しかも手紙の最後にはバックナンバーを揃えたいとの要望も記載されていて、早速返事のメールをしておいた。
それにしても電子メールでのやりとりが有るのに、わざわざ手紙が郵送されてくる感覚がもう一つ理解し難いところがある。
今度有った時に(川口講演会には参加表明を既に戴いたいる。)その辺も是非確かめてみたいものだ。
・・・
20081221>>>「なんアラ」通巻10号エッセイ11件目対応イラストと共に到着
「なんアラ」通巻10号エッセイの11件目が対応イラストと共に到着した。
ここまで11件中3件が自分のエッセイに対して自分で対応イラストを描画戴いたことになる。
その分イラストレーターに掛かる負担は少なくなるので歓迎である。
さて11件目のエッセイは通巻7号で初デビュー戴いたTSさんからで、タイトルは「12月の白日夢」である。
通巻10号の発刊される4月にはちょっと時間経過してしまうが、今月のホットなエッセイとしてはとても実感できる内容であった。
またイラストもデッサン・絵画を趣味にされているだけに奥深いものがあるようだ。
TSさんとは年に1度は呑みに行っているので、お袋の49日が過ぎると一度新年会をやりたいものだ。
・・・
20081222>>>「なんアラ」通巻10号エッセイ12件目は寄稿文と共に到着
「なんアラ」通巻2号で初めてエッセイ投稿願い、その後通巻7号より連続してエントリー戴いている宇都宮在住のHYさんから通巻10号用のエッセイが昨日到着した。
そしてそのエッセイには是非イラストレーターのCTさんに対応イラストを描画してほしいとのメッセージが記載されていた。
「なんアラ」の熱烈なサポーターであるHYさんは、上述の如く通巻2号で初デビューであるが、同時に東京・目黒講演会にも出席願った。
その折にやはり初参加願ったCTさんと直接講演会会場で初顔合わせされてとても感激されていたことが、いまでもはっきりと思い起こされる。
と言う訳で今回も是非CTさんにイラスト描画をとのことであり、年末のイラストレーター決定で考慮するつもりである。
さてHYさんにはもう一つお願いしていた通巻10号記念号に対する寄稿文も投稿願った。
こちらの中身には私を何度も名指しでお褒め戴き、正しく尻こそばゆい気持ちになるほど的確な(?)表現で「なんアラ」創刊号から通巻10号そしてその後の通巻11号以降のエッセイ・イラストコラボ展にも言及願って幸せな気分である。
有り難う御座いました。
これで寄稿文も2件目到着となった。
今年も後10日を残すのみとなった。
ここ数日で最後のエッセイ投稿者の詰めを行うことになっている。
今日は全国的に季節を2ヶ月ばかり後戻りした様な暖かい朝を迎えているが、今夜から又通常の冬型の気圧配置になるとのことだ。
5歳の孫とも相談して、保育園が休みの明日12/23に今シーズン初滑りとなるフジテンに出かけることにした。
その前に準備運動のつもりで、インディアカにこれから参加する。
今年も後、金曜日の12/26を残すのみとなった。
こちらは来年1/5の月曜日から来年度がスタートすることが決まっている。
・・・
20081223>>>塾講師受験前の特訓
「なんアラ」ブログで述べているように、今月初めから塾講師は週に3回から、2回に減ったが、受験生の要望で1月度は再度週に3回(月水金)に戻ることになった。
まあ最後だから仕方が無いか・・・。
その後受験が終了したら、出来れば週に2回に戻して、水金に変更したいと思っている。
理由は月曜日の夜松田町で開催されているインディアカの練習に参加したいからである。
それではこれから5歳の孫を連れて今シーズン最初のスキーにフジテンに出かけます。
・・・
20081224>>>今シーズン初滑りはトラブル続き
お袋が亡くなって昨日で丁度3週間が経過した。
その間隣町に住んでいる孫娘が来るたびにお袋の祭壇にろうそくと線香をあげて、「だいすきなおおきいばあばあ」と書いた紙を祭って手を合わせてくれている。
その5歳になる孫を連れて今シーズ最初のフジテンスキーに朝7時過ぎに出発した。
結果はトラブル続きで大変な半日であったが、怪我無く無事帰ってきた。
まず家を出た途端にガソリンが無いことに気付き、ちょっと大回りだったが、いつものガススタンドで給油した。
途中御殿場の須走で有料道路に入る前から小雪が舞い始めた。
いよいよスタッドレスの活用場面だ。
河口湖で高速を降りると景色はうっすらと雪化粧をしていた。
フジテンに入る道路は凍結していて、最後の駐車場手前ではチェーンをつける車が続出していた。
駐車場はスタッドレスが初めて有用となるほどの積雪であった。
この時点でまだ8時半を廻った所だ。
まずは孫のトイレが気になって、一緒に男子トイレでしっかりと用をたした。
フジテンメンバーズカード・セカンドライフカードをフル活用して、リフト回数券(今年から値上がりして11回分3500円)、子供用半日レンタルスキー・ブーツセット(2000円)を購入し、準備運動も終了、いきなりリフトに乗るという孫にスキーを履かせ、リフト乗り場へ!
でも流石に最初は滑る感覚が掴めず、仕方なく、ストックを引っ張って何とかリフト乗り場に到着した。
リフトを降りる頃にはすっかり調子が出てきて、結局1.2キロのスラロームコースを一度もコケナイで、一気に下まで下りてきた。
スタートから中間点まで、7分間孫の両脇を抱えながらビデ撮影を行いながら滑走した。
そして中間点からは片方の腕を持っているだけで滑れるようになった。
怖いもの知らずとはこのことで、スキーを始めてからまだリフト乗車が2回目とはとても思えない上達振りであった。
早い昼食(カツカレー・トン汁・野菜サラダ・カルピスソーダ締めて2割引1400円)を済ませた後、クリスマスイベントで特別出演した3人のサンタクロースとフジマルからささやかプレゼントを貰って孫は大喜び、ついでにフジマルと記念撮影した。(添付画像)
ここまでは本当に順調であった。
もう一度リフトに乗ると言う孫の要求にのせられて、混雑するリフト乗り場に並んだのはもう11時半前であった。
すっかり調子が出てきた孫に比べて、こちらは少々バテ気味であった。
リフトを降りて、1.3キロのダイナミックコースをスタートした。
こちらは先程のスラロームコースに比べてアップダウンが大きく、急傾斜が3箇所ある。
最初の急傾斜は何とかクリアー出来たが、案の定二番目の急傾斜でこちらの膝腰が踏ん張り利かなくなって、転倒の連続であった。
何とかそこもクリアーして、一気に500m近く滑走した所で、3番目の急傾斜地でバランスを崩し、二人とも完全にダウン!
孫のスキーは片方外れてしまった。
仕方なく、残り300m位を歩いて下りることにした。
暫く歩いたところで、今度は孫が「おしっこ!」と叫んだ。
こんなゲレンデの真ん中では何とも出来ず、我慢させて歩いたが、遂に我慢できずスキー場のど真中で用を足してしまった。
それからは泣きじゃくる孫を連れてトイレに入るまでの長かったこと!
そして車まで着替えを取りに行き、トイレに戻ると気持ちが悪いと素っ裸になっている孫を見て安心するやら呆れるやらで、狭いトイレの中で奮闘している姿は今から思うと冷や汗物であった。
帰宅の車の中ではすっかり元通りとなって眠りについている孫の顔を見ていると何の夢を見ているのかと幸せな気分になりながら午後2時過ぎに家に到着した。
お疲れ様でした。
「なんアラ」エッセイ字数制限を遥かに越える1600字となってしまった。
・・・
20081225>>>「なんアラ」通巻10号エッセイ・寄稿文投稿全容確認
「なんアラ」通巻10号のエッセイ・寄稿文投稿全容の確認作業を続けている。
メールを出したが返事が無い人、又そのメール自体が無い人には直接電話で確認するしか方法は無い。
昨日までに最後の確認作業を行った。
その結果、年末ギリギリ又は一部年始に入るが、いずれにしても正月三が日中に原稿が届く予定である。
これで「なんアラ」通巻10号用のエッセイ25件と特集号用の寄稿文5件を入手できることになる。
そしてエッセイ20件(5件はエッセイ投稿者御本人がイラスト提供済み又は頂く予定である。)揃ったところで、イラストレーター9人(上記5人のエッセイ・イラスト同時提供者を入れると14名)の方々にイラスト描画依頼を出すこととなる。
正式描画依頼は年明け1/3頃になりそうだ。
もう一度良く考えてみると後お二人のエッセイストから直接の返事を頂いていないことを思い出した。
今晩電話をしてみよう!
編集作業はどうしても洩れはあるものだ。
・・・
20081226>>>「なんアラ」通巻10号エッセイ原稿12件で停滞中とXmas行事
「なんアラ」通巻10号用エッセイ原稿は12件で停滞中である。
今年は今日も含めて後6日ですよ!
13名の方々はラストスパートですよ!!!
既に投稿戴いている12件に関するプロフィール確認と似顔絵変更の要望を伺っている。
変更有無は半々だろうか?
郵便で送られてきたものは又ワード文化し、写真はスキャナーで取り込みデジタル似顔絵加工することになる。
メールで送られてきたものはスキャナーの分だけ手間は省ける。
いずれにしてもこの編集作業も結構時間を要する。
昨日は午前中、庭のイヌマキの剪定を約3時間かけてやっと半分終了した。
スキー初すべりの後遺症(?)もあり、足腰のあちこちが痛くてたまらない。
そして夜は私が作った夕食(3点4人前)を持参して次女親子(先日のスキーの孫)宅でささやかなXmasパーティを実施した。
いよいよ暮れも押し詰まった感がしてくる。
・・・
20081227>>>「なんアラ」通巻10号エッセイ13件目が到着して過半数を超える
昨日「なんアラ」通巻10号エッセイ13件目が到着して漸く全体の過半数を超えることが出来た。
13件目は常連のHMさんからで、タイトルは「自主退学その後:古代木製品の復元に取り組んで(最終回)」の様に連続して4回続けてこられた集大成である。
HMさんはパソコンメールが出来ない内のお一人だが、いつもフロッピーとワード文を郵送戴いている。
やりとりはもっぱらファックスを利用している。
今回も前回から採用しているご自身の描画されたイラストも同封されていた。
スケッチ風のアナログ画面にほほえましさが漂っている。
そういえばAKさんから一日エッセイ到着が遅れるとのメールが来ていた。
AKさんを含めて残り12件です。
今年も後5日!
時間との競争となりました。
昨日の塾講師で最終講義は12/29のつもりが一日早まって、12/28の日曜日となった。
それだけ年末の3日はゆっくり出来そうだ。
後は「なんアラ」エッセイ待ちとなった。
・・・
20081228>>>「なんアラ」通巻10号用エッセイ14,15件目続いて到着
「なんアラ」通巻10号用エッセイの14,15件目が続いて到着した。
これで残り10件となった。
14件目はAKさんからで、タイトルは「永久のわかれ」で私がお袋を亡くしたのと同様に今年お二人の身内を続いて亡くされたAKさんの心情を述べられている。
痛いくらい私には分かるような気がする。
そして15件目はKYさんからで、タイトルが「もういいんじゃない」と言うもので、ちょっと読んでみないと分からない内容であり、読者の興味を誘いそうである。
こちらは同時にイラスト描画を戴けるとのことで、またそちらも楽しみである。
・・・
20081229>>>「なんアラ」通巻10号エッセイストYMさん
「なんアラ」通巻10号エッセイストで10番目でエントリー戴いたYMさんから昨日3つの小資料がクロネコメール便で送付されてきた。
YMさんとは畝傍高校の同級生で、奈良県橿原神宮で開催された数回の同窓会でお近づきとなっただけで、高校時代は同じ組にならず面識も無かったわけであるから不思議な縁である。
特に今年の夏に開催された同窓会では2次会まで御一緒し、そこで「なんアラ」の話をしたところとても興味を持っていただいた。
そして今回の「なんアラ」通巻10号のエッセイストとして登場となった訳である。
そのYMさんから電子メールで自分も定年後、家族ぐるみで小冊子を作っているから、郵送するとの連絡が有り、昨日手元に届いたのである。
3つの小冊子の内、一つは「おくたぁ」というA4・16頁の絵本、後二つは「くうちゃんの上飛行機」、「りょうくんと瓜太ちゃん」というA4・7頁の童話である。
絵本コンクール・童話コンクールに応募された作品とのことであった。
私から見ると家族全員(御夫婦・子供・孫)で作り上げた傑作であり、とても心温まる内容であると思っている。
YMさんは現在埼玉県在住なので、来年1/31に東京で再会して一献傾けることになっている。
その折にいろいろ作品を仕上げるまでの苦労話などをお聞きするつもりである。
又楽しみが一つ増えたことになる。
特にYMさんのエッセイに対応するイラストを御家族で描いて頂く事になっているのでそちらも楽しみである。
・・・
20081230>>>「なんアラ」通巻10号用エッセイ16件目とイヌマキ剪定
昨日「なんアラ」通巻10号用エッセイの残り10件を確定するために、メールによる催促に返答が無かった2箇所に直接電話を入れた。
お一人は確信犯で、分かっていながら「締め切りはいつですか?」と聞かれてしまった。明日の大晦日であることで念を押してておいた。
さてもう一件はメールを開いておられずに、全く驚かれていた。
そして今朝16件目として携帯より送付されてきた。
ちょっといやな予感がしたが、ワード文に変換して字数を調べると2000字を越えていた。
少々こちらで編集してみたが、1900字にしか削減できなかった。
こうなるとエッセイストMMさんに直接中身を2/3程度に減らしてもらうしか術は無く、先程その旨連絡した。
いずれにしても16件目でエントリーできたことには間違いない。
タイトルは「恋の病に効く薬(その2)」である。
さて話は一変して、イヌマキ剪定について!
お袋が亡くなってそろそろひと月になるが、庭の剪定も放置しておくわけには行かず、数日前より今年新たに購入した特大の脚立と従来の大中小の脚立を駆使して3日がかりで何とか仕上げた。
玄人の庭師には覚束無いが、素人としてはまずまずの出来かなと自画自賛している。
この添付画像は2階の窓から撮影したもので、このイヌマキの大きさを想像願えるだろう!!!
・・・
20081231>>>「なんアラ」通巻10号用エッセイ17~20件目一挙に到着
「なんアラ」通巻10号用エッセイ17~20件目の4件が一挙に到着した。
17件目は通巻4号で初登場願い、今回で2度目のNKさんからで、「アンデスのジャガイモつくり」と言うユニークなタイトルであるが、この不況を乗り切るのにとても相応しい内容であると思う。
次の18件目は初登場のTKさんからで、「あなたならどうする?」と言う興味あるタイトルで、大学入試でとてもラッキーな経験をされたお話である。
そして19件目は常連JAさんからで、「オレオレ詐欺がやってきた」と言う最近の問題となっていることを身近で経験され皆さんにも役立つ内容である。
JAさんには「なんアラ」通巻10号記念号に対する寄稿文も同時に送付願った。
こちらは先日のHYさんの寄稿文に続き、ここまで継続してきたことに対するお褒めの内容が少々こそばゆい位の表現で頂き感謝している。
最後の20件目は、こちらも常連のTTさんからで、「わが周りのアナログ・デジタルの融合」と言うタイトルの「なんアラ」の主旨に相応する内容を御自身の趣味で続けておられるパイプオルガンについてその歴史と最近の話題を提供いただいた。
こちらも音楽ファンなら興味津々の内容である。
そして残るはいよいよ5件となった。
今年も後16時間を残すのみで、5名の方々のラストスパートを期待しております。
では皆様良いお年をお迎え下さい。
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「なんでもアラカルト」2008012前半(12/2-14)まとめ(20090201転記)

2009-02-01 15:51:27 | Weblog
「なんでもアラカルト」200812前半(12/2-14)まとめ
・・・・・・・・・・・・・
20081202>>>「なんアラ」SE秦野菖蒲店店頭販売危機脱出その後は?
「なんアラ」10/3のブログで下記を記載した。
<以下10/3「なんアラ」ブログ一部>
つまりこのひと月で7冊も販売されたのである。
こちらでメール上などで把握されている方はお二人しか居られないので、数名の方々がこのブログ及び直接のお願いメールを読んで頂きSE秦野菖蒲店に足をお運び戴いたことになる。
ここに改めて感謝の意を表すると共に、「なんアラ」はやはり暖かいサポートがあって始めて成り立っていると実感したものである。
販売内訳は創刊号・通巻2,7号が各1冊と通巻8号が3冊、そして何とまだ正式販売表明をしていない通巻9号も1冊販売されていた。
重ねて御礼を申し上げます。
以上の如く、「なんアラ」SE店頭販売は当面の危機を脱出した。
そしてその2ヵ月後となる一昨日11月どの締めをするためにSE秦野菖蒲店を訪れた。
結果は2冊販売のみに留まっていた。
しかもその2冊は数日前に家内を通して「なんアラ」サポーターであるTNさんが購入いただいた情報のみと言うことである。
店長の顔も少々苦笑い状態であった。
確かに景気が悪くなってきていることが直接・間接に影響を受けていることは間違いない。
後はこの「なんアラ」が如何に人の役に立ち、購読する価値があると読者が実感できることしか対応は無いと考えている。
地道に拡販活動を続けて行く事としよう!!!
再度現在のSE秦野菖蒲店店頭販売の状況を下記に示すと共に、SEでの店頭販売が途切れないために是非足をお運び頂きたいと思っている。
<以下現在のSE秦野菖蒲店の状態>
1.最近まで有った本棚から「なんアラ」見本は撤去されています。
2.受付カウンターの後に有った「なんアラ」創刊号~通巻9号も事務所に移動されています。
3.お買い求めの際は「なんアラ」通巻?号とカウンターに言って頂ければ事務所内から持ってくることになっています。事前に「なんアラ」チラシ等で各号の内容を御確認下さい。
4.購入数が増えてくると、上記1&2が復活することになると思います。
以上よろしくお願いします。
・・・
20081203>>>お袋逝く!
「なんアラ」で何度も登場したお袋があっけなく逝ってしまった!
