花紅柳緑~院長のブログ

京都府京田辺市、谷村医院の院長です。 日常診療を通じて感じたこと、四季折々の健康情報、趣味の活動を御報告いたします。

野中郁次郎・山口一郎「直観の経営」│暗黙知と形式知

2019-07-28 | アート・文化


先月の第70回日本東洋医学会学術総会のテーマは「伝統の継承と近未来へのチャレンジ」で、特別講演1は知的創造理論の世界的権威、野中郁次郎一橋大学名誉教授の「暗黙知と形式知」であった。本書は現象学の泰山北斗、山口一郎東洋大学名誉教授と共同執筆なさった最新刊である。第一部(第1~7章)なぜ現象学はすごいのか(山口)、第二部(第8~12章)現象学的経営学の本質(野中)で構成されている。

はじめに「暗黙知と形式知」の定義を以下の引用で再確認したい。氷山のメタファー(隠喩)を用いて、水面下に沈んでいる何倍も大きい塊が「暗黙知」(tacit knowledge)、目に見える水面より上の部分が「形式知」(explicit knowledge)であるとの提示があった。
「暗黙知とは、言語や文章で放言し難い主観的・身体的な経験知であり、特定の文脈ごとの経験の反復によって個人に体化される認知スキル(信念創造、メンタル・モデル、直観、ひらめきなど)や、身体スキル(熟練、ノウハウなど)を含んでいます。これに対し形式知は、特定の文脈に依存しない一般的な言葉や論理(理論モデル、物語、図表、文章、マニュアルなど)で表現された概念知です。」
(第8章 SECIモデル-----主観と客観の循環から知識は生まれる│「直観の経営」,p205)

「暗黙知」と「形式知」の相互変換から生まれる集合的知識創造のプロセスモデルとして提唱されているのが《SECIモデル》である。
共同化(Socialization)共感、暗黙知から暗黙知へ:他者との共通の直接体験を通じて「暗黙知」を共有、蓄積する
表出化(Externalization)概念、暗黙知から形式知へ:限定集団で共有した「暗黙知」を「形式知」に変換し、集団の知として発展させる。
連結化(Combination)理論、形式知から形式知へ:集団知となった言語や概念を組織レベルで体系化、構造化する。
内面化(Internalization)実践、形式知から暗黙知へ:共有化された組織レベルの「形式知」を個人が実践し、「動きながら考える」ことにより新たな「暗黙知」を創造する。

「SECIモデルスパイラルと実践知の高速回転は、この「より善い」を無限に追求しています。これは上位の目的に向かう上昇運動と、その目的実践のための多様な手段を考える下降運動が、一気に駆動し、目的と手段の階層構造が一気に広がるプラグマティスムの目的変換と同じ構造です。同時に部分と全体を往復する暗黙的知り方と同様の動きです。」
(第12章 本質直観の経営学-----現象学と経営学が共創する動的経営論│「直観の経営」,p345)

4つのphaseから構成される知識創造のプロセスは一循環で完結するのではなく、新たな知、価値、関係性を生み出す無限のスパイラルを引き起こす。特別講演では、様々な領域の企業組織における実践モデルが提示され、「自分で自分をつくりあげる生命体」としての組織の未来展望が紹介された。講演抄録は以下の含蓄ある御言葉で締められている。

「未来を想像し創造する力は、人間にしかない。多様で複雑で予測不可能な世界だからこそ、臨機応変に行動する柔軟な対応力をもつ人間が主体的かつ創造的にかかわっていくことが重要になるのだ。AIなどののテクノロジーがもてはやされる時代こそ、人間の倫理観や責任感、美意識、やり抜く力、根性などの「生き方」が、価値創造の基盤になる。目的をもち、状況に即応し、新たな意味や物語を紡ぎ出してやり抜く主体は我々人間であり続けるだろう。今こそ「世のため人のため」という理想を掲げ、現場の只中で新しい価値を生み出すことに、泥くさくしつこく挑戦し続けていこうではないか。」
(第70回日本東洋医学会学術総会 講演要旨集│日本東洋医学雑誌70, p75, 2019)

参考資料:
野中郁次郎・山口一郎著:「直観の経営 「共通の哲学」で読み解く動態経営論」, 株式会社KADOKAWA, 2019
野中郁次郎・竹内弘高著, 梅本勝博訳:「知識創造企業」, 東洋経済新聞社, 1996
マイケル・ポランニー著, 高橋勇夫訳:「暗黙知の次元」, 筑摩書房, 2003
寺澤捷年著:「吉益東洞の研究 日本漢方創造の思想」, 岩波書店, 2012