新聞にソニーがフロッピーデスクの生産販売から近く撤退すると報じています。そんなことでFDの入った箱を取り出し懐かしく点検していましたら、「ひぐらし食堂」の第一稿なるFDが見つかりました。タイトルも仰々しく「焦土哀歓あり」とありました。「焦土」をやけあとと読ませています。ひぐらし食堂の原型といえますが大差はありません。「山田風太郎の「戦中派不戦日記」を読む」と並行して採録することにしました。<o:p></o:p>
徒然の己の愉しみといえますがご容赦ねがいます。 <o:p></o:p>
焦土に哀歓あり<o:p></o:p>
二幕 八場 <o:p></o:p>
作 劇舎うたのすけ<o:p></o:p>
さる人の今に残せの言葉あり水戸のつれづれ書きし芝居<o:p></o:p>
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時 前大戦も終わって間もなくの頃<o:p></o:p>
場所 上野駅に近い環状線の或る駅前界隈<o:p></o:p>
人物 日暮謙三 大衆食堂「ひぐらし」の主人<o:p></o:p>
よね 謙三の妻<o:p></o:p>
清子 謙三の長女<o:p></o:p>
邦夫 謙三の長男<o:p></o:p>
前島英輔 地元旧家の息子、元特攻隊員<o:p></o:p>
君山綾子 満州からの引揚者<o:p></o:p>
綾子の母、弟<o:p></o:p>
坂田武治 駅前の顔役<o:p></o:p>
伊織 巡査、後に紙芝居や<o:p></o:p>
ジュン関 二世のアメリカ兵<o:p></o:p>
その他 刑事・食堂の客・屋台の女・やくざの子分外多数<o:p></o:p>
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終戦から間もない、まだまだ復興の兆しも見えぬ混沌とした時代。ここ上野に近い環状線の駅前一帯も、空襲の跡も生々しく瓦礫の片付けも儘ならず、異様な雰囲気を醸し出している。しかしどこか活力の沸騰しそうな兆候が見え隠れしている。それは暴力団の親分坂田武治が仕切る、駅前一帯に乱立するバラック立ての闇の飲食店であったり、早朝から立つ朝市の、闇市またはアメ市と呼称された闇の存在の故かも知れない。そこには横流しされた統制品、進駐軍のPXからの夥しい品々と、あるとあらゆる生活物資が流通している。それらの逞しい闇の流通機構が、一面庶民の生きる術を支えているのかも知れない。しかし裏腹に暴力、無法と無秩序が充満していて、当時の日本の姿を凝縮したものとも言える。<o:p></o:p>
そんな一帯から程近くに、謙三のバラック建ての外食券食堂「ひぐらし」はある。辺りにはまだ満足な住宅店舗など無く防空壕で寝起きをしたり、バラック住まいの住人が大半である。<o:p></o:p>
一幕<o:p></o:p>
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(1)<o:p></o:p>
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謙三の店、食堂とは名ばかりのテーブル二つで、八人坐れば満席といったバラック建ての店である。下手の戸を開ければ土間の店。上手奥が厨房、土間に続いて家族の寝所の座敷が一つ、襖を境に奥にもう一部屋ある模様。客が混み合えば勿論上げて客席に早代わりといった案配である。十一月も末、今朝も四五人の朝市の買出し客が、雑炊らしきものを目を据えて啜っている。<o:p></o:p>
舞台下手から登場する英輔、肩を怒らし店の戸を開ける。飛行帽をあみだにかぶり飛行服姿に半長靴、首に白いマフラーを無造作に巻いている。<o:p></o:p>
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英輔 オスッ、(店の客たち一斉に英輔に挨拶をする)<o:p></o:p>
よね お早う、今朝は冷えるね英さん。(にこやかに迎える) <o:p></o:p>
謙三 どうだね英さん、朝市の景気は?<o:p></o:p>
英輔 相変わらず何処から集まるのか、すげえ人だよ。(客たちに)あんた達、買出しはこれからかい、先に腹ごしらえってわけか。(みな肯きあいながら三々五々店を出て行く、英輔座敷の上がり口に腰を下ろし、火鉢の熾きを掻き回しながら)邦夫の姿最近見ないけど、相変わらず寄り付かないのかい小母ちゃん?<o:p></o:p>
よね そうなんだよ、一日として落ち着いていられないんだよ。何でも上野あたりほっつき歩いてるらしいんだけど。帰ったら英さん、意見してやっておくれよ、構わないから横っ面の一つもひっぱたいて。(よね、そう言いながら英輔の傍に腰を下ろす)<o:p></o:p>
謙三 (煙草に火を付けながら座敷に上がり、半ば独り言のように)あの炬燵、人様の意見を素直に聞く耳なんぞは持ち合わしちゃいないよ。<o:p></o:p>
英輔 そんなこた無いよ小父さん、あいつは気は優しいし、会えば何時も、これからは気持入れ替えて商売に身を入れるって……<o:p></o:p>
謙三 それが炬燵の外面が好いってことなんだよ。英さんの意見聞いてたって、腹ん中じゃ舌出してんに違いないよあの炬燵。<o:p></o:p>
英輔 そうかなあ、何であいつグレてしまったのかなあ、何の不足があるんだ、優しい両親が揃っているってえのに、(嘆息交じりに)贅沢な男だよ。<o:p></o:p>
謙三 そうそうそこよ英さん。(よねに向かって)こいつが甘やかし過ぎたのよ。<o:p></o:p>
よね (笑って)それはあんたの方じゃなかったのかね……止めとこう、愚痴からお決りの夫婦喧嘩になっちゃ間尺に合わない、ねえ英さん。<o:p></o:p>
英輔 そうだよ、朝っぱらから喧嘩はないよ。それより小父さん、邦夫のこと炬燵炬燵ってよく言うけど、前から一度訊こうって思ってたんだ……<o:p></o:p>
謙三 その事かい、以前は陽気のいい頃は遊びほうけて家に寄りつかねえでて、寒くなると食い詰めて戻って来てたからよ。<o:p></o:p>
英輔 ふうん、炬燵ねえ。<o:p></o:p>
謙三 まあ今んところは幸い炬燵で済んでて、後に手が廻ることはしてねえようだが、それも時間の問題だあの根性じゃ。芯から腐ってやがる。