退院後3日目となる昨日朝、いつもどおり朝食(エンシュアリキッド40cc位と重湯少々)を9時前にとった。
その後ベッドを倒し、その20分後には家内が枕の位置を確認していた。
そしてそれから約20分後に家内の叫び声で飛んでいったら、尋常ならざる状態を悟った。
119番通報すると共に救急隊の指示で家内と分担して心臓マッサージを続けた。
救急隊が到着後も本当に懸命な蘇生対応を行ってもらった。
受け入れ先の足柄上病院も決まり、救急車で搬送中はずっと手首を掴んで祈るような思いで5分間を過ごした。
病院到着後も心臓の痙攣的な脈は時折出るものの、血液を循環させる行動は遂に最後まで発生しなかった。
その間次女親子、家内、長女親子と到着したが、回復は望めなかった。
そして11時38分に死去が医師の下に宣告された。
司法解剖はせずに老衰と言うことで了承した。
享年88歳、後1ヶ月で89歳に届く所であったが、本人は満足してあの世に逝ったと思っている。
異常事態発覚から僅か3時間の出来事で、いまでも信じられない光景が次々と脳裏を駆け巡っている。
これから1週間はお袋の哀悼の記事記載としたい。
明日(12/4)の18時お通夜、明後日(12/5)12時半告別式、いずれも松田町メモリアルホールと日程が確定し、本日はこれからいろんな諸届けや連絡に奔走される一日となる。
合掌!!!
・・・
20081204>>>通夜当日
昨日お袋の通夜・告別式の全ての日程・準備が確定し、これからいろんな行事に入るので次の「なんアラ」ブログ記載は全ての行事が終了した明日の夜となる。
・・・
20081206>>>お袋通夜・告別式無事終了
昨日の「なんアラ」ブログはやはり記載不能となった。
本日は2日分をまとめて記載する。
内容はやはり供養の意味でも、お袋の通夜・告別式の話しとなる。
一昨日の通夜には本当に多くの方々のご参加を戴き、通夜の形態も対面式かつ氏名焼香に変更してもらったことが功を奏して参加いただいた方々のお顔を直接拝見してお礼のご挨拶が出来て満足している。
特に多くの自治会関連の方々がお袋を偲んでご参列いただいたことはとても嬉しく思えた。
通夜の晩の夜を徹したお勉めは流石に堪えたが、何とか乗り切って昨日の告別式となった。
こちらも多くの方々の御協力で無事お袋の荼毘も終了して、親父の3回忌以来にお会いした御住職YKさんとも人生について何度もお話出来る機会が持ててとても満足している。
忌中払いの席では義兄も入れて故郷奈良に関する話に発展してお袋の供養には更に良かったと思っている。
「なんアラ」ブログにお袋の逝去掲載して以来、多くの方々からお悔やみ、励ましのメールを戴いた。
又直接告別式に出席いただいたり、弔電も頂いた。
この場をお借りしてお礼申し上げます。
昨夜自宅にお袋の位牌・遺骨・写真と共に戻ってきた時には流石に疲れ、ブログ記載の気力も湧かず、今朝の2日分まとめてのものとなった。
明日からも暫くは「なんアラ」に関連するお袋の想い出を記載して行きたいと思っている。
お付き合い下さい。
その間にも「なんアラ」通巻10号の方も進行していて、和歌山県在住のTTさんから「介護を考える」と題して5番目の投稿を戴いている。
こちらも着実に進めて行きたい。
・・・
20081207>>>お袋の思い出1
12/2にお袋が急逝して明日で1週間となる。
12/3の「なんアラ」ブログで宣言したように、1週間はお袋の冥福を祈り関連記事を記載することにする。
本日は12/5の告別式後の忌中払いに挨拶した際に、お袋の思い出を参加者の皆様に紹介したのでその内容を記載してみる。
お袋は88歳と11ヶ月で他界したが、その人生を振り返ってみると、30年区切りで3つの場所で生活を送ったことが分かった。
まず最初の約30年は奈良県五條市で生まれ、育ち、そして出産(姉と私)、子育てが始まるまでその五条市で過ごしたことになる。
五条市での想い出は私から考えてみると幼すぎてその記憶はあまり多くないが、鍛冶屋の弟子となった和歌山県出身の親父と結婚し、お袋も充実した人生を歩み始めたと考えられる。
その間五条市と大阪河内長野市の親戚との繋がりが最も大きく、先月11/8に開催した「なんアラ」奈良講演会にも出席願った位である。
そして次の約30年は奈良県新庄町(現在の葛城市)で鍛冶屋としての分雫と言う称号をかざした農機具作りに没頭した父に陰に日向に支え続けた人生だったと思われる。
決して財政的には豊では無かったが、精一杯の生活を送っていたことが想像出来る。
この間では私の姉が高取町に嫁ぎ、私が徳島県阿南市の家内と結婚することにより新たな親戚関係が発生したことになり、お袋もその交際範囲が広がったことになる。
最後の約30年間は父母共に現在の神奈川県松田町で新たな人生を過ごした。
ここでは鍛冶屋から古木置物製作業に転職した親父に付き添い小田原を始めとして秦野・南足柄近辺のフリーマーケットでその古木置物作品を展示販売していた記憶がまだ鮮明に残っている。
その間親父の広範囲な付き合い(蜜柑山・畑・山菜取りを通したアナログ人脈ネットワーク)に翻弄されながらも見事にそのサポート職務(?)を全うしたと思う。
親父の死後6年弱はこれまでの慌しかった人生を噛み締めるように、穏やかで且つ自分のやりたい事をやり通した年月であったと思われる。
そしてこの6年間に私の二人の娘に出来た可愛いひ孫が更にその人生を豊にしたと思っている。
以上お袋の3世代約90年の人生を振り返ったが、明日・明後日の「なんアラ」ブログではそのお袋が「なんアラ」にどのように関与してくれたかを紹介したいと思っている。
昨日「なんアラ」通巻9号で執筆いただいた横浜のYIさんの奥様がわざわざ自宅に弔問戴いた。
心より御礼申します。
・・・
20081208>>>お袋の思い出2(携帯俳句)
昨日の「なんアラ」ブログに続いてお袋の思い出を記載する。
今回は「なんアラ」通巻3号に投稿した「俳句の携帯通信」について述べる。
この内容は昨日記載したお袋の3世代の後半、80歳を超えてからの話である。
しかも携帯電話がそろそろ世に出回り始め、われら家族も同時に家族割引対象となる3個購入し、お袋にも少々無理かなと思ったが、親父の徘徊対策としての意味も含めてお袋にその使用方法について理解することを求めた。
当初は電話としての機能を呑み込むことに苦しんだようで、徘徊する親父と一緒に連れまわされた折に、時々こちらに無言電話を発信してくるGPSとしての機能しか果さなかったようだ。
親父がグループホームに入所してからは気楽になったのか、最初は使い方にちょっと戸惑っていた携帯のメールに興味を持ったようで、僅か1年間だったが散歩中に作った俳句をその場で携帯電話から私に送信してくる離れ業をやってのけて家族や周囲の人々に大きな驚きを与えた。
以下「なんアラ」通巻3号投稿文をご覧になり当時のお袋を偲んで下さい。
<以下2005.10.31発行「なんアラ」通巻3号P.49より転載>
俳句の携帯通信
お袋は現在85歳で健在である。 耳が遠くなり、軽度認知症もあるが週に4回のデイサービスを楽しみにしている。 親父は2年前に亡くなったがその前から続けていた携帯電話による俳句作成について話してみたい。 親父が重度認知症で介護施設に入るまではいつも二人で散歩をするのが日課で団地でも有名なおしどり夫婦であった。その親父がグループホームに入りお袋一人での散歩を余儀なくされた時、携帯電話によるメール通信を思いついた。お袋に勧めたらその当時は結構難しいメールを81歳の年齢にもかかわらず見事に使いこなし私に3-4日に一度送ってきたのである。 結局それはほぼ1年ばかりしか続かなかったが延べ86件の数に及んだ。ここでその中から10件を紹介して読者の皆さんの参考にして戴ければ幸いである。但し漢字変換は難しいので、ひらかなのみで送ってきた。 誤字もそのまま掲載するので各自想像しながら読んでいただきたい。何だか掛け言葉らしいものも含まれている。作成日も入れてあるので季節感も味わって欲しい。
1.せみがらおとりてよろこぶこどもたち(20010725)
2.さんぽよりかえりてふろえきもちよし(20010731)
3.さるすべりしろあかぴんくさきにけり(20010816)
4.しんぱいなたいふうさりてはれまみえ(20010822)
5.とうさんとこすもすゆれるおもいでが(20011005)
6.こうえんはおちばじゅうたんきれいだな(20011026)
7.けんかうでたのしいひびかんしゃす(20011211)
8.かぜきつしまんかいざくらはなふぶき(20020322)
9.さんぽみちさわやかへんちひとやすみ(20020609)
10. あしふみはずしこしうつ(20020816)
最後の10番は俳句ではなく息子へのメッセージだったのだが、これで大した怪我も無かったにも拘わらず以後はメールを入れることはピタット無くなった。
この丁度半年後に親父は亡くなった。何か感じるものがあったのかもしれない。
以上であるが、明日は通巻6号に投稿した話題を記載する予定である。
・・・
20081209>>>お袋の思い出3(お袋のパワー)
お袋逝去からあっという間に丸1週間が過ぎ去った。
本日の「お袋の思い出3」を持って、追悼週間は終了しようと思う。
明日からは通常の「なんアラ」ブログにもどり、通巻10号の編集作業状況を中心に記載して行き、お袋の49日法要が終了するまでは適時お袋と「なんアラ」の繋がりを述べてみたいと思っている。
さて本日の「なんアラ」ブログは「なんアラ」通巻6号に投稿した「お袋からパワー注入」に関して述べてみたい。
これは昨日の「なんアラ」ブログで述べた「携帯俳句」の続編の様なもので、晩年のお袋の様子がとても爽やかで、活力に溢れていたことが分かる内容である。
そしてそのパワーを「なんアラ」読者にもお裾分けしたい衝動にかられ作文してみたのである。
<以下2007.4.30発行の「なんアラ」通巻6号より転載>
お袋からパワー注入
「なんアラ」の編集・企画を担当している私も今まで合計10件のエッセイを執筆している。その中には親父のこと(創刊号で「親父が残したもの(国鉄時代の貨車)」)が1件、お袋のこと(通巻3号で「俳句の携帯通信」)が1件含まれている。
親父は亡くなってから今年で5年になる。一方お袋は親父が存命のときは親父の重度認知症にも幸い(本人にとっては災い?)して、毎日散歩を強要されていた。その後親父が徘徊を繰り返すようになってグループホームに入所してからは本当にマイペースでささやかな散歩を楽しんでいた。その様子が上記「なんアラ」通巻3号に掲載されているので参照願いたい。
 このエッセイはその後のお話!
 2年半前に自宅で転び左大腿骨骨折し、手術後担当医師の「歩行は無理」との判断とは裏腹に本人の努力で見事に復帰したことは身長135センチ、体重35キロの体格のどこにそんなパワーがあるのだろうかと驚いたものだ。そのお袋が同じ年の暮れに、今度は周りの一瞬の隙をついて庭に出たところ再度転倒して今度は左膝を骨折し再手術したときには担当医は勿論、流石に私ももう歩行は無理だと諦めざるを得なかった。しかし意に反して本人の「歩かねば・・・・」と言う意思は強くリハビリを続けた結果、又もや見事に歩行出来るようになり、しかも以前よりしっかりしていると周りから誉められ本人もその気になって今まで週2回のデイサービス、月1回のショートステイ(3泊4日)を楽しんでいるようであった。
 そして昨年末そのショートステイ滞在中、急に歩行困難になった。今度は右足大腿骨付近が痛いという。慌てて上記病院に通院したところ骨には異常が無く、痛み止めの薬を12日間貰って様子を見ることになった。最初は歩行が出来る状態では無く、トイレは自室のポータブルタイプを使用していたが家族の我々は勿論本人が最も寝たきりを恐れているらしく何とか歩こうとする努力が見られて敬服するばかりであった。
 その後臨時に移動が出来る手すりを3台レンタルで持参戴き、早速通常のトイレまでの歩行を家族とレンタル業者の立会いの下に実施した。何とかトイレまでは辿り着いたが帰りが又一苦労で、その都度歩き方に工夫を凝らし何とかベッドまで一人で戻ることが出来た。その様子を見ていた業者のおじさんからその異常とも思えるパワーに喝采をもらい照れている様子が今でも脳裏に焼きついている。
 と言う訳で現在お袋はこの正月で87歳になったがその「信じられな~いパワー」に改めてエールを送ると共に我々次世代、そして子供の次々世代、更には孫の世代に益々のパワー注入を続けてもらいたいと思っているこの頃である。それを目の当たりにしている孫の不思議そうな顔が更に印象的であった。
以上であるが、これで哀悼の意味で続けてきたお袋に関する連続記載は終了としたい。
・・・
20081210>>>「なんアラ」通巻10号エッセイ6件目到着
昨日の「なんアラ」ブログで述べたように、お袋の初七日も終わり、平常の「なんアラ」ブログ形態に戻ろうと思う。
昨日「なんアラ」通巻10号用のエッセイ原稿がお隣にお住まいのYHさんからメール送付されてきた。
YHさんは創刊号よりこの通巻10号まで私を除き唯一のエッセイ投稿皆勤賞の方である。
今回のテーマは「人種の壁、宗派の溝」で、時代の趨勢にマッチしたYHさんらしい内容であった。
通巻10号の6件目としてエントリーさせて頂いた。
YHさんには特別にもう1件、通巻10号の記念号としての寄稿文を執筆願いたい旨メール返送しておいた。
特別寄稿文は4~6件程度を考えていて、通常の25件のエッセイ・イラスト対応頁とは別に、イラストなしの単独の文として目次と本文の間に4~6頁別枠で挿入するつもりである。今ふと考え付いたが、イラストレーターの方に特別寄稿イラストを提出願うのも悪くは無いと思えてきた。その分、製作費用も増大するが・・・。
今回のYHさんの原稿到着で、「なんアラ」通巻10号用エッセイ25件中私の分を除くと、残り18名18件となる。
今月末が締め切りなので、後20日年末の忙しさは重々承知であるが、執筆をお願いしている方々にはこの場をお借りして予定に入れて頂く様宜しくお願いします。
さて本日はお袋死去に伴う手続きの残務整理に出かけると共に、青色決算説明会に小田原に出向くつもりである。
そして明日は神奈川大YO研究室でのYSPS研究所としての特別講義、明後日は1週間お休みした塾講師の再開と目白押しである。
・・・
20081211>>>青色決算と「なんアラ」
昨日小田原合同庁舎で開催された、「青色決算説明会・消費税等説明会」に参加してきた。
小田原はバイクでわが松田町から約13キロの地点にあるが、場所を間違えてうろうろすること30分、漸く目的の合同庁舎の2階会議室に到着した。
既に「青色申告決算書(一般用)」説明会は始まっていたが、まず最初に参加者の少なさに驚いた。
本日も引き続き同内容・同場所で開催されるが、昨日のその時間の参加者は約15名であった。
今年の参加で3回目となり、南足柄・湯河原の会場でも約30~40名の参加者はいたのでびっくりした。
今年は4つのパートに分かれているからなのかも知れない。
他の3つは「青色申告決算書(不動産所得用)」、「年末調整のしかた」、「消費税関係」であり、直接私のYSPS研究所と関連が無いので参加しなかったが、資料だけはまとめて貰う事が出来た。
さてこの「青色申告決算書作成」と「なんアラ」とどうつながるかについて、ちょつと述べてみたい。
「なんアラ」はあらゆるジャンルを取り扱ってきたし、今後もジャンルの漏れの無い様に、編集者として未登場分野の開拓に力を注ぎたいと思っている。
ではこの税金も含めたお金が絡むジャンルはどこになるのだろうか?
もっと範囲を広め貯金や相続までくるとそれだけでもしっかりとしたジャンルになると考えられる。
バックナンバーを紐解いてみて、上記内容に該当するエッセイは4つ見つかった。
SYさんの「郵便貯金余話」(通巻3号)、YTさんの「お金の価値」(通巻3号)、AKさんの「自営業の実感」(通巻4号)、YHさんの「金融原理主義の翳り」(通巻9号)の4つである。
以上の4つのジャンルは最初が通信、残りの3つは哲学-価値観に入っている。
税金や青色申告・消費税などを直接扱ったものは見当たらなかった。
今後この様な分野も是非取り上げて行きたいと考えている。
奮ってエッセイ投稿下さい。
本日はこれから神奈川大での院生特別講義に出かける予定だ。
昨夜作り上げた原稿のハードコピーとパソコン・プロジェクターも持参するつもりだが、参加者は約5~10名と聞いているのでゼミのつもりで直接会話が出来る雰囲気を楽しんでこようと思っている。
・・・
20081212>>>神奈川大FO研での院生講義
通常の塾講師は本日から再開するが、今年全体で見るとYSPS研究所としてのコンサルタント業務の一環として大学での講演・講義を数回実施してきた。
昨日はMLS(マテリアルライフ学会)の創立(約20年前)以来、企画・編集委員会・常任理事会でご一緒し、学会を盛り上げてきた先輩・同士である神奈川大FO先生の計らいで大学院生対象の講義をすることになった。
残念ながらFO先生は現在名古屋で行われている耐久性に関する国際学会に参加されていて不在であったが、院生のKNさんが講義会場・ディスプレイ装置の手配をしてくれ、講義終了後の昼食懇談まで付き合ってもらった。
講義そのものの詳細は又「文化財的Archival教育」ブログで述べるとて、YSPS研究所の主テーマである保存科学に関してFO研究室が打ち込んでおられる研究内容に関し、直接・間接的に触れることが出来てお互いに有益な講義であったと思っている。
参加者は学部・院生を含めて9名で有ったが、多くの質問を戴き活発な議論が出来たとことに満足している。
KNさんとの談話は40年前の私の大学院生時代を思い起こさせ、当時大阪大応用科学科HM・JS研究室で行った9-VinylAcridineの合成・重合・物性測定の内容が今でも新鮮に議論できて、物理・化学の真理を追究する姿勢に普遍性があることを実感した。
懇談会に於いて「なんアラ」ブログにも言及すると、KNさんはとても関心を示して、ブログ閲覧を約束してくれた。
若者の意見が聞けるチャンスであると期待している。
・・・
20081213>>>塾講師再開!しかしドタキャン
今週は「なんアラ」ブログもお袋の想い出から徐々に通常の生活模様記載にシフトして来ている。
昨日は12/1以来休止していた塾講師に久しぶりに出かけた。
通常1日の塾講師で80分の授業が3駒、連続してある。
今回は事前に1駒目の中3年生数学は本人の都合で別な日に既に終了している旨の連絡は貰っていて、2駒のつもりで新松田駅に向っていた。
新松田のホームに立った所で携帯に電話が入った。
通常はメールしか受信しておらず、直接電話を受けることはほとんど無い。
でもバイブにしているコールが鳴り止まず、仕方なく出ると塾長からの連絡であった。
いやな予感がしたが、2駒目の高3年生国語が本人からの連絡で風邪で休みたいとのことであった。
所謂ドタキャンである。
と言うことは20時からの高2年生英語の1駒のみとなってしまった。
でももう既に電車はホームに入ってくるところだったので、今更引き返せず、途中の海老名で約1時間半時間をつぶした。
久しぶりの塾講師も無事終了して帰宅したが、又体調が悪くなってきた。
こちらも風邪の症状が復活してきたようだ。
悪化しないうちに、これから病院に行くことにしよう!!!
