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ユーゴスラビア

2008年09月15日 | 各国情報

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ユーゴスラビア【各国情報】 ユーゴスラビア 【】

 

 

ユーゴスラビアは、かつて南東ヨーロッパのバルカン半島地域に存在した、南スラブ人を主体に合同して成立した国家の枠組みである。

国名として「ユーゴスラビア」を名乗っていたのは1929年から2003年までの期間であるが、実質的な枠組みとしては1918年に建国されたセルビア人・クロアチア人・スロベニア人王国に始まり、2006年に解体されたセルビア・モンテネグロまでを系譜とする。また、その間に国名や国家体制、国土の領域についてはいくつかの変遷が存在する。(詳細は#国名の項目を参照)。

なお、ユーゴスラビアの名は解体後の現在においても政治的事情により、構成国のひとつであったマケドニア共和国の国際連合等における公式呼称である「マケドニア旧ユーゴスラビア共和国」として残存している。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%82%B4%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%93%E3%82%A2

 

首都はベオグラード。1918年にセルビア王国を主体としたセルビア人・クロアチア人・スロベニア人王国(セルブ=クロアート=スロヴェーヌ王国)として成立。1929年ユーゴスラビア王国に改名された。1945年からは社会主義体勢が確立され、ユーゴスラビア連邦人民共和国と改称された。1991年からのユーゴスラビア紛争により解体された。その後も連邦に留まったセルビア共和国とモンテネグロ共和国により1992年にユーゴスラビア連邦共和国が結成されたものの、2003年には緩やかな国家連合に移行し、国名をセルビア・モンテネグロに改称したため、ユーゴスラビアの名を冠する国家は無くなった。2006年にモンテネグロが独立して国家連合も解消され、完全消滅となった。

ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の6つの構成共和国はそれぞれ独立し、スロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、モンテネグロ、マケドニアとなっている。また、セルビアの自治州であったコソボは2008年に独立を宣言した。コソボを承認している国は2014年12月中旬の時点で国連加盟193ヶ国のうち110ヶ国で[1]、セルビアをはじめとするコソボの独立を承認していない国々からは、依然コソボはセルビアの自治州とみなされている。

バルカン半島に位置し、北西にイタリア、オーストリア、北東にハンガリー、東にルーマニア、ブルガリア、南にギリシア、南西にアルバニアと国境を接し、西ではアドリア海に面していた。

 

 

 

 

 

 

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