岸田首相 “生成AI活用のルールづくり 日本が主導的役割を”(NHK 2023年10月1日)
現状のAIは人間の創造性を補助する役割と定型的な作業を代替する役割があると思います。前者に反対する人はあまりいないと思うのですが、後者は仕事が無くなるとの反対が有り得ます。果たして生成AIは日本社会を良い方向に導くのでしょうか?
結論から言えば、生成AIと上手く付き合えば、日本社会は良い方向に向かうと思います。生産性を高める変化は経済成長の原動力ですから。具体的に定型的な作業を生成AIやRPA、DXが代替したら、どうなるかと言えば、ホワイトカラーの仕事が減るに違いありません。ところがホワイトカラーの仕事は、人手余り気味なんですね。コンピューターを(検索など)人間の創造性を高める方向性で使えば、人手余りの方向に向かわず、生産性を上げることが出来ると思いますが、定型的な作業をコンピューターが代替したところで、総生産は上がらず、人件費が削られるという事態になりかねません。
では、コンピューターが人間より上手く出来ることを人間がやり続けるべきでしょうか?私はそうではないと思います。定型的な作業とは事務作業だと思いますが、削減できる事務はキッパリ削減して、サービス残業を撲滅するなり、他の創造的な仕事をしたり、人手不足の作業に人が移動する余地はあると言うべきでしょう。しかし、単にサービス残業が撲滅されるだけで、経済成長に繋がるでしょうか?私は繋がり得るんだろうと思います。要は夜の余暇が増えるのでしょうが、余裕が無ければ、少子化問題の改善は難しくなるでしょうし、子供の無いあるいは子育ての終わった余裕のある家庭の余暇は大きな可能性を秘めています。つまり(会社も認めるべき健全な)(レイトショー等)ナイトタイムエコノミーが成長する可能性があるでしょう。これが今出来ていないということは、忙しい人が多いか、自粛しているか、お金が無いのです。しかし仕事が削減されたホワイトカラーは実現可能ですし、子育ての終わった余裕のある人達は少なくないはずです。ここが消費しないと、何時まで経っても需要は拡大しない訳です。まぁ夜はさておき、休日もそうですが、お金を持っている方々がチープな消費をするようでは、経済は何時まで経っても活性化するはずがないですよね。
例えば観光業です。子育て世代の子連れの観光、子育てが終わった世代の余裕のある観光、持ち家があって厚生年金を貰っているシルバー世代の観光で経済を回します。お金を持っていても使い方を知らなければ、ただ単に貯めるだけになります(なっています)。
若者世代は夜に休日に相手を見つけに行ってもいいでしょうし、パートナーと(仕事に支障のない範囲で)遊んでもいいでしょう。体力はあるでしょうし。
お金が無かったら?今時ネットでも何でもお金のかからない「遊び」もあるはずです。ただ経済を回す意味では、貢献しないということに過ぎません。
仕事の支障のない範囲というのも、基本実名のfacebook(や準実名のインスタ)との連携を意識しています。あれは実社会に近い否定しないキラキラSNSですからね。ああいうSNSにアップできるような健全な活動であれば、実名であっても構わないという訳です。勿論、批判できるのがXの魅力とは思いますが。
匿名で批判もし得る文化のXにおいて、(誹謗中傷対策と言い張って、批判を封じる目的で使われがちな)(ミュートや鍵があって、公序良俗に反するアカウントもありますから、繋がりを示すフォローを防ぐことが出来れば)ブロックは本来必要のない機能だと私は思いますが、それは兎も角、批判されて気持ちがいい人はほぼいないと思いますが、それを可能にしておくことはわりと重要なことだと私は思う訳です。実名で批判しないと卑怯という人もいますが、少なくとも日本では現実世界で人の批判は、そう簡単に行われませんし、プライバシーが無い世界も疑問な訳です。
話は逸れましたが、夜に勉強したり、リスキリングするのも考えられはしますね。生成AIは本業のある文系のプログラミングを可能にするようですし、今なら案外高い生産性に繋がるかもしれません。転職に繋がるような勉強は、少なくとも今の日本では、コッソリやった方がいいような気もしますが。
最後に重要なのは、起こる変化をどう活用していくかということです。やらないと始まらないことはやった方がいいはずであって、負の側面ばかり注目して、後ろ向きになっても仕方がありません。嫉妬で他人の足を引っ張って幸せになれる人もいるんでしょうが、日本は停滞を打破しなければなりません。別に仕事で夜も忙しい人がいたとして、その分稼げて社会的な地位もあれば、余暇を楽しんでいる人に嫉妬することもないでしょう?