・・・
20081214>>>ミニコミ誌「トンボの眼」イベント
現在ミニコミ誌「トンボの眼」を定期購読して各地で開催されているイベント情報を入手しながら、時々魅力あるイベントには積極的に参加している。
このミニコミ誌「トンボの眼」はASさんが編集長を務められていて、何度か直接お会いしてお話ししたことが有る。
ASさんはとても精力的に活躍されている方で、文化財一般なら何でも手を出されている印象が強い。
今回のイベント情報も、「日本神話をユーラシア文化の中で考える」5回シリーズや、「富山湾・氷見でキトキトの魚を食べる会」、「鳴門・大塚国際美術館と倉敷・大原美術館」などとても魅力があるものが多い。
特に最後のイベントはどちらの美術館とも一度は訪れたいと思っていたので、家内とも相談して参加を検討するつもりである。
このミニコミ誌「トンボの眼」は「なんアラ」ともいろんな面で共通することが多い。
つまりミニコミ誌の創刊の時期がほぼ同じであること、日本各地でイベント開催していること、そして何より最終的に何を目指しているのかがミステリアスであることなのだ。
今後とも「なんアラ」としてだけでなく、「YSPS研究所」、「文化財的Archival教育」としても注目していきたいと思っている。
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「なんでもアラカルト」2008011後半(11/17-30)まとめ(20090201転記)

2009-02-01 15:45:50 | Weblog
「なんでもアラカルト」200811後半(11/17-30)まとめ
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20081117>>>「なんアラ」奈良講演会総括
体調もここまで来ると、流石に約70%復調した。
まだ声が少し変なのと、咳き込んで夜中に2回ばかり起きてしまうことが気がかりだが、自然回復を待つしかなさそうだ。
そこで2週間ぶりのインディアカにこれから出かけることにした。
来週の日曜日(11/23)は松田町インディアカ大会だが、2年連続での出場チーム不足で中止となっていて、今年の大会は注目されていたが果たしてどうだろうか?
今日のインディアカ練習で分かることになっている。
昨日で、「なんアラ」奈良講演会参加者に対するお礼のメール・電話を全て終了した。
講演会当日あまりゆっくりと話せなかった、23年間過ごした地元のKNさん、YYさんとも打ち解けて話せた。
これで「なんアラ」奈良講演会の総括としたい。
デジカメで撮った当日参加者の写真は11/9「なんアラ」ブログで掲載したが、アナログフィルムで撮影し、DP店で現像・プリントした写真(奈良講演会は7枚だが、講演会前後の保存科学施設・見学でのショット合計は73枚)の中からベストショット16枚を抽出し、4枚毎にスキャナーにかけて、奈良講演会参加者に逐次メール送付することにした。
11/8奈良講演会当日分の4ショットを添付する。
少々小さいが、4ショットは全て同じ顔ぶれでなく微妙に人が入れ替わっているのがお分かりかな?
そして昨日で収支の総括の方も終了した。
勿論赤字であることには間違いないが、18名もの方々の御協力で持参した「なんアラ」創刊号~通巻9号の出版本180冊の内、32冊が販売でき、イラストハガキ・シールプリント集もそれぞれ8冊、9冊御購入願えたことになった。
どうもありがとう御座いました。
これから今回の奈良講演会報告を関係者にメール送付し、再度の「なんアラ」拡販に繋げたいと思っている。
・・・
20081118>>>インディアカ松田町大会成立
体調は遂に90%回復!
まだ時々咳き込むことはあるが、漸く平常状態に戻りつつあることを確認した。
昨夜は咳き込みで目が覚めることも無くなった。
さて2週間ぶりに復帰した昨日のインディアカの練習で、11/23に予定されている第26回松田町町民インディアカ大会が成立したことを知った。
しかしその実施に当たっては尾ひれが付いていた。
つまり今回の大会を持って長い歴史に幕を引くとのことなのだ。
昨年・一昨年と参加登録チームが2チームで、2年とも連続して中止となった。
そして今年は漸く3チームの登録でリーグ戦(多分?)を行われるらしい。
昨年当自治会から2チーム参加登録をしたものの他に参加チームが無く、町には来年こそ大会成立に助力願いたいことを要請していた。
多分今回はわれわれのチーム(今年は当自治会からも1チームしか結成できなかった。)以外に町で2チームを何とか結成して貰った様だ。
以上の理由から今回で松田町町民インディアカ大会が終焉を迎えるのも止むを得ないだろう!
又11/23の大会が終了した後で、結果を含めて松田町町民インディアカ大会の歴史を振り返ってみたいと思っているが、全盛期では20チーム近くの参加があり、1部・2部制にも別れていて、2部で優勝又は準優勝すると1部に昇格するなど、懐かしい想い出がいくつも思い出される。
当自治会でも最高3チーム参加し、流石に1部での優勝は無かったが、2部での優勝・準優勝は当り前の時期も有った。
とにかく有終の美を飾れる様に頑張るしかなさそうだ。
「なんアラ」通巻2号のNo24で「ニュースポーツ・インディアカ」を紹介しているので是非御参照下さい。
・・・
20081119>>>「なんアラ」通巻10号用エッセイ3件目到着
現在エコ活動として導入しているひとつのオール電化に貢献いただいたTHさんから昨日電話があった。
THさんは「なんアラ」通巻8号を謹呈した後、エッセイ執筆を打診していた相手である。
エッセイ投稿を促した大きな理由はまだ30歳前でありながら人生をゆうゆうと闊歩している姿が描かれたからである。
そして昨日の電話は「エッセイを書いてみたので私のパソコンに送付した。こんな感じで良いか見て欲しい!」との連絡であった。
早速開いて内容確認してみたが、予想通りの中身で安心した。
但し字数が450字と短いことと、もうひとつ突っ込んだ内容を期待したいことから約2~3倍に拡大することを要望しておいた。
取り合えず「なんアラ」通巻10号3件目エッセイとしてエントリーした。
タイトルはズバリ「出会い」である。
もう一つのエコ活動である料理の食材配送のSFさんにも投稿の期待がかかるが、先日今月一杯で担当が代わるとの連絡を受けて原稿が受領できるか微妙な状態だ。
明日食材を持ってこられるので、このTHさんの原稿を見せて再考を促そうと思っている。
本当に偶然なのだが、年齢(30歳前)や人生の歩み方の数奇さが似通っているので・・・。但し性別は反対だが!
編集者として又新たな挑戦意欲が湧いてきた。
・・・
20081120>>>不況の嵐塾講師にも!?(クラシック音楽収集復活)
世界的不況と言われて数ヶ月が経過しているが、そろそろ塾講師にも影響が現れてきたのだろうか?
先日来塾講師で担当していた高校生が一人担当を外れた。
理由は目的の大学が内定したとのことで、勉学の意欲が無くなったと言うのが表面上の理由らしいが、この不況の嵐の中で経済的締め付けはいよいよ塾にも向けられてきたとの予感がしている。
結果として現在担当しているのは高校生2名と中学生3名の合計5名となる。
今週に3日、月水金と往復3時間を要して通っているが、昨日塾長と相談して水曜日の2人分を月金に振り分け、週に2日に縮小することで合意した。
12月より実施予定である。
又新たに担当する学生が出てきた場合は再考するが、当面はこのスケジュールで考えて行きたい。
これで1年半続いてきた生活パターンに余裕が出来ることとなった。
「なんアラ」出版活動も当面計画の通巻10号の目処がほぼ立ってきて、少し広い立場から私生活全般を見直したいと思っている。
やりたいことは山ほどあるが、暫く休止していたクラシック音楽コレクションに力を入れるのも精神的には良いことかも知れないと思い、「なんアラ」奈良講演会でお留守となっていたFMクラブ4冊(2週間に1度の発刊なので丸々2ヶ月放置されていたことになる。)の必要部分をスキャナーで部分切り取りを行った。
通常はこのデジタル画像データを演奏者毎のファイルに収納していくのだが、これが結構時間を要すと共に、その過程で最近話題となっている演奏者のプロフィールが頭の中に少しずつ蓄積されていくわけである。
その演奏者を日本人(漢字検索)、外国人(カタカナ検索)に分け、演奏者名を入力すると今までストックしてきたその演奏者に関する画像及びその時代の情報が直ぐに出てくるという仕組みである。
演奏者の総数は最近チェックしていないが、数千人にはなると思われる。
「なんアラ」の目標である1万人体感クラブと並行して語れるレベルに達すると又面白い何かが浮かんでくるかも知れない。
・・・
20081121>>>「なんアラ」奈良講演会報告メール送付開始
昨夜から「なんアラ」通巻9号奈良講演会報告を参加者にメールすることを開始した。
最初の数件送付した所で早速パソコントラブルによる送付エラーが出て、KYさんには複数メール送付されているかも知れませんので御容赦下さい。
さてこの講演会報告中の画像は、講演会時に撮影したアナログフィルムからのDP店でのプリントを経由して再度デジタル処理(スキャナーによるデータ取り込み)し、作成したものである。
前回の札幌講演会では事実上の「なんアラ」参加者は伊勢原のTKさんだけだったので直ぐに終了したが、今回の奈良講演会ではメールアドレスをお持ちの12名にまず送付することになる。
内容は講演会会場での7枚撮影から4ショットを、そして講演会前後で訪問・見学した文化財関連物約70ショットの内、12ショット3枚にまとめて送付することにした。
奈良講演会参加者でメールアドレスをお持ちでない8名の方々には別途DP店での焼き増し(自宅プリンターでは写真画質は到底得られないので・・・)をして郵送する予定である。
少々お待ち下さい。
そしてその後、「なんアラ」通巻9号出版に関連戴いた(エッセイ投稿・イラスト描画)方々にメール送付(一部は郵送)予定である。
従来は講演会から帰宅後1週間以内に終了していたが、今回は体調不良で2週間近く要してしまった。
健康管理には充分注意することが必要であることを痛感すると共に、健康である有り難さを実感しているこの頃である。
今日はこれから11/23の松田町インディアカ大会直前練習に出かけるのと、午後はインフルエンザ予防接種に出かけ、その後塾講師に行く予定である。
又いつものハードスケジュールになっているので気をつけなければ・・・。
・・・
20081122>>>パソコンメール送付トラブル早めに解決と有効情報
昨日の「なんアラ」ブログでパソコンメール送付トラブルの件を述べたが、やはり送付エラーメッセージは出るものの、実際には送付者に届いていることが、KYさんの御協力で(御本人はそう思われていないだろうが・・・)判明した。
このトラブルは実に遡って2年前の2006.9.24にアクションした形跡が残っていた。
この原因を追究してトラブル解決に至るまでに丸々2日を要した記憶がある。
つまりパソコン購入ショップに本体を持ち込み技術者とやり取りを約2時間使って原因は分からないまま、勧められた方法で何とか解決して今まで使用してきたのだ。
そして2年後の昨日全く同様のトラブルが発生したことになる。
今度は自分で原因究明しようと「隠しファイル・フォルダー表示」に切り替え、ハードディスク本体の実に11層の深層に位置するアウトルックの2年前の状況を見てやっと気がついた。
メール送信・受信それぞれに2Gの制限がかかっていたのだ。
なぜこんな簡単なことが最初に謳われていないのかが残念である。
いずれにしても又2年後にこのトラブルが起こる前にアクションをとることをしっかり憶えておこう!
さて協力いただいたKYさんから別の質問が寄せられた。
この情報は皆様にも役立ちそうなのでQ&A形式で記載します。
参考にしてください。
尤も本当に個人情報を知ろうとしたら何とでもリカバリーは可能なので修復不可能になるまで粉々にしないとダメですが・・・。
・・・・・
<KYさんの質問>
いままで保存していたCD-Rをパソコン上で個人情報を削除処理して廃棄しようとしたのですが出来ないことがわかりネットなどで削除方法を調べますとサンドペーパーなどで擦るなど面倒なことが書かれていました。
他になにか簡単な方法はないのでしょうか?
YSさんは不要のCDを廃棄するときはどのようにされているのでしょうか?
記憶メディアを棄てるということは面倒なものですね。
<私の回答>
デジタルは媒体だけでなく便利なだけ、その分保存・廃棄(ユーザーにとっては正反対の事なのですがデジタルとしては同様なことなのです。)共に面倒です。
手っ取り早い方法はカードなどを挟みで切るように、半分にすると良いでしょう!
・・・
20081123>>>「なんアラ」サポーターへの奈良講演会報告送付開始
昨日で「なんアラ」通巻9号の出版及び奈良講演会に拘わっていただき且つメールアドレスをお持ちのに方々全員に奈良講演会報告を送信完了した。
残るはこのパソコンより報告を送付できない方(15名)に明日出来上がる写真焼き増し(デジタル送付写真の半分8枚)と一緒にまだお持ちでない「なんアラ」バックナンバー1冊または「なんアラ」グッズ(ハガキ又はシールプリント集)を同封してお礼状と共に郵送予定である。
どうしても金額が嵩むことになるがこれが本当の(従来の日本のスローライフスタイル)アナログ的な付き合いと言うのだろう!
そしていよいよ「なんアラ」サポーターの皆様への奈良講演会報告を開始し始めることになる。
そろそろ本日のインディアカ大会の開始時間が近づいているのでこの辺で!
・・・
20081124>>>価値あるインディアカ準優勝
昨日の「なんアラ」ブログの最後に記載した第26回松田町町民インディアカ大会は予想を遥かに超えた熱戦となった。
参加チームは僅か3チームであったが、YTと言うチームはその場での即席チームと思え、元バレーボール出身選手が多く見られる平均年齢も40歳くらいであった。
当然リーグ戦となったがこのチームには、余裕で2:0のスコアーで楽勝した。
さてもうひとつのNMと言うチームであるが、毎週月曜日に松田町中学の体育館を借りて練習を続けているという平均年齢は30歳位と思われる若さであった。
流石にこのチームには0:2と敗戦を喫した。
しかし内容は相手が試合終了後、再度練習を一緒にしたいとの要望が出るほど熱戦となった。
20歳前半と思われる若いカップルも居て、われらのチームとしては2世代違う相手と戦っている印象を受けた。
そういえばその中の若い女性は今回親子で出場しているとも言っていたっけ!
肝心のわれわれのチームの紹介が遅れたが、湯の沢(自治会名)チームと言い、何と平均年齢は68歳である。私は2番目に若いのだから想像いただけるだろう。因みに出場した6選手は上から80,74,66,63,63,62歳なのである。
実際の試合は5人で行われるので、80歳と63歳の方をセットごとで交代願った。
各選手は緊張感の中、日頃の練習成果を遺憾なく発揮してのびのびと戦ってくれた。
私と言えばは大事なところでの連続ミスが出て、申し訳なかったと思っているが、まあまあ70%位の実力は出せたのではと満足している。
今年で一応町民大会としては最後にするとのコールも有ったが、又チームが集まれば再開する可能性はあるとの発言が大会実行委員から寄せられたので、それを信じて再来年の復活を目指そうと思う。
特にNMチームから練習会への参加を要請されたので本日定例会で話し合おうと思っている。
最後に試合の終了後大会役員にシャッターを切ってもらった6名の雄姿(?)を添付する。
参加された皆様ご苦労様でした。
そして「なんアラ」出版本にも又どこかでこのインディアカ記事を投稿できる機会を考えたいと思っている。
そうそう今回の出場チームメンバーの中に「なんアラ」通巻9号執筆者THさん(画像左端)が居られることを忘れていました。
プロフィールでも書かれているようにインディアカの好敵手らしいですから・・・。
・・・
20081125>>>「なんアラ」奈良講演会情報のメールアドレス不所持者への送付
一昨日の「なんアラ」ブログで下記内容の記事を記載した。
・・・・・
<以下11/23「なんアラ」ブログの一部>
昨日で「なんアラ」通巻9号の出版及び奈良講演会に拘わっていただき且つメールアドレスをお持ちのに方々全員に奈良講演会報告を送信完了した。
残るはこのパソコンより報告を送付できない方(15名)に明日出来上がる写真焼き増し(デジタル送付写真の半分8枚)と一緒にまだお持ちでない「なんアラ」バックナンバー1冊または「なんアラ」グッズ(ハガキ又はシールプリント集)を同封してお礼状と共に郵送予定である。
どうしても金額が嵩むことになるがこれが本当のアナログ的な付き合いと言うのだろう!
・・・・・
以上であるが、15名の方々への送付文作成・印刷、8枚の写真の分別・包装、そして「なんアラ」本又はグッズと共に封筒への挿入、宛名書き、最後にメール便としてセブンイレブンへの持参、送付代金支払いととやはり手間隙と金がかかる。
昨日はほぼ丸一日これに費やしてしまった。
そしてまだ上記内容の封筒への挿入以降は出来ていなくてこれからとなる。
でも受領された方々に満足願える顔を想像しながらこの事務作業を黙々と実施するのも嫌いな方ではない。
さて午前中にこれらを済ませて、昼前からFFへ出向きYSPS研究所としてのコンサルタント業務をすることになっている。
そこでは「なんアラ」通巻4号と10号執筆者(10号では最初の投稿者である。)のHIさんとも先日の東京以来の再会となりそうだ。
又通巻3号執筆者のMSさんとも会えるかも知れない。
アナログ人脈ネットワークが広がると共に、その輪が太くなっていくことも楽しみの一つである。
・・・
20081126>>>FFコンサルタントと「なんアラ」サポーター
昨日はFFとのコンサルタント業務を正式に実施した。
詳細は守秘義務が伴うのでこれ以上は記さない。
ただ「なんアラ」に関連する人達とも何人かお会いして、通巻9号に関連することを含んでいろいろ「なんアラ」について話し合えたことはとても良かった。
そして懇親会終了後、新松田に戻り、「なんアラ」サポーターであるいつものスナックのママに通巻9号を購入戴いた。
いつも楽しみにしていると言って頂き、これからも頑張るようエールを送ってもらった。
実り多い半日であった。
・・・
20081127>>>「なんアラ」通巻10号レイアウト構想
「なんアラ」通巻9号奈良講演会のフィードバックは関係していただいた方々への情報送付の形で全て終了したことになる。
現在「なんアラ」サポーターの皆さんに逐次奈良講演会報告と共に、経済的サポートを頂きたく「なんアラ」本・グッズ拡販要請メール送付を実施している最中である。
昨日でやっとア行のう列に入った段階である。
こちらは気持ちを込めて個々に対応する(実際には相手の顔を思い出しながら・・・)文面を考えて送付しているので多分来月前半まで時間を要すると思っている。
さて「なんアラ」通巻10号の方に徐々に企画構想を膨らまして行かなければならない。
特に通巻10号は当初(2004.10)創刊号を出版した時の当面の目標であったからその思いはひとしおである。
そこで「なんアラ」通巻10号は記念特集号として、若干の増ページとし、通常の見開き2頁にエッセイ・イラストセットを25編掲載すること以外に、「なんアラ」発行に対する想いを投稿願おうと何人かの方々に要請をしている。
昨日早速HYさんから返事があり、通常のエッセイとは別に記念号としての記事も投稿願えるとのことであった。
HYさんは通巻2号で最初に投稿願い、通巻7号からは復活を果し連続して通巻10号まで投稿を続けていただいている。
又出版記念講演会への参加も東京目黒講演会を始めとして、仙台・福岡にも参加願い、今度の川口講演会への出席は既にスケジュール確保戴いたとのメールを受信した。
実際特集号記事を何編にするかは決定していないが、2~4ページを割きたいと考えている。
既に通巻10号エッセイ投稿予定関係者には執筆依頼のメールを出しているが、締め切りの12/末は確実に近づいているので早めの構想・執筆をお願いします。
・・・
20081128>>>2009年度年賀状作成準備に入る
11月も後3日!
