そのころ、世に数まへられぬ古教授ありけり。

この翁 行方定めず ふらふらと 右へ左へ 往きつ戻りつ

2月18日(水)

2009年02月18日 | 昔日記
 業務は15:30に終わったので、いただいた夕食の弁当をもう食べてしまう。缶ビールも飲んでしまった。神楽坂をぶらぶら歩いていたら、「うつわや釉」の女主人と目が合った。そういえばこのあいだ、来週寄ってくださいと言われていたんだ。津軽生そばの「鴨南そば」を頂戴した。たいへん美味しいそうである。悪いので、山本源太作の盃をもらった。

 麻布十番のお稽古事に行く。今日は編集プロダクションのYさんがお見えになり、CDの録音について打ち合わせも行われた。いつもの読み上げよりは短縮するかたちなので、皆面喰っていたが、何とかなりそうではある。

 帰りに「萬力屋」で軽く飲み食いする。「萬力屋」の店内にはフィギュアがやたら飾ってある。トイレに入ったら、ダダ星人のフィギュアがあった。カウンターのおばさん(我と同世代ならむ)に、ダ、ダダ星人が!と申し上げたら、そうなんですよと笑っていた。ダダ星人は、戸塚ヨットスクールの戸塚会長に似ている。このおばさんは、東京タワーがモスラのために折られたこともご存知だった。繭を作ったんですよねと、さすがに東京タワー近くでお店をやっているだけのことはある。古老の昔話は貴重だ。

 帰宅したら、田渕句美子さんからきれいな新刊書が届いていた。田渕句美子さんは、田渕久美子ではない。後者は益田出身のシナリオライターである。