現状のAIは人間の創造性を補助する役割と定型的な作業を代替する役割があると思います。前者に反対する人はあまりいないと思うのですが、後者は仕事が無くなるとの反対が有り得ます。果たして生成AIは日本社会を良い方向に導くのでしょうか?
結論から言えば、生成AIと上手く付き合えば、日本社会は良い方向に向かうと思います。生産性を高める変化は経済成長の原動力ですから。具体的に定型的な作業を生成AIやRPA、DXが代替したら、どうなるかと言えば、ホワイトカラーの仕事が減るに違いありません。ところがホワイトカラーの仕事は、人手余り気味なんですね。コンピューターを(検索など)人間の創造性を高める方向性で使えば、人手余りの方向に向かわず、生産性を上げることが出来ると思いますが、定型的な作業をコンピューターが代替したところで、総生産は上がらず、人件費が削られるという事態になりかねません。
では、コンピューターが人間より上手く出来ることを人間がやり続けるべきでしょうか?私はそうではないと思います。定型的な作業とは事務作業だと思いますが、削減できる事務はキッパリ削減して、サービス残業を撲滅するなり、他の創造的な仕事をしたり、人手不足の作業に人が移動する余地はあると言うべきでしょう。しかし、単にサービス残業が撲滅されるだけで、経済成長に繋がるでしょうか?私は繋がり得るんだろうと思います。要は夜の余暇が増えるのでしょうが、余裕が無ければ、少子化問題の改善は難しくなるでしょうし、子供の無いあるいは子育ての終わった余裕のある家庭の余暇は大きな可能性を秘めています。つまり(会社も認めるべき健全な)(レイトショー等)ナイトタイムエコノミーが成長する可能性があるでしょう。これが今出来ていないということは、忙しい人が多いか、自粛しているか、お金が無いのです。しかし仕事が削減されたホワイトカラーは実現可能ですし、子育ての終わった余裕のある人達は少なくないはずです。ここが消費しないと、何時まで経っても需要は拡大しない訳です。まぁ夜はさておき、休日もそうですが、お金を持っている方々がチープな消費をするようでは、経済は何時まで経っても活性化するはずがないですよね。
例えば観光業です。子育て世代の子連れの観光、子育てが終わった世代の余裕のある観光、持ち家があって厚生年金を貰っているシルバー世代の観光で経済を回します。お金を持っていても使い方を知らなければ、ただ単に貯めるだけになります(なっています)。
若者世代は夜に休日に相手を見つけに行ってもいいでしょうし、パートナーと(仕事に支障のない範囲で)遊んでもいいでしょう。体力はあるでしょうし。
お金が無かったら?今時ネットでも何でもお金のかからない「遊び」もあるはずです。ただ経済を回す意味では、貢献しないということに過ぎません。
仕事の支障のない範囲というのも、基本実名のfacebook(や準実名のインスタ)との連携を意識しています。あれは実社会に近い否定しないキラキラSNSですからね。ああいうSNSにアップできるような健全な活動であれば、実名であっても構わないという訳です。勿論、批判できるのがXの魅力とは思いますが。
匿名で批判もし得る文化のXにおいて、(誹謗中傷対策と言い張って、批判を封じる目的で使われがちな)(ミュートや鍵があって、公序良俗に反するアカウントもありますから、繋がりを示すフォローを防ぐことが出来れば)ブロックは本来必要のない機能だと私は思いますが、それは兎も角、批判されて気持ちがいい人はほぼいないと思いますが、それを可能にしておくことはわりと重要なことだと私は思う訳です。実名で批判しないと卑怯という人もいますが、少なくとも日本では現実世界で人の批判は、そう簡単に行われませんし、プライバシーが無い世界も疑問な訳です。
話は逸れましたが、夜に勉強したり、リスキリングするのも考えられはしますね。生成AIは本業のある文系のプログラミングを可能にするようですし、今なら案外高い生産性に繋がるかもしれません。転職に繋がるような勉強は、少なくとも今の日本では、コッソリやった方がいいような気もしますが。
最後に重要なのは、起こる変化をどう活用していくかということです。やらないと始まらないことはやった方がいいはずであって、負の側面ばかり注目して、後ろ向きになっても仕方がありません。嫉妬で他人の足を引っ張って幸せになれる人もいるんでしょうが、日本は停滞を打破しなければなりません。別に仕事で夜も忙しい人がいたとして、その分稼げて社会的な地位もあれば、余暇を楽しんでいる人に嫉妬することもないでしょう?
>スポーツチームを買って、損することはほとんどない
・・・社会人の趣味としてスポーツ観戦は健全でいいかもしれませんね。野球は(夏場を別として)土日にデイゲームで、ナイターばかりですね。サッカーは試合間隔の問題で土日のデイゲームが多いようです。