いよいよ師走はそこまで来ている。
師走と言うと年賀状だ!
昨日今年中に手元に届いた住所変更通知と喪中による年賀辞退の報の整理を行った。
それぞれ約20通弱と比較的少ない。
それだけアナログ的な情報流布からデジタル化への移行が進んでいる様に感じられる。
今年も年賀状作成は例年通りYSPS研究所として約600通出す予定である。
この「なんアラ」ブログ閲覧戴いている大多数の方々にも送付することになる。
文面などまだ考えていず、例年とあまり変わらないが「なんアラ」出版がいよいよ当面目標の10号に達し、記念講演会を川口で開催することを表記するのがメインとなりそうだ。
上記喪中通知の中で「なんアラ」サポーターであり、通巻7号に執筆戴き福岡講演会には御本人に代わり奥様に御出席願ったHBさんからのハガキが気になった。
つまり昨年末にお父様を亡くされ、その喪中ハガキに自筆でお母様のことが記載されていた。
つまり一年で一度に御両親を亡くされたことになる。
心より哀悼の意を表したいと思っている。
私も来年で父の7回忌となり、母の介護に奔走されている毎日なので他人事では済まされないものを感じている。
人生の深さを感じさせられる毎年の時期に来ていることを認識すると共に、自分も着実に1歳歳を重ねていることを実感せざるを得ない年賀状作成作業である。
・・・
20081129>>>「源氏力」?
今年は紫式部が「源氏物語」を書いてから丁度1000年経って記念すべき年とされている。
そしてマスコミが騒ぎ立てていろんなイベントが各地で実施されていると共に、テレビ・ラジオでもシリーズで特集が組まれ、わたしも何度かその番組を見聞きする機会に遭遇した。
更に年初より博物館・美術館で「源氏物語絵巻」に関する展示も盛んに行われ、そのいくつかにも参加してきた。
その中には「なんアラ」通巻6号で執筆いただいたSSさんが関与されているものもあって親しみを持って鑑賞できることは有り難いことである。
又出版業界はその売らんかな商法で、各出版社はこれでもかと次々と特集記事・新書出版を目白押しに搬出してきた。
昨日又集英社新書から11/19出版された「寂聴と磨く源氏力全54帖一気読み!」を本屋で購入した。
早速読み始めたが、この「源氏力」と言う言葉に新鮮味を感じ、どうも一気に読破する勢いである。
確かに「源氏物語」は「枕草子」に比べて難解で、受験生時代にもあまりよい記憶として残っていなかった。
今年はこのブームに便乗して何冊かの新刊出版本を読んできた。
先日読み終えた「源氏物語ものがたり(紫式部に取り憑かれた9人の男たち)」(島内景二著新潮新書刊)も読み応えがあり、日本人としてこんなことも知らなかったのかと恥じ入った次第である。
この機会に「源氏力」(?)をしっかり身につけると共に、他の文学にも更に興味を持って、外国人の日本文学に対する関心に負けないくらいには勉強したいと意欲を示しているこの頃である。
・・・
20081130>>>お袋の介護
「なんアラ」では出版本の中や、このブログでも介護の問題を度々扱っているが、実際にその場に立つとなかなか思うようにはことが運ばない。
「なんアラ」奈良講演会が11/8に終わってほっとした翌日お袋が入所していたショートステイから電話がはいり、発熱・食欲不振で急遽入院したとの連絡が飛び込んだ。
流石に直ぐに奈良から飛んで帰るわけに行かず、当面の対応を娘に託し、家内と私は翌日の夕方病院に駆けつけたが、様態はあまり芳しくは無かった。
その後院長との話し合いを何度も続け、いろんな検査結果を参考に看護・介護の仕方についても指導を受けて、漸く昨日退院をした。
入院日数は今年の夏に入院した3週間とぴったり同じであった。
そして昨夜重湯を作り、栄養剤と共に摂取する自宅療養を開始したがなかなか思うようにはいかない。
今朝もオール電化した電気炊飯器で0.5号のおかゆを炊いてみたがさてその出来はこれから見ることになる。
いずれにしても看護・介護は長期戦なので焦らずに事を運ばないと取り返しがつかない事態を招くことを念頭にやはりNaturallyをモットーにしたいと思っている。
家内には又苦労をかけるがよろしく頼む!!!
本日はこれから自治会のウォーキングが実施される。
天気は良いので気晴らしには持って来いの気候だ。
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「なんでもアラカルト」2008011前半(11/2-16)まとめ(20090201転記)

2009-02-01 15:43:11 | Weblog
「なんでもアラカルト」200811前半(11/2-16)まとめ
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20081102>>>「なんアラ」奈良講演会準備:本はウーロン茶ダンボール3個
「なんアラ」奈良講演会準備作業は順調に進んでいる。
先月10/28「なんアラ」ブログでイラスト・シールプリント集の創刊号~通巻9号までをまとめた画像を紹介したが、昨日で漸く創刊号~通巻9号の出版本CD付き完成本、合計180冊分を作製終了して、ウーロン茶の段ボール箱(2L入り6本入り)3個にすっきりと収まった。
添付画像がそうであるが、10/28「なんアラ」ブログのイラスト・シールプリント集画像と合わせると我が愛車のトランクは既に満タンとなりそうだ。
その車の方もひと月前倒しで、定期点検を受け、バッテリー交換も含めて昨日ドック入りを果した。ついでに冬用のスタッドレスタイヤにも交換しておいた。
我が愛車は既にディスコンとなっているトヨタマークⅡで、走行キロ数は14万キロに達している。
私の体同様に労わってやらなければならない。
松田出発予定の11/6までもう片手の指で数えられる所まで近づいた。
「なんアラ」奈良講演会準備としては、イラスト原画や、当日のビデオ撮影・デジカメ・アナログ写真撮影準備、パソコンでの液晶プロジェクター準備などまだまだ後を絶たない。
更に奈良講演会前後での行き先確定に伴った訪問・見学先の下調べもかなりの時間を有すると考えている。
まずは体調管理に気をつけよう!!!
・・・
20081103>>>「なんアラ」奈良講演会を挟んで恐怖の11連戦始まる
「なんアラ」通巻9号出版記念奈良講演会はいよいよ今週の土曜日11/8に開催される。本当に秒読みとなった。
そしてその11/8を挟んで明日から11/14まで毎日何らかのイベントが入り、恐怖の11連戦となることが判明した。
まずは明日から火水曜日、来週は火水木曜日と塾の講師授業が連続する。
通常は月水金曜日と一日ごとに塾が入るように選択してきたが、私的な要因で休む場合はこちらの責任で曜日変更をすることが必須となっている。
又日曜日が祭日と重なると翌日の月曜日が振替休日となるケースが増えているが、この場合も生徒との交渉で曜日変更をする必要がある。
と言うことで、今週・来週と塾講師が上記2連戦、3連戦となってしまった。
尤も来週の3連戦は11/14の金曜日にスガ試験機講演会が入り、前倒しで木曜日に振替日が決まったせいである。
いずれにしても塾講師が有る日は帰宅が夜11時近くになるので、2連戦でも少々疲れるが、3連戦はちょっと危ない感じがしている。
特に3連戦の前日に奈良講演会旅行から帰宅し、3連戦の翌日に別講演会が入ると言う離れ業なので更に体調管理が必要となる。
11連戦前日となる本日での体調はまず充分なので、それを持続するためにもインディアカにこれから出かける予定である。
実は祭日は月曜日(通常インディアカは月金曜日が定例日)でも休みなのだが、特別に今日は開催するとのこと(11/23が松田町のインディアカ大会が迫っている。)で張り切って行ってきます。
・・・
20081104>>>「なんアラ」奈良講演会直前ドタキャン始まる?
昨日はほぼ一日かけて「なんアラ」通巻9号出版記念奈良講演会の準備と、前後で廻る予定の訪問先3箇所(生駒・橿原・奈良)と見学先9箇所(東大寺・興福寺・薬師寺・室生寺・当麻寺・栄山寺・金峯山寺・法隆寺・中宮寺)の下調べ(ネットによる寺・地図情報収集)を終了した。
いよいよ奈良講演会参加者の最終確認に入ろうと昨夜から創刊号~通巻8号までの講演会参加者名簿に今回の通巻9号の参加予定者を加える作業を始めた。
そして今朝のメールを開封してびっくり!
早速ドタキャンの知らせであった。
特に執筆者でもあり、ミニ講演会の最後のとりをお願いしていたTNさんからの突然の不参加表明の知らせで少々ガックリである。
でもそんなことを言っていられない状況なので、正しく臨機応変に対処すべく当日式次第を変更することにした。
何せ現在で参加予定者27名なので、その分の資料のコピーもバカにならない。
それを変更するとなると更に問題は増える。
今日明日(いずれも午後2時過ぎから夜11時までは塾講師に時間を取られるので午前中のみ)の最終確認後、セブンイレブンでA3コピーをするつもりである。
場合によっては少々小さくて申し訳ないがA4両面コピーで我慢いただくかも知れない。
このパソコンを持参してホテルからもオンラインで情報収集に努めるが、11/8の午前中まで本当のドタキャンも覚悟しなければならない。
私的対応では、お袋のショートステイの施設への送り迎えも懸念点の一つで、今日これから施設に電話をして最終確認をする予定である。
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20081105>>>「なんアラ」奈良講演会ドタキャン続く
昨日の「なんアラ」ブログで、通巻9号出版記念奈良講演会のドタキャンが始まったことを述べた。
そして昨夜塾から帰宅したら、電話で連絡が有り、更に3名のキャンセルがはっきりした。
これで現時点の奈良講演会参加者は24名となった。
当初予測の252±3名にはまだ入っているが、下方修正は余儀なくされている。
これから「なんアラ」通巻9号執筆者で滋賀県からの唯一参加予定者であるFTさんに電話連絡するつもりだが、是非良い回答を期待したい。
そして出発直前の持ち物最終確認(講演会当日のスケジュール表変更も含めて)と買出しに午前中を使い、午後からは「なんアラ」奈良講演会前の最後の塾講師に出かける予定である。
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20081106>>>「なんアラ」奈良講演会参加者24名確保
昨日のこの「なんアラ」ブログで奈良講演会へのドタキャンが続いていることを述べたが、最後の砦と言う意味で意を決して滋賀県彦根城博物館のFTさんに直接電話をしてみた。
まずは最初のFTさんの声の感触がどうも良くなく、これはダメそうだなと腹をくくりながらも会話を続けているうちに一途の望みが有りそうな雰囲気になってきた。
畳み込んで今回「なんアラ」通巻9号で執筆願った「ひこにゃん人気」の話題を持ち出し、最近ニュースで流れたキャラクターが集まったことや「せんとくん」と「なーむくん」の仲たがいを「ひこにゃん」が仲直りさせたことを熱く語り、是非奈良講演会への出席を要望した。
そしてついに半日休暇を取っていただき、参加していただくこととなった。
FTさんには本当に申し訳ないと思っているが、11/8のミニ講演をとても楽しみにしています。
ありがとう御座いました。
これで11/8は24名の参加が確定したことになる。
まだ当日のドタキャンは覚悟しているが・・・。
7時前の「なんアラ」ブログ記載となったが、これから準備をして奈良に出かけます。
どうも関西の天気は11/7,11/8と悪いようだが、何とか小康状態を保つことを望んでいる。
では行って来ます。
明日の「なんアラ」ブログは奈良のホテルから記載する予定です。
お楽しみに!!!
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20081107>>>「なんアラ」奈良旅行初日
昨日9時過ぎに松田を出発し、予定通り14時過ぎにJR奈良駅前にあるコンフォート奈良ホテルに到着した。
奈良市内で少々迷ったが、ホテルの4台しかない駐車場も確保できて、これで11/10までのこのホテルを拠点とした活動の基盤が確立した。
ホテル最上階の8階からは高架となったJR奈良駅が見渡せ、その向うに明日「なんアラ」通巻9号出版記念講演会となる「なら100年会館」の屋根が見える。
昨日はタクシーで東大寺南大門に行き、約2時間弱周囲を散策した。
幼い頃、そして文化財関連活動を多くのメンバーとやっていた頃、何度か来た所だが、こうしてゆっくりと自分のペースで廻るといろいろ違ったものが見えてくる。
特に印象が残ったのは、大仏を側面から眺めた際の後背の厚みの凄さに驚いたり、参拝客が全く見られない大仏殿斜め後からの眺望、二月堂の均整の取れた姿、東大寺開山堂の境内にそれとなく放置されていた松明(添付画像)、そして最後に外から見た正倉院の校倉造とそれぞれ期待以上の雰囲気を得ることが出来た。
本日は午前中雨だが、午後から天気に期待しながら、生駒の元興寺保存修復研究所、薬師寺、室生寺、奈良文化財研究所藤原の順で廻る予定である。
ではまずは朝食に行きます。
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20081108>>>「なんアラ」奈良旅行2日目
いよいよ本日は「なんアラ」通巻9号出版記念奈良講演会である。
この後朝食を済ませ、大量の荷物を車に積み、ホテルから数百メートルの距離にある「なら100年会館」に向うことになる。
まだドタキャンの知らせは受けていないが、何が起こるか分からないサプライズイベントであるだけに予断は許さない。
成功を期待したい。
本日の「なんアラ」ブログは昨日の奈良旅行2日目の様子である。
一部本日の「YSPS研究所」ブログに関連記事を記載しているので、重複しない部分を取り上げたいと思う。
昨日はYSPS研究所が関連する生駒と香具山訪問を2箇所実施し、前者は「なんアラ」通巻3号で執筆いただいたFMさんが居られる場所で、後者は通巻9号執筆者のNIさんが在籍されている場所である。
FMさんは現在エジブト出張中で不在であり、NIさんも御都合が付かないとのことであったが、少しの時間でも参加をと要請しておいた。
ひょっとするとサプライズ参加があるかも知れない。
上記2箇所を除いて昨日は更に2箇所の文化財施設を見学した。
一つは薬師寺で私は今年で3回目の見学となる。
ぬ1回目は今年初め薬師寺管長の秘書を務められている方に詳細な案内を戴いた。
その奥さんが小学時代の同級生で、本日「なんアラ」奈良講演会に参加いただくことになっているKTさんである。これもアナログ人脈ネットワークの妙であると感じている。
2回目は日光・月光釈迦如来像が東京に初めて遠征して東京国立博物館で薬師寺展を開催された時である。
今回は改めて本来の位置にある国宝7個をしっかりとこの目に叩き込んでおいた。
そして奈良県の西部三重県との県境近くに位置する女人高野と言われている室生寺に向った。
雨上がりのしっとりとして人気がない静かな国宝五重塔の姿は崇高な雰囲気に包まれていた。
画像を参照いただきたい。
それ以外にも国宝室生寺金堂・本堂、そして釈迦如来立像、十一面観音像、釈迦如来坐像と薬師寺を含めると本日だけで一度に13個の国宝の実物をこの目で眺めたことになる。
そろそろ朝食の時間である。
ではその後「なんアラ」奈良講演会に向って準備作業に入ります。
明日の「なんアラ」ブログをお楽しみに!!!
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20081109>>>「なんアラ」奈良講演会盛況裏に終了
「なんアラ」奈良講演会は本当に予定通り、皆様の御協力により盛況裏に終了した。
遠く埼玉から来ていただいたTTさんを始め多くの地元奈良県を中心に関西圏の方々が駆けつけてくださった。
総勢24名はまったく予定通りでドタキャンは無かった。
添付の画像は一部撮影の時間帯に居られなかった方を除いて、その数の多さがお分かりになったと思う。
昨日の夜小中の同窓生6名と遅くまでダベッテいたので、今朝は少々声が出なくなった。
ただこのブログは何とか記載できた。
ではこれから当麻寺・栄山寺・吉野を廻り、奈良市写真美術館に出かけます。
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20081110>>「なんアラ」奈良旅行4日目
「なんアラ」奈良講演会も、皆さんの絶大な御支援のお陰で無事終了したことを昨日のブログで御紹介した。
ちょっと気が緩んだ所為も有って、昨日の朝の体調は最悪状態で、鼻水ダラダラ、声はほとんど出なくなった。
そんな状態でも、ほぼ予定通り、当麻寺、栄山寺、吉野金峯山寺、そして入江泰吉奈良市写真美術館を歴訪した。
当麻寺では8つの国宝中7個を栄山寺、金峯山寺ではそれぞれ2個の国宝をしっかりこの目に焼き付けておくことが出来た。
添付画像は国宝当麻寺西塔より眺めた東塔の姿である。
なかなか良いショット(?)だったと思っている。
そして最後の美術館ではきしくも入江泰吉の撮影した仏像展が「なんアラ」執筆者でもあるKSさんの企画で実施されていて、この3日間で廻った多くの仏像の姿を再度詳細に眺めることが出来た。
いよいよ本日は奈良旅行の最終日、体調は昨日よりは少々良くなっているので、法隆寺・中宮寺を訪問した後、最後無事に帰宅する予定である。
頑張って行こう!!!
