読書感想143 日本その日その日
著者 エドワード・S・モース
生没年 1838年生まれ。1925年没。
出身地 アメリカ、メイン州
原著出版 1917年
邦訳出版 1929年
抄訳版出版 1939年 創元社
2013年 講談社学術文庫
訳者 石川欣一
感想
大森貝塚を発見したことで有名なモースの日本滞在記。モースは1877年(明治10年)に日本近海の腕足類の標本採集に来日した。その折に請われて東京大学の初代動物学・生理学教授に就任した。翌年1878年に家族も連れて再度来日し、2年間東大で教えた。ダーウィンの進化論を紹介したり、大森貝塚の発掘や出土品の調査をしたり、学会発足にも関わったりした。また1882年(明治15年〉に三度目の来日を果たした。本書は三度の日本滞在中の印象を綴っている。幕末から明治初年にかけて欧米人の手による日本訪問記は数多くあるが、モースは観光だけではなく、日本で仕事をし、生活をしている。接触する日本人との付き合いも深い。キプリングやイザベラ・バード、シュリーマンの日本訪問記にあるように、日本が美しく安全で、日本人が親切で礼儀正しいという印象は同じであるが、更に日本の生活に深く入っている。
働く人々についての印象を綴っている。
日本に着いてから数週間になる。その間に私は少数の例外を除いて、労働階級―農夫や人足達―と接触したのであるが、彼等は如何に真面目で、芸術的の趣味を持ち、そして清潔であったろう! 遠からぬ内に、私は、より上層の階級に近づきたいと思っている。この国では「上流」と「下流」とが、はっきりした定義を持っているのである。下流に属する労働者たちの正直、節倹、丁寧、清潔、その他我が国に於いて「基督教徒的」とも呼ばれるべき道徳のすべてに関しては、一冊の本を書くことも出来るくらいである。
更に江ノ島で腕足類の採集をしている時のエピソードである。
その後陸棲の貝を採集に郊外に出かけた時、人力車夫たちが私のために採集の手伝いをすることを申し出た。そこで彼等に私がさがしている小さな陸棲貝を示すと、彼等は私と同じくらい沢山採集した。私は我が国の馬車屋がこのような場合手伝いをしようと自発的に申し出る場面を想像しようとして見た。
無類の正直さについても触れている。
未だかつて日本中の如何なる襖にも、錠も鍵も閂も見たことが無い事実からして、この国民が如何に正直であるかを理解した私は、この実験を敢えてしようと決心し、恐らく私の留守中に何回も客がはいるであろうし、また家中の召使でも投宿客でもが、楽々と入り得るこの部屋に、蓋の無い盆に銀貨と紙幣とで八十弗と金時計とを入れたものを残して去った。我々は、一週間にわたる旅をしたのであるが、帰って見ると時計はいうに及ばず、小銭の一仙にいたるまで、私がそれ等を残して行った時と全く同様に、蓋の無い盆の上に載っていた。
今では信じられないぐらい無邪気で節度のある国だ。江戸時代から続く共同体的な制裁も厳しいからこそ、いい加減なことをしなかったのだろう。日本人の民度の高さとおもてなしの心には伝統があるとわかったし、訪日記を著述して世界に日本の文化の真髄を理解し広めてくれた人々に感謝の念が湧く一冊だ。