人が知性と名づけたものの中には、立身出世への計算や、世間体への見栄や、周囲の人間への配慮などがたくさん含まれている。そういうものがいっさい心に浮かばなくなったとき、はじめて、ああこれが純粋の思いなのかと思い知ることができるわけだ。ほんとうの知性とは、いわゆる知性で抑えられぬ心を知るときにきびしく極まる一種の覚悟ではないだろうか。
(道成寺│岡部伊都子著:「能つれづれ こころの花」, p56, 檜書店, 1999)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/14/f0/49874a949220408e4f6f9311717d5d88.jpg)
(道成寺│岡部伊都子著:「能つれづれ こころの花」, p56, 檜書店, 1999)
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