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20081111>>>「なんアラ」奈良旅行最終日法隆寺を見学後無事帰宅
体調はあまり芳しくなかったが、声の方は漸く少しコミュニケーションできるまで回復した。
ホテルから法隆寺まで30分は要しなかった。
月曜日なので観光客も少なく、ゆっくりと約2時間半国宝ラッシュの建造物・仏像・展示物を思う存分鑑賞できた。
事前調査以上の感激を受けたもの、こんな物かと少々気落ちしたもの、思ったとおりの物、それぞれの感慨を持ちながら30件前後の国宝を含めて頭の中は混乱一筋の感じであった。
隣接する中宮寺の静かな雰囲気の中に居られる弥勒菩薩はまた違った感慨を持ったものだ。
以上の国宝漬けの中でも人が入らず国宝五重塔と金堂が2ショット撮影出来た画像を添付する。
その後、義姉とJR法隆寺駅で分かれたのは丁度12時であった。
そして西名阪法隆寺インターで高速に乗ると、名阪国道・伊勢湾岸道路・東名を経て16時半ぴったりに大井松田インターを降りることとなった。
実に快適なドライブであった。
まずは無事帰宅できたことに感謝し、更にはこの「なんアラ」通巻9号出版記念奈良講演会に協力いただいたあらゆる方々に改めて感謝したいと思っている。
ありがとう御座いました。
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20081112>>>「なんアラ」奈良講演会から帰宅後平常生活へ
4泊5日の「なんアラ」奈良講演会から帰宅して、一夜が明けたが、昨日はまずいつもの町医者に通院し投薬を願った。
そしてまだ声が充分出ない中、塾講師を何とか済ませ、漸く平常生活に戻りつつある。
ただ今日・明日と連続で塾講師が続くため、医者が言ったなるべくしゃべらない方が良いとの診断もちょっと無理がある。
まあ睡眠が最大の治療となるので、午後2時過ぎから出かける前に又一眠りすることにしよう!
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20081113>>>「なんアラ」奈良講演会後平常生活へ(その2)
昨日から一夜明けたが風邪の症状は然程良化していない。
特に咳が酷く、塾講師でしゃべるのにとても傷害となる。
本日の3駒を何とか終了させた後、3日間の休養としたいと思っている。
なぜそこまで頑張るのかと言うと2つの意図がある。
一つは来週から担当している中学生3名の期末試験で最後の追い込みであることと、もう一つはドタキャン回避である。
「なんアラ」出版のための資金的サポートでスタートして1年半が経過し、その中で最も気になったのがドタキャンであった。
つまりドタキャンに対する罪悪感がとても薄れている様に感じられている。
今回の「なんアラ」通巻9号奈良講演会では最もそのドタキャンを恐れていたが、結果として24名全員の出席を願えた。
そのことがとても嬉しく感じられると共に、逆に自分はドタキャンを出来ないと言うことに繋がっている。
でも塾講師は何とか全う出来たとしても、本日予定していた午前中のこの自治会有志によるウォーキング会のドタキャン、明日のスガ講演会のドタキャン、そしてその日に予定していたMIさんとの会談ドタキャンと3つのドタキャンを作ってしまったことには間違いない。
関係者にはご迷惑をお掛けしお詫びいたします。
と言う訳で、本日の塾講師を全うするためにも朝食後又睡眠を取って午後2時過ぎに出かけていくことにする。
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20081114>>>「なんアラ」奈良講演会後平常生活へ(その3)
昨日の「なんアラ」ブログで述べた塾講師3連チャンは何とか無事終了できたが、小田急の事故による遅れも有って帰宅は夜の11時となった。
体調は相変わらずで、復調程度は約50%位である。
「なんアラ」奈良講演旅行出発前に宣言していた11/4からの11連チャンは昨日で途切れて、10連チャンで終了することにした。
本日予定していた東京出張は取りやめ、自宅療養に努め、来週は月曜日から本当の意味での平常生活に戻れるように努力するつもりである。
さてここで家内のテニスの話を久しぶりにしてみよう!
「なんアラ」講演会は出版月となる4,10月の翌月である5,11月の中・下旬を原則として過去8回の日程を組んできた。
しかるに今回の奈良講演会が11/初旬となったのは家内のテニスと関係しているのだ。
つまり1年前の神奈川県女子テニスダブルストーナメントの試合が11/中~下旬に予定されていて、家内から是非奈良講演会旅行の日程を11/上旬にして欲しいとの要望が有り、11/8に奈良講演会を決定して、前後の旅行も当初は11/7~11に組んでいた。
しかし不思議なものでそのテニスの試合日程がわざわざこの「なんアラ」奈良講演会日程にぶつかってきたのである。
最初は憮然としたものだが、何とか折り合える日程を考えて一日前倒しをして、家内のテニス試合日程(11/11~13)にも間に合う11/6~10を奈良講演会旅行日程としたわけである。
そして何と昨夜塾講師の帰りに携帯電話をかけたらそのテニスの試合に優勝をして、ささやかな祝賀パーティを開催していたと言うからびっくりである。
私の不甲斐無い体調不良と比較して、改めて家内の体力・精神力に驚いている。
このトーナメントは第41回ともなる歴史を持っていて、参加チームも今回は一般の部が64チーム、50歳以上が32チームと多いのに対し、家内が出場した60歳以上は6チームと少なかったが、優勝することで来年以降の歴代優勝者名に名を残すことなり、本当に嬉しいことである。
以上家内の爪の垢を煎じてのみたい心境を述べてみた。
・・・
20081115>>>「なんアラ」奈良講演会後平常生活へ(その4)
「なんアラ」奈良講演会後平常生活へ(その4)と言うタイトルを挙げていることは、まだ体調が充分復帰していない証拠である。
昨日ほとんど一日寝ていたが、一進一退を繰り返しただけで、あまり目に見えた良化は実感できなかった。
これからお袋の精神科代理受診(お袋は「なんアラ」奈良講演会の翌日ショートステイ中、食欲不振で別病院にまたまた緊急入院している。)した後、私の風邪の症状に対しての受診をし、又もや病院の梯子となりそうだ。
ただ何とか平常生活に復活すべく、本日配達される予定の土日食材を担当夕食料理に繋げたいと思っている。
まあ焦らずにボチボチやっていこう!!!
・・・
20081116>>>「なんアラ」奈良講演会参加者へのお礼メール
今回の体調は一気に復活はせずに徐々にしか戻りそうにない。
現在60%回復と言った所だ。
昨日も再度通院し、投薬で就寝前の散薬を貰って、就寝中の咳も少々少なくはなったが、まだまだ咳き込むと寝れない状態は続いている。
時間の解決を待つしか無さそうだ。
昨夜の夕食担当も無事終了したし、平常生活に戻りつつはある。
さてそんな中、11/8の奈良講演会から丁度1週間が経過したので、昨日メールアドレスをお持ちで「なんアラ」奈良講演会に出席願った8名(別件で既にお礼のメールを差し上げている5名は除く)の方々にお礼のメールを差し上げた。
早速、京都から参加のHYさんから下記返信メールが来た。
「なんアラ」講演会で目指しているアナログネットワークの拡大そのものであると思い嬉しくなった。
・・・・・
<以下HYさんからの返信メールの一部>
講演会では、いろいろな分野の、またいろいろなキャラクターの方達のお話を聞かせていただき、楽しませていただきました。
また、JR奈良駅までRKさん、FTさんとお喋りしながら帰り、FTさんとは奈良から京都まで1時間ちょっと、いろいろとお喋りしながら帰りました。普段とは違う分野のお話ができて、楽しいひと時を過ごさせていただき、FTさんとも「異分野の方とお話できるのも、YSさんのおかげですね」と話合っていました。
・・・・・
昨日は以上のお礼メールの他に、メールアドレスをお持ちでない方々に直接電話によるお礼を含めた会話も行った。
昼間は奈良県の榛原町から来ていただいたIKさんに、夜は葛城市(元新庄町)から来て頂いたYTさんである。
まだ声が充分でないので、途中でかすれたり、裏返ったりしながらもそれぞれ30分近くもお話した。
やはりアナログトークは楽しいものだ。
後、数名の方に連絡できていないが、本日中にはしておくつもりである。
コメント
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「なんでもアラカルト」2008010後半(10/17-31)まとめ(20090201転記)

2009-02-01 15:39:52 | Weblog
「なんでもアラカルト」200810後半(10/17-31)まとめ
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20081017>>>久しぶりにインディアカ
「なんアラ」ブログで何度も登場しているインディアカであるが、週に2度月曜日と金曜日と決まっている。
そしてそれが屋外なのである。
従って雨が降ると中止となる。
そして月曜日が祭日だと又休みなのだ。
最近月・金が雨が多いことと、月曜日の祭日が多いこととが重なって暫くインディアカに参加していなかった。
そして、いよいよ今日は天気が良さそうだし、張り切って参加するつもりである。
しかしその前に8時から東海大病院での定期健診が有り、これから出かける。
ちょっと忙しいのでこの辺で・・・・。
・・・
20081018>>>「なんアラ」出版活動とオール電化
本日の「YSPS研究所」ブログでオール電化進行中の話題を取り上げたが、「なんアラ」出版活動でも大いに影響するテーマであるので、重複しない話題を取り上げたい。
まず今日の日経新聞の増刊号のテーマが何とタイムリーに「オール電化に変えますか?」だった。
現在国内でのオール電化普及率は約10%程度らしい。
そしてメリット・デメリットに関するアンケートも実施されていて、メリットの4項目は予想通りのエコと快適さをうたっていた。
デメリットの方は現在私もちょっと戸惑っている調理器具の限定と、突然のお湯の大量使用に対する懸念点の二つであろうか?
いずれにしても昼間(AM10゜-PM5゜)に対する夜間(PM11゜-AM7゜)の電気代が1/3以下であることが大きなポイントである。
今後このポイントを認識しながら屋外に設置されたデジタル電機メーターとのにらめっこが続く。
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20081019>>>「なんアラ」での宗教ジャンルの取り扱いについて
先日(10/12)に実施されたFF中研同窓会(翌日の10/13「なんアラ」ブログでも記載)に参加されたKSさんからメールが届き、「なんアラ」が宗教を扱っていないと言うコメントがありましたので、KSさんへの本日の返信メールを下記に掲載して、「なんアラ」での宗教の位置づけを明確にしたいと思います。
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<以下KSさんへのYSの返信メール(20081019)>
「アラカルトの分類に宗教がないのが、現代的だなと思っております。」との件ですが、
特に宗教を無視しているわけではなく、敢えて言うと哲学の中に価値観、人生のジャンルを設けていて通巻9号までで、各13件、19件の多くの投稿が有ります。宗教はある意味で人生を見つめ直す「なんアラ」のタイトルそのものとも思われます。私も今まで、「常識として知っておきたい世界の三大宗教:仏教・キリスト教・イスラム教」(これは現在の世界各地で起こっている紛争を理解するために・・・)、「日本の10大新宗教」(これは天理教・大本・創価学会・PL教団など詳細に記載)を読んで一応勉強しており、各「なんアラ」の「発刊にあたり」でも時々紹介しております。但し一つの宗教に関してのエッセイはこの「なんアラ」の主旨には反しますので投稿を取り上げておりません。
本屋さんには宗教の本が多くありますが、その棚に宇宙に関する科学本も含まれているのを見て、ちょっと違和感を持つと共に若い人達(否年齢は関係ないかも知れませんが・・・)が一つの宗教に被れて行くことを懸念しております。
東京工芸大で年に1度「文化財的Archival教育」のタイトルで特別講義を実施しています(今年は10/10でした。)が、学生達は人生・宇宙の言葉に敏感に反応します。宗教がその延長線にあると思っている人も多いです。数年前に米子に行った際、偶然大学受験に来ていた高校生と居合わせ、その2年後に再会しましたが、大学生となった彼女は家族もろとも宗教被れしていて、人がすっかり変わってしまったのを今でもはっきりと憶えています。宗教の怖さを実感した瞬間でした。
「なんアラ」はあらゆるジャンルのエッセイ・イラストをコンバインしたものですが、その全体が宗教では無いかと言う人が居ます。確かに通巻9号まで来ると私自身も継続の難しさと同時にその責任の重さも受け止めているいるつもりです。
従って当面の目標である次回の通巻10号出版以降は、少しペースダウンしながら、「なんアラ」の着地点を模索していきたいと思っています。
・・・・・
以上が「なんアラ」編集者としての私の考えですが、読者の御意見を頂ければ幸いです。
・・・
20081020>>>「なんアラ」通巻9号用シールプリントとたこ焼き
「なんアラ」通巻9号奈良講演会も後半月少々となった。
当日スケジュールもさることながら、持参すべき「なんアラ」関連物を揃えるのに苦労している。
その内、イラストシールプリントは現在新潟フジカラーで製作し、それを6枚カットを単位で購入している。
今回の奈良講演会は我が町松田で開催した「なんアラ」創刊号松田講演会に匹敵するくらいの多数の参加者が見込めるとあって、いろんなグッズも出来るだけ揃えて、通巻10号以降の資金としたいと思っている。
そこでシールプリントは6枚カットシートを購入後裁断して、それをメイシサイズの透明ファイルに挿入して完成品(25~28枚入り)として1冊1000円で販売することになる。
今回創刊号からのバックナンバーに遡って見直して、14シート分(各25~28シートなので相当な数になる。)を発注したが、当YSPS研究所に昨日それが到着した。
早速通巻9号の追加発注分(合計36セット)から加工を始めたが、その前に買出しに行ってきた名刺サイズ透明ファイルの品切れで、全体を半分の数に減らさざるを得なかった。
結局シールプリントは創刊号から通巻9号まで平均15セット(9号分だから全部で135セットとなる。)揃える作業が数日かかる予定である。
さてその「なんアラ」作業の合間をぬって二人の孫の要望でたこ焼きを作ることになった。
もう20年近くやっていなかったので、卓上ガスコンロは見つかったものの、遂にたこ焼きホットプレートは発見できず、1500円を叩いて一昨日たこ焼きの材料と共に購入してきた。
そして小麦粉250gと添付画像のホットプレート(1回で14個出来る)を使い、5ラウンド合計70個をせっせと作った。
来年小学に入学予定の孫もやけどに注意しながらも丸く出来上がったたこ焼き作りに挑戦して満足そうであった。
連続する「なんアラ」作業の谷間のホットする時間であった。
・・・
20081021>>>「なんアラ」奈良講演会スケジュール概略
11/8開催予定の「なんアラ」奈良講演会に向けて準備は着々と進行している。
その様子はこの「なんアラ」ブログで逐次述べているが、ここでまとめて当日のスケジュール概略を記載する。
「なんアラ」出版後ひと月以内で開催している出版記念講演会は、我が町松田町をスタートして、東京・京都・米子・鳴門・仙台・福岡・札幌を経由し私の誕生県である奈良県の奈良市内に到着することになる。
今までの8回の講演会の内、松田町は30名、東京は17名と盛況で、京都・米子・鳴門・福岡は13,12,14,11名とまずまずであったが、仙台・札幌は一桁台の6名であった。
会を盛り上げるためにいろいろ工夫をして少人数の講演者に相当する事前ビデオ撮影を当日会場で流すなど苦労をしてきた。
今回の奈良講演会はガラリと変わり、初回の松田講演会に匹敵する参加者になることは間違いないところまで漕ぎ着けた。
従って、今回は事前ビデオ撮影は中止し、欠席者メッセージのみを当日紹介することにした。
メインは11/8に出席いただける30名弱の方々のミニ講演・ミニスピーチをどのように振り分けるかがポイントとなっている。
まず私を除いて出席者の約半数12名の「なんアラ」執筆者によるミニ講演を戴く。
これが一人10分前後(5~15分)で約2時間。
執筆者の私との繋がりで、学生時代(小中・高・大)、写真関係、学会、文化財、そして身内と分類した。
この方々を3つのグループに分けて、各40分にするつもりだ。
会場に到着される時間帯が微妙に異なるので、当日は臨機応変に変更を余儀なくされそうだ。
イラスト原画の展示や「なんアラ」バックナンバー、イラストハガキ・シールプリント集の即売会を約40分、「なんアラ」主旨説明・開会・閉会の話し、写真撮影、そして参加者全員の3分間スピーチを残りの2時間で納めなければならない。
今まで続いた少人数講演会とは大幅に異なったものになりそうである。
人数的には初回の松田講演会とほぼ同じになるが、その時はのど自慢やピアノ演奏で盛り上がった記憶がある。
それももう4年も前のこととなった。
まだまだこれから悩みが続く日々を半月過ごすこととなる。
・・・
20081022>>>「なんアラ」地域密着HPの地図上掲載に向けて
「なんアラ」の経済的母体であるYSPS研究所として、現在日経新聞を購読している。
その朝夕の配達元である秦野市の新聞屋から先日チラシが入っていて、地域密着型のホームページを開設し、その中に地図で見られる・探せるカタチを実現しようとする動きが有った。
しかも写真と15文字のロゴまでは無料で行うことが出来るとのこと!
早速詳細をメールでやり取りして、写真は必要ないので、ロゴを増やしてくれるように交渉した。
そして昨夜その原稿を送付した。
果たして無修正で掲載されるかどうかは不明だが、出来上がると又一つ「なんアラ」の宣伝活動が増えることになる。
楽しみにして待とう!
以下掲載予定の内容である。
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YSPS研究所
新規出版本「なんでもアラカルト」発売中!
<写真に替わる添付のロゴ>
セブンイレブン秦野菖蒲店(R246寄入口信号)でエッセイ・イラスト25編を収めた新規本(CD付)「なんでもアラカルト」を1冊1000円で発売中!
現在創刊号~通巻9号の9冊のバックナンバーを取り揃えています。通巻10号は2009.4発売予定!
