うたのすけの日常

日々の単なる日記等

うたのすけの日常 山頭火の日記を読む その101

2008-10-11 06:02:51 | 日記

 冬曇の大釜の罅 (宗福寺)<o:p></o:p>

 逢うてチャンポンたべきれない (十返花君に)<o:p></o:p>

 すつかり剥げて布袋は笑ひつづけてゐる (福済寺)<o:p></o:p>

 冬雨の石階をのぼるサンタマリヤ (大浦天主堂)<o:p></o:p>

 以上長崎の句として。<o:p></o:p>

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 二月五日 晴れて少し寒空ながら十返花君と山登りとなります。贅沢なことノンキなことと述懐しながらも、俳友は水筒二つを用意します。一つはお茶も一つは勿論お酒です。山頭火は握り飯を持っての出発となりました。甒岩へ登り、帰途は金比羅山を超えて浦上の天主堂を参観です。「気障な言葉でいへば、まつたく恵まれた一日だつた、ありがたたし、ありがたし。」<o:p></o:p>

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 寒い雲がいそぐ (下山)<o:p></o:p>

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 二月六日 陰暦元旦、春が近いといふよりも春が来たやうなお天気である。長崎の街の観光と洒落ますが、どこか身構えています。それは食べるに憂いもなく、逆に飲める喜びにある。それに無関心を装うせいでしょうか。諏訪公園では水筒ならぬ酒筒の酒に舌鼓をうち、波止場で出船、波音、人声、老弱男女に耳目を向け、浜ノ町をただ買うでもなく観て歩きます。<o:p></o:p>

「ノンキの底からサミシサが湧いてくる、いや滲み出てくる」「上から下までみんな借物だ、着物もトンビも下駄も、しかし利休帽は俊和尚のもの、眼鏡だけは私のもの。」<o:p></o:p>

 この服装が態度では遊覧客と見えるのか、別にウインクしたのでもないのに若い売娼婦に呼びかけられたと、昂奮気味になっています。<o:p></o:p>

 「石をしきつめた街を上がつて下がつて、そして下がつて上がつて、そしてまた上がつて下がつて、そこに長崎情調がある、山につきあたつても、或は海べりへでても。」<o:p></o:p>

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 波止場、狂人もゐる (波止場) <o:p></o:p>