中爺通信

酒と音楽をこよなく愛します。

貧しくとも

2022-08-17 21:55:00 | 読書
 娘の夏休みの読書感想文の課題で、何がおすすめか訊かれたので、ドストエフスキーの「貧しき人々」を推薦しました。

 未読の人には、ドストエフスキーなどと言うとやたら難しそうに聞こえるかもしれませんが、ご存じの方はわかるでしょう。「貧しき人々」はドストの処女作で24歳の時の作品。主人公の冴えないおじさん(市役所の下っ端役人。給料も安くて貧乏)と、彼の遠い親戚で身寄りのない若い女性との手紙のやりとりで全編ができている小説です。手紙なので読みやすく、若いうちに読んでおくべき本です。

 あらためて読み直しましたが、やっぱり面白い。主人公のおじさんが、本当に惨めで泣けてくる。女性に頼りにされたくて、なけなしのお金でプレゼントしたり、生活が苦しいと聞くと、借金までしてお金を同封したりする。そして、自分はボタンの取れたボロボロの外套を着て、靴の底も剥がれてしまっているので、役所では誰からも目立たないようにコソコソ生きています。

 それなのに、彼女のために勇気を振り絞って役所の人に金を借りようとして、無視されたり。結局、家賃も払えなくて、大家とか使用人からも馬鹿にされる。

 それでも、彼女に長い手紙を書くことだけが生きがいなのです。別に、彼女と交際したいとか結婚したいとか、そういうところまでは考えていない。手紙を書いて、返事をもらう…それだけでいいのです。

 結局、彼女は生活苦から逃れるために、ブイコフという歳のいった地主の大金持ちからの求婚を受け入れてしまう。それを知った時の主人公の取り乱し方が、鬼気迫るほどで、これがまた可哀想だけど面白いのです。一番好きな部分だけ、写します。

「それにしても、あなたにとってブイコフ氏って何なんです?どこが急に気に入ったのですか?ひょっとしてフリルをしこたま買ってくれるから、そのためなのですか?フリルが何です?なんでフリルなんて?あんなの下らないものじゃありませんか!今は、人一人の人生の問題なんですよ。ところが、あんな物は、しょせん布の切れ端ですよ、フリルなんて。フリルなんて。あんなフリルなんぞ、布切れに過ぎないんですよ、ワーレンカ。私だって給料が入り次第、フリルなんて山ほど買ってあげますよ、ワーレンカ!」

 …女性が生きていくためには、布の切れ端が大切なのです。それも、なけなしの給料をはたいて買ったものではない。必要なのはフリルではなく、そういう買い物ができる財政的余裕なのです。

 最後は「これから私はいったいどうやって生きていけばいいんですか?」みたいな、叫びのような手紙で終わる。もともと使用人に届けさせている手紙なので、遠くへ越してゆく彼女にはおそらく届かない。内容は他愛無くても、今のようなメールやLINEの時代では考えられないような切実さがある。だからこそ、今の若者は読むべきです。

 何十年ぶりに読み直してみると、印象も変わる。…主人公のおじさんが、実は47歳。いつの間にか私より歳下になっていたとは。

 なんだ。人生まだまだこれからなんだから、一緒に頑張ろうよ!

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