是非お立ち寄り下さり、受付で何号購入と申付け下さい。
各号の詳細内容は下記アドレスへ御連絡下さい!
yoshio_seoka@ybb.ne.jp
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20081023>>>「なんアラ」現在・過去スポンサー4社と一挙会談
昨日横浜の「ワークピア横浜」で開催された、遠藤科学60周年記念フォーラムに参加した。
オリンパスやスガ試験機の講演会を聞いたが、詳細は「YSPS研究所」ブログで紹介したい。
今回の出席目的はYSPS研究所に関係する保存科学の情報を入手することが主目的であったが、同時に「なんアラ」創刊号から通巻9号まで継続してのスポンサーである遠藤科学さん主催のイベントに参加することであった。
担当のMAさんにも会えたので満足出来る半日であった。
そしてまったく遠藤科学さんと同時期に「なんアラ」スポンサーを継続いただいているヤマト科学さんにも挨拶することが出来たが、担当のHHさんが職場異動をされたとのことで直接お会いできなかったのが残念であった。
もう2箇所のブースで元「なんアラ」スポンサーにも挨拶をしてきた。
一つは創刊号より通巻7号まで継続してメインのスポンサーを務めていただいたスガ試験機さんでこちらも担当だったTAさんは昨年12月に退職されたので、少し寂しい気持ちになった。
ただ若い方々の熱意に溢れる説明は頼もしいものがあった。
更に創刊号から通巻3号まで「なんアラ」スポンサーとしてお力沿い戴いたエスペックさんにも挨拶をしてYSPS研究所としての今後のお付き合いについて話を進めておいた。
以上合計10名の方々と名刺交換が出来、今後の「なんアラ」出版活動にも良い影響が出るものと期待している。
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20081024>>>2つのエコのその後
9/5&6の「なんアラ」ブログで2つのエコ活動を述べたが、それから二ヶ月近く経過して、その後の進展が気になるところである。
まず週に2回の夕食担当の買出しは結局、食材配送にすっかりお願いするパターンで定着した。
曜日が土日から木土に変化した。
これは配送会社が日曜は定休日で土曜日も隔週定休であるからなのだ。
もう一つは以前から家内からウィークデイの夕食の依頼もあったので一挙両得と言ったところだ。
但し問題は食材を受領する時間帯に待機する必要が有ることがちょっと負担になっている。
現在は時間指定でお願いしていて何とか予定に繰り込んでいる。
もう一つの難点は2~3週間先の申し込みをしなければならないことだ。
従って長期(一ヶ月先)の夕食メニューを念頭に入れて計画を組んでいる。
その様な関係で、出張が重なることで来週の夕食担当は土日で私が買い出しに行くいつものパターンが復活することと、その次は「なんアラ」奈良講演会出張でパスして2週間食材配送はお休みとなる。
もう一つのエコのオール電化は順調に推移し、IHヒーターも漸くメリット・デメリットが分かってきた。
給湯器内の毎日の使用量(過去1週間記憶している)もパターンが掴めて来た。
そして昨日届いていた電気代金を見て驚いたが、予想以上に少ない料金であった。
まだ14日分(デジタル電気メーター交換からの)データなので明確なことは言えないが、3つの時間帯(夜間・昼・その中間)を旨く意識して(エコキュートはマイコン管理)使用することでなかなか上手な電気代金としてのエコは実現しそうである。
・・・
20081025>>>逆周りのウォーキング
昨日空模様が怪しくていつものインディアカが実施されるかどうかが分からなかった。
そこでインディアカと合わせて健康管理のために継続しているウォーキングのコースを逆に廻ってみた。
いつもはウォーキングの最後にインディアカ会場に到着するコースであるが、そのコースを逆に廻ることにより、最初にインディアカが行われているかがわかると言う企みだ。
結果は小雨が止むまもなく降り続いていることから中止となっていて、インディアカ会場には誰も居なかった。
このウォーキング逆コースは100回以上を数えるウォーキングの中でも初めての試みであった。
元々この5キロコースは高低差約100メートル(まだ計測していないがそれ以上かもしれない。)の山岳コースで、結構ハードである。
それを逆周りすることは上り下りが逆になることを意味している。
最初はあまり通常コースと変わりは無いと思っていたが、予想以上にスタートからの上りは急坂で上りきった地点でかなりバテテしまった。
タイムは48’23”で然程悪くは無かったが、今朝起きてみると結構足に来ていた。
本日は「なんアラ」奈良講演会準備で家でゆっくり休養するつもりだ。
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20081026>>>実りの秋の贈り物>>花梨の実
昨日は大人しく室内で「なんアラ」奈良講演会の準備をしているつもりであったが、創刊号から通巻9号までのイラストシールプリント集各15冊が全て完成したので、夕方夕食当番の前に外に出てみた。
庭にたわわに実っている花梨を眺めているうちに、一気に収穫してやろうと思った。
と言うのは数日前から添付画像の様な花梨の実が一つ二つと落ちてきているためである。
庭の手入れについてはこの「なんアラ」ブログでも時々取り上げているので御存知と思うが、先日も記載した特大脚立の登場は待たなくても既存の3つの脚立(60cmから先日購入した3.6mまで6つの脚立がある。)を駆使して約1時間掛けて合計39個の花梨の実を取り終えた。
早速重さを計ってみたら無傷での最大のものは500gあった。
鳥が突いたり、蟻が穴を開けたもので最大のものは600gを越えていた。
画像からも分かるように平均400gとしても15Kgの実がこの細い枝にくっ付いている情景はとても壮大である。
先日来2つのエコ活動で知り合ったSFさん(通巻10号で執筆予定)に2つあげたらその香の良さからとても喜ばれた。
「なんアラ」ジャンルの植物の項目の中にYSの名前で通巻?号「庭木の一年」のタイトルでずっと掲載されていて、いずれこの花梨の話も投稿する予定ではあるが、いつの事になるやら頼りない。
この花梨の話も含めて、これから剪定予定の松・イヌマキ・ヒイラギ・百日紅と挙げればきりがないからである。
本日はこの辺で・・・。
・・・
20081027>>>「なんアラ」奈良講演会参加予定者へ当日スケジュール送付
11/8の「なんアラ」奈良講演会までいよいよ2週間を割った。
昨日参加予定者の内、電子メール保有者16名に下記内容のメールを送付し、当日出席の最終確認と同時にエッセイスト・イラストレーターの方にはミニ講演(約10分)を、一般参加者の方にはミニスピーチ(3分以内)をお願いした。
本日これから電子メールが無いお二人のエッセイストにファックスを、又電子メール・ファックスどちらも無い方には直接お電話による確認を7名の方(電子メールがあっても開いておられないと予測される方を含む)にする予定である。
これで11/8の最終参加人員が確定することになる。
・・・・・
<以下エッセイスへの送付メール>
「なんアラ」奈良講演会ではお世話になっています。講演会当日まで残り2週間を切りました。
11/8(土)の概略スケジュールを送付いたしますので御確認ください。
参加者は25名前後となる予定です。
??様にはミニ講演(10分前後)を頂きたく、内容はエッセイのことでも結構ですし近況でも何でもOKです。
このスケジュールはあくまでも予定ですので時間帯変更など御要望が御座いましたらお知らせ下さい。
では「なんアラ」活動を盛り上げるために御協力よろしくお願い致します。
・・・・・
今までの8回の講演会から当日蓋を開けてみないとまだまだ予断を許さない(当日ドタキャンや予期しなかった人の登場など)が後は「人事を尽くして天命を待つ」心境だ!
・・・
20081028>>>「なんアラ」イラストハガキ・シールプリント集まとめて作製
「なんアラ」通巻9号出版記念奈良講演会まで丁度10日を残すのみとなった。
準備作業は着々と進行中であるが、昨日奈良講演会に持参するイラストハガキ・シールプリント集を創刊号から通巻9号まで、持参できるスタイルでまとめてみた。
添付画像である。
ハガキプリント集が創刊号から通巻9号までそれぞれ、4,7,9,10,8,13,8,7,8冊と合計74冊となった。
一方シールプリント集は上記と同じく、12,15,14,16,14,14,13,13,19冊と合計130冊を数えた。
これだけで小型キャリーケース1個分ある。
これを金額換算すると何と27万8千円となる。
11/8当日どれだけ購入いただけるか不透明であるが、現在「なんアラ」本制作費用は完全な持ち出しなので、このイラストプリント集で少しでも「なんアラ」出版費用を下支えしたいと考えている。
奈良講演会に出席いただける方は実際にこのイラスト集をご覧になって満足いただければ是非購入頂きたいと思っている。
この後いよいよ「なんアラ」本体へのCD貼り付けした完成本を創刊号から通巻9号までそれぞれ20冊(通巻2号のみ在庫少数のため10冊)準備することになる。
・・・
20081029>>>「なんアラ」奈良講演会ミニ講演①②③のトップバッター確定
一昨日の「なんアラ」ブログで通巻9号奈良講演会のスケジュールを参加者に送付したことを述べたが、主軸となる執筆者・イラストレーターの3つに分けたミニ講演のトップバッターがそれぞれ確定するかがポイントであった。
そしてミニ講演①と③のトップバッターであるYFさんとRKさんからはメールを送付した当日に承諾のご返事を戴いた。
残る②のTTさんからのメールを待っていたら昨日夜行バスで東京から駆けつけて戴けるとのことで頭が下がる思いである。
これで主軸ががっしりと整った。
勿論それ以外の方々からもちらほらとご返事を戴いている。
ミニ講演①の2番目のKYさん、3分間スピーチのHYさんである。
その他の参加予定の方々からのご返事をお待ちしております。
さて今日も昨日「なんアラ」ブログで記載した創刊号から通巻9号までの「なんアラ」出版完成本合計180冊の制作(CDラベル印刷・情報焼きこみ・本体への貼り付け)に力を注ぐことになる。
・・・
20081030>>>奈良の国宝
「なんアラ」発刊出版記念講演会は今回で通巻号数と同じ9回目を数えるが、地元松田と東京目黒そして四国の鳴門を除く5箇所(京都・米子・仙台・福岡・札幌)の講演会前後で日本の国宝に眼点を置いた見学・訪問を実施し、「なんアラ」と連携している「YSPS研究所」、「文化財的Archival教育」とリンクする活動を行ってきた。
今回の奈良講演会もその趣旨からすると持って来いの場所である。
そしてちょっと余裕が出来た数日前から奈良県の国宝を調査し始めた。
予測はしていたがその数の多さにまず圧倒される。
11/6に松田を出発して当日宿泊予定のホテルに入るが、その前にホテルから歩いて行ける距離にある東大寺と興福寺の2箇所を見学することで所有書籍「日本の国宝」11冊の内奈良県版2冊を調べてみた。
何と東大寺関係で28件でその内法華堂関係を除いても20件、興福寺は25件もあることが分かった。
内容をリストアップして2時間程度で見学できるコース順を検討する予定である。
その後は11/7,11/9,11/10の3日分の詳細スケジュールを考えていくことになる。
その前に奈良講演会への持参物準備(まだ通巻4~6号のCD作製・貼り付けが残っている。)を終わらせなければならない。
本日と明日は東京での画像保存セミナーに参加するので時間が取れず、11/1~11/3で一挙に仕上げるつもりである。
・・・
20081031>>>東京出張初日
昨日の東京出張初日は4つの目的で出かけた。
まず11時に東京駅銀の鈴で「なんアラ」通巻9号で執筆いただいたTIさんの奥さんとお会いした。
残念ながらTIさんは本日神戸への出張が決まり、お会いできず昨日の奥さんとの会談となった。
まずお袋の障害疾病保険(奥さんのMIさんは私が加入している保険の担当者)に関して約1時間話し、ほぼ結論が出た。
その後「なんアラ」のセット購入願った4000円を直接受領した。
そして一緒に個人書店銀座店に向った。
印刷・製本担当のKKさんとお会いし、通巻9号製作費用振込みに対する領収書を受領すると共にISBNについていろいろ議論した。
ほとんど有力な情報は得られなかったが、どこに行けばより深く理解できるかが分かっただけでも成果であった。
その後同席されたMIさんと一緒に、通巻9号でTIさんのエッセイ対応イラストをKKさんが描画されているのでそのお互いの感想交換をすることでとても盛り上がった。
画像保存セミナー初日は約1時間半の短いイブニングレクチャーであったが、結構内容の濃い話題提供がなされた。
本日の二日目と合わせて写真画像保存に関する1年に1度の大きなイベントからギブアンドテイクを実施したいと思っている。
最後に初日の短い個人的懇親会をJR恵比寿駅近くで、「なんアラ」サポーターとしてのNMさん、YHさんと実施し「なんアラ」通巻9号の購入もして頂いた。
二日目の出かける時間が近づいているので今日はこの辺で!!!
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「なんでもアラカルト」2008010前半(10/2-16)まとめ(20090201転記)

2009-02-01 15:34:05 | Weblog
「なんでもアラカルト」200810前半(10/2-16)まとめ
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20081002>>>「なんアラ」通巻9号執筆者・イラストレーター17名に本他送付
昨日までに、「なんアラ」通巻9号完成本・ハガキプリント集・シールプリント集を執筆者・イラストレーター御本人の要望に従って、クロネコメール便仕様に梱包した。
全部で19分冊にして発送料をなるべく安くすることを考えたが、それでも合計2320円かかった。
昨日分とその前日も合わせると17名の方々に送付したことになる。
残るは15名分だが、本日・明日で送付完了としたい。
送付内容確認を打診している方はなるべく早くご返事下さい。
そしてその後は「なんアラ」サポーターの方々(200-300名)に案内を開始する予定ですので、その際は御協力よろしくお願いします。
・・・
20081003>>>「なんアラ」通巻9号店頭販売開始宣言とSE秦野菖蒲店での御購入お礼
丁度ひと月前の9/2の「なんアラ」ブログで嘆きとお願いを記載した。
<以下9/2の「なんアラ」ブログ一部>
セブンイレブン秦野菖蒲店に7,8月度の決算をするつもりで電話連絡をした。
結果はゼロ販売で、こちらの楽観的観測とは裏腹に店長から撤退勧告を受けた。
何とか粘って「なんアラ」創刊号から通巻8号までの合計約30冊をカウンター傍に置くことは無理で、別の部屋に置いてもらいお客さんの注文が有った時のみ出してもらうことで合意した。
このままゼロ販売だと間違いなく撤退を余儀なくされるので、このブログをご覧になった方で上記SE秦野菖蒲店に赴いて戴ける方は是非御協力をお願い致します。
私としては何とか「無責任投げ出し」はしたくないので・・・。
・・・・・
それから丁度ひと月が経過して、ちょっとビクビクしながらSE秦野菖蒲店のドアを開けた。
勿論このSEからは通巻9号の発送のために、この2~3日で何十冊も持ち込んでいるので入ることに抵抗があるわけではない。
店長の顔を見て、ホッとした。
いっ気に元の状態(本棚に「なんアラ」見本そして受付カウンター後に販売本を展示)に戻ることは難しいが少なくとも「なんアラ」販売に対して当面継続はして貰えそうな雰囲気は感じられた。
つまりこのひと月で7冊も販売されたのである。
こちらでメール上などで把握されている方はお二人しか居られないので、数名の方々がこのブログ及び直接のお願いメールを読んで頂きSE秦野菖蒲店に足をお運び戴いたことになる。
ここに改めて感謝の意を表すると共に、「なんアラ」はやはり暖かいサポートがあって始めて成り立っていると実感したものである。
販売内訳は創刊号・通巻2,7号が各1冊と通巻8号が3冊、そして何とまだ正式販売表明をしていない通巻9号も1冊販売されていた。
重ねて御礼を申し上げます。
そして10/1に送付して本日到着していると考えられる個人書店銀座店と共に、SE秦野菖蒲店でも本日10/3より「なんアラ」通巻9号も店頭販売することを宣言します。
この「なんアラ」ブログをお読みの「なんアラ」サポーターの方々も是非足をお運び頂き、1冊でも購入願い店長の鼻を明かして(店長には失礼!)戴ける事を大いに期待しております。
・・・
20081004>>>衆議員解散総選挙と「なんアラ」奈良講演会
今話題となっている、衆議員解散総選挙の日程はどのあたりに軟着陸するのであろうか?
世の中の情勢は大揺れの金融関係ニュースや次々と起こる予想できない(否今の時勢では当然なのかも知れないが・・・)出来事に振り回されて、それどころでは無いと言った感じを受けないでもない。
しかし「なんアラ」にとっては衆議員解散総選挙日程はとても重要なのである。
でもその選挙そのものが「なんアラ」活動に影響をするわけではない。
つまり衆議員総選挙の投票日が11/2、11/9のいずれになるのか?
又そのどちらでも無く、大幅に後にずれ込むのかで「なんアラ」通巻9号出版記念奈良講演会に大きな影響を与えるのだ。
仮に投票日が11/2や11/16以降であれば大して奈良講演会には影響しないと思っている。
問題は11/9になった場合、「なんアラ」奈良講演会は前日の11/8なので、投票日前日とあって周囲の騒然さが気になるところである。
しかし最も恐れているのは奈良講演会に参加予定頂いている人々に影響して、欠席となることである。
選挙に関連されている方々はそんなに居られないと想像しているが、何らかの間接的影響は免れないだろう!
最後に大丈夫だと思うが、奈良講演会会場の「なら100年会館」が投票場と関係が無いかを確認しておく必要があると思っている。
いずれにしてもちょっと心配の種が直前まで続きそうである。
・・・
20081005>>>「なんアラ」奈良講演会のためのイラストハガキ・シールプリント追加発注
「なんアラ」通巻9号奈良講演会まで後ひと月近くになった。
30名前後の出席者を目指しているので、その奈良講演会に持参する「なんアラ」関係グッスの数は半端な数ではなくなる。
通巻9号は勿論バックナンバーの完成版(本体にCDを貼り付ける)を各10冊持参するとしても凄い量となる。
そして好評の各号に対応したイラストハガキプリント集、シールプリント集の確保のために、ハガキサイズは南足柄市のMJCに追加発注を続けている。
こちらは車で20分位の所なので直ぐに対応してくれて、こちらの無理な注文(無料で画像サイズを整えるなど)にもいろいろ協力願っている。
一方シールプリントはスポンサーになっていただいている新潟フジカラーに発注しているが、今回は大量に創刊号~通巻3号と通巻7~9号の追加発注をするつもりで、見積を取っている段階である。
ついでにディスカウントをお願いしているが、果して関西人の様な対応を取って頂けるか不透明である。
・・・
20081006>>>「なんアラ」当面の活動
「なんアラ」当面の活動は最近のブログで記載の如く、通巻9号を店頭販売開始すると共に、11/8の奈良講演会に向けた参加者確定と、通巻9号の拡販である。
店頭販売に関しては、「なんアラ」サポーター皆様の御協力でSE秦野菖蒲店の先月度の売り上げが過去最高を記録し、何とか立ち直り、通巻9号以降の拡販に努めたいと思っている。
そして個人書店銀座店でも店頭販売を開始しましたので、東京近郊の方々は是非足をお運び頂きたいと思っている。
奈良講演会の参加者の方は順調に確定しつつあり、昨日メールで10名近くの方々の確認をすると共に、未知数の5~10名の参加確保に力を注いでいる。
まるで衆院選挙の票集めのようである。
その衆院解散選挙が何だか11/9の方向に向っているようで、ちょっと「なんアラ」にとっては最悪シナリオかも知れない。
一方同時並行で、「なんアラ」出版活動継続のため、サポーターの皆様に拡販御協力メールを一昨日より送信し始めた。
当然グループ送信ではなく、お一人ずつ相手の顔を思い出しながら(ボケ防止対策?)文面を微妙に変化させているつもりである。
そしてその成果は早速上がっていて、常連の「なんアラ」サポーターJNさん、MIさんから御注文を頂き、早速上記SE秦野菖蒲店より発送しておいた。
JNさん、MIさん共に通巻5号エッセイ執筆者でもあり、既に「なんアラ」に多大なサポートを頂いているが今後も引き続き「なんアラ」を御支援戴きたいと願っている。
秋雨が続き、今日も週に2回しかないインディアカはお流れとなりそうだ。
運動不足が続くこの2週間であるが、次の金曜日は東京工芸大での講義で駄目、そして来週の月曜日は祭日でダメとモヤモヤが更に続く。
その分「なんアラ」活動には専念できるが・・・・。
・・・
20081007>>>「なんアラ」奈良講演会前後での見学の目玉確定
「なんアラ」通巻9号奈良講演会は11/8に実施されるが、その前後でYSPS研究所と絡む保存科学に関する見学を何件か打診してきた。
そして昨日一度にその返事が届いた。
今朝その回答をすることで、11/8の前後に当たる11/7と11/9の見学の目玉が確定した。
11/7の午前中に生駒に有る元興寺文化財保存修復センターを訪問することになった。
10年位前に一度訪れているが、そのスケールの大きさと修復の緻密さの合体した見事な研究に感嘆したものだ。
今回は又どの様なものを見られるかとても期待感が膨らんでいる。
この見学は「なんアラ」通巻3号にエッセイ執筆願い、京都講演会にも出席いただいたFMさんのお骨折りによるところが大きい。
11/7の午後は奈良文化財研究所の飛鳥藤原地区の保存科学部門を訪問予定である。こちらは通巻9号で執筆戴いたNIさんのお力沿いで実現した。
更に11/9午後には入江泰吉奈良市写真美術館を訪問予定である。
当美術館には会館以来10回を越える訪問を繰り返し、その都度担当のKSさんと写真保存はもちろんの事、文化財保存に関していろいろ議論をして「なんアラ」の今後についても多大な貢献をして頂いている。
今回の奈良講演会の会場取りについても御協力いただいた。
勿論KSさんは「なんアラ」に投稿願っていて、通巻4号と今回の通巻9号の2回登場戴いた。
以上3件の訪問はYSPS研究所が目指す保存科学そのものに関する面が多いが、「なんアラ」に何らかの形で絡んでいるところがとても重要な点であると考えている。
・・・
20081008>>>ノーベル物理学賞とクォーク
久しぶりに日本人ノーベル賞受賞のニュースが流れた。
しかも日本人のみ3人の受賞は初めてとのこと・・・。
明後日に東京工芸大で、「文化財的Archival教育」と題して講義を行うつもりだが、そこでも是非このクォークの話はしたいと思っている。
昨年購入して読んだ別冊日経サイエンスり「宇宙創世記」の中にこの6つのクォークが詳細に記載されている。
南部さんの受賞対象となった反粒子に関しての記載もある。
そしてそのクォークの名前がとてもユニークなので今でも鮮明に覚えている。
それぞれ対になっているクォークが1~3世代に亘って存在することを小林・益川理論で提唱したとのことが今回のノーベル賞受賞に繋がったらしい。
それぞれの世代順に記載すると
1.アップクォーク・ダウンクォーク
2.ストレンジクォーク・チャームクォーク
3.ボトムクォーク・トップクォーク
いかにも楽しいネーミングではないか・・・。
そしてそれぞれの世代毎対応して我々が親しんできた電子・ミューオン・タウ粒子がクォークの質量より若干少ない形で存在し、その8~10桁小さい質量を持つニュートリノがそれぞれ電子ニュートリノ、ミュー・ニュートリノ、タウ・ニュートリノとして有り、これら12個の素粒子をまとめてフェルミ粒子(フェルミオン)と言う。
このニュートリノ発見が小柴さんの2002年ノーベル賞受賞とリンクしている訳である。
まだまだ素粒子の世界は複雑だが、ここまではほぼ正確な記述だと思っている。
いやいや疲れる。
ちょっといつもの「なんアラ」ブログの内容とは異なった話でしたが、折角久しぶりの日本人ノーベル賞受賞だったので少し振り返って頭の整理をしてみました。
・・・
20081009>>>ノーベル賞受賞日本人16名に!
昨日の「なんアラ」ブログでノーベル物理学賞受賞が同時に日本人3名である初の快挙について述べたが、続いてノーヘル化学賞が下村脩さんに与えられたとのニュースが流れた。
ノーベル物理学賞と化学賞を同時に日本人が取得したことは何度かあるが、合計4名もの受賞者が出たことは初めてである。
これでノーヘル賞受賞者は全部で16名となった。
我々が若い頃はノーベル賞と言えば中間子発見で受賞された湯川博士の物理学賞(1949年)しかなかったからこの半世紀の間に15名の受賞者が出たことになる。
下村さんの受賞は化学者の端くれだと思っている私にとってはとても嬉しいニュースである。
年代から考えると湯川博士の受賞に続いたのは1965年の「くりこみ理論」で受賞された朝永さんで、その後1968年の川端康成さん(初めての文学賞)、そして70年代は1973年に江崎さん、1974年に佐藤さん(初めての平和賞)、80年代は1981年の福井謙一さんで化学賞、1987年の利根川さんの生理・医学賞でいずれも部門初受賞である。
そして1994年の大江さんの文学賞が続いた。
2000年代に入ると実に8名とノーベル賞受賞ラッシュとなる。
化学賞が2000年の白川さん、2001年の野依さん、2002年の田中さんと続き今回の下村さんの合計4名受賞となった。
物理学賞では2002年の小柴さんに続き今回の南部・小林・益川さんで合計4名となる。
いやいや日本も全てのノーベル賞受賞者の名前とその受賞功績理由を数え上げるのには苦労するくらいのレベルに達してきた。
「なんアラ」でもいろんなジャンルを扱っているが、日本人としてはまだノーベル賞受賞を果していない経済学の部門は勿論、もっともっと広い視野の内容を「なんアラ」で手がけて行きたいと意気込んでいる今日この頃である。
・・・
20081010>>>介護施設関係者との話し合い
10/17の「なんアラ」ブログで「介護の話し」のタイトルでお袋の介護について述べた。
昨日上記介護施設関係者(ケアマネージャー・施設事務関係者・介護施設担当者)を入れて約1時間強話し合った。
結果として当方が満足できるものは得られなかったが、現在の介護施設の全容が漸く掴めた感じがした。
今回実際にお袋がお試しに短期入所した老健が、特養と病院の間に存在するのではなく、サイト゜の位置に有り介護職意と看護職員の両方を有して、介護・看護が必要な方々を一旦引き受けた後、特養に行くべきか、病院に行くべきか、在宅介護を勧めるのかの選択判断をする施設であると言うことがやっと分かった次第である。
多分この説明で分かった人はまず居ないと思えるくらい国の介護・看護施設の複雑さはもとより、担当している人々の困惑が直接伝わってきた1時間強であった。
今後もこのようなことが繰り返されて行くのではと寂しい思いがして、話し合いを終わったが、最後にそれぞれの立場で出来ることを前向きで考えることで合意したつもりである。
このような現実を何とか「なんアラ」でも扱って行きたいと思っている。
・・・
20081011>>>東京工芸大での講義と「なんアラ」
昨日、年に1度の恒例となっている東京工芸大での特別講義を無事終了させた。
講義に関する詳細は本日の「YSPS研究所」ブログを参照されたい。
その講義の前半で、2003年で受講したこの工芸大の学生(INさん)が、「なんアラ」創刊号に深く関与していて、「なんアラ」が2004年に創刊できたこともその学生の多大な寄与が有ったからこそ実現したことを述べた。
そして今回の講義中の資料として採用した「なんアラ」創刊号のイラストで「対数で考える宇宙」を示し、両手の中に地球は勿論宇宙を実感できることを語った。
「なんアラ」が姉妹ブログである「YSPS研究所」、「文化財的Archival教育」とも深く繋がっていることをアピールできた半日であった。
その後、いつもの塾講師3駒をこなし、寝たのは午前様(呑み会の後ではない・・・)で、少々寝不足である。
・・・
20081012>>>「なんアラ」奈良講演会情報
11/8の「なんアラ」通巻9号奈良講演会に関する、現時点での情報を数点紹介する。
1.まず気になっていた奈良会場となる「なら100年会館」に昨日直接電話をしてみた。と言うのは、小ホールを借りる際に奈良市が関係する緊急のイベントが入ったら日程変更を要求されることがあるとのことからである。結果はOKで安心した。つまり衆議院解散総選挙が11/9に決まった場合の事を懸念していたわけである。担当者からたとえ11/9に決まっても小ホールは問題なく使用可との回答を頂いてホットした。今朝のニュースではその選挙は11/末になる可能性が高くなったようだが・・・。
2.次いで大いに関心が有るのは奈良講演会参加者の現時点での確定数と最終予想参加者数である。現時点で確定している数は16名。未確定だがほぼ期待できる数がプラス7名。合計23名となる。現在会場に要求している机・椅子の数はそれぞれ10ヶ,25ヶである。ほぼ間に合う数で、小ホールは最大100名収納可能な大きさなのでまだ充分ゆとりがあることになる。
3.以上を踏まえて昨日7名の方々に直接通巻9号を謹呈して、参加要望をした。内訳は高校の同級生が4名、家庭教師時代の後輩が2名、残る1名は「なんアラ」創刊号で執筆戴いた京都在住のYTさんである。
全てが旨くいくと以上で30名となり、机と椅子をそれぞれ3ヶ,7ヶ追加するつもりである。
参加者予定者の方々は是非奈良講演会が盛り上がり、成功裏に終わることに御協力下さい。
・・・
20081013>>>FF中研同窓会と「なんアラ」
昨日4年に1度有るFF中研在籍者の同窓会が東京乃木坂で開催された。
前回は何らかの理由で不参加だったので、8年ぶりの再会となる人達が多かった。
合計70名の参加でとても楽しいひと時を過ごすことが出来た。
帰宅後と今朝出席者名簿を照らし合わせながら、「なんアラ」関係データをまとめてみた。
親しく話し合えた方が何と31名も居られた。
少しは言葉を交わした方を含めると50名近くなり、顔見知りが無かった方は20名ほどしか居られなかった。
物故者は既に19名居られ、全員で1分間の黙祷を捧げた。
その中には「なんアラ」創刊号執筆者のSHさんや「なんアラ」サポーターKKさんの奥さんが居られた。
冥福を祈りたい。
その「なんアラ」を既に購入又は謹呈した方は24名で、この方々には再度「なんアラ」を思い出していただくためにも既にお持ちの号以外の1冊を謹呈して残りのバックナンバーの購入を希望する拡販活動をするつもりである。
又「なんアラ」を初めてお送りして(勿論謹呈)、「なんアラ」活動を理解いただくつもりの方が27名も居られてこれから送付先住所検索と送付作業で忙しくなりそうだ。
それにしても楽しい半日であった。
・・・
20081014>>>FF中研同窓会参加者への「なんアラ」流布活動開始
昨日に記載した。
そして昨日謹呈するための案内状作成、通巻4,6,8号のCD製作・本体への貼り付け作業に取り掛かった。全部で30枚は流石時間が掛かり、終えたのが夜の11半を廻っていた。
これからそれぞれの案内状と共に、謹呈用の「なんアラ」各1冊を角3号封筒に梱包し300m先のSE秦野菖蒲店より発送することになる。
後問題となるのは、折角10/12の同窓会で親しく話したにも拘わらず御当人との連絡(電子メール・ファックスNo・住所のいずれか!)が分からない方が約20名居られ、どうすることも出来ないのである。
昨今の個人情報流出に対する行き過ぎの弊害が出ている。
同窓会の主旨はその時に僅かな時間で多くの方々と語ることにより、暫く御無沙汰していた方々と後ほどゆっくりと交友を深めることが最大の目的だと思うのだが・・・。
暫くして今回の同窓会幹事長のSOさんと相談して、個々に私の知り合いからの伝を辿って何とか「なんアラ」をご理解いただく活動を展開したいと思っている。
・・・
20081015>>>「なんアラ」サポーターアラカルト
まずは「なんアラ」ブログ更新定刻(AM7時台)が大幅に遅れたことを陳謝!
今日のタイトルの如く「なんアラ」サポーターの方々からのメール返信、更に通巻9号のご購入に対する梱包・送付作業、口座入金確認とそのお礼などなど所謂「なんアラ」出版活動編集作業以外の雑業務に追われていることを物語っている。
一方YSPS研究所として財政バランスを保つための画策も別途並行して考えるなどいろいろ悩みは多い。
さて「なんアラ」通巻9号執筆者への執筆料としての「なんアラ」関連物送付は全て完了しているが、最後に残っていたイラストレーターのYOさんからメールが届き、昨年誕生されたお子様の子育てが更に大変になり、次回の通巻10号では一時休憩とのことであった。
ユニークなイラストでとても気に入っているだけに少々寂しいが、「なんアラ」の通巻11号以降の再登場を期待している。
一方奈良講演会には予期していなかった京都府在住のHYさんから参加要望があり、とても喜んでいる。
HYさんは「なんアラ」創刊号より欠かさず御購入いただいている関西地区の「なんアラ」サポーターである。
奈良での再会を心待ちにしている。
そしてもうお一人NMさんからも通巻9号購入したいとのメールを頂いた。
NMさんは通巻2&5号で執筆いただいている。又通巻2号には御主人のKMさんに多数の似顔絵描画をお願いした。この場を借りてお礼を申し上げたい。
NMさんは現在島根県出雲市に在住だが、昨年まで松江市に居られたのでまさしく現在NHKで放映されている「だんだん」の地元なのである。
私も何度か宍道湖を訪れているのでNMさんと「だんだん」が重なり、更にNMさんには「なんアラ」通巻4号米子講演会に参加頂いているので「なんアラ」サポーター躍如と言ったところである。
・・・
20081016>>>「なんアラ」ブログヒット数経緯
昨日の「なんアラ」ブログで「なんアラ」サポーターのアラカルトを記載したが、そのサポーターのお一人であるNMさんとメールやり取りでブログの楽しみ方の一つを紹介しているので、「なんアラ」読者の方々にも現状を報告しておきます。
<以下NMさんへの20081016メールの一部>
現在3つのブログを並行して継続(「文化財的Archival教育」がひと月毎、「YSPS研究所」が毎週、そして「なんアラ」が毎日)していますが、「なんアラ」だけは毎月210円を支払って、読者のアクセス状況をチェックしています。
これはグーブログに関してだけですが(他のブログも同様なサービスをしていると思いますが私は知りません。)、アクセス数(閲覧数と訪問者数別に分かりこれだけでも楽しい。これだけだと無料です。)と有料だとそのデータに加えて、アクセス数の時間ごとの分布、どの記事を読者がヒットしたか?、どんなワードで検索しているかなどがわかります。
そのデータは3ヶ月で消えてしまいますので、アナログ的にメモしておく必要があります。
ちなみにブログ開設した当初、上記閲覧数と訪問者数は毎日それぞれ十数件、数人でした。一年後には50件、30人程度に増え、2年後にはそれぞれ100件、50人を超えました。
そして現在は毎日平均して200~300件、80~100人のヒット数を続けるところまで進歩(?)しています。
・・・・・
と言うことで、継続は宝なりです。
そういえばそろそろ「なんアラ」ブログも後10日(2005年10月26日スタート)で丸3年になります。
良くここまで継続できたと驚くと共に、これも「なんアラ」ブログ読者あってのことと感謝しております。
これからも宜しく!
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「なんでもアラカルト」200809後半(9/16-30)まとめ(20090201転記)

2009-02-01 15:27:27 | Weblog
「なんでもアラカルト」200809後半(9/16-30)まとめ
・・・・・・・・・・・・・
20080916>>>二つの買い物
昨日は二つの買い物をした。
合計22000円也!
内訳は2000円と20000円!
前者は昨日のブログでも述べたデスクトップ型パソコンのモニターを共用するために、家電量販店ノジマに行ってアダプターを購入した。
店員に事情を話したら、さっと紹介してくれたのが長さ1.5mのディスプレイ延長ケーブル!
対応機種はDOS/Vパソコン及びNECPC98-NXシリーズ、接続部分はD-Sub15pin(ミニ)オス-D-Sub15pin(ミニ)メスと言う長い名称だがこれが大事なのである。
このケーブルが2000円である。
いずれにしてもこれで2つのパソコンを移動させずに、モニターを共用出来て、不要となったモニターの後にオーディオ機器を移動させてより快適な空間が出来上がった。
添付画像である。
モニターの有った場所に「なんアラ」編集作業のバックグラウンドとしていつも愛用しているダブルテープデッキとFMエアチェック用チューナーがすっぽりと収まった。
もう一つの買い物はDIYビーバートザンで、庭の剪定用の長さ3.6mにおよぶアルミ製三脚脚立である。
昨日も従来の長さ2.6mの三脚脚立で檜の剪定をしているが頂上付近が旨く出来ずこれが来ると心置きなく作業が出来ることになる。
あまりに長いために持ち帰りは出来ず2000円の送料を支払って明後日自宅に配送されることになっている。
又楽しみが一つ増えたことになる。
高所作業になるので充分注意して、檜他の庭木の剪定後の出来上がりを心待ちにしている。
この脚立が締めて20000円のちょっとした買い物である。
20080917>>>介護の話し
「なんアラ」で扱っているジャンルに介護がある。
通巻8号まででこのジャンルにエントリーされているのは、創刊号でSKさんが「丘の上のグループホームから」の一つのみである。
SKさんはこのグループホームに勤務されていた5年前、親父が大変お世話になった方である。
SKさんは3年前に出産され、現在子育てに専念されている。
又復帰された折には是非再度執筆を戴きたいと願っている。
直接介護のジャンルに入っていないが、部分的に介護を取り上げているのは私YSが執筆した創刊号で「親父が残したもの」、通巻3号で「俳句の携帯通信」、通巻6号で「お袋からのパワー注入」の3つが上げられるが、介護を実際に担当されて苦労されている家族からの投稿は未だ無い。
やはりこのジャンルはなかなか拡大は難しいと考えている。
編集者としてはこの介護のジャンルをもっと増やしたいと現在私達家族が直面しているいろんな問題を相談しているケアマネージャーの方や、デイサービス・ショートステイでの看護師・介護師の方々に、具体的に「なんアラ」を謹呈して執筆の意向を打診しているがなかなか良い回答は得られていないのが現状である。
現在お袋は介護度3から4に替わり、更に介護自体が困難になりつつある。
先日記載した「家内に感謝!」状態は当分続くものと予測している。
昨日もケアマネージャーの勧めで新しい老人介護施設にお試しの1泊2日のショートステイにお袋を連れて行った。
担当の3名の方々とお袋・私を入れて5名での受け入れに当たっての確認事項の話し合いが入所前に約30分有ったが、どうしても施設側の事務的事項と責任逃れ的な説明に終始しちょっと不満が残るものとなった。
もう少しこの介護の分野の前向きな姿勢と更なるオープン化が必要だとつくづく感じているこの頃である。
そして「なんアラ」が少しでもこの介護分野に貢献できるように、介護する側、される側いずれか、又両方にに拘わっておられる方々の投稿を心からお待ちしております。
・・・
20080918>>>「なんアラ」スポンサーMAさんからのメールそして家内の還暦
「なんアラ」のスポンサーは創刊号の7社からスタートし、全盛期の通巻2&3号の8社をピークとして、通巻4号より、6,5,4社と減り続け、通巻7号よりは3社にまで落ち込んだ。
この3社の中に創刊号以来、連続してスポンサーを引き受けて頂いている遠藤科学(株)のMAさんから昨日メールが届いた。
創業60周年を記念するフォーラムを開催されると言う事で、各地を廻られるがその内10/22に横浜でのフォーラムに出席することをお伝えした。
MAさんとはFF退職時にお会いして以来3年間御無沙汰なので、当日お会いできればと思っているが、別途「なんアラ」出版活動の報告をするべく、日程調整をしている段階である。
そして本日は家内の60歳の還暦である。
家族での祝いは別途計画しているが、先日来述べているように、お袋の介護では言い尽くせないくらい厄介をかけていて感謝の一字である。
又「なんアラ」出版活動にも暖かくサポートしてもらっていて、こちらも感謝である。
残る通巻10号の記念講演会まで参加してもらえることになっているが、まずは11/8の奈良講演会に私の義姉である鳴門在住RBさんと共に参加協力をして貰うことが当面のお願いである。
・・・
20080919>>>還暦祝いの花バスケット
昨日、家内の60歳の誕生日、所謂「還暦」を迎えた。
私の還暦は、3年前の7/29であり、その日がFFを退職する日と重なっていたわけである。
従っていろんな内外の行事が多くて、ひと月くらいはあっという間に過ぎてしまった。
しかし家内の還暦は又違った気分であろう!
いずれ月末に家族での還暦祝いの会は催すとして、私個人からの感謝の気持ちをこめて、電話帳で調べた我が町松田のフラワーショップを訪ねた。
しかし当日の配達はしていないと言う事で断念した。
どうしても玄関から届けられた花を家内が手にする場面を想像していたものだから・・・。
気を取り直して、電話帳で隣町の秦野市渋沢付近のフラワーショップを調べて、花キューピットのチェーン店(?)である花屋を見つけ電話をしたら当日配達OKとのことであった。
早速家内に内緒で渋沢駅の近くにある店を訪ねた。
いろいろ花屋さんと話して還暦に相応しく、家内も喜びそうな花を選択し、しかも暫く長持ちして家内が好きな庭にも植え続けられるというちょっと欲張ったバスケットタイプの花の詰め合わせにすることに決めた。
約2時間後花屋はやってきた。
店屋で書いて貰ったメッセージ「いつもありがとう!これからもよろしく!」がそれとなくバスケットの花に混じっていた。
家内は早速それぞれの花を玄関に鉢のまま置いたり、庭に植え替えたりしていた。
少し家内の表情が和らいだ瞬間であった。
今後も感謝の気持ちを忘れずに、できるだけそれを形で表現していくことに努めたいと思っている。
「なんアラ」出版活動を続けて行けるのも家内の支援が無ければ実現することはありえないわけであるから・・・。
・・・
20080920>>>台風一過、長尺脚立での剪定開始
台風13号は日本列島に沿うようにして上陸はせずに関東沖に去っていった。
今年はまだ一つの上陸台風も無く、年間を通して上陸しないという特殊年になる可能性が出てきた。
さて先日「なんアラ」ブログで述べた、3.6mの長尺三脚が届いて昨日のインディアカの前にちょっと試してみた。
やはりこの長さの取扱は予想以上に厄介だ!
そして漸く檜の横に設置して登ってみたら軽々と檜の先端に手が届くことが分かって取り合えず昨日はそれで終了とした。
本日は本格的な剪定作業に取り掛かってみるつもりである。
・・・
20080921>>>「なんアラ」通巻9号本体500冊到着と奈良講演会への準備
予想以上に早く、「なんアラ」通巻9号500冊が昨日到着した。
160冊入りダンボールが3個と20冊入りが1個の合計4個が宅配便で送付されてきたわけである。
早速その中の20冊入りの梱包を解いて新本の臭いをかいだ。
いつもながら新鮮な香が漂ってきて爽やかな気分になったものだ。
添付画像がその「なんアラ」通巻9号本体20冊である。
この本を眺めていると、良くここまで辿り着いたものだと、「なんアラ」サポーター(1冊でも手にされている方々はとっくに500名を越していて、現在管理データ上は746名である。スポンサーの方々を始めとして複数購入戴いた方々が他の人にお譲り戴けた場合はこちらで把握できていないので、その数は1000名近くになるかもしれない。)の方々全員に心から感謝の意を捧げたい。
今後とも宜しくお願いします。
これから「なんアラ」編集者としての作業はこの本体に添付するCD内容のデジタル編集とCDへの焼き込み、CDラベル印刷、「なんアラ」本体へのCD貼り付けを経てスポンサー・執筆者に送付できるのは今月9月末となる予定である。
更には11/8の奈良講演会に照準を合わせて、「なんアラ」通巻9号を参加予定者に送付する作業が待っている。
こちらは慎重に計画を練って進めなければならない。
前回の札幌講演会はこの段階での読みが甘くて、結局7名の参加者に留まったからである。
今回はどうしても20名を越して出来れば30名近くの参加者を目論んでいるので・・・。
・・・
20080922>>>「なんアラ」通巻9号執筆者・イラストレーターへの執筆料内容確認
昨日のブログでも述べた「なんアラ」通巻9号本体の到着に伴って、執筆者及びイラストレーター合計31名(電子メール26名、ファックス4名、手渡し1名)への執筆料内容(発行本・ハガキイラスト集・シールプリント集)と奈良講演会への出欠確認の打診を昨夜と本日にわたって実施している。
もう既に3名の方々から返事を頂いているが、今月中にはまとめて発送をする予定なので関係者の皆様には心待ちにして頂きたいと思っている。
・・・
20080923>>>「なんアラ」ブログのコメント及びトラックバックについて
この「なんアラ」ブログは2005.10.26に始めたから、そろそろ丸3年になる。
エントリーしたブログの数は現時点で1727件、毎月月初めに前月のまとめを行っていて内容が重複している部分が有るので、それを差し引いても、基本的には毎日更新しているから1000件のオリジナル文を投稿していることになる。
そしてこの”gooブログ”にはコメント・トラックバックの機能があり、読者から何度かコメントが届き、トラックバックに至っては迷惑ブログを含めて毎日ほどこの「なんアラ」ブログにリンクされてくる。
「なんアラ」ブログ管理者としては取捨選択して必要なもののみを残すことにしてそれを公開している。
現在残されているコメント数は11件、トラックバック数は169件である。
トラックバック数で「なんアラ」ブログ総数の約1割、コメントに至っては1%以下である。
以上の数字はとても少ないと感じられる方が多いと思うが、前回にも述べたがこの「なんアラ」ブログの読者の数は毎日平均100名、200件以上であることを考えると如何に迷惑コメントや迷惑ブログを削除しているかがお分かりになると思う。
そこでここで改めて、ブログに対する私の考え方を述べてみたいと思う。
そもそもこの記事を書こうと思ったのが、昨日この「なんアラ」ブログにコメントされて来たX氏からの記事が発端である。
このコメントは9/17の「なんアラ」ブログ「介護の話し」に対してのものであった。
しかし私の記事に対しては全くコメントされておらず、自分が携わった介護施設について悪態を述べられていて、しかもそれが実名であった。
この様な記事は私のポリシーとしてとても違和感を覚え即削除して「なんアラ」ブログ読者には届かないように配慮した。
介護に関しては9/17の記事の様に、現在も苦難の毎日を過ごしている。
実際介護施設に対しても多くの不満や要望点があるが、陰でこそこそ言うことはしないで、直接施設長と会って話し本音を語ることが大事であると思ってそれを実行している。
今回も明日ケアマネージャーの方とお会いして今後の対応を一緒に考えて頂くと共に介護施設に対する議論も前向きで考えて行きたいと思っている。
ここで「なんアラ」ブログ管理者としてのポリシーをまとめておくと以下の様になる。
1.ブログ内の記事は出来るだけ実名は避けて(全国展開されている出版本、公に全国規模で実施されている講演会などは誰でも知ることが出来る公知のものとして実名を挙げることは時々有るが・・・)イニシャルに留めている。そしてそのブログの記事の基本はどの様な事情が有っても他人を傷つける様な内容で有ってはならないと思っている。この考え方は「なんアラ」に投稿戴いた記事内容も同様で、編集者としてチェックしている基本である。今まで、何度かこの部分だけは拘って修正を求めたり、投稿を辞退願ったことがある。
2.次に”gooブログ”のコメント管理上でのやり取りは原則として行わない。ではどうしても「なんアラ」記事に対して意見を述べたい、コメントしたいと考えられた場合は直接電子メールで当方にメールを頂きたいと思っている。
アドレスは既に何度か公開しているが、yoshio_seoka@ybb.ne.jp である。
このアドレスを公開することで又多量の迷惑メールが届くことは覚悟である。
他人に意見を言う場合は自分も対等で堂々と意見を述べて頂きたいと言うのが、私の考え方で、ブログ上でどんどん予期しない方向に発展していくことを最も恐れているわけである。
3.最後にブログはとても簡単に開設出来るだけに日本全国で筍の様に毎日新しいブログが開設されたかと思うと直ぐに挫折して消えていくブログが9割以上有るのではないかと私は思っている。
それは最近マスコミを賑わしているブログが原因の犯罪が増えていることともリンクする。つまり自分で責任を取ることが出来ない、したくないブログが公開されることに問題があると私は考えている。
従って上記コメント・トラックバックに関連するブログ読者・ブログ開設者は直接本人と会って堂々と意見を戦わして欲しいと思う。
「なんアラ」ではその機会として「なんアラ」出版後ひと月以内に各地で講演会を開いてきた。
今回の11/8の奈良講演会で9回目を数える。
当面は次の2009.5.16の川口講演会をもって終了とするつもりであるが、是非参加願っていろいろ御意見を頂きたいと思っている。
以上長々となってしまったが、是非メールで御意見を頂きたいと思う。
「なんアラ」ブログとして妥当で必要だと判断した場合はここで紹介するつもりである。
勿論実名は伏せて、かつ御本人の了承を得てのものを基本とするつもりである。
但し今まで若干のフライングは何度か有った。
この場をお借りして関係者の方々にはお詫びを申し上げたい。
・・・
20080924>>>難航していた3つ目のエコ活動が決着
昨夜まで電気・ガス会社双方と現場見積及び話し合いを合計10回にも及び繰り返しやっと昨日結論に達した。
決め手になったのは、最終見積額は勿論であるが、やはりアフターサービスも視野に入れた担当者の誠意がどの程度私に伝わったかであると思っている。
午前中ガス会社から簡単な見積説明とガス会社の将来に関しても議論をした。
この団地内の集中プロパンガスシステム(約200戸が加盟している)がオール電化に移行していった場合どうなっていくのかについても見解を求めた。
約30分で話し合いは終了してこちらから採否の結果連絡をすることで帰ってもらった。
そして午後からは今回のエコ活動の切っ掛けとなった電話による勧誘からほぼ3週間後となる電気会社との現場(自宅内のガス菅撤去確認・風呂への給湯配管位置・電気回路増設の具体的説明・給湯器・室外機の位置など)での話し合いと、契約・アフターサービスに関する詳細な打合せは延々と続き終了したのは3時間後の6時半になってしまった。
でも担当者のTHさんは懇切丁寧に辛抱強く対応をしてくれた。
この間でガス会社に断りの電話と工事日の連絡をした。
担当のSKさんは快く納得をしてくれたのがせめてもの慰めである。
やはり決めてはハートに来る人間としての対応だと考えている。
一週間後の9/30に工事を一日で一気に進めることに決定しているがとても楽しだ。
同時にTHさんには「なんアラ」通巻8号を謹呈してちゃっかりと執筆依頼をしておいた。
現在29歳の若手のやりてとみた。
元の職業はロックミュージシャンと聞いて更に気に入った。
・・・
20080925>>>「なんアラ」通巻9号スポンサー用CD50枚作製完了
「なんアラ」通巻9号の本体500冊が届き、CDをドッキングした完成版を製作して通巻9号執筆者に送付する準備に入っている。
まずは現在スポンサーを継続頂いている3社用に50枚のCDを一昨日・昨日の2日間で製作完了した。
添付画像である。
これを50冊の「なんアラ」通巻9号本体に貼り付けて、梱包した後3社に送付することになる。
これが出版事業費用の一部となる訳である。
現在は制作費の10%程度に落ち込んではいるが・・・。
そして本日から続いて約100枚のCD製作、貼り付けを経て執筆者への送付となる。
送付内容の確認を9/28までにお願いしているので、実際に関係者に届くのは10/初となる予定である。
・・・
20080926>>>「なんアラ」スポンサーへの感謝
昨日の「なんアラ」ブログで通巻9号用CDの製作について話したが、いよいよそのCDの貼り付け50枚が終了して梱包し、後は郵便局に「ゆうパック」で出すだけとなった。
添付画像はそのスポンサー3社への梱包荷物とこれから執筆者用他に使用する生(まだ表のIJプリントも裏のデータ焼きこみもしていない)CD100枚である。
さて「なんアラ」スポンサーについては昨日のブログを始めとして過去にも何度も言及してきたがここで感謝の気持ちを込めてスポンサー履歴をまとめて紹介したいと思う。
そもそもスポンサーとは最低2万円(一時期は10万円のスポンサーも有ったし、最低ラインが1万円に下がったスポンサーも有った。)を頂戴し、出版側からの見返りとして、その額に相当する「なんアラ」出版物(バックナンバーを含めた出版完成本、ハガキプリント・シールプリントセット)を送付することと「なんアラ」該当号に広告としてCDに宣伝を掲載すると言うものである。
以下掲載回数順にスポンサーの実名を挙げて感謝の意を表したいと思う。
()内の数字は次回の通巻10号のスポンサーも予測した数字である。
9(10)遠藤科学>>>担当MAさん
9(10)ヤマト科学>>担当HHさん
8(9)新潟フジカラー担当KMさん(協力KM社長)
6スガ試験機>>担当TAさん
4コスモスインターナショナル>>担当TOさん(通巻2号と5号で執筆願っている。)
4大塚電子
3エスペック
1東洋リビンク
1ネオショットバー
以上9社である。
特に上位4社の担当者の方々とは、今までのお礼と今後「なんアラ」について直接お会いしてお話しするつもりである。
まずはMAさんと来月末にお会いする予定である。
いずれにしてもこの「なんアラ」を底辺から支えていただいた事実上のスポンサーであるだけに改めて感謝をしたいと思っている。
と同時に今後は発刊ペース縮小して継続出版する際にも是非御協力いただきたいことと、会社単位でなく個人のスポンサーも是非増やして行きたい(実際10冊単位でご購入いただいている個人のサポーターは何人か居られるし、数冊単位の複数となると軽く10名を越える継続サポーターが居られるので心強いが・・・)と思っていますので、よろしくお願い致します。
・・・
20080927>>>「なんアラ」通巻9号奈良講演会前後の日程調整
昨夜家内のほうから11/11からテニスの試合日程が組まれたと聞いてびっくり!
既にホテルなどの日程に組み込まれている11/7-11/11とバッティングするのだ。
事務局としての家内の役割は欠かせない存在なので、再度日程調整をし直す事になった。
奈良講演会(11/8)に出席頂くことになっている鳴門のRBさんとの調整も必要であるが、一日計画を前倒しにして、11/6-11/10の日程でホテル確保などをこれから検討することになる。
いずれにしても奈良講演会まで後1ヶ月と少ししか無いので、まずは現在作業中のCD製作・貼り付け・送付を早めに決着をつけたい。
本日の「YSPS研究所」ブログでも述べた東京工芸大での講義も10/10に確定して又更に忙しくなってきた。
季節もすっかり秋らしくなって、ウォーキング・インディアカのスポーツも取り入れながら気持ちよく「なんアラ」活動をやっていきたいと思っている。
・・・
20080928>>>「なんアラ」事務局サポーターの還暦祝い
昨日の「なんアラ」ブログで家内のテニスの試合日程と通巻9号奈良講演会とがニアミスを起こし、奈良講演会日程調整を余儀なくされたことを述べたが、幸い同行予定のRBさんからのメールで一日前倒し(奈良講演会は当然変更無いが講演会前後の日程を変更)することで全体が丸く収まりそうだ。
後はホテル確保がこれから問題となるが、まあ何とかなるだろう!
さて「なんアラ」の事務局として通巻10号までは継続願えるという約束でこの5年間続けてきて貰った家内の努力には感謝のみである。
勿論結婚・出産・子育て・そして現在の孫育て(?)・何と言っても現在最も難航中のお袋の介護と良くここまで継続してこれたことと改めて感激である。
今後も宜しくとの思いを込めて、長女・次女そして二人の孫を含めた還暦祝賀家族パーティを小田原の樹麻(”このま”と読む)で約2時間行った。
私と子供ら二人からのネックレスのプレゼントを受けた家内の嬉しそうな表情が印象的であった。
そちらの写真は少々後で揉める材料になるので掲載は控える。
そして最後に樹麻のお嬢さんにデジタルカメラで撮影してもらったのが添付画像である。
ストロボが届かず孫達のみが辛うじて写っているところがまた良い記念である。
撮影権・肖像権・個人情報と問題が多い世の中となったが、この超暗い写真からは二人の孫以外から私が訴えられることはまず無いであろう!
残る孫達がその様な権利を主張する時が来ることを心待ちにしたいと思っている。
・・・
20080929>>>「なんアラ」通巻9号100冊分の完成版作製完了
添付画像の如く、「なんアラ」通巻9号本体にCDを貼り付けた完成版100冊が昨夜漸く作製完了した。
いよいよ今日から執筆者23名(本体22名と「発刊にそえて」1名)・イラストレーター10名(エッセイ執筆とのダブり3名を除いて)の合計33名の方々に送付予定である。
昨日で執筆料としての内容と送付先確認を締め切ったが、まだ20名の方からしか返事を戴いていない。
残りの13名に該当される方々は至急ご返事をお願いします。
・・・
20080930>>>オール電化に伴う新旧炊飯器の交代劇
長年(約30年)わが家に貢献してきたガス関連設備を一新し、オール電化に踏み切った。
その工事が本日朝から始まり一日で終了予定である。
長年我々のお腹を満たすことに貢献してくれたガス炊飯器も電気釜にバトンタッチすることになる。
記念に新旧炊飯器を撮影しておいた。
ガス釜に感謝をしつつ、電気釜にはこれから頑張ってもらうことになる。
先日ヤマダ電機で添付画像の電気釜を購入してきて、まずは1合を炊いてみて試食したがまずまずの味であった。
この炊飯器の交代劇は「なんアラ」出版活動にとってもイポックイベントとなるであろう!!!
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